逃亡者
夜中一時、脱走者を知らせるバタフライのサイレンが、島中に鳴り響く。
脱走者な二名。一人は女子で、もう一人は男子。二人とも、制服は着たままだ。
二人の走るスピードは早く、バタフライの全ての建物にロックがかかる前に、彼らは寮から抜け出し、場外に逃げ出した。
教員達は焦っていた、普通ならば、バタフライはサウス・メトロポリスの北側の地区の、人口川に囲まれた施設なので、潜水艦と跳ね橋さえ押さえておけば、絶対に逃げられることはない。
しかし、教員達は知っていた。男子の方には、彼の守護霊に、ワープを可能にする機能があることを。
バタフライの場外に、サーモグラフィーで自動発射される銃による銃声が響く。バタフライから脱走者が出れば、蝶狩りのことが民間人に伝わり、国際関係に関わるかもしれない。故に、バタフライの脱走防止機能は、死刑囚の牢獄よりも厳重だ。
しかし、故に弱点もある。脱走者の男子、心境名利はそれに、もう何年も前から気づいていた。パターン、死角、弾切れの時間、それからリロードまでの時間、彼は今日まで、それを幾度となく研究してきたのだから。
「大丈夫だ、秋村。もうすぐで自由になれる。俺たちの人生を、奴らなんかに奪われてたまるか!」
「うん…でも、私達だけ、本当に良いのかな?他のみんなも、きっと逃げたがってるに決まってるのに…」
「大丈夫だ。この現状を民衆なばら撒けば、蝶が潰れるのは時間の問題だ。だから、俺たちがみんな救うんだ!出てくれ、千本刃魚!うまくいってくれよ、歯車の世界!」
彼の中から現れた、銀色に輝く魚が、三つの歯車を口から放つ。その歯車は彼らを囲み、彼らは一瞬にして姿を消した。
彼らの消失を検知すると、バタフライの監視室は凍りついた。こんなことがあってはいけない。その後、再びすぐに探さねばと大騒ぎになったが、そこに一人の男がたどり着き、鶴の一声を発して、辺りは静かになった。
「放っておけ。二人だけならば、例え彼らがそんなことを言いふらしたとしても、証拠がない限り、あまり大きな問題にはならない。まあ、逃げ出したことから、学内の学生同士の関係に問題があったのではと言う、全く別の問題に発展することは必須かもしれんがな。安心しろ、お前達が思っているような問題にはならんよ。」
「こ…校長…しかし…」
「まあ、お前達がそう騒ぐようならば、それが本当だと疑う人間は現れるかもしれんがな。もう今日は遅い。お前達も休め。」
「は…はい。」
次の日の朝4時、バタフライの生徒達は、7号間に集められた。内容は、当然逃亡者の捕獲。
生死は問わない。とりあえず身柄をバタフライに引き渡せば、それで任務は終わる。参加すれば、次の日のサバイバル訓練をチャラにしてもらえると言う報いがあることを彼らは説明された。
参加する者は、午後の二時に、外と繋いでいるゲートがある、1号館に集合すると言う約束も伝えられた。要件はそれだけなので、学生同士の集まりはすぐに解散となった。
もちろん、教師達が、全く校長の話を考慮せずに動いている訳ではない。教師達は、二時に集まった生徒に、できるだけ探索は隠密に行うようにと伝えるつもりだ。
「参加しようよ。もしかしたら、あいつに会えるかもよ?」
「そんな訳ないでしょ…今回は身内の事件でしょ?イレイズじゃないなら、多分せっちゃんは来ないよ。まだ朝ごはんには早いから、私は寝るよ。昨日も、その件の警報が五月蝿くて、全然寝れなかったんだから。」
全くやる気のない表情の早月と、もう参加をする気でいる輪廻。
輪廻は、このような学内の異変に関しては、特に敏感な娘である。本人は意識をしていないが、バタフライの本命であるイレイズよりも、ずっと早く事件を解決するように動く。
その彼女の勇敢さに、一目おく学生が多いのも事実だ。それは同姓からだけではなく、異性からもそうである。
実は、彼女は、そのような性格になったのは、9歳でバタフライに入ってからの話である。その前までは、宿題も授業もとにかく放り投げていた問題児であった。
音楽の授業では他人のリコーダーを奪って使い、それを担任にバレて怒られ、算数では、ブロックをメダカの水槽に入れ、挙げ句の果てにドリルを間違えてゴミ箱に捨てて大泣き、真面目とはかけ離れた人間であった。
彼女に何があったか、それを知る者は、バタフライには彼女くらいしか居ない。ただ彼女の目の中から伝わるのは、地底の底のような悲しさと、それを蒸発させるように照らす灼熱の光。
それが彼女の性格の変貌と、何か関係があるのかもしれない。
結局、早月はそんな彼女に流され、逃亡者捕獲作戦に参加させられた。
彼女達が1号館に集まる午後二時、刹那は一人、サウス・メトロポリスの自宅近くに戻っていた。
もしかしたら、自分の世話になった家族が生き残っているかもしれない。そんな淡い希望を持ちながら。
