国害指定堕落都市   作:tesorus

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リンネのウラミ

クラウドバンパイヤの消失により、空には大量の雨が降り注ぐ。

 

雨はそれだけにとどまらず、クラウドバンパイヤが出した霧が上昇し、その周囲でも、雨が降り注ぐ。

 

そんな中、刹那は、早月とラビットを連れ、全てを思い出し、三人で走っていた。

 

叔父は一体、無事なのだろうか。嫌な予感が身体中を巡る中、もはや彼は目の前のもの以外は信じられない。

 

ひたすら走る彼の足とは真反対に、彼の中には、もうこれ以上進みたくないと言う感情もあった。これ以上進まねば、彼は目の前の惨状を見ずに、ひたすら叔父が生きていると信じ続けることができるからだ。

 

当然だが、虫の知らせを受けただけで、彼が死ぬ理由など、刹那には到底わからない。国害にやられることもないだろうし、バタフライにやられることも、彼ほどの実力ならば平気だろう。

 

彼は、そう願うことしかできない。このまま足を止めれば、信じ続けることができる。しかし、そうなれば、生きている彼に逢いたいと言う、場違いな欲望も湧いてくる。

 

どちらにせよ、今の彼には進むしかない。

 

身体中に広がる、もう彼は死んだと言う感覚。彼がそれを信じざるを得なくなるまで、コンマ数秒。その間も、彼は叔父の死を信じなかった。

 

そして次の瞬間、彼の目の前には、あまりにも無様な、変わり果てた叔父の姿が映る。

 

それにより、彼は目の前の景色すらも、信じられないパニックに陥る。

 

 

 

 

 

 

 

「…この野郎!馬鹿、屑、無能親父!もっと家族のことを考えやがれ!死ね、死ね、死ね死ね死ねぇ!」

 

目の前には、動かなくなった叔父の姿。血に塗れ、もはやどこまでが彼の内臓で、どこからが彼の皮膚なのかすらわからないほどに切り刻まれた背中。そしてその上には、憎しみの表情を満たした、一人のバタフライ兵。彼女の背後には、怯えた表情でしゃがむ、闇切修羅の姿。

 

自分の叔父が、バタフライの尖兵に殺された。もちろん、その恨みは感じた。しかし、それが快楽殺人や、単なる仕事による殺傷でないことはすぐに解った。

 

間違いない。自分の叔父は、この少女に恨まれ、殺された。誰からも愛されていると思っていた叔父は、この少女に、殺されるほど憎まれていた。

 

一体、自分はこの男の何を知っていたのだろう。彼はそう思い、なんとも言えぬ気持ちになる。

 

しかし、そんな複雑な感情を抱いた刹那とは別に、早月は冷静であった。早月はすぐさま、その少女、親友の闇切輪廻を逆流から引き剥がし、何でこんな惨いことをと、彼女に問いかけた。

 

すると輪廻は、ずぶ濡れになりながら、自分の両腕や、目の前の光景を見た。すると彼女は笑い、一言呟いた。

 

「やっと…このクズ親父が死んだ…」

 

彼女は、それを呟くと正気に戻り、修羅の方を見た。心底からの笑みを浮かべ、彼女自身は血に塗れているが、彼にもう大丈夫だよと笑いかける。

 

そんな顔で言われても、もちろん説得力はない。彼は父親が死んだ衝撃と、それを殺した実の姉との衝撃で、混乱しかけていた。

 

そこで刹那は我に帰り、目の前の状況を把握した。既に息絶えた叔父よりも、まずは修羅の身の安全だ。このままでは、修羅が彼女たちに狩られてしまう。

 

手に汗がたぎる中、彼はとっさに修羅に、逃げろと叫んだ。しかし修羅は動かず、刹那のその声は、彼をさらなる混乱に陥れる。

 

元々、修羅は家族が居ねば何も出来ぬ男であった。姉が殺されたと父親から告げられた時も、父親の言葉だからと信じ込み、まるで疑わなかった。

 

しかし、その父親も今や血まみれで伏している。この場で、彼が命令に反応する相手は、輪廻を除けば一人も居ない。

 

彼のその声を聞くと、輪廻はまた彼に近づき、ついに彼を懐に近づけた。

 

「……修羅!やめろ、バタフライの奴なんかに近寄るな!」

 

