「……なんで、そんなに楽しそうなの?」
わたしは訊く。彼が笑っていたから。そして、その目が狂喜に満ちていたから。
「こんなに強い奴と命のやり取りができるんだ……楽しいに違いねェだろ?」
「同意を求められても……」
「なに言ってんだ。テメェも今、楽しそうにしてたじゃねェか」
「え?」
言われて、一瞬頭が白くなる。その間に、沖田は奈落に話しかけていた。
「名前、なんて言うんだ?」
「……
「へぇ、朧さんよ。こいつァ、オレが拾ったんでサァ。元飼い主だか知らねェが、遊びたいならオレを通してからにしてくれや」
沖田はわたしを放し、小さく、
「逃げろ」
と、呟いて。
「命賭けた、遊びによォ!」
叫ぶと同時に、朧に詰め寄る。下からなぎ払う一閃と錫杖が当たり、甲高い音が響く。目にも止まらぬ攻防。斬撃の嵐に、わたしは固唾を呑んだ。
――負ける。
わたしはそう判断する。あの少年、確かに強い。素早い太刀筋に迷いはなく、的確に相手の急所を突こうと、容赦ない攻撃を繰り返す。しかし、その間にわたしは何回も朧と目が合う。そんな余裕が、敵にはある。
――逃げなきゃ。
わたしは深く、息を吸う。そして、叫んだ。
「将ちゃぁぁん、鞠見つかったよぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
屋根を駆け下りる。二人の斬撃の間に身を挟んで、振り下ろされる錫杖を左腕で受け止めた。鈍い痛みに顔をしかめつつ、右手では沖田の持つ刀の柄を殴る。その刀身がわたしの鼻先をかすめた。沖田の手を引き、屋根の端へと走る。
そして、跳んだ。
「おいっ、てめェ!」
城下の灯りが、やけに遠くに見える。空気がいっそ清々しく、その分、大きな月が憎々しい。
落下。
そのままでいたら、落ちて死ぬ。地面までは遠すぎる。
「大人しく死ぬかっての!」
沖田の手ごと動かして、刀を壁に突き刺す。キキキと甲高い音をあげて石壁を滑るが、わずかな隙間に一瞬差し込み、すぐ下の窓へと飛び込む。障子を破って転がり込むと、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」
女の子の悲鳴が夜空へ響いた。暗い部屋の布団の中で、上体だけ起こした少女が、くまのぬいぐるみを抱えてわなわな震えている。
とりあえずそんなのは無視して、沖田の手を放し、窓から外を見上げる。
大きな月がまっすぐ睨んでくるだけで、追ってはない。殺気も特別感じない。
わたしは大きく、息を吐いた。
「なんとか、助かったかな?」
「そうでもないみたいですぜ」
言われて振り返ると、沖田が呆れた様子で親指で突き差している。その奥にいる少女は、大きな口を開けて叫ぼうとしていた。
「え……衛兵っ! 衛兵っ! 助けて、お兄ちゃんっ!」
「あぁぁぁあああ、ごめんっ、ちょっと、ちょっと待って、怪しくないから! ぜんぜん、ちっとも怪しい者じゃないから!」
「こんな高層の窓にいきなり飛び込んでおいて、説得力あるわけねェだろ」
冷たく攻める沖田はさておいて、わたしは少女を宥めようと、
「ごめんね、ちょいと悪い人に追われててね? すぐに出て行くから叫ばない――」
駆け寄るが、途中で膝をついてしまう。足首が痛い。けど、それだけじゃない。
「あ、あれ……?」
膝が震えて動かなかった。次第に手も震えだして。
「あれ、ちょっと、まだ終わってないんだけど……」
思わず自分で笑ってしまう。まだ終わってないのだ。この少年を、真選組に引き渡すまでが、わたしの責任なのだ。
まだ、敵陣の中だ。逃げなければ。それなのに。それなのに。
涙が出てきた。乾いた笑い声をあげるしかない。
「おい、おまえ……」
沖田が手を伸ばしてきたその時だ。
「そよ、どうした?」
扉の方から耳馴染みのよい男の声が聴こえてきた。