首には、いつもの赤い首輪を付けていた。彼女の指先が鈴に触れて、チリンと可愛い音がする。
色も合うし、ワンピースの胸元がかなり開いていたから、露出を押さえる意味でも付けたままでいいかと思ったのだが。
「……なかなか、そそるじゃない」
唇を舐めながらそういう彼女の顔が、彼と重なる。
「……離れてもらえます?」
「あら、御免なさい」
顔をしかめるわたしに、彼女は余裕の笑みを返した。
「お姉ちゃんも今日の助っ人なのか?」
一歩後ろに下がった彼女に対して、銀時が疑問を投げかける。
彼女は髪を指で弄びながら、名乗った。
「えぇ。今日はランと名乗らせてもらうから。よろしくね、旦那様」
「旦那ってか……普段はメイドかなにかか?」
「それは秘密」
唇の前で指を立てる彼女の手は、さっきも思ったがけっこう大きいようだ。肩幅も少し広いのか、ストールを巻いて隠しているようである。
それでも、爪は赤で彩られており、動きの一つ一つが優雅。努力を欠かさないこういった女が、きっと本物の夜の蝶なのだろう。
――侍が、一丁一夕で蝶になれるわけがない……か。
ちょっとだけ落胆しながら苦笑していると、
「皆さま、準備が整いましたか?」
現れたのは、この店のオーナーらしき男。いかにも胡散臭い恰好の男の隣には、紫の着物をしっぽり着こなす妙がいた。
――あら、いつも通りなんだ……。
そんな疑問を口に出す間もなく、オーナーがパンパンと手を叩く。
「もうすぐお客様が到着されます! 皆さま、不慣れな方も多いとは思いますが、今日一日、なにとぞ! なにとぞ宜しくお願いいたします!」
オーナーも緊張しているのだろう。声かけが堅かった。
スタッフの半分は素人で、しかも四人のみ。それでも迎えなければならない客が果たして誰だかは知らないが、江戸随一の大物とのこと。失敗したとならば、店が潰れるのも簡単らしい。
――それで、妙さんが職を失うのは、可哀想だしね。
わたしのそんな同情をよそに、妙はいつも通りの朗らかな笑顔だった。
「さぁ、みんな! お迎えの準備をするわよ! 入口に集合して!」
わかりやすい指示の元、移動する。入口付近で並べと言われ、わたしと神楽、反対側に妙とランが並んだ。
「なぁーなぁー、私でもちゃんと出来るアルか?」
いざとなって不安になってきたのか、神楽がわたしを見上げてくる。
――可愛いなぁ。
極力優しい笑顔を作って、わたしは頷いた。
「大丈夫だよ。基本的に笑って話を聞いていればいいだけらしいし」
「簡単アルな!」
「わたしたちなら楽勝でしょ」
わたしがこぶしを作ると、神楽のこぶしがカツンと当たる。
さて、と入口が開くのを確認しようと視線を動かしたとき、向かいのランと視線が合った。
何か言いたげな顔でこちらを見ては、挑発的に口角を上げていて。
――何、あの人……?
訝しく眉をしかめた瞬間、扉の向こうから現れた人影に、わたしは驚愕の声を上げる。
「と……トッシー!」
「だからトッシー呼ぶなっつーの!」
登場早々そう怒鳴ってくる土方は、いつもの黒い真選組の制服を着ていた。そして、隣には局長が残念そうな顔でこちらを見ていた。
「もしかして……桜ちゃんにとって、俺って影薄い……?」
「や、別にそういうわけじゃないけど、なんか近藤さんってよく唾が飛んでくるようなイメージでね?」
「ひどい! ひどいよ、桜ちゃん!」
何故か近藤が泣いているが、そんなことは今はどうでもいい。わたしは土方に尋ねる。
「江戸随一の客って……まさか真選組ってオチはないよねぇ?」