「修羅、お姉ちゃんの言うこと、聞けるよね?一緒にお姉ちゃんの所、来るよね?」

 

修羅は、刹那のことなどには目もくれず、彼女の語りかけに、まるで操られているようにうなづく。

 

川に投げ入れられる、石のようだ。無意識に彼女の中に放り込まれ、そこから永遠に這い上がれぬような闇に彼は堕ちていく。

 

刹那は、何となく心の中では気づいていた。恐らく彼女こそ、修羅が死んだと思っていた姉そのもの。単なる従兄の自分とは、立場が違う。自分だって、もし目の前に死んだはずの兄が現れれば、同じようになる。

 

しかし、彼はそれでも、修羅を失いたくなかった。身寄りが少ない刹那にとって、修羅や逆流は、唯一彼が素を曝け出せる少ない味方であったから。

 

「…悪いけど、私達の姉弟関係に首突っ込まないでくれる?そんなことをする辺り、やっぱりあんた、諸行兄さんの弟だわ。どうする?早月もお気に入りみたいだし、あんたもこっちに来たら?」

 

「…断る。俺は、お前たちと仲間になった覚えなんか…」

 

彼が輪廻に対し、恐れと怒りが混在したような、濁った眼で彼女を見ると、彼女はそれを逆撫でるように、彼を更に混乱に陥れようとし、早月の話を持ちかける。

 

「あっそ。早月といちゃいちゃしてる癖に、よく言うわ。まあ、そこが早月は好きなんだろうけど。じゃあ、そろそろ行こっか。」

 

「……うん。」

 

修羅の腕が、手錠で彼女の腕と繋がれる。刹那は、解ってはいても、修羅に対する自分の無力さを悔やみ、複雑な感情を抱く。

 

闇切姉弟がその場から消えていく中、早月は輪廻を見送り、改めて刹那の前にたった。

 

刹那は今、どうしようもない虚しさと、バタフライへの怒りの中で葛藤していた。もし、バタフライの制服姿で、兄である諸行が自分の目の前に現れたら。想像しただけで、胸が張り裂けそうになる。

 

考えてみれば、彼はどちらかに揺られ、恨みや許しの感情を抱いては消し、生まれては死に、まるで「輪廻」の渦のように繰り返す。

 

誰かの意見に従い、まるで奴隷のように従順になる。バタフライを許していたのは、また憎んでいたのは自分の意志であると思っていたのに、まるで叔父や、諸行に操られているように彼は思えた。

 

彼は、急にそんな束縛感を覚え、その関係性を、バタフライ兵である従姉に変わって恨み、自分の心象を整理し、従姉に対する恨みを削除した。

 

違う。バタフライとはもう争わないと決めたんだ。もう繰り返さない。彼は固く心に誓い、早月の胸に抱きついて、誰にも聞こえない、見えないような涙を流した。

 

「もう、せっちゃんは甘えん坊だね…」

 

早月は、できればこのまま、いつまでもいたいと思った。しかし、彼女のスマートフォンにかかる、バタフライの着信がそれを許さない。

 

声の主は、バタフライ一号館の事務に属する、早月の友人のバタフライ兵である。教官からバタフライ兵に出された指令を統括し、それを発信する雑務についている。

 

《早月、そろそろ撤収するってよ!荷物まとめて、バタフライのキャンプまで来て!》

 

彼女は、その着信を聞き、また逢えると良いね。と彼に呟き、彼を引き剥がして、全速力で走って行った。

 

刹那は、それを黙って見送り、彼の心象を案ずるラビットに、俺たちも帰ろうとはにかんだ。

 

しかしラビットは、彼の問いかけに答えず、一人で涙を流していた。まるで大切な何かを失ったような眼。刹那は一瞬、逆流をラビットも知っているのかと思ったが、彼の様子は、それとは違った。

 

「…闇切逆流。所詮、赤の他人の人間だけを味方につけ、自分の身内のことさえ愛せずに終わった、哀れな男だ。そしてまた俺も…そうだって言うのか?イザナミ…」

 

ラビットは、自分の胸を見て、服を力強く握り、しばらくその場を動かなかった。刹那が心配そうにラビットを覗き込むと、彼は我に帰り、なんでもないと言い、刹那と共に去った。

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