国害指定堕落都市   作:tesorus

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天才学者と蒼き眼

刹那は、夢を見ていた。

 

樹々が生い茂る森林の中に一つだけある、寂しげな家。そこには、刹那自身と、一人の男。その刹那はまだ幼く、男のくれた食べ物を、貰っては散らかす。男は苦笑いをして、それを片付ける。

 

そんな光景が、ひたすら繰り返される夢。男の名前も、はっきりとした姿も思い出せない。ただ、刹那にとって、男は大切な存在である。刹那は、そんな気がした。

 

目を覚ますと、部屋の外には霧が立ち込めていた。窓を開け、外に漂う霧に顔を出すと、湿った空気の感触と、田舎の匂いが身体に染み付いた。

 

「そうか、俺、あのまま寝たのか。それにしても、あの人…誰だ?まあいいや…腹が減ったな。そういえば、昨日の晩から何も食べてないからな…」

 

刹那は階段を下り、ラビットの雑務室と化している、工場の作業室へ降りた。

 

ラビットは、作業室でトーストを焼き、ハムを乗せて食べていた。横には、前のコーヒーメーカーで淹れたのだろうか。コーヒーが注いであった。

 

「…お前も食べるか?」

 

「…すまん。」

 

ラビットは、トースターにトーストを入れ、ボタンを押した。トースターの上にパンを刺して焼くタイプのもので、短時間でトーストが出来上がる。

 

ラビットは、パンを皿に添えて刹那に渡し、自分は、着ていたTシャツの上にパーカーを羽織り、出かける準備をしている。

 

どこに行くんだ?と刹那が問うと、ラビットは研究所、と答えた。

 

知り合いの女研究者がいる研究所で、サウザンド・リーフでも、割と賑やかな場所に立っているらしい。

 

彼女は守護霊の研究をしていて、刹那の守護霊の一体化についても、アドバイスをくれるはずだから行こう、とラビットは刹那を誘った。刹那は、食べ終わったら支度をすると、彼の誘いに乗った。

 

 

 

 

 

サウザンド・リーフは、天候が悪く、前記したように霧も出ている。晴れた日には奥の山まで、遥か彼方を見渡すことができる丘も、何も見えない。

 

真っ白な霧の世界に、嗅ぐことのできる霧の湿った匂い。全てが彼にとって、初めて味わうものだった。

 

刹那は、この17年の人生で、過去に二回サウザンド・リーフへ来たことがある。一回目は中学校の遠足。二回目は、高校の部活の合宿。しかし、どちらも人気の多い街で、こんな場所へ来るのは初めてだ。

 

「なあ、ラビット。女研究者って、どんな奴なんだ?どんな守護霊を使う?」

 

「名前は梅咲真菜。守護霊は、毒や薬を体内生成する毒蛇。あいつが一体化すれば、体内の血や唾、涙を、毒や薬に変換できるようになる。面倒くさいと言うか、あいつらしい能力だ。そうだ、俺が真菜の能力を教えたんだ。今度は俺の番。知ってるんだろ?雨森早月の能力。」

 

「……ああ。」

 

刹那は、ラビットの問いかけに対して、あまり不思議に思わなかった。普通ならば、何故彼が早月を知っているのか、それを真っ先に問うはずだ。

 

しかし、刹那には何となく、その理由が解っていた。恐らく、早月が彼の元にも来たのだろう。元々、早月の目的は、離反者であるラビットの暗殺。自分を追い、ラビットを見つけることなど、彼女には容易だろう。

 

「早月、あいつの守護霊は、ドラゴンの形をしている。そいつが出るとき、辺り一帯が豪雨になるんだ。あいつは、龍神様とか言ってたか…それで、逆鱗って能力を使えば、女とは思えないほどの腕力を出せるんだ。それくらいしか知らねえ。」

 

彼の話を聞くと、ラビットは、難しい顔をした。恐らく、彼女の力を見誤っていたことに気づいたのであろう。

 

一階のバタフライの生徒ならば、大した守護霊を使えないだろう。彼はそう思い、刹那に語りかけた。弱い守護霊しか持っていないのならば、彼の初めの討伐訓練の相手に選ぼうとすら思った。

 

しかし、違った。そして彼は、それに加え、早月の思考が理解できなくなった。それくらいの力があるのならば、何故上に上がらない。彼女が嘘をついているにしても、二階以上ならば、ブレザーの胸元に勲章が付いている。彼女にはそれが無かったので、恐らく本当であろう。

 

第一、面倒くさいから、それだけで、本当に進階試験を受けないのか。バタフライの生徒は、否、強い守護霊を操ることのできる守護霊使いは、総じてプライドが高い。本当に、それだけの理由で?

