その願いは、姉弟同じものなのだろうか。
ふと、そんなことを考えながら、わたしは踵を返した。
「大丈夫ですよ、わたしこう見えても、強いんですから」
もしかしたら、この言葉はミツバにとっては嫌味なのかもしれない。
だけど、たとえ姉弟の想いが違ったとしても。
わたしが強ければ、両方守れるだろうから。
愛おしげに桃色の胡蝶蘭の花束を見つめる彼女の向こうで、紅葉が一枚落ちた気がした。
その日の夕方。
わたしがふと、道場で汗を流そうと思ったのは、ただの気まぐれだった。
道場の扉の向こうで、久々に見る沖田の姿は、とても疲れていた。
「土方さん、お願いします。少しだけでいいんです。蔵馬を見逃してください。姉上に、人並みの幸せを味合わせてやりてェんです」
そう言って、頭を下げる沖田に、土方は背を向けた。
それでも、沖田は言う。
「自分のことを置いといて、俺の世話ばっかして、婚期も遅れちまった。それだけじゃない、姉上は土方さんを――」
「……取引は明日の晩だ。刀手入れしとけ」
沖田の声を遮り、冷たい声音でそう言う土方と、目が合う。もちろん、土方はカツラを外し、私服の道場着を着ているのだが、なぜか罰の悪そうな顔をしていた。
その奥にいる沖田の歯ぎしりが聴こえる。
「気に食わねェ……」
沖田が、竹刀を上段に構える。
「土方ァァァアアア!」
一足で詰め寄ってきた沖田の竹刀を、土方は自分の竹刀で軽く受け止めた。沖田は構わず乱撃を繰り返すものの、太刀筋がすべて甘い。たとえこちらに武器がなくとも、かわすのは容易であろう。
ただ、道場内に彼の足踏みが無駄に響く。
「テメェだけは! テメェだけはァ!」
わたしは知っていた。ミツバの余命は、あと僅かなのだという。
きっと、そのことを想っての、沖田の願いなのだろう。
最期に、素敵な結婚を。最期に、人並みの女の幸せを。
必死の沖田に、わたしのことは見えていない。
沖田の剣の腕は、真選組随一だという。
ならば、土方より沖田の方が強いということ。
だけど、土方だって、一流の剣士には違いないのだ。
迷う剣を、打ちのめすのは容易い。
土方が竹刀を突く。体制を崩した沖田に、一撃、また一撃と確実に当てていき。
沖田が膝を崩すのは、早かった。
「知らねぇーよ……知ったこっちゃねぇーんだよ。お前のことなんざ」
倒れる沖田を背に、そう言い残して、土方は去っていく。
「気に……食わねェ……」
そう呟いて、目を閉じていく沖田を、わたしは見下ろした。
「あーあー血だらけになっちゃって。土方さんもムキになっちゃって、大人げないわねぇー!」
敢えて聴こえたらいいなと思って、わたしは声高々言い放つ。
打ちどころが悪かったのか、それとも良かったのか。沖田は頭上でこんな大声叫ばれても、目を閉じたまま気を失っていた。
――ま、ここまでやんないと、総悟くん止まりそうにないもんね。
「てか、総悟くんをわたしが運べってか? 責任持って、自分で部屋まで運んでって欲しいんだけど。華奢なわたしが腰痛に悩んだら、どうしてくれるんだか」
独り言を呟きながら、しゃがみ込む。
こめかみが切れてしまっているらしい。目に血が入らないように、軽く拭う。
「可愛いねぇ」
もしも起きていたのなら、絶対に嫌がるようなことを呟いて、わたしは笑った。
「人並みの幸せが、その人の幸せとは限らないんじゃないかな?」
だからこそ、一生懸命な彼のことを、こう想うのだ。
「ほんと、可愛いねぇ」