何か気になり、列車の中を窓から覗く。
そこには、血だらけで、片腕のない男の後ろ姿が見えた。
驚いて、入口へとまわり、中に入る。
列車の中はぼろぼろだった。血もあちこちに飛び散っている。
「桜ちゃん、無事だったアルね」
無表情な神楽にそう声を掛けられた。本当ならにこりと微笑むべきなのだろうが、そういう気にもなれず、
「うん。神楽ちゃんと新八くんも、大丈夫そうね」
淡々と確認するように、返答するのみ。
なにせ、彼女らの足もとにいる者の姿が、悲惨だったから。
足も、片方がおかしな方向に曲がっていた。
体中穴が開いているその男は、まだ生きているのが奇跡のようだった。
無数の穴。
わたしは唇を噛んだ。
――わたしの、せいだ。
ヘリコプターから撃ちこまれたマシンガン。誰かが盾にならなければ、この中にいたらしい神楽たちや沖田が無事で済むわけはないだろう。
伊東が、盾となったのだ。
目の奥が熱くなった。喉の奥が痛くて、声が出ない。
そんなわたしに、
「さくら……さん、笑ってください」
その男は乾いた声で、そう言った。
「馬鹿な僕を……嘲笑って下さい……鬼兵隊を利用しようとしたら、こんな結末です。大事な仲間だと……最期まで気づけずに……僕を繋いでた糸を……僕は、自分で断ち切ってしまった……そんな僕は、笑われて死ぬのがお似合い――」
「伊東さん!」
彼の言葉を遮り、わたしは伊東の前に膝を着く。
眼鏡をかけていない伊東は、変わらず紳士的だった。
「そんな所に座って……汚れてしまいますよ……」
その優しさにわたしは顔をしかめて、大声で言う。
「ケーキ、美味しかったよ!」
伊東の目が、一瞬丸くなった。間を入れず、捲し立てるように続ける。
「正直、ちゃんとしたプロが作ったケーキ食べるの初めてで、見た目の綺麗さでびっくりしすぎちゃったから、しっかりとした反応できなかったんだけど、本当に美味しかったの! 甘すぎずっていうの? なんか味が上品すぎて。てか、綺麗すぎるから食べるのも崩れちゃって勿体ないくらいで」
「それは……意外ですね……良家の生まれなのに……」
――こいつ、調べたのか……。
わたしは苦笑した。けど、そりゃそうだよな、と納得する。
それに、死にゆく人に、責める趣味はない。
「なら、ちゃんとしたお店に、連れて行ってあげたかったですね……美味しい紅茶の香りと、綺麗な調度品に囲まれたら、いっそ感動する……」
伊東は笑った。
「桜さんは……意地悪い人ですね……また後悔が増えてしまった……」
「桜ちゃん、もういいか?」
声をかけられ見上げると、近藤が見降ろしていた。
「終わったの?」
尋ねると、近藤は大きく頷く。
「あぁ。攘夷浪士は一掃し、河上も連行した。あとは……こいつだけだ」
「そっか……」
わたしは立ち上がり、道を開ける。
「おい、伊東を捕獲しろ!」
「近藤さん、待ってください! 伊東さんは……もう……」
新八が伊東に寄ろうとするが、彼の肩を近藤がずしっと押さえる。
近藤は涙を流し、首を横に振った。
隊士二人が伊東を左右から支え、ゆっくりと、列車の外へと歩いて行く。その足跡がわりに、真っ赤な血が太い線を作っていく。
その背中を見て、沖田の言葉を思い出す。
『もしも、本当に俺らが無事なことを喜んでくれてるのなら……アイツに礼を言ってやってほしい。俺らは……言えねェからな』
――喜んでいるに、決まっているじゃない!
「伊東さん!」
わたしが叫ぶと、伊東を連れている隊士たちが足を止めてくれた。
「みんなを、守ってくれてありがとう!」
真選組の人たちは言えない。彼は、真選組を裏切った犯罪者なのだから。
だから、沖田はわたしに託したのだ。
裏切りものには、感謝は伝えられない。
けれど、命を張ってくれた仲間に、礼を伝えられないのは悲しいことだ。
お互いに、哀しいことだ。
でも、わたしは真選組ではないから。彼らの仲間ではないから。
だから、伝えられることもある。
「わたしの大切な人たちを、守ってくれてありがとう!」
ゆっくりと、伊東は振り返った。
「どう……いたしまして……」
伊東は、やっぱり紳士的に微笑んで。
わたしも、涙が零れないように我慢しながら、笑みを返した。