そして力を入れて、赤い革に針を一刺し。予想通り、かなり固い。
――これは時間かかりそうね。
唇を一舐めして、一針、一針、丁寧に手を動かす。
すると、ズルズルと、巨大なカブトムシ――もとい、沖田が木から降りてきた。
「へぇ、本当に縫ってやらァ」
覗きこんでは、感心の声をあげる少年に、わたしは不服を返した。
「なによー、わたしが裁縫できるの、そんなに意外はわけ?」
「いやァ、生活態度を見る限り、ズボラはイメージがどうしても拭えなくてサ」
――確かに、規則正しい生活を送るのは、苦手ですがね。
わたしは手を進めながら、口を尖らせた。
「小さい頃に、それなりのことは教わってるのよ。裁縫だけでなくて、料理や琴に舞いに歌に、一通りの教育は受けていたわ」
「琴や舞いって……それじゃあ、お嬢様みたいじゃねェか」
わたしは周りを見渡した。誰もいないことを確認して、視線をまた手元に戻す。
「お嬢様……だったのよ。許婚がいたって、言ったでしょ」
「許婚って、高す――」
言いかけた彼の口元に、針を近づける。赤い糸が、彼の口から滴る血のように見えた。
「あいつの名前は、出さないで。好きでもなんでもない男にあんなに迫られて、思い出すだけでも気が重くなるのよ」
「そーゆー問題かィ」
「それ以外に何の問題でも?」
肩をすくめて、わたしはまた首輪に針を一刺し。沖田は立てた膝に肘を付き、わたしの手元をじっと見ていた。
ちく、ちく、と。
遠くからぎゃーぎゃー騒ぐ声が聴こえること以外には、心地よい風に髪をなびかせながら、ゆっくりと時間を感じる。
「伸びたな、髪」
春色の流れる髪の後を目で追いながら、沖田がそんなことを言ってくる。
「寝癖が付きやすい長さになっちゃってね。切ろうか、悩んでるとこ」
「……そのまま伸ばせばいいじゃねェか」
「ん? 長い方が好き?」
「いんや、そーゆーわけじゃ――」
向こうから一際大声が、沖田の声を掻き消した。男の声の中に、女の子の声も怒声も聴こえる。
「何かトラブルかな?」
「どうせ、ロクなことじゃねェーさ」
「いいの? そんなんで」
首を傾げると、沖田が嘆息した。
「どうもアイツらが来ているみてェでな……またいい所持って行かれちゃたまんねーよ」
愚痴るようにそう言うと、わたしが口を開く前に、
「桜、旦那のこと、どー思ってるんだ?」
そう、訊いてくる。
わたしは、手を止めた。
「旦那って、お兄ちゃんのことよね?」
「あぁ、お兄ちゃん呼んでも、ホントの兄貴じゃねェんだろ?」
「うん……」
そういえば、遠くからの罵声は銀時の声に似ていなくもない。
馬鹿で、適当で、カッコいい義理の兄のやる気のない顔を思い浮かべて、わたしは苦笑した。
横目で沖田の顔を見れば、照れているような、真剣のような、少し瞳が揺らいでいる。
――いい、頃合いかもしれないわね。
チクリと痛む胸に目を背けて、わたしは口を開く。
「銀時のこと、好きよ。初恋なんだ」
地面に置いていた水筒を一口飲み、それを沖田に手渡す。目を見開きながら受け取る彼に、わたしは微笑みかけた。
「昔話、聞く?」