待っていた方がいらっしゃったのなら、お待たせしました。大学の関係で、少し忙しかったので、遅くなってしまいました。
常盤の湖神社から飛翔する、紅の龍。湖神社は、二人の守護霊使いによって、聖なる闘技場となろうとしていた。
その影に蠢く、蝶の幼虫。相変わらず呑気な雨森早月は、木の影に隠れ、密かに彼らの姿を見ていた。
ただし、別に今回は抜け出してきた訳ではない。更に言うと、彼女達以外のバタフライは、もうサウザンド・リーフから退散した。バタフライは、任務を終えれば、まるで蜜を吸い終えた蝶のように、速やかにその場から帰還する。
かと言って、彼女は特に重要な任務を遂行している訳でもない。今回は、完全に彼女の趣味である。
地位の低い彼女は、もちろん、一人だけと言う訳にはいかなかった。相方として連れてきた女子生徒は、24階の闇切輪廻。皮肉な運命ではあるが、彼女は刹那の従姉である。
ただ、彼女と刹那は、互いに面識がない。それだけが、彼らの救いと言えば救いなのかもしれない。
もちろん、早月もその事情を一切知らない。相方に選んだ理由は、そこに居たから。事実、輪廻と早月は、同じ寮の同じ部屋に住んでいる。仲も良い。と言うか、輪廻は早月のせいで、いつも調子を狂わせられている。
「あいつ、大丈夫?あの巫女が本気だしたら、多分一瞬で死ぬよ?」
「うん、まあ。そうだね。でも、せっちゃんなら大丈夫だよ。多分、あの巫女さんも本気じゃないし。」
「証拠は?」
「無いよ。」
「…はあ。貴女の友達なんでしょ?もう少し真剣に考えなさいよ。いざとなれば、助けにいけるだけの準備はしときなさいよ。言っておくけど、私の蝶だけじゃ、間に合わないかもしれないわよ?」
「…うん。」
二人が木の影から見つめる中、それを知らずに戦闘を始める二人。
湖真菜の守護霊は、湖神社の祀る龍神に似た、赤いドラゴン。自然と調和し、生物に慈悲の心を注ぐ、優しい守護霊。一見、彼女の守護霊に戦闘能力は無い様に見えるが、ドラゴンには、人間以外の生物の守護霊の力を借り、自らの能力かのように操ることもできる。
「一体化、焔龍!さあ、貴方の力を見せてください!」
「いや、ちょっと…待ってください!その…俺…」
「知ってますよ。一体化ができないのでしょう?その答えは、貴方の守護霊に聞いてください。私は、攻撃を止めませんから!紅龍伝ー精霊!一体化、木之葉貝!」
彼女の身体のオーラが緑色に変わり、無数の光線が彼を襲う。
刹那は、守護霊の芋虫を呼ぼうとするが、ここで、一つの問題に気づいた。
守護霊を呼ぶ、方法がわからないのだ。
こないだ芋虫を呼ぶことができたのは、ラビットのくれた石のおかげ。その石により、欲望を増幅させ、中にいた芋虫はそれを食おうと、姿を現した。
しかし今は、その石はない。それ以外に出す方法も思いつかない。何か良い方法はないかと、考えを張り巡らせたまま、彼はひたすら弾幕を避け続ける。
弾幕を避け続けるうちに、守護霊の出し方よりも先に、彼はその規則性に気がついた。
光線の弾幕は、彼女が所有者でないことを条件として、様々な弱点が浮き彫りになっている。ゆえに、本来なら自由に動かせるはずの弾幕に、制約がかかっているのだろう。
どうやら、あらゆる生物から能力を借り受けると言うのも、万能ではないようだ。
左、右、下、下、中央。これを繰り返せば、避けることができる。彼はそれを身体に染み込ませ、空いた脳で、ひたすら、それらしい記憶を探した。
彼は数分後、一つの記憶を見つけ、守護霊を呼ぶ守護霊使いの、一つの共通点を思い出した。
それは、守護霊の名前を呼ぶこと。しかし、彼にとって、それは不可能に近かった。
他の守護霊使いは、守護霊を呼ぶとき、その守護霊の名前を呼ぶ。しかし、彼は自分の守護霊の名前を知らない。
彼は、予想できる限りの名前を考えるが、結局、何も思いつかない。唯一思いついたのが、彼の苗字である「闇切」。彼そのものの中に居るのならば、この虫が生まれたのは闇切の家。ならば、虫の苗字も闇切なのでは。
しかし、本当にそうなのだろうか。彼は少し悩むが、雨のように降り注ぐ光線を前に、悩む暇などない。
光線は目の前。出なければ即死。神にも祈る気で、彼は叫んだ。
「来てくれ、ヤミギリ!」
彼は、光線の眩しさに目を瞑った。死んだ、彼はそう思った。目を覚ました時に、目の前に広がるのは天国か地獄か。