 

彼は、思考の迷宮に迷い込むような感覚を味わった。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「…ああ。どちらにせよ、注意せねばならないことに変わりは無い。もっと強くならねばならないのも事実だ。」

 

その後、ラビットは、地図を渡すから、一人で先に行っていてくれと言い、地図を渡して、彼の前から去った。

 

 

 

 

 

 

刹那は、その地図を頼りにして、サウザンド・リーフの街を歩いた。ラビットは、蒼い眼に黒い髪をした少女が居たら、そいつが倍咲真菜だ。と言い残している。しかし、そうは言っても、街はごちゃごちゃしていて、よくわからない。

 

彼は数時間もの間徘徊したが、結局解らず、近くに見えた神社に救いを求めた。

 

神社のは、森林の奥にあり、鳥居の側に上から差し込む光は森林と混じり、緑色の光を放つ。

 

鳥居をくぐると、その光に照らされた、長く延びる参道が姿を表す。その先には、神々しく光る舞殿。彼らの生きてきた汚い世界とは見違えるほど、美しい神社である。

 

彼はその美しい世界に見とれていると、紅白の装束を着た巫女が、美しい笑顔で刹那に話しかけた。

 

「綺麗でしょう?春は植物がとても美しい季節ですよね。旅の方ですか?」

 

巫女は、黒い髪を後ろで束ね、蒼い眼は水晶のようである。刹那は、しばらく巫女と神社に見とれていたが、我に返り、巫女の問いかけに答えた。

 

「あ、はい。まあ…いつもはサウス・メトロポリスに居るのですが、友人の家に遊びに来て…今、その友人の頼みで、人探しをしていて…実は、それで場所を尋ねる為に、ここに来たんです。」

 

ここなのですが、と巫女に地図を見せると、巫女は一瞬ではあるが、憎しみとも取れる表情を彼に見せた。

 

彼女はすぐに自分を諌め、ここならば知っているから、連れていきましょうか。と表面上の笑顔を見せた。しかし刹那はそれを見逃さず、ここに居る人と、何かあったのですか、と彼女に問いかけた。

 

彼女は、何のことでしょう。と水に流したが、刹那はそこに食いつき、守護霊の秘密や自分の故郷のことなど、隠すつもりであった自分の事情を全て話し、その上で彼女にそれを改めて問いかけた。

 

彼は知りたかった。ラビットが話さない、梅咲真菜の秘密を。もしかすると、ラビットが途中で自分を離脱させた意味が、そこで分かるかもしれない。彼はそう感じた。

 

すると、彼女は表情を変え、心配そうに彼を見た。

 

「…あなた、お名前は何とおっしゃるのですか?」

 

「闇切刹那です。巫女さんは?」

 

「私ですか?私は、湖真菜と申します。あなたが探している人は…鬼です。あまり、彼女と逢うことはお勧めしません。皮肉を込めた意味で、好奇心が本当にお強いお方…何をされるかわかりませんよ?」

 

巫女は、立ち話も何ですから、こちらへどうぞ、と言って、神社の社務所まで案内した。

 

 

 

 

社務所の中は、畳で敷かれた和室のような造りになっていて、一番手前の部屋の壁の一部がガラスの窓になっていて、そこで受付などができるようになっている。

 

巫女、湖真菜は刹那を奥の部屋へ案内し、押し入れから座布団を二つ取り出し、床に敷き、どうぞ、と言って刹那を座らせた。

 

「…さて。まあ、話は先ほど全て伺いましたし、聞くこともありませんね。魔物に荒らされた故郷、ラビットさんとの出会い、敵との恋による失恋。そして、鬼の館へ行くよう仕向けられたのが吉日。まだ一週間も経たぬうちに、これだけの災難を受けて、さぞ大変でしたでしょう。」

 

「…まあ、はい。」

 

「私も大変でした。この神社、名前こそ有名なのですが、巫女への規律がとても厳しいのです。服は、巫女装束と寝間着の白い装束以外はご法度。持ち物も、神事や巫女の仕事に必要な物以外は持つ事ができず、外への伝達手段は手紙のみ。筆記具は筆のみ。家にも帰れず、この社務所が寝床です。まるで、お寺のお坊さんみたいですよね。」

 

真菜は、辛いはずの巫女生活を笑いながら話し、しばらく彼と世間話などを交えた。

 

世間話とは言っても、神社暮らしの彼女は何も知らない。話すのは、主に刹那であった。政治の話などをすると、彼女は驚いたり笑ったり、普通の女性と変わらないような表情を見せた。

 

それから数分たつと、彼女は束ねていた髪を解き、せっかく神社にいらしたのですから、少しそれらしいことをしましょうか。と言った。刹那は意味が解らず、それらしいこととは?と彼女に聞き返した。

 

すると彼女は、その場に立ち、床の間に飾ってある刀を持って引き抜き、彼の首元に突きつけた。

 

「え…これは、一体…」

 

刹那が戸惑うと、彼女は溜息をつき、本当に守護霊使いですか?と言って、刀を鞘にしまった。

 

「もう、鈍いですね。あなたも守護霊使いならば、自らの守護霊を育てる為にも、多くの訓練をせねばなりません。ならば、私も甘やかしたりすることはしません。鬼に会うのならば、尚更です。」

 

彼女は刀を再び鞘から引き抜き、右手に持って空に掲げた。すると、刀の先から赤いオーラが発し、彼女を包み込むように、周囲に漂う。

 

一見、巫女が神の力を纏ったかのように見える光景だが、刹那にはその光景は見覚えがあった。ラビットや早月、彼らが発するオーラと似たような感覚、そして、自らも、自身のそれと巡り合ったことで、感触や匂い、それは、はっきりと彼自身の記憶に刻み込まれ、インプットされている。

 

「私と戦い、守護霊との絆を確立させなさい。できたのならば、鬼の住処に案内しましょう。」

 

彼女は、再び鞘に刀を戻し、参道で待っています。と言い、その部屋を後にした。

 

正体を明かし、彼から離れていく。その光景は、どこか早月と似ている様にも見えた。しかし、彼の目には、早月の時とは違う何かが見えていた。

 

「…わかりました。やってみせます!」

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