「了解」
銀時は低い声でそう応え、無線を置いた。
「さ、く、ら、ちゃーん?」
ゆっくりと振り返って来る銀時に、わたしは顔を背ける。
「お兄ちゃん……前見ないと危ないよ?」
「ねぇ、鬼兵隊ってなに? さっきもそんなこと言ってたよね? なにやったの、なにやっちゃったの桜ちゃん?」
「いやー期待に添えず申し訳ないけど、特に何もしてないんだよね。さっき鍛冶屋の前でちょっと高杉に会ったくらいだよね」
「ほー。桜ちゃんはストーカーに遭っても、お兄ちゃんに何も相談しないわけだ? 何も報告しないわけだ? あれ系? 何も過去を反省してない系?」
「いい年して系とか使わないで!」
わたしは流れる景色を見ながら、髪を掻きあげた。
「今回は、ほんとに言いタイミング損ねただけだったんだけど……ごめん。すぐに言うべきだったね」
高速道路に乗ったようだ。アクセルを全力で踏んでいるのか、ガタガタと揺れる車で、車間を縫うように抜けていく。
「あのー」
入りずらそうに、隣の新八が片手をあげて訊いてくる。
「桜さんと、その高杉って人、どういう関係なんですか? 高杉って、紅桜の時の鬼兵隊の隊長ですよね?」
「あー……」
わたしが言葉を詰まらせていると、前を向いた銀時が端的に答えた。
「簡単にいやぁ、こいつの元婚約者で現ストーカーだ。あれだよ、男女のもつれってやつ」
「それって、高杉ってヤローが桜ちゃんの尻を手段を問わず追いかけてるってやつアルか? 昼ドラみたいなやつアルか?」
目を輝かせて振り返る神楽に、わたしは苦笑した。
「そう……ね。言われてみたら、そんな感じだね。わたしが悲劇のヒロインで、高杉ってやつが悪者かな?」
「悲劇じゃなくて、喜劇だろ――大人しく、誘拐されてやるつもりなのか?」
サイドミラー越しに、銀時が鼻で笑っている顔が見える。
「全然!」
わたしは身を乗り出して、前の無線機を取り上げる。わかりやすく『屯所』と書かれたボタンを押して、
「あー聴こえますかー? 真選組ヒロインの桜でーす」
そう喋ると、ざわざわとした男たちの声と、失笑苦笑の声が入り混じる音が聴こえる。この時間なら、残っている隊士たちは夕飯時だろう。
「みんな食事中だろうけど、ちょっと手を止めて聞きなさい――あなたたちの大事な局長が、今、暗殺されようとしています。伊東が列車内でと企てた模様。わたしは土方さんと一緒に列車を追っているから、みんなもすぐに準備して列車を追いなさい!」
『おいおい桜ちゃん、いきなりそんな冗談言われても……』
「冗談なんかじゃないっ! あー、もうどう言ったら信じてくれるかなぁ……」
見栄張って言ってみたはいいものの、説得力のある言葉が思い浮かばず、わたしは奥歯を噛みしめた。
――土方さんが言ってくれればな……。
そう土方の方を見ても、トッシーはただただ、ぶるぶると震えているだけで。
すると、運転している銀時が、勢いよく無線機を奪った。
「副長命令だ! テメーらの大事なもん守りたきゃ、考える前にさっさと動きやがれ!」
『お前誰だ……?』
銀時は大きく息を吸った。
「土方十四郎だバカヤロー!」
そして、銀時はバシンと無線機を置き場へと叩きつける。
わたしは、思わず鼻で笑ってしまった。
「ありがとね」
「お前に感謝される筋合いはないさ」
「……そうだね」
そして、覗き込むように、彼に言う。
「ねぇ、本当にうじうじしているだけでいいの? 厄介なもの、人に――わたしたちなんかに押し付けて、本当にそれでいいの? それで、ちゃんとあなたは死ねるの?」
「桜さん……死ぬってそんな言い方……」
新八が訂正を促すように言ってくるが、わたしはそれに、何も答えない。
隅で、頭を抱えて、
「知らないもん、僕は知らないもん。関係ないもん……」
そう、震えている男に言っているのだ。
「どっちがいいか、選べばいいわ。そうやってまた怯えていながら、消えるのか。大事なもの守るために、死ぬのか」
「僕は知らない僕は知らない関係ないんだ僕は――」
「ごちゃごちゃうるせーな!」
車がガタンと大きく揺れた。銀時がハンドルから手を離したのだ。ガードレールにぶつかる直前に、助手席の神楽が慌ててハンドルを元に戻す。しかし、車は不用意に揺れ続ける。その中で、銀時は身を乗り出して、土方の襟首を掴み上げていた。
「さっきからうだうだしつけーんだよ。いつまで人様に醜態さらして引きこもっているつもりだぁ? あぁ?」
「僕は……僕は……」
「テメーに言ってんじゃねーんだ! 聞いてんのか、土方ぁ! 頼まれたからにゃ、墓場までは連れてってやる! だがな、真選組が潰れようがなんだろうが、こちとらの方が知ったこっちゃないんだ! テメーの大事なもんはテメーが剣を振りまわして心中でもなんでも勝手にしやがれっ!」
啖呵を切り、銀時が土方をどんっと座席に投げる。
その時、土方が舌打ちした。
「てめぇこそ、勝手にごたごた抜けしてんじゃねぇぇぇえええええ!」
土方が立ち上がり、銀時の顔を思いっきりステレオ部分に押し付けた。