修道女アルテマ率いる小集団は、幸い帝国兵残党やただの盗賊に襲われることなく目的地にたどり着くことができた。実は何度かそれらしき
旅のことを含め少々甘く見ていたのではないかと、修道女アルテマ本人は考えたがそうではない。いくら増えているといっても彼女たちの賊との遭遇率は有り得ないものであった。
ウィルテンスフィアとウィルテンバードは確かに近いとは言えないが、そこまで遠く離れているわけではない。時間を多く見積もっても三日あれば十分に到着できる距離である。しかし、彼女達は三倍以上の日数をかけてようやく到着することができた。この理由に一日に二回ほど賊に遭遇することが有り、ほぼ一日足止めを受けることもあったことが挙げられる。ここまでくれば鷹の目持ちがいたとは言え、無傷のまま生きて到着できたのは既に奇跡に近いモノだ。
「「シスターアルテマ、お話を聞いてきました」」
一応、賊の情報も集めておこうと、行商や付近の調停士に今回の賊の増加の話を聞きに行っていた双子。シュトラン教会の所属の者はこういった場合少々得をすることがある。本来ならこういった命に関わる情報は割高であるのだが、職柄に治癒にお世話になることが多い行商や調停士は、シュトラン教会所属の人間に対して心象を少しでもよくしておこうと頼られた際には優しくする者が多い、ちなみにこの場合は無料の情報提供である。勿論、彼らも名前を告げるのを忘れない。教会の人間も良くしてもらった人間の名前を覚えることは流石にしないが、一応そう言った手助けをしてくれた者たちの名を記す帳簿があるので、そういった者達が名前を告げながら教会を訪れた際は担当の修道女や司教が相手をすることとなる。
「やはり、普通ではないようです」「余りにも多過ぎると」「「言われました」」
「そうですか、もしかしたら都市を出るところでも賊の一味に目撃されたのでしょうか?」
ふと、教会の人間が情報を賊に流したのではないかと勘繰るが、直様否定。シュトランの人間は騎士は別として箱入りに育ったものが多い。そういった裏に詳しい者など居ないだろう。教会内での嫌がらせといえば、靴下や下着を隠したり、変な噂を流したり程度がせいぜいである。命に関わる悪巧みなど宗派的な意味合いもあり絶対とは言えないが可能性は低いと彼女は考えている。
「これ以上考えても、仕方ないでしょう。一度ウィルテンバードの教会に向かい寝床を分けてもらいましょう。その後聞き込みです」
「「騎士の方はどうしましょう?」」「この都市で待たせますか?」「帰還させますか?」
「彼らはこの都市で負傷者が出たゆえの補充です、これからは分かれて行動することになりますよ」
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ウィルテンバード、ウィルテンスフィア、ウィルテンミレド、ウィルテンメキド。これら四つを総じて連結四都市と呼ばれる王国の都市郡である。四都市は普通にに比べて遥かに近い位置に建設された商業兼軍事都市であり、これら四つを連携させることで国力で勝る魔国や帝国の抑えとしているのだ。
魔術的要素で組み上げた守護があるとも噂されるが、帝国、魔国との戦争を経験したことない王国であるので、真実のほどは定かではない。
要塞より城塞に近づいた我々の拠点、ルデン城塞と呼ぶことにしよう。この城塞はウィルテンミレドの北西にある。元々俺たちが暮らしていたのもウィルテンミレド近郊であり、ちょうど魔国と帝国に接する地域、最前線都市であった。
「ウィルテンバードの孤児が運ばれていた?」
「恐らくですが……、あの方角からだとバードが一番近いですのでそうなります。この付近を経由し、メキドを通過、その後の予測ですが魔国に向かったと思われます」
孤児院建設の噂はこちらにも流れてきていた、すでに建物の確保も終了しており、あとは孤児集めのお触れと職員である教会の人間を配属させるだけだったと記憶している。
しかし、なぜそのような話を出したのだろうか?正直全くかかわり合いの無いウィルテンバードの孤児の話をされても困るのだが。
