国害指定堕落都市   作:tesorus

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倫理無き科学者

サウザンド・リーフ、天気は豪雨。刹那が気を失い倒れている頃、ラビットは、倍咲の住む研究所までたどり着いていた。

 

研究所、とは言っても、そこまで大きい訳ではなく、少し研究所っぽく改造した、小さい家のように見える。

 

科学者、倍咲真菜は用心深く、飽きやすい。指紋認証、生体認証、カード、顔面認識…せっかく作った頑丈なセキュリティすら、すぐに面倒になってしまい、ほぼ全てが電源が切られ、残っているのはロック番号を要求する、頑丈な扉だけだ。

 

その頑丈な扉すら、パスワードを覚えるのが面倒くさいと言って、番号は、購入時の「1234」と、見掛け倒しでしかないような作りになっている。鍵など、かかってないのと同じだ。

 

ラビットは、まるで自分の家のように鍵を開け、中に入った。

 

 

 

 

 

部屋には電気もついておらず、一寸先すらも見えないほどに暗い。手探りで辺りを探ろうとしても、どこもかしこも書類の山で、何も見えない。

 

まあそんなことは、ラビットは慣れっこである。書類の山をどかし、通路を歩いて左側にある、彼女の部屋に足を踏み入れた。

 

「倍咲、入るぞ。」

 

ラビットはそう扉に叫び、扉を開けようとするが、扉は全く動かない。鍵はかかっていないようであるが、山のような書類が道を塞いでいて、入れないのだろう。

 

ラビットはうんざりし、しばらくそのまま待っていると、中でガサガサと音がして、扉が静かに開いた。

 

ラビット?と彼の名前を呼び、寝癖のついた黒髪の女性が、扉の中から覗いた。

 

「ああ。元はお前が呼んだのだろう。要件はなんだ。」

 

「ん?ああ。そういえば、うちが呼んだんだったね。ラビットと会うの、何ヶ月ぶりだろうね。」

 

「…6ヶ月と、20日12時間31分だ。」

 

「そっか。相変わらず、よく覚えてるね。あの時は、川崎と一緒だったっけ?まあ川崎も川崎で、凄い仕事熱心だよねえ。蝶なんか放っておけば良いのに、さ。」

 

「…ああ。だが、お前が依然、蝶と通じていたのも、列記とした事実。」

 

「はいはい、解ってますって。だって、川崎達の作戦横流しってだけで、九千万だよ?やっぱ、世の中金ですよ。研究機材にも金がかかる。水槽一つ設置するにも数十万。カネカネカネ!いやぁ、でも、いくらあんな虐殺組織だからって、一応国連の組織でしょ?そのトップが、その組織に対するレジスタンスと通じてるだなんて、本当に良かったのかね?金なだけに!なんちゃって。」

 

「…レジスタンスを気取っているのは川崎だけだろ。」

 

できれば、ラビットは自分達を金で売ったことにも釘を刺しておきたかったが、何となくそれは、自分と彼女との仲をとどめて置きたいと言う感情が、彼を引き止めた。

 

と言うのも、彼女が科学者であるだけあり、国害の生態系については、彼女が一番詳しい。廃工場に集まった、たった数人の部隊が、国害と戦うことができるレベルになったのも、ラビットと倍咲の知識あってこそだ。

 

よって、サウザンド・リーフでは指折りの知識無しでは、ほとんど彼らは動くことはできなかった。故に、彼女の機嫌が、彼らの動きを制御していたと言っても、過言ではないのかもしれない。

 

「で、まあ要件なんだけど、特にこれといった用事ではないんだけどさ。まあ、暇だし…死んでもらおうと思って。」

 

倍咲から漏れた、わずかな殺気。ラビットはそれを逃さず、彼女から離れた。倍咲は、そんな怖がらないで下さいよ。と言い、ラビットに歩きながら近寄る。ラビットは警戒しながら、彼女との適切な距離を取る。

 

「ははっ。やめてよ、嘘だよ。嘘。冗談が通じないねえ、ラビットは。」

 

「…いつものことだが、上手く殺気が消せてないぞ、倍咲。」

 

「ええ、知ってるわ。別に、闘うことまでが冗談とは言っていないでしょう?いつも通りですが。守護霊、毒蛇ゴッグル。」

 

彼女の右腕に、黒い鱗の蛇が巻きつく。蛇は、その赤い口から伸びる歯の先から、透明な液体を垂らしている。

 

ラビットは、フードの内ポケットに入っていたハンマーを引き抜き、先から白いオーラを漏らした。

 

とても危険な状況のように見えるが、実は、彼らにとって、こんなことは日常茶飯事である。出会い頭に殴り合い、強さを見極める。

 

倍咲にとっても、彼の底知れぬ強さは興味深く、望むなら、彼をホルマリン漬けにして、永遠に自分の元に置いておきたいとすら思うほどだ。

 

