新・ギルガメッシュ叙事詩   作:赤坂緑語

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今回もチート回です。
まぁ題名がすべてを物語ってるからね。作者もそれに従うしかないよね


真・英雄無双≪後編≫

「ギルガメッシュの恋文」という有名な逸話がある。

 これは破天荒な話の多いギルガメッシュ叙事詩の中でも極めつけに可笑しな話だが、余談として紹介しようと思う。

 

 ギルガメッシュは、神殺しの旅の最中で、本来ならば敵対関係にある女神と恋に落ちてしまう。所帯持ちでありながら、禁断の関係にのめり込んでいく若きギルガメッシュ王。

 

 しかしこの不祥事は噂となり、ウルクにいた彼の妻である女神イシュタルの耳に入ることとなる。当然、イシュタルは怒り狂い、彼女の怒りによって大地は震え、天は裂けた。ウルクの民たちは怯え、精霊たちも騒ぎ立てる。悪霊でさえも逃げ出すであろう女神の恐ろしさ。

 

 7日間も続いたその怒りを鎮めたのは、異国の地にて精霊に事態を知らされたギルガメッシュだった。彼は大慌てで身の潔白を証明する手紙と、自身の思いを綴った恋文を括り付けた矢をウルクに向かって放ったのだ。

 

 その後の数か月間、ギルガメッシュは女神の気が済むまで()()()()()()恋文を矢に括り付けて放ち続けたのだ。

 

 この話は、異国の地から海を越えて矢を届けるという神話特有の信憑性に欠けた逸話と、妻以外の女に懸想し、挙句のあてにはそれがばれて大慌てするギルガメッシュの愚かさとその人間味が表されている。

 

 この話に影響を受けたのかはわからないが、かつてメソポタミアの都市クタが存在した地域では、年に一度男性が矢に恋文を括り付け、意中の相手に送るという風習があるらしい。

 

 

「ギルガメッシュと神々の戦い」より抜粋

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 英雄王が騎士と死闘を繰り広げていたその時、少し離れた場所では獣と人が覇を競い合っていた。

 

「陣形を整えなおせ!一人でも欠ければ一瞬で隙を突かれるぞぉ!!」

「奴に武器は効かない!ファランクスは無意味だ!」

「盾だけでも構え続けろ!さもなくば喰われるだけだぞ!!」

 

 矢継ぎ早に指示が飛び交い、嵐の如く暴れ回る獅子を包囲するように新たな陣形が構築されていく。流石は歴史に名高い王の軍勢といったところか。軍の統率力、意思伝達、兵士達の練度は非常に高いレベルのものだ。

 しかし、空駆ける戦車に搭乗して状況を見る征服王イスカンダルの顔は険しい。

 

「…まずいな、このままではわが軍の敗北は必須。流石は神代の獣と言ったところか。」

 

 大王の慧眼は既に暴れ回る獅子の正体を見抜いていた。

 古代ギリシアの大英雄ヘラクレスが退治したという“ネメアの谷の獅子”――そのモデルとされている怪物だろう。

 

 伝説通りであればその攻略方法は一つしかない。

 即ち、ヘラクレスのように一切の武具を捨てて素手で首をへし折ることである。

 無論イスカンダルもそんなことができるとは欠片も思っていない。いくら自身がヘラクレスの血を引いているとはいえ、あの神獣相手に素手で挑むなどまさに蛮勇でしかないからだ。

 内心先祖への畏怖を改めるイスカンダルだった。

 

「にしても奴め、あのような宝具まで持っておるとはなぁ。――実に羨ましい!」

「そんな呑気に感想を述べている場合ですか!早く何とかしなければ味方の被害は増え、この固有結界が解除されてしまいますよ!」

「わかっておるわい!…まぁ、そうさせんためにお主の剣を借りようって話なんだがな。」

 

 伝説の神獣を前にしてもいつもと変わらず豪胆に笑って見せる征服王。

 そんな彼を諫めたのは、彼と同じ戦車に無理やり同乗させられていた騎士王アーサーだった。

 

