すると、沖田の表情が固まって。
その顔が、少し可哀想で、わたしは口を開きかけた。
けど、やめる。
同情が、彼を救うわけはないから。
代わりに、わたしは本当のことを言うのだ。
「だって、総悟くんは気づいてないでしょう?」
――気づいてほしくないくせに。
「わたしのことなんか、何も知らないくせに」
――自分だって、ろくに分かってないくせに。
「なのに、わたしのことが好きなの? わたし、そんなに好みな見た目してた?」
――わたしだって……。
自覚は、とっくにしていた。だけど、わたしはその気持ちに蓋をする。
わたしは、さらに口角を上げた。
「だったら、一回試しに抱いてみる?」
気が付いたら、わたしは右を向いていた。左頬が熱い。
まばたきしてから、わたしはまた、沖田に叩かれたことを自覚する。
「アンタ、そんな自分を安く売るようなこと、二度と言うんじゃねェ」
――父親ですか、君は。
沖田は肩を震わせながら、怒っている。その顔は、泣きそうにも見える。
その顔は、小さい頃に高い木に登り、落ちて大怪我をした時にわたしを叱った父の顔に似ている。
――重いなぁ……。
そんな真剣な彼の顔を見ながら、胸中愚痴する。
親が子を想うような愛情を、抱かれる覚えはない。
ましてや、一人の男が、生涯で一番の女に想うような感情を向けられる筋合いはない。
――だって、わたしは……。
その後に続く言葉を、まだ口にする勇気はなく。
わたしはゆっくりと目を閉じてから、嘲るような視線を沖田に向けた。
「それ、人の布団に裸で潜り込んだ人の言う台詞?」
「しつけェーな。ちゃんと下は履いてただろーが。いつまでゴチャゴチャ根に持ってやがるんでィ」
「だって、まだ許してないもの。許してほしければ、今すぐ土下座でもしてみれば? んで、『桜様、お詫びに吉原に案内させてくだせぃ』とでも、言ってごらんなさいよ」
すると、沖田は舌打ちし、
「俺を舐めんのも、大概にしろよ……」
低く唸り、睨んでくる。
わたしは小さく笑って、将軍の肩を叩いた。
「将ちゃん、そろそろ起きて。んで、証人になってよ」
それに、将軍はむくりと起き上がり、欠伸一つせず、
「証人になれとは、どういうことだ?」
キリっとした顔で、そう訊いてくる。
「将軍様っ! お具合はもう宜しいのですかっ?」
狼狽しながらも心配してくる近藤に、将軍は「問題ない」と一言。
――狸寝入りも甚だしいわね。
苦笑しつつも、わたしは答えた。
「沖田総悟と、わたくし桜、この場で勝負し、勝った方が攘夷浪士、高杉晋助の討伐に参ります」
「えっ、ちょ、ちょっと桜ちゃん? なに言っちゃってるの?」
さらに狼狽える近藤に答えつつ、わたしは立ち上がる。
「過激派体表の討伐だなんて、強い人が行くのが当然でしょう? 総悟くんよりもわたしの方が強ければ、わたしが行っても何も問題ないじゃない? 近藤さんも、総悟くんが真選組で一番強いから、総悟くんに命じたんでしょう?」
「まぁ、それと花魁に紛れて討伐を謀るのがいいだろうというのもあって、女装が似合いそうな総悟に頼んだけれども……」
「近藤さんや土方さんじゃ、一目で怪しい奴だとバレちゃうもんね」
いかついオカマの花魁姿を想像しながら、わたしはヒールを脱いだ。また足首を捻るなんてヘマしたら、決闘も台無しだろう。
裸足で歩こうとするわたしを、沖田が制する。
「オイ、素足じゃ危ない――」
伸ばされる手を、わたしは振り払った。
「安心してよ。ガラスの破片で足が痛いから負けちゃったのーなんて、言い訳する気はないから」
絨毯の上は、落ちたシャンデリアの破片が飛び散ったまま。大きな破片を避けることは容易いが、小さなものまで目視するのはなかなか厳しい。
わたしはテーブルから距離を開けるため、数歩動く。
一歩踏み出すたびに、足の裏に痛みが走った。
だけど、そんな痛みも、気にする必要はないのだ。
どうせ、
――気づいてないでしょう?
わたしは心の中で、沖田に呼びかける。
――さっき捻った足首だって、もう痛くもなんともないんだよ。