「奈落の一員だったのか?」
土方の驚きの声に、わたしは少し顔をあげた。
「わかってんのか? 天照院奈落っつーと、幕府の裏組織の
「天導衆って、けっきょく幕府の政権握ったんだ?」
土方が眉間にしわを寄せる。
「お前、そんなことも知らないのか?」
「攘夷戦争直後から、記憶にないから……」
「鬼兵隊にさらわれてたからか?」
「いつ、どんな風にそうなったか、さっぱり記憶にないんだけどね……」
情けない。
そう思う。怪しまれても仕方ない。もしも逆の立場なら、すぐに斬り捨てているかもしれない。
しかし、言うしかないのだ。
「我ながらよくできた話だと思うけど……洗脳ってやつみたい。特定の笛の音を聞いてしまうと、もう自分の意志ではなにもできなくなって……でも、さっき沖田少年がさらわれたときに、その笛を聞いたけど、大丈夫だった。それを、高杉が治してくれてたんだと思う」
「高杉って、あの
「えぇ。あの……幼馴染です。高杉も、桂も……」
「幼馴染ぃ?」
土方は煙草をぽろっと口から落とす。
「じゃああれか。もしかして
「知り合いです。てか、仲間でした。その……戦争の時、奈落のせいで彼らを斬ったのもわたしだけど……」
「あ……」
土方は落ちた煙草を拾い、頭をぼりぼりと掻く。
嗚咽が聴こえた。見ると隣の近藤が目を真っ赤にして、鼻をすすっている。
「可哀想に……可哀想になぁ、お嬢さん! 今まで苦労してきたんだなぁ!」
「えと……どうも……」
いざ同情されても、こめかみを掻くことくらいしか出来ないが。
土方が再び、ため息を吐く。
「……総悟の行方、わかるか?」
わたしはばっと頭を上げる。
「奈落は、わたしに天守閣に来いと言ったわ」
「ちっ、ずいぶんと大層な場所に招待されたもんだな」
土方はくわえていた煙草を、胸から出した携帯灰皿らしきものにしまう。
「しかしちょうどいい――近藤さん、今晩、例の事件の報告で登城を命じられたよな」
いまだにずっとすすり泣いていた近藤は、思いっきり鼻をすすった。
「あぁ。松平のとっつぁんにも相談して、総悟を助け出す――トシ、一緒に来てくれるよな?」
「あぁ、とうぜ――」
「わたしも連れて行ってくださいっ!」
声を張った。二人とも何回か目をぱちくりした後、土方が喋り出す。
「それは出来ない」
「どうして?」
「今の嘘みたいな話を信じるとして、お前はまだ証拠の揃っていない重要参考人だ。上に報告するにもまだ早い。監視をつけて、今日は屯所で軟禁させてもらう」
「けど、彼がさらわれたのは、わたしのせいよ!」
「だとしてもだ! 戦えない奴を連れていけない」
わたしは土方を睨む。
「誰が、戦えないですって?」
腰を少し上げる。そして、一歩踏み出そうとした。一足で土方の元に着くだろう。彼の刀を奪い、それを首に突きつける――つもりだった。
しかし、その一歩の力が入らない。
ぐぅぅぅっと、間抜けな音がする。
「…………」
「なんだ、どうしたんだ?」
冷たい土方の声。完全に、わたしを見下している声。
わたしは、我ながらか細い声で言う。
「……何か、食べ物をください……」
「あぁ?」
そして、大きく息を吸った。
「おなかが空いて動けない! だから何か食べさせて! それからわたしと決闘しなさい!」
「はぁっ?」
二人して素っ頓狂な声をあげる。
わたしは自分の胸をばんっと叩いた。
「土方! わたしがあなたより強いこと、証明してみせるわ。けど、今おなかが空きすぎて動けないの! だから何か食べさせなさいっ!」
「こいっつ……」
土方のこめかみがぴくぴく動く。どうやら、短気な奴らしい。
そんな土方が、また懐から何かを取り出す。それをばしっと投げてきた。
畳の上に転がるのは、マヨネーズだ。
「……は?」
マヨネーズ。楕円の先端をすぼめたようなフォルム。先端のキャップは赤い。そんな、どの家庭にも一本常備しているような、マヨネーズ。
「マヨネーズ……だけ?」
「とっとと吸え。高カロリー、高たんぱく、高脂質。これほどバランスのいい非常食はほかにないだろう! しかも美味い!」
苛めか。
わたしはそう判断する。