「…本当に私の剣ならばあの獅子を倒せると?」

「恐らくあの獣には人間の武器なぞ効かんのだろう。あちらこちらに転がった槍やら剣が証明しとるわい。であれば、武器持たぬわれらには奴は倒せん。

 しかし、その剣は星々が鍛えた聖剣であろう?――もし奴を倒せる武器があるとすれば、余はお主の光の剣以外にはないと思っとる。」

「なるほど。確かに貴公の言う通りなのかもしれない。しかし、問題はどうやって我が聖剣の一撃を浴びせるか、ですね。」

 

 今なお暴れ回っている神獣のもうひとつの脅威はその敏捷性の高さと機動範囲にあった。凄まじい速さで大地を、空を駆け回り、ヒットアンドウェイを繰り返す。まさか空中戦も可能だと思わなかった兵士たちは空からの奇襲に対応しきれず英霊の座へと返還された。

 これほどの機動力を持つとなれば、開放に溜めの間を必要とされる聖剣など軽く躱してしまうだろう。

 

「ふむ、それはこちらで何とかしよう。とにかくお前さんはタイミングに合わせて聖剣をぶっ放してくれたらそれでいい。」

「分かりました。…にしても先程から思っていたのですが、妙に嬉しそうですねライダー?」

 

 普段からニヤニヤ顔をさらしている征服王ではあったが、あの神獣の力を見てからというものさらにニヤニヤに拍車がかかったように思える。まるで憧れの有名人に出会った子供のように逸る心を頑張って抑えているように見える。――抑えきれていないが。

 

「フハハハハハ!そりゃあ嬉しくもなるだろうさ!これから我らはあの“ヘラクレスの栄光”第一の試練に挑めるのだぞ!オリュンポスの神々でさえ手を焼いた怪物にな!これほどの名誉がどこにある?!」

「…なるほど、あなたらしいですね。」

 

 心底嬉しそうに伝説との邂逅を語るイスカンダルに対し、セイバーは呆れながらも納得していた。

 ちなみに「いや、ご本人ではなくあくまでも原典なのですが」などという空気の読めない突っ込みは入れなかった。

 騎士王は人の心が分かる王様なのだ。

 

 

 

 

 

 英雄王の宝具である神の獣は、本能にて敵の動きが変わったことを感じ取った。

 先程までも人間の集まりにしては俊敏に動いていたように見えるが、今回のは違う。

 まるで軍が一つの生き物であるかのように動き、集い、盾を構える。

 呼吸、足運び、士気、そのどれもが別もののように充実している。

 

 ――獣は、王が指揮をとっているのだと確信した。

 

「ファランクス第一形態!!守りを固めろ!!」

「「「「「ハッ!!」」」」」

 

 正面、左右の3面に盾を持った兵士たちが周りを取り囲むように配置され、

 一層気合の入った掛け声とともに防御を固める。

 

「騎馬隊突撃ィィィィぃ!!」

「「「「「オウッ!!」」」」」

 

 続いて立派な馬に跨った兵士たちが周囲を旋回し始めた。

 大地を震わす蹄の足音、均整の取れた盾の配置、神代の獣を前に恐怖ではなく歓喜を押さえつけ、この世界の太陽が如き灼熱の覇気をまき散らす益荒男たち。

 見事な軍だった。

 獣は生前、主の息子に仕え世界中を軍と共に見て回ったが、当時の大帝王の軍に勝るとも劣らない精鍛さと豪傑ぶりであった。

 

 だが、それだけであった。

 

 彼らは何も仕掛けてはこない。盾を構えた連中はその場から動かず、騎馬隊は周りをぐるぐると周回するのみ。

 これでは折角の軍もただの見世物である。

 もはや時間の無駄だと判断した獣は、主の命を遂行すべく、四肢に力を込めた。

 

 そしてその身体が兵たちへと爆発的な筋力を解き放つその寸前で、獣は異変に気が付いた。

 

 煙幕である。

 筒から飛び出る目くらましではない。騎馬兵たちが大地を削り取ったことで発生した砂漠の世界の煙幕である。

 砂埃が視界を覆い、獣の視界を曇らせる。

 それだけではない。四方八方から兵士たちの大音声と、盾や武具を打ち合わせる音が聴こえる。

 音は、ある時は左からまたある時は右から、そして遠方からも聴こえる。

 敢えてタイミングをずらすことで、砂埃煙幕と同時にこちらの感覚を麻痺させるつもりなのだろう。また、一定のリズムで繰り返されるそれは、どこか精神を不安定にさせる雰囲気を持っていた。

