一ヶ月も待たせてすみません。
森林を一瞬に焼け野原とした蒼き龍、ブルーヘッド。彼らは傷を癒すために地に降り、敵である二人の守護霊使いを目にして咆哮をあげる。
それに対し、真菜の吐く予想外のオーラを前にして、ロインは少し驚いていた。彼女は他の生物の守護霊を借り受け、その能力を使用する。生物と共に生き、そして感情を共有する巫女たる彼女だからこそ使用できる能力。
彼女は、寝床から逃れてきた茶色の羽を持つ蛾を人差し指に乗せ、蛾のオーラの全てを借受ける。
「紅龍伝ー精霊!あなた様の能力、使わせていただきます!」
彼女は黒色のオーラを得て、彼女の身体からは黒い蛾が空を舞う。そうするなり、彼女は何かに気がついたようにロインの方を見て、彼女の能力は危険なので、できるだけ私から離れてくださいとロインを退かせた。
あの能力、かなりマズい。それは彼にもはっきりとわかっていた。事実、能力の主である茶色の蛾は能力を渡すと、すぐさま彼女から離れ、寝床の仲間達であるカブトムシやセミ達を引き連れて神社の中へと飛び去った。
「…守護霊というものは、儚いのです。私達は故意的に得ていますが、他の生き物は原則として、どうしても死んでたまるかというときに、その思いに守護霊が覚醒してそれになります。そして、それを得た生き物達は若さを保ち、五十年近く生きます。だから、彼らは彼らが産んだ子供達の死を見届けなければなりません。お辛いでしょうにね。」
「……。」
「五十年、私達にとっては少しかもしれませんが、とても長い時間です。もしあの子達がある日人間になったら、不老不死に近いものを感じるのではないでしょうか。私は、この能力を使って、そんな生き物達と絆を結び、神社で共に生きてきました。初めは人間などと嫌われていましたが、次第に仲良くなりました。彼らが人間が嫌いなのもわかります。私も…人間の汚さは大嫌いですから。あのブルーヘッド達だって、人間がいなければ普通の蜥蜴として生きていたことでしょうね。」
この能力の主である彼女は、二週間前に彼氏を人間に気持ちが悪いからと、身勝手な理由で殺されたそうです。生きるために食されるならまだしも、あんな最期はあんまりであったと。彼女は悲しげに呟き、ブルーヘッドへ走っていく。
ロインは彼女のそんな姿を見て、一人の少女を彼女に重ね合わせていた。もう逢うことのないバタフライの生徒。彼女の瞳は、確かに少女と同じ瞳の色を持っていた。
《…ごめんなさい。もう私、戦えません。だって、可哀想じゃないですか…人間の私利私欲の為に、生き物を殺すなんて。》
「素海…彼女は一体、今は何を見ているのかな…」
ブルーヘッドは彼女を見るなり、灼熱を吐き攻撃するが、彼女はそれを避け、ブルーヘッドの一匹に触れると、ブルーヘッドは黒炎を吹いてその場に倒れる。
「…触れたものを黒炎の餌食にする能力、ですか。」
「はい。彼女に限らず、昆虫達にはこういう能力が多いです。そして彼女は恐らく、こんな能力も使えますよ。」
真菜がロインにそう話した次の瞬間、真菜は一瞬にして姿を消し、別のブルーヘッドの前に姿を現す。
「リバーシブル・シフト!」
ブルーヘッドは、彼女の目の前で再び黒炎を上げて倒れる。彼女の目に宿る寂しさ、その一瞬をロインは瞳に焼き付け、なんとも言えぬ暗い気持ちに襲われた。
一方で、バタフライの兵士、雨森早月は修羅場に遭遇していた。
激流の川に襲われる、一人の少年。彼は一つの岩を片腕で掴み、その岩に命の全てを委ねる。離してしまえば、その先には滝が広がっている。
少年は、まだこの川が激流の名所であることを知らなかった。彼は他の仲間と遊んでいる最中に、風に帽子を連れ去られたのだ。そして、川は彼を激流に引き込み、その命を奪おうとしている。