否、赤いバリア。体内から黒い芋虫が現れ、芋虫は赤いバリアを張った。
赤いバリアは、彼と芋虫の周りの光線を全て弾いた。しばらくすると、光線は降り止み、神社には彼と真菜、それから、芋虫、ヤミギリが残った。
真菜は、彼とヤミギリに拍手し、お見事!と笑った。
「なるほど、それが貴方の守護霊ですか。いや、ヤミギリと名づけたのですね。…なるほど、まだ小さいですが、強い炎のオーラを感じます。」
そうか、名前は自分がつけるのか。もっと格好良い名前をつければよかった。彼は一瞬そう思ったが、その心情を表に出すことはしなかった。
すぐに、次の攻撃が来る。そう直感で感じ、彼は構えた。流石ですね、と真菜は褒め、次の守護霊を動物から借りたのか、オーラは白いオーラに変わった。
「一体化、四脚ノ鬼烏!さあ、今度はどう倒します?」
地中から、黒い毛の生えた鞭が、彼目掛けて襲いかかる。
今度は、その鞭の規則性を見つけることができず、無様に何度も何度も攻撃を受け続ける。
ヤミギリは、じっと刹那を見ているが、刹那はそれに気づかず、ただ鞭の行方を見ながら、右肩、左肩、右足、左足、身体のいたるところが傷だらけになり、地に落ち、神社の砂が傷口に染み、痛さのあまり、とうとう悲鳴を上げた。
「どうしますか?あらら、そんなに傷だらけになって…治療しますから、もう止めましょうか?」
「…冗談じゃねえ。ここまで来て、そんなこと、できるかよ!ヤミギリだって…ん?」
刹那は、視界が眩む中、ヤミギリが彼に、ずっと話しかけていることに気づいた。
一体化するには、互いが互いに自分の全てを委ねることを誓う。それが一体化の条件である。ヤミギリはそう言いたいらしい。伊達な絆ではできぬ究極の絆。それこそが、守護霊との絆。しかし、そんなことは、今の彼とヤミギリには過ぎた話であった。
彼には、ヤミギリの言いたいことが伝わってきた。まるで、脳内に直接話しかけられているかのように。
「当たり前だろ、ヤミギリ。俺のためにここまでしてくれるお前を、俺が信じない訳ないじゃないか!来いよ、全てを一つにする!一体化、ヤミギリ!」
刹那の身体に、ヤミギリが飛び込む。刹那は、身体の中が熱く燃えるような感覚を覚えた。
手のひらを見ると、赤いオーラが、その手のひらを覆っている。灼熱の糸や、火炎放射。この力の使い方が、まるで何年も使ってきたかの如く、脳裏に染みついている。
恐らく、あのバリアではこの鞭は流しきれない。途中で砕かれ、残り3、4発が飛んでくる。バリアを再び張る時間はない。
ならば、この神社の地形を利用できないだろうか。刹那はそう考え、木に腕を伸ばし、指から白い糸を投げた。
「黒蚕の奇跡!」
木に糸を縛りつけると、木は火を吹き、糸を境にして二つに折れた。鞭は折れた木に突き刺さり、動かなくなった。
…やはり、守護霊自体は弱くとも、その力で出来る最大のことをすれば、ワンランク上の守護霊を相手に闘える。
そう思いながら、刹那がほっとしているのも束の間。残りの鞭は躊躇なく、刹那を襲う。しかし、この数ならば、あのバリアで防ぐこともできる。
「黒蚕の死封結界!」
刹那が地面に手のひらを当てると、赤いバリアが目の前に広がった。鞭は、バリアに突き刺さり、バリアを破ろうと、ビクビク動いている。刹那は力を込め、バリアの隙間を閉ざそうとするが、鞭も硬く、なかなか千切れない。
よもやこれまで、そう思ったとき、刹那は、運良く脳内に、鞭の対処法を思いついた。
「待てよ、あの鞭…毛が生えてる。毛って、燃えるんじゃないか?…やってみる価値はある。黒蚕の死封結界を解除する。鞭に切り裂かれる間、わずか数秒。行くぞ、頼む、ヤミギリ!」
赤いバリアが、目の前から消える。鞭は、彼めがけて飛びかかってくる。
祈るような思いで、彼は腕を前に伸ばした。
「黒蚕ー奇跡の舞!」
彼は鞭をつかみ、上に飛び乗った。すぐに彼は鞭から振り落とされ、彼はその後、すぐさま退散したが、オーラは火となり、鞭を焼く。流石に、鞭そのものを焼き尽くすだけの威力はないが、オーラの火は鞭に引火しており、鞭はパチパチと音を立て、焼けていく。
刹那はそれを見届けると、気を失い、その場に倒れた。
輪廻は、刹那を助けようと手を伸ばしたが、早月はそれを止め、大丈夫だよ、と彼女に声をかけた。
倒れた彼に対し、真菜はお見事、と彼に拍手を送った。