「ミレドの孤児が激的に減ったことが知られれば、騒ぎは大きくなると思いませんか?」
「だからと言って……いえ、放棄要塞とは言え国有物の不法占拠がバレると少々厄介ですね。一つ間違えば今やこれだけの備えを持つ城塞です、討伐軍が組織されても可笑しくない。可笑しくないという考えはありますが、様々なことを考慮すればその可能性は低いと考えますが?」
盗賊団への討伐ですら後手に回っている国が、少々厄介なところに陣取っているからといって大軍や騎士団を組織して攻めて来ることなどあるのだろうか?可笑しくないが様子見、運が悪くてショバ代取られるだけではなかろうか?無論、そうなったら要塞吹き飛ばして新天地を探すがな。
「問題はロッテニヤ教堂会です。教会に許可された軍事組織としての騎士団とは別に私兵を集めている噂を知っていますか?魔国国内に集められた孤児を調練し、使い捨ての暗殺者を作っている噂があります」
魔導力の暴発を人為的に起こし、人間爆弾とする刻印を刻む。魔術的焼印であるため、一度刻まれれば死ぬまで消えることはない。いや、死んでも消えることはない、物理的に肉片となり認識できる状態ではなくなるだけである。
体に爆薬を巻きつけて行う爆弾テロ並みの厄介さ、防ぐことは難しく全ての人間を疑って掛からねば、被害を少なくすることはできない。
「今の私たちの様に姓無しが、国軍より無慈悲問答無用に殺されると?ロッテニヤ教堂会の目的が……、ああ、なるほど彼らが無差別に人を殺そうが王国は関知しないでしょう。暗殺だからこそ危険であると、為政者が保身のために孤児狩りを行うとリオン貴方はそういうのですね?ですが、防ぎようがありません。結局のところロッテニヤ教堂会を滅ぼさねばこの問題は解決しないでしょう。教敵にでもなるつもりですか?そうなれば我らと教堂会との戦争です、いや一方的な蹂躙が起こるでしょうに」
人気のない教派であることは間違いないが、腐っても教会の一勢力、動員兵力は万に届くだろう、むしろそれより多い可能性の方が高い。同数程度の騎士団をぶつけられるだけで、壊滅する自信がある。それこそ数十人の人間爆弾に盾を持たせて、こちらに突っ込ませればそれだけで話は終わるだろう。
「他教会をぶつける事は出来ませんか?」
「我々にそのような力があるとでも?それこそ馬鹿な話です。孤児に甘いシュトラン教をぶつけたとして、地力に劣ります。そしてなによりコネがない、いい方に転がる様に祈って指をくわえて待つしかできません。なにより調停士登録を済ませればその憂慮も無駄に終わるでしょう?」
「姉様は暗殺教育はどれほどで終わると思いますか?刻印を刻み、走ることが出来るのならば屋敷より出た貴族や政治家を狙うことはできます。調練と言いましたが、そのようなモノあってない様なモノではないでしょうか?我々が気づけるような情報にさえ気づかない王国であれば、確かに猶予は有りましょう。ですが、事実では今この時より孤児の物理的淘汰が開始されても可笑しくはありません」
「私はチカラはないと言いました。コネも無いと言いました。では、それに対処するための策は貴方にありますか?」
リオンがいくら賢かろうと、知恵で補えるモノには限界がある。足りない物は他で補えばいいという考えは、恵まれた者の思想だ。上を目指すものは数多くいれども、上に立つ者はその中のどれほどだろう。目指さねば得られぬ者とは言え、今この状況ではまず土台がない。俺たちは目指すための舞台にも上がれていないというのに。
「ウィルテンスフィアより、ウィルテンバードへとやって来た修道女を攫います」
「自分が何を言っているのか分かっていますか?危ない橋、縄の切れかけた吊り橋なんてものではない。木の枝を大河に浮かせて橋にしようとしているような物だ。橋とすら呼べないので河を渡ろうとしても、一歩目で流れに呑まれるだけです。愚策もいいところでしょう」
そのようなことをすれば、孤児狩りに巻き込まれるより以前にシュトラン騎士団に滅ぼされる。その宗教理念から金品をあまり持たないので他教会に地力に劣れど、信者は多く、更に死をも恐れぬ精鋭ぞろいの騎士ばかりだ。正対するのならばロッテニヤ教堂会よりも遥かに驚異であろう。
