わたしが肘を打ちつけると、高杉の手が緩む。その隙に腕の下をくぐり、向き合った。そして、腰の刀に手をかけると、
「おっと。こんな道端でそれは抜かないほうがいいんじゃないのか?」
高杉は悠然と見下すような笑みで、そう言った。変わらず派手な着物を着崩している様は、どこで見ても目立つ。
「騒ぎになって困るのは、どっかの犯罪人だけだと思うけど?」
「ならば試してみるか? 警察が来て、困ることになるのはどちらか」
「どういうこと?」
まるで、困るのはわたしの方だと言わんばかりの口ぶりに、わたしは眉をしかめる。
そんなわたしの顔を見てか、高杉はくつくつと笑った。
「ほぉ、まだ自分の置かれた状況を知らないか――まぁ、いい」
すると、わたしに手を差し出す。
「一緒に帰ろう、桜。そうすれば、無駄な血が流れることを、やめてやってもいい」
「……今度は、何をやらかすつもりなの?」
身構えて、わたしは低い声で問う。しかし、高杉は腕を組んで笑みを深めるだけだった。
「訊かれて話してやるほど、俺がいい人に見えるか?」
「まったく見えないわね」
話しても、無駄である。
そう結論して、やることは一つ。
わたしが、刀を抜こうとすると、
「一般市民が俺の前で廃刀令破ってんじゃねぇよ」
わたしの手を押さえつけて、代わりにその刀を抜く男の手。見上げて、わたしは驚きの声を上げる。
「トッシー!」
「たく……そんな腑抜けた呼び方すんな」
「敢えて誰だが訊かねぇでやるが、これ以上こいつに絡むと、婦女暴行罪でしょっぴくぞ」
高杉は、おどけるように両手を挙げた。
「婦女暴行って、いつ俺が、桜が嫌がることをしたんだ?」
「るせー。刀抜くほど喜ぶ女なんて、どこにいるんだよ」
土方の吐き捨てるような台詞に、高杉は微笑を浮かべた。
「まぁ、辛そうな副長に免じて、大人しくここは引いてやるよ。すぐに、桜を渡しておけばよかったと、後悔することになると思うがな」
そう言い残すと、高杉は背を向けて、路地裏へと消えていく。
わたしがふと安堵の息を吐くと同時に、土方は刀を落とした。足もとに転がる短めの刀を見て、わたしは土方の顔を確認する。
額が汗でびっしょりだった。わたしの肩に置かれている手も、震えている。
「土方……さん?」
「あぁ? 悪いな。落としちまった」
ゆっくりとした動作で刀を拾い、わたしに渡してくる。それを受け取ると、土方は懐から煙草を取り出し、口にくわえた。のれんをくぐりながら、ライターに火をつける。
わたしが後を追って店に入ると、土方は口から煙を吐き出していた。銀時たちは目を見開いている。
新八が震える声で、彼の名を呼んだ。
「土方さん……?」
「最後に一服しようと戻ってみたら、面倒なとこに出くわしちまったぜ。しかも、一緒にいるのがお前らときたもんだ――まさか、てめぇらに頼みなんざする日が来るとは思わなかったけどよ……」
土方が、頭を下げた。
「頼む! 俺の最初で最後の願いだ! 俺のかわりに、近藤さんを……真選組を、護ってくれっ!」
その姿は、冷酷さも、プライドもなく。
ただただ、真剣に、一人の男が、何かに縋るかのような悲壮感に満ちていた。