 地形を生かして心理を揺さぶる姑息ながらも上手い作戦だった。恐らく獣に理性があることを逆に利用した策なのだろう。

 だが、残念なことにこれは人間相手の場合にのみ有効な策だ。

 獣であれば、一回目の咆哮で煙を晴らし、二回目で音を止める。そして訪れた静寂の間に一足で征服王の首を取れる。

 

 それは獣の()()であった。

 真なる主と別れ、脆弱な人と戦い、飼いなされた家畜のような余生を過ごしたが故の本能欠如。

 獣は、己の主が最も嫌う慢心に身を浸していた。

 

 

 故にこその報いか

 

 

 ――光が見えた。暗雲を晴らす太陽のごとく、穢れを祓う浄化のごとく、清廉で高潔で純粋無垢な光。

 

 何者も侵すことのできない聖なる輝き。

 

「ッ!?」

 

 衰えた感覚が獣に回避を訴えかける。

 だが、この危機感知もまた彼の全盛期とは程遠い鈍さであった。

 

 だから簡単に付け入られるのだ。人間に。

 

遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)ォォォォォォ!!』

 

 上空から滑るように獣に迫っていた征服王の戦車は、いとも簡単に獣の肢体を吹き飛ばした。

 そして、吹き飛ばされる方向は当然、光の方向だ。

 獣が無様に地面に叩きつけられるのと、征服王が勢いもそのままに上空に離脱したのは同時だった。

 

約束された勝利の剣(エクス・カリバー)!!』

 

 放たれる光の斬撃。それは星の息吹。輝ける命の奔流

 眩い輝きを前にして獣が思うのは、ただ主に対しての謝罪だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「戯け。」

 

 気が付くと、目の前には敬愛する主が腕を組んで立っていた。

 真紅の瞳は爛々と輝きを放ちながらも絶対零度が如き冷たさに満ちており、一言口にした侮蔑の言葉には怒気が込められていた。

 

「貴様、遊んでいたな?」

 

 こちらへ問う声は低く、無機質だった。

 質問に返すための言葉を持たぬ獣は視線だけで“是”と答えた。

 間違いなく獣は遊興に耽っていたのだ。効かぬ武器を振り回す無力な人間をあざ笑い、本気も出さずに玩具のように弄んでいたのだ。

 

「…俺は確かに遊び心を解するが、それとこれとは話が別だ。」

 

 主は意味のない怒りは抑えるが、逆に抑える必要のない怒りに対してはどこまでも冷酷になれる王だった。

 こうなった時の主は正直、天空の神々よりも恐ろしい。

 

「貴様は俺の牙であろうが。それが人間相手に慢心とは…笑わせてくれる。――よいか、これは王の戦であるぞ。王自身は兎も角、家臣である貴様には遊びも慢心も許されぬ。」

 

 そう、遊びなど許されない。獣のやった行為は、主の顔に泥を塗ることと同義だったのだ。

 英雄たちの頂点であることへの拘りか、自分自身への戒めか、主は“英雄王”という名が穢されることを殊更に嫌っていた。

 

「俺は寛大な王だ。一度目の失態はこの眼をつぶろう。だが…二度目はないぞ?」

 

 剣のように鋭利で冷たい眼差し。

 次にしくじれば、王はもう獣を戦いに呼ぶことはなくなるだろう。

 それは嫌だ。

 あの頃のように、もう一度主を背中に乗せて戦いたいのだ。

 あの高揚感を、冒険心を、そして主が紡ぐ伝説を、この心に焼き付けたいのだ。

 

 今でも思い出す。

 

 ――たった一人で神と戦うと宣言し、ウルクの守護を己に命じて戦いに赴いた主の背中。

 ――王座にて眠る冷たくなった主の肉体。静かに啜り泣くその妻。

 

 いつだって獣は、大事な時に主のそばにいられなかった。

 だからこそ気を引き締める、もはや失態は見せられぬと丸くなった心の牙を研ぐ。

 

