可憐。一言で表すなら在り来りながらもそれが最も正しい。顔が少々煤け、髪型も崩れてはいるものの、金色の髪の艶も失われておらず整った容姿がハッキリとわかる。彼女の首に下げた紋章はプルネラ、協調の意味合いを持つ花である。暑さや寒さに強い多年草で冬に一度は枯れるが、その後地面部に残った根より幾度となく花を咲かせる、カゴのような形の小ぶりな花である。
「その花の特性から耐え忍び、小さい範囲ながらも繁栄を表すとしてつい先日滅びたリッテンミット共和国の国紋となった花。今世で今現在その紋を持つのは姫その人のみ」
「そこまで分かっているのならばお話は早うございます。我が名はイルニミナ・ロゼンハイト・リッテンミット。武優れる、一片の御武人方の主である貴公にお願いがございます。我が身を御身に差し上げえますゆえにどうか、我が騎士たちを解放していただきたい」
帝国と魔国の戦い、今回の戦争の発端となった国の姫。この馬車にいるのは彼女の直属の近衛女騎士たちであるらしい。抱え込むには大きすぎる毒。彼女を手に入れても両者から狙われる理由にしかならない。そのまま逃がし、馬だけを持ち帰るのが正しいのだろう、本来ならば。
「馬車を全て開けなさい、リオン。リッテンミット殿下。我らに殿下を害する意思は御座いません。帝国兵とは少々の行き違いがあり戦闘になり申したが、本来の目的は異なる場所にございますゆえ。馬を与えることはできませんが、帝国兵と魔人兵の装備は我らに必要ないものなのでどうぞお持ちください。もちろん我らが立ち去ったあとになりますが」
こちらの顔を見つめ始める姫、こちらの悪くない提案を聞いてなお崩さぬ絶望感、そして溢れんばかりの悲壮感。亡国の姫、しかも戦争の発端となったのが彼女の持つ力に因るものであるのだから当然かもしれない。触らぬ神に祟りなし、勇者選定の聖剣姫に掛かり合いたくなどない。
久しく生まれなかった聖剣姫が生まれたことにより戦争は始まった。その身を鞘に聖剣リッテンミットと化す生贄の少女。魔王を封じることのできる聖剣の一本。黄金剣とも呼ばれるモノである。
「貴公は此度の戦争の原因は知っておりますか?」
「一部は存じております、残りも大方の予想はつきます」
「では、もう一度言い直しましょう。妾を貴公の下に置いて欲しい。さすれば彼の様な戦争すぐにでも終わりましょう」
聖剣姫は死なない。
選定を終え、その剣としての役目を全うするまでは、人として天命すら全うすることはない少女。魔王が彼女を生かしたまま移送する理由である。近衛騎士をそのまま残す理由は彼女に対する人質であろう。魔を宿す種族に対して彼女は絶対の力を持つのだから。
古代に魔人との戦争によって滅びた国の騎士魔道士達のその身、その心、その地肉、何より恨みによって打たれた魔を滅ぼすための剣。本来聖剣の名を冠するにはあまりにも禍々しいモノだ。彼女はその呪いを一身に受けた生贄。魔を嫌った者たちに良い様に使われるために生まれた少女。
「我々に利がありません。むしろ命の危険性すらあります。殿下は我らに何を与えてくれるのでしょう。言葉は悪いですが、全てを失った貴女に何かを
「……妾は無価値でしょうか?」
風に聞いた噂では、10歳の御霊降ろしにより聖剣を宿したらしいので、今もまだその年齢だろう。10歳、大人になるには、何かを理解するには少しばかり早すぎるの歳だ。同情を覚えよう。孤児である俺たちは、形あるものは何も持ってはいなかったが、生き方だけは掃いて捨てるほど持っていた。彼女は運命の奴隷の中でも最高に嫌な役目を担っている。生き方は選べず、形あるものは全て奪われる。このまま生き殺しのままどこかに幽閉され、その精神が摩耗するまで飼われ続けるのだろう。
「人が人らしく生きていける、手の届く範囲でもそんな世界にしてみたい」
「リオン?何を言って」
「些細な幸せでいい、ゆっくりと景色を眺めお茶を飲みながら幸せだなと呟きたい」
「ロ、ロウェン貴方たちまさか……」
「美味しいものを食べて、優しい友に囲まれて笑いながら死んでいきたい」
「メイテン!待ちなさい!ちょっ、おま!」
「そして少しは
