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江戸とは遠くて、小さい田舎町にも、その町を取り仕切る商家があって。
わたしは、そのお家の長女として生まれた。
三つ年下の弟がいて、彼はいつかお家を継ぐのだと、勉学と武芸の両方に勤しむ一方、わたしはよい花嫁に、と手芸やお花に琴など、花嫁修業ばかりの毎日。
わたしは弟が羨ましかった。
外のことを知り、そして外を走りまわる様を、わたしはいつも屋敷の中で、見ているだけだった。
そんな、どこにでもいるお嬢様。
許婚も、同じ町の武家の長男と――という、政略結婚。
「桜――彼が将来の旦那になる、高杉晋助君だ。挨拶なさい」
「はい……」
八つにも満たない子供にそんなことを言われても、何の関心も持てなかった。
しかし、父の言うことは絶対なのだ。
わたしは両手を畳の上に置き、頭を下げる。
「お初にお目にかかります、しんすけ様。さくら、と申します。まだ未熟ではありますが、たかすぎ家のお役に立てますよう、こんいんまで精進しますので、今後ともよろしゅうお願い申します」
事前に母から教わった通りに言って、顔を上げると、
「うわぁ……ほんとにあの子だ……」
ただ、その許婚の少年が、ぽかんと口を開けて、わたしのことを見つめていた。
そのわたしよりも五つくらい年上の少年が、その父親に頭を殴られた。
「コラ晋助、間抜けな顔をしおって……大変申し訳ない、この子はずっと桜さんを可愛い可愛い言っておってなぁ。こうして縁談がまとまり、一番喜んでいるのが、コイツなんだよ。これでもっと武芸だけでなく、勉学にも励んでくれればいいのだが……」
「いやはや、こちらも高杉様と懇意にすることが出来て、嬉しく思ってますよ。娘もこんなに好いてくれるところに嫁げるなんて、幸せなこともない――なぁ、桜?」
父に促されて、わたしは笑顔で「ハイ」と答えておいた。
――気持ちわる。
そんな内心は、必死に隠して。
わたしはまだ子供だったのだ。対して、相手はわたしからすれば大きなお兄さんである。
そんなお兄さんが、自分を見ては顔を赤くしてじーっとこちらを見てくるのだ。
気色悪いの一言である。
今で言うなら、ただのロリコン野郎でしょ?
その後、将来の夫婦二人でと庭で遊んできなさいと言われ。
庭に出ても、その少年は変わらずわたしを見ているだけだった。
――もうちょっと、リードして欲しいものよね。
年上に対して期待するものの、無駄と悟るのは早い。
わたしは、落ちていた長めの枝を少年に渡す。目を丸くしながら彼が受け取ると、わたしも同じような枝を両手で持った。
「けんどー、得意なんですよね? 教えてください」
「へ? あの……え?」
驚く少年を、わたしは真っすぐに見上げる。
「女にはひつよーないからって、おとーさま武芸は何も教えてくれないの。でも、生きていくためには強さもひつよーでしょ? それこそ、おさいほーやおりょーりはいるだろうけど、お花や舞いなんてほうが何のためになるのか、わからないじゃないですか」
「で……でも、女の子がそんな危ないことを……」
「やっぱり、あなた、つまらない人ですわね!」
そう言いきると、少年は明らかにショックを受けたような顔をしていた。