 ――だってもう、置いて行かれたくないから。

 

「…少しはマシな目つきになったな。」

 

 ふと、獣は自身の身体が無傷なことに気が付いた。

 今更ながら、主が王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)経由で救ってくれたことに気がついたのだ。

 

「獲物は征服王だが、最悪この結界さえ解除できればそれでよい。あの女は俺が抑えておく。今度はしくじるなよ。」

 

 簡潔に命を下す主。

 昔から変わらないその姿を見て変わってしまったのは自分のほうだったのだと獣は改めて実感した。

 

「さぁ、狩りの時間だ。存分に暴れてこい。――…ライオンさん」

 

 ふと、懐かしい呼び名で呼ばれた気がしたが、気のせいにして忠実なる英雄王の獣は敵陣へと突っ込んでいった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 征服王イスカンダルは、セイバー聖剣の光が神獣を飲み込んだ後も油断なく辺りを見渡していた。

 兵士たちは伝説の獣を討ち取ったと大喜びしているが、彼は確かに上空から目撃したのだ。光の斬撃が当たる寸前に、別種の黄金の光が獣を包み込む場面を。あの光は間違いなく英雄王の宝具である王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)だ。

 

(う~む、猛烈に嫌な予感がするのぉ…)

 

 この征服王の感は当たることとなる。それを本人が確信したのは、砂漠の世界に再び獣の咆哮が響いた瞬間だ。

 

「――■■■■■■■■■オォォォォッ!!」

 

 先ほどまでとは比較にならないその咆哮は天地を揺らし、風を呼び、獣の目覚めをこの世界に知らしめた。

 晴れた砂埃の中から姿を現したその獅子も今一度形容するのならば“怪物”以外にはないだろう。姿が変わった訳ではない。ただ、その身に纏う覇気が、殺気が、そしてその鋭い眼光が、獣の本性を教えている。

 もはや征服王の顔には伝説との邂逅を喜ぶ笑みなど浮かんではいなかった。ただ頭の中で幾つもの作戦が浮かんでは血に沈む己の姿とともに搔き消える。

 

 ――伝説の獅子は、ここに復活した。

 

 そんな怪物の姿を見て笑みを浮かべるのはただ一人。

 英雄王ギルガメッシュである。

 

(やれやれ、ようやっと戻ったか…)

 

 彼が現世にて獣を召喚し、真っ先に思ったのは()()()()という感想だった。

 宝具である以上、肉体は全盛期のままだ。しかし、どうやら精神まではそうはいかなかったようで千里眼で見たところ、中に宿っていたのは晩年の獅子の魂であった。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)とて完璧な宝具ではない。特に元はイシュタルの随獣であったものを伝承補正によって無理やりつなぎ合わせたのでこう言った不都合が起こることも致し方無いことではあった。

 

 しかし、それとこれとは話が別だ。

 

 いくら不都合があったとしてもそれがこの英雄王ギルガメッシュの武器である以上は怠慢も誤作動も許されない。それは当然のことであるとギルガメッシュは考えているし、そう弁えている者以外を傍に置く気はない。

 だが、ここでギルガメッシュを悩ませたのは、獣自身には衰えたという自覚がないことだった。

 これもまた宝具となった影響か、征服王の軍に嬉々として突っ込んでいく鈍い動きの獣を見たギルガメッシュの内心は複雑であった。そして確実に征服王たちに足元をすくわれるであろうことも見え透いていた。

 故にこそ、ギルガメッシュは敢えて放置したのだ。ようは一回痛い目を見ろ、ということである。結果的に獣は昔の勘を取り戻しつつあるので良しとしよう。弱いままでは困るのだ。

 

 王として、何より戦士としてのギルガメッシュの直感が告げている。

 何か()()()()()()()()()()のだと。それはこの英雄同盟の比ではない。いや、これも結構響いたが…主にメンタルに。

 

 兎も角それが眼前に迫った時、ギルガメッシュが信頼を寄せる兵器が使えないなどという状況だけは避けたい。

 そう考えると、今回の襲撃は悪いものではなかった。

 獣に覚醒を施し、誇り高い忠義の騎士と出会った。

 