しかし、底知れぬ強さ、それは倍咲も持っている。実際に本気で殺しあえば、逆にラビットが音をあげるほどの強さだ。

 

いや、「倍咲の方が強い」と言うのは間違っているかもしれない。何故そう言うのかと言うと、倍咲は、まともに戦う能力を持っていない。彼女の守護霊の能力は、ラビットや早月の何倍も恐ろしく、卑怯な能力であるからだ。

 

恐らく、その能力をふんだんに震えば、実際にラビットをその強さで殺め、前記の通りにすることも可能だ。

 

しかし、彼女はそうしない。それは、別にラビットが可愛そうであるとか、そんな慈悲のある理由ではない。単に、被験体の新鮮さが失われてしまい、生きている時の息遣い、心臓の鼓動、筋肉の動き、オーラの変動などのデータを取る術がなくなるからだ。それ以外の理由は、特にはない。

 

ほんの僅か殺気を流すのも、彼の、ちょっとしたオーラの変動を見るため。実際に彼女が戦ったりすることはない。

 

しかしラビットは、そこで本来の目的を思い出し、自らを諌め、オーラを断ち、外に出かけた兎は消滅した。

 

倍咲は、お腹でも痛いの?と彼を気遣った。それもそうだ。本来なら、この時点で彼は飛びかかり、兎の如く走り回り、彼女の能力の標準を合わせないようにするからだ。

 

ラビットはしばらく黙り込み、それから、彼女の目を見て、彼女に胸の内を晒した。

 

「…やめよう。今日は連れがいる。正直、お前にそいつ関連の頼みがあって来たんだ。まだ到着していないみたいだがな…」

 

「ふうん、連れね。うちに頼みってことは、身体の改造でもして欲しいの?」

 

「いや、違う。そいつは、まだ守護霊を使いこなせないくらいに弱い。だから、あいつに守護霊の使い方を教えてやってくれないか?頼む…」

 

彼がそう言い、ハンマーをしまい、頭を下げると、倍咲は彼が、異様な行動をしているのかと思っているかのように、彼を凝視した。

 

彼女に、いや、彼を知っているあらゆる人間に取って、ラビットが誰かに懇願する姿など、貴重な物でしかない。何故ならば、彼は鋼のような固いプライドを持ち、一切を他人に頼らない人間として有名であるからだ。

 

そんな彼が、そこまで大切にする、連れの存在。彼女にとって、それが如何に興味を引くものかは、お察しの通りであった。

 

しかし、彼女は同時に、ラビットから匂う、わずかな蝶の香りにも気づいた。倍咲は、研究者であるが故に、興味を引くものに対しては、驚異的な嗅覚を持つ。その嗅覚が、彼の身体に僅かについた、蝶の匂いを感知したのだ。

 

蝶の匂いとは、蝶の生徒がつける、消臭剤の匂いである。蝶は、主に国害に対する仕事を請け負う為に、国害に生物の匂いを悟られぬように、その消臭剤を、制服に吹きかける。その消臭剤は、普通はほとんど匂いがしないが、ほんの少しだけ、国害が嫌うような匂いを含む。

 

倍咲に限らず、廃工場に住んでいた仲間は、その匂いを蝶の消臭剤の匂いだと知っている。故に、彼女はそれが、その匂いだと感づいた。

 

まあ、彼女にとって、蝶など、ただの元金蔓にすぎない。しかし、彼女は、その連れが弱いことと、蝶の存在の関連性に、少しだけ嫌な予感がした。

 

もちろん、その消臭剤の匂いは、昨日の早月のものであり、その連れ、刹那と面識があることなど、彼女は微塵も知らないからこその、ただの誤解であるが。

 

「良いよ。でもさ、そもそも教えられるのかね。」

 

「…どういうことだ?」

 

「ねえ、あんた、数日前に、蝶を潰したりしたか、それはなくても、蝶に出会ったりした?」

 

「…ああ。」

 

「あのさ、もしその蝶が生きてるなら、その連れ…危ないんじゃない?」

 

ラビットは、その話を聞くと、すぐに部屋を飛び出そうとした。しかし、倍咲は彼の右足の前に足を突き出し、彼を転倒させ、それを止めた。

 

「待って。もし彼が生きているとしたら、あんたとの関係、バレたらどうなると思う?…大丈夫だよ、きっとこんな雨だから、これないだけって可能性もある。でも、もしそうなら、追われている可能性もあるよねってこと。電話くらいしたら?ってね。」

 

「…そうなら、先に言えよ。」

 

ラビットは、しばらくして起き上がり、溜息をついて、スマートフォンの電源を入れた。

 

雨は、まだ土砂降りであり、止む気配などなく、しとしと降り続いていた。

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