サウス・メトロポリスの中心部。
街の上には濃い霧がかかり、大量の雲が空中を舞う。
間違いない。あれがクラウドバンパイヤだろう。刹那は何となく、そう感じた。
パトカーから警官達が降り、刹那達もそれに合わせる。刹那は、叔父達プロの足手まといになるのはごめんだと言って、彼らに礼を言い、彼らから離脱した。
…それが、叔父との最後の別れとも知らずに。
刹那は彼らと離れ、姿が見えなくなってから、ヤミギリを身体の外に出した。
そういえば、早月が言っていた。守護霊は人間の言葉が理解できると。それならば、一体彼に何ができるのか。それを彼に尋ねれば、答えてくれるかもしれない。
刹那はそう思い、ヤミギリに、今の進化したヤミギリに何ができるのかを聞いた。するとヤミギリは、赤いバリアを自分の周囲に張ったり、身体全身を炎に包んだりした。
なるほど、使えるのは舞と結界で、奇跡は使えない。と言うことか。いずれにせよ、こんな街の真ん中で奇跡は使えない。刹那はそう判断して、今まで通り力が使えることに安堵した。
しばらくしたら、叔父にもこのことを伝えよう。そう思いつつ、国害の駆除に挑む。
形のない敵。刹那はクラウドバンパイヤの対処法は叔父から教わっていたが、それをどう仕掛けるかが問題である。
クラウドバンパイヤの弱点は、その雲の中にある。雲の中には、異物が詰まった水風船のようなものがあり、それがクラウドバンパイヤの内臓である。それすら破壊すれば、クラウドバンパイヤから異物が取り除かれ、それはただの雲に戻る。
普通ならば立ち向かう前に血を吸われてしまう。それに、大空を飛ぶ雲の中心へ行くなど、普通は不可能だ。叔父はそれを考え、ヘリコプターを何台か用意してきたは良いものの、雲の中に入れば、それは雲の下に行くのと同じ。やはり向かう前に血を吸われてしまう。
しかし、刹那には秘策があった。血を吸われると言われても、所詮は国害による攻撃。バリアで身体を覆い、ヘリコプターで上昇。バリアで体当たりすれば、核は蒸発する。
善は急げだ。刹那は警察達が乗ってきたヘリコプターを、片っ端から探した。しかし、空いているヘリコプターは見つからない。全てが全て、警察達が乗っている。
刹那は、必死で警察達を止め、貸してくれないかと聞くが、警察達は遊びにいくのではないと言い、子供だからと相手にしてくれない。
そして警察達は旅立ち、雲にミサイルを放つ。しかし、そんな遠距離からではクラウドバンパイヤには届かない。警察達は、距離が足りないと言って近寄るものの、今度はクラウドバンパイヤに血を吸われに行くようなものだ。貧血でパイロットは意識を失い、ヘリコプターは墜落する。
「……どうすりゃいい。」
刹那は、もう警察達はずっとあんな調子だと感じ、ヘリコプターは諦め、別の手段を探してまわる。
「…警察達は、クラウドバンパイヤの脅威を知らない。俺はガキだと無視される。」
「うん!でも、それしか方法がないんだよね。だったら、せっちゃんはどうするんだろうね?」
自分の独り言に返す声を聞いて、刹那は不意に後ろを振り返る。後ろには、見慣れた、憎らしいあの少女兵の姿があった。
彼女だけではない。彼女と同じ服を着た人間が、他に何人も見あたる。
そりゃあそうだ。本来ならば、このクラウドバンパイヤの始末を任されているのはバタフライ兵達なのだから。
「ねえ、せっちゃん。せっちゃんはあの雲、どうやって始末しようって考えるの?」
彼女の優しい問いかけに、彼は自分の考えを伝える。悔しいが、兄の仇でも、こんな場所で争っている暇はない。警官達があんな方法で朽ちていくのならば、この種のプロフェッショナルである早月の方が、どれだけアテになるだろうか。彼は悟り、虚しさを覚える。
「なるほどね。でも、クラウドバンパイヤは、身体の中に、台風の何倍もの突風を秘めているんだよね。ヘリコプターじゃあ、やっぱり墜落しちゃう。」
「……え!?」