「ふむ、中々に実り多き夜であった。――今宵はこの一戦で幕引きとしよう。」

 

 これ以上の激戦、対話はもはや蛇足ですらある。いらぬ情緒で不要な戦だ。

 端的に言うと、英雄王は興が覚めたのだった。

 

 それに、時臣たちからの魔力供給が滞ってきている。時臣一人では荷が重かろうと桜と凛も合わせて魔力を貢がせていたのだが、流石に真名解放をしすぎたようだ。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から与えた宝石や魔具も残量が少ないらしい。

 いざとなればギルガメッシュは海神の加護で魔力を自力で生み出せるが、先ほども言ったように今宵はもう興が覚めてしまった。

 

 故に、これから彼が行うのは獣が固有結界を解除するまでの時間稼ぎと、軽い事実確認である。

 

「来い、『舊き杉、輪廻の弓(レバノン・メラム)』」

 

 再び上半身に黄金の鎧を纏ったギルガメッシュが宝物庫から取り出したのは、一目で古いことが見て取れる木製の大弓だった。

 豪華絢爛な装備が多く、実際に今も黄金の鎧を纏っているギルガメッシュの姿にこの弓はどこかアンバラスに見えた。

 しかし、その弓から溢れる匂い立つような濃い神気と、静かな森を思わせる神秘さが、ただの古びた弓ではなく、超一級品の宝具であることを確信させる。

 

 それもそのはず、この弓こそはギルガメッシュが持つ宝具の中でも指折りの宝具。

 その正体は、彼が嘗て対峙した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()より制作された神秘の塊である。

 何千年と在り続けた杉の木に、森の神の神気が流入し、それを自ら王の斧で切り取ったギルガメッシュが職人に命じて弓へと加工されたのだ。

 

 そんな弓を構え、英雄王が見据えるはセイバー。

 黄金と古木、甲冑と木弓、絢爛と静謐。まさに矛盾するような武器とその主だが、不思議なほどその組み合わせは上手く成り立っていた。

 

「さて、まずは確認から行くとするか。これでくたばってくれるなよセイバー?」

 

 だが、英雄王は手元に弓を呼び出したにも関わらず、矢を番える気配はない。そして手元の武器はそのまま背後に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を展開した。

 黄金の砲門から顔を覗かせるのは、アスカロン、グラム、赤原猟犬(フルンディング)を始めとした竜殺しの武具が二十挺以上。竜の因子を持つセイバーにとってはまさに天敵というべき武器たちだ。

 それらが王の指示で一斉に掃射された。

 

 宝具を解放した直後で疲労を隠せないセイバーはしかし、懸命にそれらの宝具を聖剣で迎撃していく。

 

 一閃、アスカロンを打ち落とす

 二閃、グラムを迎え撃つ――が、押し負けて吹き飛ばされる

 三閃、赤原猟犬(フルンディング)を崩れた体勢から弾き飛ばすが、しつこく追ってくる。面倒なので柄を掴んで聖剣を叩き付ける。

 

 四閃、――剣を振るうこと叶わず魔剣が数本、体に刺さる。

 

 五、十、二十、と全ての剣を捌き終えた時、既にセイバーは満身創痍だった。

 だが、彼女の心が折れることはない。

 例え何千という宝槍、宝剣が空から降り注ごうとも、彼女を止めることは叶わないだろうと思わせるほどの意思を彼女は目に宿していた。――そしてその意思を支える宝具が彼女の手の中にはあった。

 

「そら次だ、貴様の鞘を見せてもらうぞ。」

 

 だが、英雄王は既に彼女の奥の手を見抜いていた。

 斬り抉る戦神の剣で破壊されたにもかかわらず、即座に回復した心臓。

 乖離剣を見せたにもかかわらず、それを防げると思っている自信。

 

 これらを見て気がつかないほど英雄王は鈍くない。

 

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から無造作に一本の大剣が放たれた。これもまた竜殺しの剣。その中でも最高位に位置する一本を、英雄王は何のためらいもなく使い捨てる。

 

「爆ぜろ、『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』」

 