その昔、寝言のようにつぶやいた言葉を復唱される。この世界で過酷の状況からようやく脱した時に彼らに寝物語として話した夢だ。改めて他人の口から自分の夢を聞くと小っ恥ずかしいものがある。そしてなにより、自分の矮小さが際立って見える。
「姉様、今殿下は手の届かない位置にいるのでしょうか?」
「あね様、親もなく、頼れるものがいない殿下はウチたちに似ていませんか?」
「姉さん、少しの希望もない生など目に見える者たちに送って欲しくないと、そうは言いませんでしたか?」
「姉上、すべてを打ち払う力が俺たちにあると言ったのは嘘ですか?」
「長姉、敵がいるのならば逃げてしまえばいい、そうでしょう?」
全部言った!確かに全部言ったが!そんな簡単な話ではないのだ。彼らがそこまで姫に肩入れする理由がわからない。彼女を見捨てようと決め、沈んだ気持ちであってもそれを決心するために
「分かりました!分かりました!殿下!今日からファミリー!そして、明日に向かって逃走です!撤収!」
「……恥ずかしくて逃げ出しましたね」
「あの、妾は結局どうすれば?」
「付いてきたらいいと思いますよ?」
△▼
馬っていいね、あの距離を一時間かからず帰れたよ。……現実逃避はやめにしよう。逃げたってそこにある現実は何一つ変わらない。
「しかし、何故近衛も付いて来たのです?」
「そりゃ、滅んで国の騎士なんてどこにも良く当てないからでは?」
ご尤もである。彼女たちを逃がしても結局下野するしかないのだ。聖剣姫の騎士として育てられた箱入りで年頃の少女たちが自意識を持って何かをするというのも思い至らない。まぁまて、俺だって20~30なら許容範囲だし、常識の範囲内だと思う。しかしこの数はちょーっと多いかなぁ~なんて思わないでもないのだが。
魔導騎士30名、ハイこの時点で既に許容いっぱいです。銃騎士30名、ハイ二倍になりました。盾騎士60名、待てやコラ。正騎士120名、さらに倍プッシュ?
「リオン、あとは任せました。私寝ますから。あ、五人衆と魔道士二人以外は二日休みです。五人衆責任もって面倒見れや、わかったか?あぁ?」
「うぃっす!」「……食事の振り分けどうしよう」「待ってくれ!姉上!俺はリオンに言葉巧みに!」「ロウェン!私を裏切るつもりか!」「それなら、ウチもリオンに騙されました!」「ロッキーヌゥぅぅぅ!?」「首謀者リオン、いや~長姉様全部アイツのせいです」「メイテン、君までか……」
知らん、全員止めなかった時点で同罪だ。とは言え、寝床の割り当ても必要なので明日になったら考えよう。近衛たちには今日は馬車にでも寝てもらえばいいだろう。
と、指揮所に向かえば跡をつける影が一つ、聖剣姫である。……どうしろというのだろうか?
「あの、妾はどうすればいいのですか?えと、その付いてくるように言われたので」
それはこの要塞まで付いてくるように言ったのであって、俺のあとをずっと付いてくるように行ったわけではないのだと思うのだが。ここまで来て気が抜けたのか、殿下は少々子供の口調になっている。
恐らく、敵意のない場所。そして久しぶりの外なのであろう。ちょっと上気しているのが、言葉の明るさで理解できる。
「殿下いや、イルーナ。疲れたでしょうから、今日は私と寝ましょう。王宮の様なベッドはありませんが、ここに貴女を害する者はいない。安心して眠れることは約束しましょう」
加速する運命、もはや止まらず。今日だけで死者は
死んだ奴の事は気にするな、死ねば何も残さず忘れてしまえ。ただ、その志だけは頭に置いておけ。それが孤児たちに伝わるジンクス。弔いもなく、死んだことを気にしないようにその日を終える。泣けば体力を失うからだ。食料に困っている境遇でそれは致命的。食料に困っていない今でも、そうそう抜けきれるものではない。
今回死んだのは追加組の4人である。彼らのまとめ役に死は告げた。そうかの一言で話は終わりである。仲間を失うのは日常だから、とも言わんばかり。それが口惜しい、少しでも裕福になって泣きたい時には泣けるようになりたい。そんなことも考えざるおえない。
「畑を耕し、家畜を飼い、森を育て薪を広い冬には暖をとる。これから忙しくなります。イルーナ、貴女の部下だった者たちにも手伝ってもらいますよ?」