「ん?あれ、そんなことも知らなかったの?まったく、これだから、所詮警察は警察だけやってろって話になるんだよね。」
さて、これは中々長期戦になるぞと伸びをして、早月は刹那を連れ、どこかへ向かって走り出した。
彼は少しだが、今の早月に心を開きつつあった。
しかし、早月の出現は、バタフライ兵の出現を意味する。丁度その頃、仲間が指示に従わず、次々と死んでいく中で苛立ちを覚えていた逆流は、バタフライの軍勢と接触していた。
闇切逆流。彼は、仕事には人一倍努力をし、部下や、彼を詳しく知らない人からは尊重されがちだが、逆に家族に対しての扱いは、冷たい所があった。
彼は知らない。それが非常に近い将来、彼自身の首を引きちぎることを。
「…父さん。」
「大丈夫だ修羅。所詮、相手は子供。無理矢理戦わされているにすぎない、可愛そうな子供達だ。だから…ここは俺が!」
逆流が、強大なオーラを放つと、バタフライ兵達はたじろいだ。そのオーラの強力さを見たバタフライ兵は、自分には勝てないと自負した。
この間、早月を刹那から託されたバタフライ兵、神座内烈挫は一人笑い、やっと面白そうな奴と戦えると言った。
しかしその時、彼の肩に手を置き、一人のバタフライ兵が彼の耳元で告げ口をした。すると烈挫はそうかい、と溜息をつき、後ろに引き下がった。
修羅と逆流は、その顔を見て衝撃を受けた。彼女はそんなことも御構い無しに、二人の元に向かっていく。
烈挫は、バタフライ兵達を抑え込み、その場から離脱した。彼女の内に秘める負のオーラ。そして、それらを恨みの光に変えるほどの、地獄の光。それが今爆発すると、彼は予感したのだろう。
「…久しぶり、修羅。元気にしてた?」
「…うん。でもお姉ちゃん、死んだって聞いてたのに…」
少女兵、闇切輪廻と、その弟、闇切修羅。どこにでもいる二人の仲の良い姉弟。しかし、彼女達にとっては、この出会いは悲劇的な復讐劇の始まりになる。
彼女は修羅から距離を置くと、父親である逆流に目線を向けた。抑えていた殺気が吹き出し、一気に彼に降りかかる。
「お父さん。良かったね、私生きてるよ。もう…「仕事の邪魔」にならないね。」
恨みを籠めた声で、父親に話しかける。父親は彼女の話を聞かず、臨戦態勢に入る。力の差は、同等か、下手をしたら彼の方が上である。しかし、彼女の心中に眠る怒りが、何倍も彼女のオーラを白く光らせる。
「…そう、いっつもそう。やっぱり、七年前と何も変わってない。家族のことなんて御構い無し。仕事さえ成功すれば、家族は喜ぶ。不器用な愛の形とでも言えば、家族は理解してくれる…」
逆流は口一つ動かさず、ひたすら彼女の様子を見ている。それが彼女の怒りを、更に加速させる。
「甘えんだよお!てめえは!家族を、仕事の備品みたいに思ってやがる!家に帰れば飯が出る!自慢話をすれば近所の評判が上がって、仕事もやりやすくなる!それしか思ってねえ!挙げ句の果てには喘息の嫁は家に置き去りにして、薬だけ置いときゃ済むって、本当にそれでもてめえの嫁かよ!…お母さんは…お母さんはそれでもてめえを思って…蝶狩りで死んで…」
「…そうか。なら、蝶に下ったお前も同罪だ。」
父親、闇切逆流が放った、最後の一言。それが、更に彼女の怒りを逆撫でる。
「…言いたいことはそれだけかよ。私だって、お父さんに愛して欲しかった…お父さんにもっと遊んで欲しかった…あの時も、あの時も!修羅と一緒に待ってた!私が蝶に捕まったときなんか、すぐ側に居たのに!どうして…来い!閃光刑蝶ヤミギリ!」
彼女のオーラから、太陽のような光を持った、巨大な蝶が出現した。しかし、その蝶の光は濁り、中に復讐の黒いオーラが混じる。
逆流は、特に怯えもせず、淡々と彼女の質問に答える。
「言ったはずだ。犠牲者の救出は、上の命令無しにはできなかった。それだけだ。」
彼の答えを、今度は輪廻が無視する。身体に光を貯めるが、肝心の目には光がない。