 それは真名解放ではない。

 ただ剣の柄に嵌められていた宝石の魔力を無理やり暴発させただけだ。

 だが、それは指向性がないがうえに、脅威となりうる。

 

『――ッ全て遠き理想郷(アヴァロン)!!』

 

 眼前で暴発した竜殺しの魔力を防ぐべく、セイバーはほぼ無意識に奥の手である聖剣の鞘を解放した。

 それは防御というより遮断であった。鞘が数百のパーツに分解してセイバーを取り囲み、その身を守護する。

 眩い光を放つこの宝具こそ、ギルガメッシュの宝物庫にも存在しない究極の防御宝具。

 伝承に曰はく、

 

 ――持ち主に不老不死を与え、老化を抑え、呪いを跳ね除け、傷を癒す。

 ――五つの魔法さえ寄せ付けず、多次元からの交信は六次元まで遮断する

 

 恐らくエアでさえ傷一つ付けれないであろう宝具を前にして、英雄王もまた己の宝具を発動させる。

 

 “全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)

 神々から与えられた千里眼と、4000年にも渡り人類史を見守り続けた英雄王の精神性が昇華されたこの宝具は、星の輝きの如く地上の隅々へと行き渡り、万象を見通すことが可能となる。ともすれば、星の内海さえも…

 

 ――座標特定開始、並行演算開始、

 

 英雄王は静かに弓を構え、矢を番えた。

 

 ――座標特定、演算終了

 

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の演算機構も使用して割り出した座標に笑みを浮かべ、

 ギルガメッシュは展開されている奇跡の鞘に向かって矢を放った。

 

「」

 

 怪訝な表情を浮かべるセイバー。それもそうだろう。

 この鞘の守りを前にしては如何なる宝具も無力と化す。恐らく英雄同盟を組むに至った要因の一つである乖離剣さえ防ぐであろうこの鞘に向かって矢を放つとは…

 

 セイバーへと直進していた矢は、全て遠き理想郷(アヴァロン)にぶつかる寸前で掻き消えた。

 結界に衝突して消えたのかと思案したその時、右肩に激痛が走った。

 

「ッグ!?」

 

 驚愕、騎士王アーサーは己の右肩に刺さった槍を見て、ただただ驚くことしかできずにいた。

 

(馬鹿な?!今の私に攻撃は届かない!もし攻撃を受けているとすればそれは全て遠き理想郷(アヴァロン)にいる私ということになる。だが…そんなことできるはずがないッ!)

 

 困惑し、矢を抜くことも出来ずにいるセイバー。

 だが英雄王に慈悲はない。次射が放たれ、右頬にかすり傷をつけて矢は後方に去っていった。

 

「そ…ん、な……」

 

 己の最も信頼する宝具を突破され、声を震わせるセイバー。

 

 だが、英雄王に言わせれば別段驚くようなことではない。

 五つの魔法さえ寄せ付けぬ?外界に身を置いている?究極の守り?

 

 ――()()()()()()()

 

 そんな肩書はこの男にとって何の意味も持たない。

 魔法が通じぬなど知らぬ。外界にいるのなら外界に矢を放つ。究極の守り?そんなものは存在しない。多次元からの交信は六次元まで遮断する?ならばさらに上の次元を通すまでのこと。

 

 

「さて、今宵はこれで仕舞にするか。」

 

 立て続けに矢を放つ英雄王。

 ここでようやくセイバーは悟った。究極の守りは、目の前の男には無意味なのだと。

 ならばッ!

 

「ハアァァッ!!」

 

 セイバーは全て遠き理想郷(アヴァロン)による守りを解いた。

 全て遠き理想郷(アヴァロン)を回復のためだけに使用すると決め、魔力放出を利用してギルガメッシュへ突貫を仕掛ける。

 

「ほう?通じぬと分かった防御は捨てるか…思い切りのいい判断だが、それは悪手だぞ?」

 

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)がセイバーを取り囲むように展開され、新たな竜殺しの武具が露出する。

 その数軽く八十挺以上。

 顔を引きつらせる騎士の王に英雄王は厳かに告げる。()()()()()、と。

 

