バタフライの教師、シェイプ・リペア。いつも右腕を覆っており、その素性を知るものはあまりいない。
その謎はバタフライ兵達の間でも話題になっており、中には彼の能力と関係があるとか、実は機械でできているとか、そんな話も飛び交っている。
そんなバタフライ兵の中で唯一、その秘密を知る人間が存在する。
そのバタフライ兵の名前は殻明テル。その階級こそ低くないものの、情報の管理など、事務を任されている人間であり、そのような情報は彼女にとって、散りばめられた資料の一つでしかない。
「…秘密を知りたい?教頭先生が、シェイプ・リペア先生の秘密をですか?」
「ああ。教頭として、部下の秘密を知らん訳にはいかないからな。ふん、喜ぶがいいぞ。お前のような格下が、私に勅命を受けられるのだぞ?」
バタフライの教頭、リバース・エイラギオ。彼女は、校長である蘭台を除けば、学園の中で最も権力を持つ人間である。
彼女は、バタフライ唯一の司令官でもあり、蝶狩りなどの任務やバタフライ兵の出陣も、彼女の許可無しでは通らない。そんな立ち位置である彼女は、短期で怒りっぽく、またプライドが高い。故に彼女は、シェイプ・リペアが右腕の秘密を話さないことにイラついていた。
そこで彼女は、自ら玉座から降り、その秘密を事務所に訪ねてきた。そんなことをするのは彼女のプライドが許さぬが、それでも、部下の能力を知らないのは、彼女の自尊心をそれ以上に害することであったからだ。
「うん…そうですね。でも…」
「ふん、そうか。話す気がないのなら貴様には死んでもらおうか。所詮は底辺の雑魚に過ぎぬお前など…」
「うう…分かりましたよ。私の知っている限りで良いですね?」
「ああ、構わん。話す気があるならさっさと話せ。」
「はい…まずですね…」
彼女は言われた通りに、教頭にシェイプ・リペアの謎を述べた。
彼が右腕を塞いでいる理由。それは、彼の右腕そのものが存在しないからである。故にその覆いを剥げば、中は少しばかりのオーラがあるだけで、腕がないという。
彼の右腕がない理由は、彼の強力すぎる守護霊に代償を払い、その腕を食われたからだと言う。
彼女が知っているのはこれまでで、そこまでした守護霊がどのような力を秘めるのか。そして、その守護霊がどのような姿なのか。それを知りはしない。
教頭は、十分だとだけ言い、事務室を後にした。丁度その頃、彼らの殲滅を切望する組織である「革命軍」は、小さな集落を陣取る為に刺客を残していた。
その二人は十分な力を持ち、また守護霊の力を持つ。彼らは、集落の中で誰かに知らせまいとしての集落を出る人間を待ち伏せ、見つけ次第始末する役目を持っていた。
しかし、彼らは知らなかった。そこに居る少女が、どれほどの力を持つかを。
「すげえ……」
イザナミと刹那の前に降り立つ、白と黒の色を持つドラゴン。そのドラゴンの攻撃によって、二人はあっけなく地に伏した。圧倒的な力を前に、二人はたまらず逃げ出した。
ドラゴンは様々な力を使い、二人を追い詰めた。ドラゴンらしい光線や咆哮に加え、念力や雨乞いも使い、その姿はまさに「龍神」と呼ぶに相応しい姿であった。
「気をつけな。最近、バタフライやら革命軍やらがこの街を荒らしてるんだ。何でだかは知らないがね。」
先ほどのドラゴン使いの少女は、そう呟いたあと、早足で二人に寄り、あんたらもよそ者だよね、何者?と胸倉を掴んだ。
「…俺は闇切刹那で、こいつはラビットってやつだ。あんたらの村長の頼みで、雨森鈴って人を稽古してほしいって…」
彼女は、その話を聞いたあとも、しばらく刹那の胸倉から手を離さなかった。二つの脅威に、よほど痛い目を見たのだろう。彼女の眼差しからは、狂おしいほどの怒りが漂っている。
しかし、それから数分で彼女は刹那から手を離し。そうか、悪かったねと非礼を詫びた。
「悪かったね。その雨森鈴って女、私だよ。別にそんなの要らないのに、おじいちゃんってば、本当に心配性なんだから。ラビット・ジェニュアリィ…男って聞いてたけど?まあいいや。私は別に稽古なんて要らないし。せっかく来たんだから、ゆっくりしていってよ。」
