ネタまとめ   作:髪様

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閑話 たった一人の世界戦争

『退却する友軍のために、この道を死守せよ』

 

 あの日、少佐が命ぜられた任務。今もまだやり遂げている。気づけば幾月幾年たっただろう?一七だった私はすでに二十三となり小銃片手に土嚢で構築された陣地にたった一人で座り込む。

 雪が降る日も土嚢を背に悴む手に息を吐きかけながら、一人敵を睨み続ける。といっても誰ひとりとして見かけた事などないのだが。

 腐るほどの缶詰と堅パンを毎日泥のようなコーヒーで流し込む。すでに消費期限は切れているのだが、水分をあまり含まない物は食べられる。補給もないので、こんな物でも食べなければ生きていけない。

 一人では撃つ事のできない対戦車砲の砲身を磨き、油をさし、ここ数年放たれたことのない小銃をばらして清掃する。

 

「……雪だ」

 

 今の季節、私の故郷は夏である。今いる戦場は真冬。ちろちろと降る雪をボーッと眺める。この雪を集めてかき氷にでもしたら楽しめるだろうか?もうずっと甘い物も食べていない。

 

 敵も味方も誰もいない。分かっている、すでにこの地には両者とも居ない事など。だがだからどうした?大きく広がった大陸には敵味方誰もおらず、船は既に私の母国へと転進を果たしているだろう。一度だけ、敵の陣地に歩いて行ったが、其処にあったのは草が鬱蒼と茂ったあばら屋(しれいじょ)と手入れもされず錆びてボロボロになった機関銃だけである。

 

 彼らも母国に帰ったのであろう。誰からも見向きもされず、忘れられた戦場でただひとり座り、外を眺める。我が国は勝ったのだろうか?たまには肉が食べたいな。彼女がほしい。ゆっくりとフカフカのベッドで寝こけたい。なんで戦争なんて始めたのだろう?いろいろな考え思いが過ぎっては消える。

 どれも得られず、果たされない。答えなんて分からないのだから考えても無駄である。

 

 気づけば鉄兜の上に雪がほんのりと積もる。肩をも見れば、落ちては溶ける。牛革で出来た手袋の中は悴み指は大して曲がらない。先程から伸ばしている足など既に感覚などない。

 

 ああ、これは死ぬな……

 

 もう心残りしかないから、ここで死んでもいいと思える。こんな場所にいても何一つ叶わないのだから、何も考えず死ねるのならばそっちのほうが楽だ。

 

 「願わくば、些細な幸せでいい、ゆっくりと景色を眺めお茶を飲みながら幸せだなと呟きたい」

 

 人が人らしく生きていける世界で、美味しいものを食べて、優しい友に囲まれて笑いながら死んでいきたい。どれもこれも届かない。努力なんかじゃ届かない場所にあるのは知っている。

 

 

 目を閉じれば、夢を見る。貧しくとも楽しく生きる夢を。

 

 最初は苦しくとも、大勢の家族たちに囲まれて。

 最初は違ったけれども、悲しいことで大泣きして、家族たちと慰めあう情あふれる光景を。

 最初は大変だったけれども、物にあふれて、好きなものを食べれて、ワイワイ騒いで、些細なことで喧嘩して、笑いあったそんな世界で生きる夢。

 途中からは変な友人も増え、厄介な家族も増え、大空すらをも手中にし優雅に舞う夢。

 

 「青春の途中で俺の世界は終わったようなものだからなぁ……、」

 

 訓練で矯正されて私と呼ぶようになったのは何時頃だっただろうか?当初、心の中では俺のままだったが、既に一人称を変えて久しい。懐かしく響く『オレ』という言葉。すでに違和感を感じるものになっていて苦笑いがこぼれる。

 

 「おぉ、目を開けるのも億劫になってきた。最後の締めが独り言かよ」

 

 返事を返すものは何もなく、生物も少ない冬だからだろうか、この世界には俺以外の生き物が何一つ鼓動していないように思えた。

 何一つやり遂げず、何一つ楽しめなかった人生。戦争の初めに人殺しも経験し、それからも見えない敵を撃ち続けた。隣で名前も知らない同年代が頭をぶち抜かれ倒れるのを見たときは、死にたくないと思ったのに、今ではもう生きていたくないと思っている。

 

 感情とは不思議なものだなと感情が尽きかけた顔で感慨深けに雪の降る灰色の空を見上げれば、時折こぼれる陽光が銀糸のように煌くなか、徐々に瞼が閉じていき、眠るようにこの身は終わった。

 

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