だから、やることをやろう。城壁も堀も開墾も全く進んでない。当初の予定とも大きく異なった状況である。物資の調達もしないといけない。食料は大幅増員で当初の三分の一の期間しか持たない。猶予は半年である、それまでに畑を作り、数ヶ月で収穫できるものを大量生産しなければ飢える。一応の資金はあるが、この人数の食料を揃えるとなればすぐに尽きるだろう。
程よい疲れは快眠につながるが、疲れが溜まりすぎれば眠れない。気づけば寝ようとしても違うことを考え続ける俺がいた。
結局、イルーナがとなりの藁束で熟睡する中、俺が寝付けたのは日没から大きく過ぎた月が高い位置に来てからだった。
△▼
人がいれば話が早い、近衛騎士たちはあまり乗り気ではなかったが、働かざる者喰うべからず。有無の云わせず、作業に参加してもらった。どうせ出て行かないのだから、こういったことには慣れてもらう必要がある。
まずは空堀造りだが、これと並行して集まった土砂を使い、城壁の上に伸びる斜路を作ってもらう。城壁の修復のための石材を上に運ぶためのものだが、人数が足りなくて手がつけられないと思っていたので、ありがたく少女騎士たちを使っている。
元々、騎士としての訓練を積んできた者たちだけあって体力は申し分なくついている。この件に関して俄でなくてよかったと思う。
道の整備も当初の4倍の人員が投入できるようになったので、加速度的に整備速度は上がった。
武器庫の開錠も今朝終わったので、一部の人間には武装させ城壁の見張り台に立たせている。見張りも精神に来るものがあるが、土砂集めや開墾伐採は体力的に来るので、もちろん不満が出ないように時間交代にしてある。
「ここまで、何も言わずホイホイ従ってくれるのも薄気味悪いものがありますが」
素性知れぬものにいいように使われているのに、不平不満を投げかけてこないことには驚きを覚える。彼女たちは何を考えているのだろう、従うという選択肢しか残っていないのだろうか?
城壁に立つ俺の隣でニコニコしながら城壁の縁に座り足をプラプラさせるイルーナ。時折鳥を指差しては「おぉ~」と感嘆の声を上げ「えへへ」と笑っている。どこにでもある風景でこれであるのだから、どれほど箱入りだったというのか?
今ここから見渡す限りの速度で考えれば、ふた月ほどで第一目標の開墾までは終わるだろう。その後はそれを囲む丸太塀を作り第二城壁を作り、森を切り開き、薪としつつ、要塞からの視認性を上げる。全体で訓練のできる場所も確保したい。一部の人間には調停士試験を受けに行ってもらうための、特訓をさせないといけないだろう。そこまでいってようやく基礎が出来上がる。
一心地付けば、当初の目標に向かって準備ができる。
「手を伸ばせる範囲ならば、救ってみせようってね」
独り言をつぶやき、フフフと笑う。こちらをキラキラした目で見ているイルーナに気づかぬままに。ちなみにこの事をハッキリと覚えていた彼女によって俺はまた恥ずかしい目にあうのだが……
リオンたちの振り分けが良かったのか、休憩や持ち場のローテーションも順調にいっているようだ。騎士と孤児たちの表立った衝突もなく済んでいる。とはいえ、裏でゴソゴソやられ水面下の争いに発展するのも面倒なので、緩衝役を置いて彼女たちや孤児たちの不平不満は極力減らすように心掛けないといけないだろう。
これはミレイナ辺に任せれば大丈夫か、しかし、今は適当でもいいが部隊として運用するときの振り分けには困ったものである。統合して運用すべきか、今のままでハッキリと分けたまま運用すべきか。前者にも後者にもメリットデメリットは存在するだろう。混ぜるな危険と書いてあれば楽なのに、残念ながらそんなもの書いてあるはずもなく。
元々の孤児勢はあまりにも弓の心得があるものや魔導士が少ない。もし混成させて使うならば。ほぼ全てを正騎士達に加えることになる。
完全に分けて孤児勢の中から弓を使えるものを増やして、一括りの部隊を作ったほうがいいかもしれない。魔導、盾、銃、近距離正統派、弓である。銃騎士部隊はいまは鉄砲がないので無用の長物であるが、どうにかして銃は手に入れなければならないだろう。
作れたら楽なのに……