手に刀を持ったまま、両手で耳を塞ぎ、一呼吸。
――よし。
わたしは狙いをつけて、駆ける。
振り下ろされる錫杖。右足を重心に半回転し、手首を返して、首元を狙って刀を振り下ろす。掬いあげられた錫杖と重なり、その衝撃に身を任せ、飛び退く。
奈落の口が開いた。しかし、わたしはそれを聞きとることなく、もう一度詰め寄る。飛び上がりざまに刀を撫で上げ、それをかわされたところですぐさま、また手首を返して振り下ろす。着地と同時に足をすべらせ、坂の勢いを使って、もう一突き。そこに、錫杖の突きがすれ違い、わたしのみぞおちを狙ってくる。すれすれでわたしは後ろに跳躍し――すぐ様後ろを向いて、屋根を駆けあがる。
そして、沖田と避雷針を結ぶ紐を、一閃した。しかし、沖田は目は閉じたまま。
小さく舌打ちし、振り返る。奈落は感心したような顔をしたものの、悠然とまた、佇んでいた。
「やっぱり、読まれていたかしらね」
わたしは苦笑する。
この癖っ毛白髪の奈落を、倒しにきたわけではないのだ。
わたしの身代わりになった少年を、助けにきたのだ。
――わたしが足止めしている間に、自力で逃げてほしかったんだけどなぁ。
どうやら、そんなに楽をさせてはくれないらしい。
となると、こいつの隙をついて、少年を抱えて逃げなければいけないわけだ。正直、力に自信はない。
奈落の口が動く。しかし、わたしには聴こえない。
わたしはしゃがんで、少年の襟首を掴む。視線は奈落から動かさない。奈落は笛を取り出した。
――大丈夫。
わたしは腰に力を入れて、少年をひきずり、屋根を下るよう走る。
「多少の怪我は我慢してよね!」
眠る少年に声をかけつつ、わたしは奈落に対して、刀を振る。すると、奈落の姿が消えた。
――背後か?
そう振り返っても、誰もいない。
「え?」
その時、頭が揺れた。強い衝撃に視界がぼやけ、同時にわたしは膝をつく。耳にすっと空気が通った。
「耳栓なんて古典的な……聴覚なしで挑もうなんて、ずいぶん舐められたものだな」
聴こえてくる、奈落の声。
見上げれば、視界に入るのは黄金に輝く錫杖の頭。
――間に合わない!
衝撃を覚悟に、歯を噛みしめると、
「舐めてんのはどっちのほうでィ?」
その錫杖が、刀の切っ先で跳ね返される。わたしは誰かに抱えられて、奈落から距離を取る。
わたしを抱えているのは、あの少年だった。
「ったく、ずっと気絶したふりしててやらぁ、ザマァねーな」
「いつから目、覚めてたの?」
「わりかし、ずっと」
彼はいつの間にか、わたしの刀を持ち、わたしを抱えたまま、それを構える。その瞳は、夜の星にも負けずに爛々としていた。