その晩、伊東鴨太郎の帰りを祝う会が催された。
今度はきっちり夜に行われた宴会である。
それなのに、わたしのグラスに注がれるのは、ちぃちゃんばかり。
「ねぇ、なんで? 近藤さん、わたしもビール飲みたいよ!」
「ダメだ! 未成年に酒なんぞ百年早いっ!」
「わたし未成年じゃないから! てか、百年経ったら成人老人飛び越えて骨になるから! 無機物になっちゃうから!」
近藤の着物を引っ張ってがしがし揺さぶるも、ビールを流し込むその腕はぶれず。大口を開けて笑っているだけだった。
なので、わたしはターゲットを変える。
「じゃあ、土方さん! 土方さんならそんな固いこと言わないよね? むしろ、大人の魅力と色気でわたしにお酒の美味しさを教えてくれちゃうよね?」
「あぁ?」
「うん、ごめんなさい」
そのドスの効いた返事と、鋭すぎる眼光に、わたしは即座に失敗を認めた。
土方は、あのあと部屋に戻ると、すぐにいつもの土方になっていた。特になにしたわけでもなく、ふと立ち止まったかと思えば、すぐさま頭を抱えて、言葉にならない言葉を叫んだくらいである。そして、「出ていけ」と言われたので、何も見なかったことにして、今に至るのだが。
わたしはまだ口を付けていないちぃちゃんを土方に差しだした。
「具合、大丈夫?」
土方は舌打ちをする。
「っるせーな。何も問題ねーよ」
そう言って、ジョッキに並々注がれたビールを一気に飲み干した。
「ふむ」
小さく嘆息して、わたしは諦めてちぃちゃんを飲む。
すると、近藤の隣に座る伊東が、声をかけてきた。
「いやぁ、桜さんは本当にお優しいですね」
「……褒めても何もでないわよ?」
わたしは口を尖らせて、半眼で伊東を見る。伊東は酒のせいか少し顔を赤らめながらも、爽やかに笑った。
「どうも話によれば、出会い頭に沖田君を助けに行き、祭りの際の事件でも、真選組に混じっては将軍をお守りしたとのことじゃないですか。さらに、今は土方さんの心配までするなんて……土方さんの言葉を借りるわけじゃないですが、本当に女神のような人ですよね」
「あぁん? 誰が女神だなんて言ったんだ?」
土方はビールから日本酒に切り替えたようだが、くいっとおちょこを飲み干してから、伊東を睨む。
しかし、伊東は表情を全く変えることはなかった。
「何とぼけてるんだ、土方さん。貴方がさっき屯所に帰って来た時に、桜さんの手を握ってそう言ってたんじゃないか」
「なんだと?」
土方がわたしの方に顔を向けるので、わたしはこくんと頷く。
「あー」
土方は大きく嘆息して、手酌で日本酒を注いでは、一気に飲み干した。
「ちょいと夜風に当たってくる」
そして、ボソッと呟いては席を立った。
どことなく、彼の背中が小さく見えて。
わたしも後を追おうとすると、近藤から声がかかる。
「桜ちゃん、先生から聞いたが、しばらくトシのことを頼んだぞ」
「先生?」
わたしが首を傾げると、近藤は伊東の肩を組む。
「伊東鴨太郎先生だ! 先生はな、真選組のブレーンをやってくれている、有難いお方なんだ」
「いやだな、大袈裟ですよ。近藤さん」
照れたように伊東は頭を掻くが、わたしは目を細めた。
「……真選組の頭脳は、土方さんって話じゃなかった?」
「トシは戦術的なことはもちろん頼りになるが、やはり政府を相手取ったことなどになると、些か難しいもんがあってな。まぁ、俺らはみんな荒くれ者だから、当たり前と言っちゃそーなんだが。しかし、先生はそういった俺らの難しいことを難なくこなしてくれる! 今回も難しい交渉をきっちり纏めてきてくれたしな。本当に感謝してる!」
「だから近藤さん、言い過ぎですよ」
「いやいや、まだ言い足りないくらいだ。ほら、先生ももっと飲め!」
「僕、お酒はそんな強くないんですから、ほどほどに……」
「主役が謙遜などするな! 一緒に楽しい酒を付き合ってくれや」
近藤が強引に伊東のおちょこに酒を注ぐ。
そんなよくありそうな上司と部下の宴会でのやり取りを一瞥し、わたしは土方の後を追うことにした。
――あ、総悟くんに声かけてからのほうがいいかな。
振り返って、彼を探すと、大人しく席に座って、一人日本酒を飲んでいた。わたしの視線に気付いてか、横目でこちらを見ては、すぐに逸らす。
――感じわるっ!
その態度に辟易し、わたしはこのまま宴会会場を飛び出した。
首の鈴が、チリンと鳴る。