 そして容赦なく放たれる宝具の嵐。

 どれほど強固な龍個体であったとしても、この巌を削るマシンガンが如き砲弾の数々には耐えられぬだろう。

 ましてやセイバーの肉体は少女のものでしかない。これに耐えられる素の耐久性を彼女は持ち合わせていなかった。

 

 故に、これは苦渋の決断。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)!!」

 

 展開せざるを得なかった。否、()()()()()()()奇跡の鞘が迫りくる竜殺しの宝具を防いでくれる。

 しかし、この状況が英雄王の望んだ状況であることは明白だった。そして次に彼がとる行動も。

 

「」

 

 放たれる矢。如何なる手段を用いているのかはわからないが、セイバーは眼前に迫っているこの矢が、外界にいるはずの己の肉体に向かって放たれていることを、その身をもって理解している。

 だが、避けようがない。全て遠き理想郷(アヴァロン)を解けば竜殺しの宝具に貫かれ、このままでは矢に射抜かれる。

 まさしく詰みだった。

 

「――…えッ?」

 

 だが、訪れるであろう痛みを想像して歯を食いしばっていたセイバーは間抜け顔をさらすことになる。

 英雄王の矢が外れたのだ。

 外したのではなく外れた。それは矢を放った本人が眉をしかめていることからも明らかだった。

 

 しかし、弓兵にあるまじき打ち損じをした彼の顔にはこれといって悔しいといった感情は浮かんでいなかった。ただ眉をしかめるのみで寧ろ想定通りとでもいうような淡々とした無表情だった。

 

「…ふん、やはり()()()()()か。流石は究極の守りなどとほざくだけのことはある。」

 

 称賛しているのかよく分からない態度で意味深なことを呟いた英雄王はふと上空を見上げ、笑みを浮かべた。

 釣られて上空を見上げたセイバーは、今宵の宴が終わったことを悟った。

 

「固有結界が…?!」

 

 砂漠の世界から現代への帰還を果たす風景たち。

 その光景を唖然と眺めていたセイバーは、視界の端で征服王が戦車に乗って撤退していく所を捉えた。

 

「今宵はここまでだな。」

 

 前を見れば、既に黄金の甲冑を解除した現代衣装の英雄王がこちらを見据えていた。いつのまにやら王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)も消えている。

 

「…どうやらそのようですね。」

 

 ここに至って戦闘を続行するほどセイバーも無粋ではない。

 だが、その美しい翡翠の瞳には相も変わらず強い意思が浮かんでいた。

 

「だが、次に見えた時こそ…私は…」

 

 にもかかわらず中途半端に言葉を区切るセイバー。

 己の道に対する迷いは断ち切ったと思っていたが、どうやら少々やけになっていただけらしい。

 今でも迷い続け、己の言葉を探すセイバーに、少しだけ昔の自分を重ね、微笑ましいものを覚えるギルガメッシュ。

 

「あぁ、次に会ったその時こそ、騎士王としてのお前の答え、見つけられるといいな。」

 

 だからかもしれない。いつもよりちょっと()()()()で優しい言葉をかけてしまったのは。

 

「ヘッ?!あ…は、はい…」

 

 何故か少し顔を赤くしたセイバーは小さな声で「お邪魔しました」と挨拶し、風のように去っていった。

 思わずその可愛らしさに頬を緩ませるギルガメッシュだったが、ふと昔の“恋文”のことを思い出し、青白い顔で身震いをした。

 

 そんな情けない英雄王の手を、一仕事終えた獣がぺろりと舐めた。

 

 




舊き杉、輪廻の弓(レバノン・メラム)』※本作オリジナル宝具

森の神フンババの神気が最も込められていた杉の木より制作された弓。
見た目は完全に古びた木弓だが、込められている神秘は尋常ではない。
何千年という月日と年輪を重ねたこの木は、時空や空間の影響を受けようともあり続けることができるという特性を持つ。
故に宝具能力は単純で、ギルガメッシュが座標固定した箇所に、時空や空間を超えて矢を届けるというもの。届けるまでの工程には様々な事象が絡んでいるが、使い手であるギルガメッシュは理解を諦めた。

ちなみに一番最初に使われたのは、浮気と誤解したイシュタルに謝罪と愛の手紙を矢に括り付けて送ったとき。

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