彼女はそれだけ言うと、まったく持って面倒くさいと、集落の中に消えていった。刹那は彼女の背中を見て、確かにあれほど強いのだから、わざわざラビットが何かを教える必要はないだろうと感心していた。
しかし、何故だか、彼は心のどこかでは、彼女はラビットの教えを請うべきだと考える心があった。何故だかは分からない。だが、彼女には何かが足りない。ラビットが持っている何かを持っていない。そんな気がした。
集落へしばらく彼女と歩いていくと、そこには瓦屋根の家が立ち並び、静かな住宅街となっていた。わずかだが、集落には駄菓子屋など、子供達の遊び場となる場所もあり、どこか懐かしい雰囲気を持っている。
「私達は、ずっとこの村で育ってきた。だから、この村を汚したくないんだ。あんな都会の連中の勝手で、この村はやらない。もう…仲間を大人の勝手で奪われたくない。」
刹那が見た雨森鈴の背中は、頼もしく、また、どこかもの悲しげに見えた。彼女は一つの家の前で立ち止まり、扉を開け、二人を自分の部屋まで案内した。
部屋の中は畳が敷かれていて、他は押入れと勉強机だけがある簡素な仕組みになっており、綺麗に片付いている。
勉強机の上には、1枚の写真が飾ってある。まだ幼いが、一人は間違いなく彼女だ。しかし、その隣で笑っている少女は誰だろう。刹那は、どこかで彼女を見たような気がしたが、その時は一瞬、誰か思い出せなかった。
お茶でも飲む?と彼女が誘うが、返事をするのはイザナミばかりで、刹那は人の話を聞かず、ずっとその写真を見ていた。
茶髪の、癖がある髪の毛。忘れるはずのない水晶の瞳。そんなことを考えていると、彼女は写真に手を取り、気になるならしまおうか?と言い、写真を手に取った。
「…これね、昔からの友達の写真なんだ。もう今は上京しちゃって居ないけど、今もきっと、どこかにいる…そう信じてる。」
彼女が今宵、彼らに自分達の思い出話をし始める時、その写真に映る少女、雨森早月もまた、その話を始めようとしていた。
彼女達は、集落の側を陣取り、野宿の準備をしていた。テントを張り、早月は三人分の夕食を作っていた。
そんな中、殻明テルからの着信が彼女のケータイを鳴らす。内容は、革命軍による危険から住民達の命を守るために、防衛をバタフライに任せろと言う警告をしに行った追加の兵達が、雨森鈴に返り討ちにされたと言った内容であった。
彼女は、みんなに伝わるようにとその着信をスピーカーで鳴らした。二人の少年兵はそれを聞いて、自分達もいかねばと準備をしだしたが、彼女はやめときな、と彼らを引き止め、その上、身体の内から青いオーラを吹き出した。
「…鈴に手出しするなら、それなりの覚悟はしておいてね。」
彼女のオーラを見ると、生徒達は行動を止めた。早月は、そろそろかな、とカレーの火を止め、水溜めに向かい、水上に無限の円を描いた。
彼女のオーラが水中に伝い、中からは焦げ茶色をした無数のタツノオトシゴが姿を表す。
「届けて、鈴に。」
彼女が呟くと、タツノオトシゴ達は再び水中に潜り、姿を消した。
「…ごめんなさい。鈴がいらだっているなら、きっと私のせい。鈴はね、本当はすっごく優しい私の友達…だから…」
雨森の血の元に、二つの魂は惹かれ合う。早月と鈴が彼らに話した記憶の語りは、視点を除けば、全く同じ時のことを話した。
以前、早月が夢に見た、鈴との楽しかった思い出。そして、それに付け加え、早月の知らない、彼女と別れてからの彼女の話を、鈴はイザナミと刹那に話しだす。
その中で刹那は次第に、写真に映っていたもう一人のことを思い出した。そして、それを逆撫でるように、鈴の冷たい水晶のような眼が彼の心象に映る。
そうだ。そういえば似ている。あの水晶のような眼だけではない。声や肌触り、髪の毛の雰囲気、その全てがまるで彼女の生き写し。刹那は耐えきれず、彼女が名前を話す前に、彼女の名前を呟いた。
「…そう、今はどこで何してんのかな。あいつの名前は…」
「…雨森早月。俺の大切な人の名前だ。」
窓際の風鈴は、まるで時を止めたように動かなくなった。