「彼女らはほぼ独断行動、襲われても自己責任扱いで処理されるハズです。背の高い者を賊に扮して観察もさせています。聖別されたリオミタ金の額あてをつけた高位の修道女を、」
「リオン、貴方のその賢い頭がどのような答えを見出しているのか、到底私には理解できません。しかも、街に入った今どうやって彼女らを攫うというのですか?」
自己責任扱いとして処理されるのならば、我らが攫ったとしてなんの効果も期待できないだろうに。しかも、賊が一般人に扮するのならば理解できるが、教会の人間の前で賊に扮するのは自殺行為も甚だしい。数が少なくともやり合えば被害が多くなるのはこちらだ。
「普通の孤児としての格好で彼女らに近づき、路地裏に誘い込みます。囲んで袋詰めにし、要塞に運び込もうかと」
「性犯罪者や奴隷商人の手口そのままですね、少々深く考えすぎでは?悪い方向に寄りすぎです」
「姉様は楽天過ぎます、私たちの現状は幸運に恵まれ過ぎているが所以。少し間違えれば何もかも失うのですよ?最悪の状況への対処は常日頃すべきでしょう」
「それでも費用対効果の割合が可笑しいです、余りにも
飢饉の備えとしてすべての食料を備蓄に回すようなものだ。そうすれば何をするまでもなく飢えて終わる。将来のために貯金をしたのに、今の食費を削りすぎて貯金を使うことなく餓死するのは虚しすぎる話だろう。
「リテニア卿を知っていますか?」
「エトランドの辺境伯でしょう?まさか、その修道女を恋い慕うは故に人攫いの対策に乗り出すとでも?よしんば上手くいっても、その後に私たちが疑われればそれも一巻の終わりでしょうに」
「そのまさかです、更にはシュトラン教会の熱心な信徒であることも有名です。ロッテニヤ教堂会を目の敵にし、ロッテニヤ教堂会も彼を目の敵にしています。疑われずに情報を流すための策も考えてます。上手く行けば辺境伯含む貴族連合とロッテニヤ教堂会との
彼はその話の通りに全て進むとして、どれほどの血が流れるのか理解しているのであろうか?千や二千では利かない数が死ぬかもしれぬというのに。天才といえども幼いがゆえの思考だろうか?それとも全てを理解した上で彼はこれを語っているのだろうか?
「どれほどの死が溢れるか、理解して言っていますか?私は人殺しに忌避感はないが、戦争が好きではない。あれは、生命を侮辱する行いだ。そこで死ぬ人間は誰ひとりとして自らの意思で戦っていない。まだ、感情を持ち自らの悦楽のために殺人を犯す殺人犯のほうが可愛げがある。極論的に言ってしまえば、体を作るために豆を食べればいい所を、美味だからといって牛を殺し食すのと同じだからである。可愛げがあるだけで、そんな
「姉様、手の届かぬ
神が救うのは、教義が救うのは信者だけ。
「リオン、貴方は何になるつもりですか?凡人の私に理解できることですか?」
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「シスターアルテマ」「ミレド近郊の噂を」「「聞いてきました」」
ウィルテンバードの教会の寝所、双子とアルテマの
四都市間は密接に連携しているため、四都市内の他所での噂は比較的手に入りやすい。孤児たちがウィルテンバードの噂を手に入れたように、彼女たちもまたウィルテンミレドの噂、孤児のいなくなった原因やもしれぬ情報を手に入れた。
その
「ここからミレドまで二日半ですが……騎士は出してもらえないでしょう。どうしましょうか?」
「調停士を」「雇っては」「「いかがでしょうか?」」
傭兵は足元を見てくる可能性があるが、調停士ならばその可能性はない。四都市間での護衛額は予め定められているからだ。設定額それ以上まで高くなることはまずなく、シュトラン教会の高位修道女からの以来となれば断る調停士は少なくなってくるだろう。
「そうしますか、では、また旅支度ですね。食料はまた貴女たちの
「「問題ありません、また、足止めを」」「受けることも」「考えて」「「多めに持っていきます」」
「お願いしますね?わたくしも少々司教からの手紙を司祭に渡し、調停士を雇うための金銭を捻出してきます」