ところが、彼の自宅近くは、国害に汚染された地区として、立ち入り禁止になっており、住民は、サウス・メトロポリスの警察が建設した避難所に避難しているようだ。
ラビットからは、彼はまだ昨日の怪我を心配していて、彼は色々な不安をされたが、何とかラビットを説得し、彼は今この場所に居る。ラビットは、元は自分が誘ったと言うこともあって、随分と根に持っているらしい。
彼は、誰一人通らないこの場所で、一組の男女とすれ違ったので、その通りすがりの青年を呼び止め、避難所はどこかと言うことを聞いた。
青年は、白いTシャツと青いズボンを身につけ、若干疲れているような表情を見せている。
青年が連れている、ワンピースを着た黒髪の少女も、同じような表情をしている。しかし、様子を見るに、現地の人間ではなさそうだ。
「あの、すみません。」
「…お前は誰だ。ここの人間か、違うな。どうもそんな様子ではない。となれば…!この年頃、いずれ見つかると思っていたが、まさかこんなに早くに…!」
「……え?」
彼は、一人でぶつぶつと独り言を言い、すぐその後、急に刹那から距離を置き、急に身体を光らせた。
刹那は、しばらく、一体彼が何を言っているのか解らなかった。が、彼が守護霊使いである事、そして、彼に話しかけられ、すぐに身を引いたことから、彼もまた勘違いをし、二人から身を引いた。
「…お前、バタフライの人間だな。」
そう言ったのは刹那…ではなく、青年の方であった。彼の目には、刹那に対する恐怖心で一杯になっている。
その言葉を聞いて、刹那は酷く驚いた。それと同時に、彼の中からは、先ほどとは違う、別の勘違いが生まれつつあった。
「悪いが、俺たちは捕まるわけにはいかない。お前には、ここで消えてもらう!」
「ちょ…ちょっと待ってくれ!」
「問答無用!秋村、下がってろ。こいつは俺が倒す!」
「で、でも…そんなことしないで、この子もきっと逃げたくて仕方ないんだから、この子とも一緒に逃げれば…」
「お前は解ってない!洗脳を受けている生徒が、俺たちの正義なんか聞いてくれるもんか!悪魔の手先でしかない!早く片付けてやる!一体化、千本刃魚!」
彼の身の中に、全身が刃でできた魚が埋まっていく、すると、彼の腕の爪はナイフのように伸びた。
このままでは殺される。そう思った彼は、戦うことを選んだ。こんな状況、湖真菜さんと出会わねば瞬殺だった。彼はそう思い、そのコンマ一秒、彼女に深く感謝した。
「来てくれ、ヤミギリ!俺たちの思いを一つに、一体化!」
彼の中に、ヤミギリの熱い魂が伝わる。
ヤミギリは、まだ生まれて間もない。彼自身の能力は未熟で、まともな威力を持たない。故に、この能力を戦闘で使うには、冴えた頭が必要だ。
この間は、森林などの活かせるギミックがあったが、今度は何もない。糸で燃やしてバリアにすることができるものも無ければ、武器にするようなものも無い。
「奇術師の隠し玉!」
オーラが青年を包み、青年はピエロのような服装に変わった。そして彼は、帽子を刹那の方向に放り投げた。すると、それは一瞬にして無数のナイフに変わった。
刹那は逃げ回るが、ナイフは彼を追跡し、どこまでも追いかける。
彼の守護霊の能力は、彼がオーラにより服装を変えることで、その本来の能力が発揮される。奇術師の隠し玉、この彼の能力は、彼がピエロのような服装に着替えることで、帽子をナイフや剣などの刃物に変えることができる。一度敵に投げれば、その刃物は、巻かれるまで敵を追い続ける。
巻かれ、敵を見失えば、その刃物は元の帽子に戻る。
逆に言えば、巻かなければ、何があろうと、その刃物が失われることはない。それが、この能力最大の長所でもある。
「くそ、黒蚕ー奇跡の舞!」
刹那は、ナイフを掴み、帯びた炎で溶かそうとしたが、いくら熱しても、ただ金属が発光するだけで、金属は溶けない。
「マジかよ…白金でも溶かす炎だぞ。どんな耐熱構造してんだこれ…」
「ふん、無駄だ。そのナイフは決して溶けることのない、オーラの武器。しかも、自由に種類が変わる!」
彼の掛け声と共に、ナイフは姿を変え、西洋風の剣に姿を変えた。それを押さえていた刹那の掌は、血だらけになった。
刹那が剣を手から離し、彼が高速で駆け回りはじめると、再び剣は彼を追跡しだした。
このままでは、勝ち目はない。彼はそのことを自覚していた。そんな中、彼は一つの策略を見出しつつあった。
彼がその策略を、青年に試そうとしたのと時を同じくして、早月は一人で、サウザンド・リーフのラビットの仲間の最後の一人、川崎朱雀が新たに作った、仲間の一人と戦っていた。
追記:バタフライの場所についてを修正。なんか孤島だと、某学園カードゲームアニメと設定が丸かぶりになるので。