「おい、そこのバイク止まりなさい!」
白い制服を着た眼鏡のおじさんから制止の声がかかるも、それを聞くわけもなく。
「しっかり掴まっとけよ」
と、沖田は少し楽しそうに言って、縫うように走らせた。
――掴まる……ねぇ。
片手は浴衣を持っている。開いた手で彼のジャケットの裾を掴んでいると、その手をぐいっと前へ引っ張られた。
「おっと」
強制的にお腹の前を掴むことになり、わたしは首の鈴を鳴らしながら、前傾姿勢で、顔を沖田の背中に預ける体制になった。
――あ、あったかい。
もう夏も終わりである。木々が赤く染まるのはもう少し先だろうが、それでも朝は少し肌寒く、風が冷たい。
けれど、沖田の体温は温かくて。
――子供なのかなぁ。
と、少し笑う。口にすると怒られそうだから、言わないけれど。
現場を抜けるのはあっという間だった。
山と川に挟まれた公道で、すれ違う車もいない。まぁ、行く先は通行止めになっているだろうから、当たり前なのかもしれないけど。
それでも、走る車やバイクが自分たちのみというのは、気持ちがいいものだ。
キラキラ輝く水面が美しく、山の空気も清々しい。
「そういえばさ」
そんな中で、こういうことを訊くのは適しているのか、野暮なのか。どちらに転ぶのかわからないけれど。
「返答訊いてないんだけど?」
「それって、俺がアンタのこと好きかどうかってやつか?」
「そう、それ」
答えを、求めてみる。
正直、今更それを知って、どうだという気もするけれど。
――なんか、もう怒っていないみたいだしね。
沖田は言う。
「近々、姉ちゃんが江戸に来るんだ」
「ん? お姉ちゃんいたの?」
いきなりの話題に驚きつつ、訊き返すと、
「あぁ、唯一の俺の家族でサァ……出来たら、アンタにも会ってもらいてェ」
そんなことを言われて、わたしは背中から顔を上げる。
「……うん、いいよ」
すると、沖田が急にバイクを止めて、振り返ってくる。
「本当か? アンタ、ちゃんと意味わかって返事してるのか?」
わたしは笑った。
「いつもお世話になっている人のご家族なら、きちんとご挨拶しないとね」
「……わかってねェだろ、絶対」
わたしは微笑んだまま、首を傾げる。
沖田は項垂れるように、ため息を吐いて、
「まぁ……今日はアレだ。色々なことがあったしな、勘弁してやる」
そう言って前を向いて、バイクを走らせた。
わたしは、彼には聴こえないほど、小さな声で呟く。
「……わかってるよ、ちゃんと。でも、ごめんね」
それから、一週間後。
あの事件も色々と片付き、ようやく真選組も日常を取り戻していた。
しかし、あれから変わったことがある。
わたしに、朝の日課が出来た。
「コラぁ! 腰がぶれてる! あと素振り百回追加ァ!」
沖田が道場の床を竹刀で叩く音が響く。
その音に顔をしかめつつも、
「はいっ!」
わたしは威勢よく返事をして、足を前後に動かしながら、素振りを続けた。
あの事件で自分の弱体化を痛感したわたしは、沖田に手合わせしてほしいと頼んだ。
そうしたら、その前に出された条件が、毎朝の稽古に付き合えというもの。
ランニング三十分。腕立て百回。腹筋百回。素振り百回。さらに、沖田にダメだしされれば、追加分。
そして、剣道の試合形式で一試合して――という約束なのだが、まだ一試合も出来ていない。
「はぁ、もうダメ……」
わたしは素振りを終えると、道場に寝転んだ。
全身の筋肉痛と疲労で、とうぶん動けそうもない。
すると、道場の扉が開いた。顔を向けると、土方が睨んでいる。
「おい、総悟! いつまで油売ってるん――」
朝日差し込む凛とした空気の道場に、響き渡る携帯音。
それは、立ち向かう先に乾いた風が激しく吹き荒れるようなリズム。
呪文の一つも唱えたならあたしのペースになるようなメロディ。
土方はその携帯を当たり前のように取り出しては、
「あ、もしもし。えー! スレイニャーズの限定ラジオドラマCDの発売が延期っ! それはショックでござるな……」
と、喋りながらとぼとぼとどこかへ歩きだす。
そんなトッシーと上手く共存している土方を生暖かい目で見守っていると、沖田はにやりと笑って覗きこんできた。
「今日もこれでギブアップかィ? じゃあ、俺は仕事行ってくるから、大人しく待ってろよ、痴女猫」
「あーもーハイハイ。お仕事がんばってね、総悟くん」
寝転んだまま、わたしはひらひらと手を振って、沖田を送り出す。
変わったような、変わってないような。
そんな朝、道場に一人になって、わたしは身体を伸ばした。
「よーし、今日もお昼まで寝よーっと」
動乱篇、これにて終了です!
いかがでしたでしょうか?
なんか中盤無駄な部分も多かったかなーとか思いながら、気づいたら50話もあっという間に超えて、こんな話数になってました。
お楽しみいただけたでしょうか?
もちろん、偽訳銀魂、まだ終わらせません。
次は前に宣言した通り、カブトムシの話をしようと思います。
作中でも夏は終わってますけどね。
時期に合わないことを敢えてする楽しさって、現実にもありますよね。
冬に海に行きたくなったり、しませんか?
けど、巨大カブトムシと闘うのがメインではなく、主人公の昔語りをメインに書いていこうかと思ってます。
これからも、どうぞ偽訳銀魂をよろしくお願いいたします。
皆様の有意義な暇つぶしになりますように。