川には電子柵が張り巡らされている。しかし、今日に限ってその電子柵は起動していなかった。鈴が森の奥へ行くという話もあったことから、彼女の身を案じてのことであったのだ。
「もう…ダメ…」
住民たちの見守る中、彼はついにその手を離そうとする。このままでは、確実に少年は命を落としてしまうだろう。
彼女は、助けようものならば簡単に少年を助けることができる。しかし、そうなれば自らの姿を大の大人に晒すことになる。あまり住民たちにバタフライ兵としての自分の姿を晒したくないことは確かであるからだ。
だが、事態は更に深刻な状況となる。少年の危機を察した男性が、助けようと川に飛び込んだ。
突然の出来事に、彼の身元を知っている彼女は彼の名を叫ぼうとするが、そうすれば、自分が居ることが住民たちにバレて、鈴をまた苦しめてしまうと感じて自らの口を塞ぐ。
彼は、この集落の中で一番の力持ちの男である人間の雨森梓。しかし、この滝は「龍神の激流」と言われ、彼の力以上の激流を持つ川。これを登りきった鯉が龍神と化すと言われ、本来ならば誰も近づかぬ場所。
当然、彼は守護霊を使えるような身体ではない。彼の身体は激流を前にして、少年のように流されていった。
「梓さん!」
早月は、普段ならばとても敵わない男性がいとも簡単に流されていく様子を見てはいられなかった。少年が命を委ねていた岩まで脚力で飛び、少年を抱きかかえる。
「大丈夫?ケガはない?あっ…」
少年は、右腕をケガしていた。少年の右腕の切れ口には砂利がまじり、痛々しい傷を彼女に見せた。
「…ちょっと我慢しててね。」
彼女が回復の力を少年に使うことは簡単であったが、今回ばかりは彼女は守護霊には頼りたくなかった。
守護霊の力は、一見すると超能力のような人間の仕業とは思えぬほどの大技。本人は小技と思って使おうが、使われた方が守護霊の事情を知らぬものならば、それは奇怪な力とも思われてしまうかもしれない。
彼女は、村まで行けばこれくらいの傷ならば手当てできる。そう思い、痛みに咽び泣く彼を励まし、もう少しだからと言って元の場所まで走り去る。
彼女は少年を岸まで運ぶと、すぐに彼女は梓を助けに川へ戻った。彼女にとって、多少の足場があれば川などに入らずとも、彼を川からサルベージすることができる。
しかし、早月と梓では体質が違う。いくら彼女がバタフライの兵士として訓練を受けていようが、彼女が守護霊の力抜きで運ぶことは不可能であった。
命には変えられない。彼女は誰にも聞こえぬ舌打ちをして、彼を助けに向かう。
彼女は瞬く間にその腕で彼を掴み、流石にこの重さは無理かと言ってオーラを放つ。
「飛翔!」
彼女の背中に白い翼が宿り、梓を連れて空を駆ける。その姿はまるで天界からの使者のようで、住民たちは彼女に見入っている。
だから使いたくなかったのに、彼女は苦虫を噛むような顔をして、住民たちを見渡す。
そして、その騒ぎを聞きつけて鈴達もその場所へと向かい、ついに彼女の姿を目にする。
「お前…早月か?村から出て行ったはずでは…」
「ごめんなさい。ちょっとお仕事で戻ってきたんだ。」
「そうか…あの子を助けてくれたのだな…」
彼女を見ると、梓はそのまま気を失って倒れた。彼女は住民たちに二人を担がせ、自らはまた消えるようにその場から帰ることにした。
早く急がねば、鈴を苦しめてしまう。彼女は彼の身の安全を確認すると、逆鱗に自らの力を乗せて走り出す。
しかし、鈴はそんな彼女の前を塞いだ。彼女はその光景に気づき、逆鱗を解除して鈴の前に立つ。
早月の汗と心臓は、もはやこれまでにないほどに彼女の心情に共鳴する。鈴の驚きと無限の怒り、それを肌で感じていた彼女は誤魔化そうと彼女を知らないフリして無視するが、鈴は間違えるはずがないと彼女のワイシャツを掴む。
「早月…なんで…なんであなたがその制服を着てるのよ!」
彼女達に流れる歪なオーラ、刹那はそれを前にして、何も伝えることができなかった。