銀糸~白薔薇のエッダ~
大聖期234年、春の月、マスカリノッテ鉱山にて反乱軍大旗を起こす。
大陸の西、鉄と銅、石炭が採掘される大鉱山帯。そこで新たな時代が生まようとしていた。時は大聖グロディウス1世が西岸諸国をすべて200と幾ばかの年月が過ぎた頃である。
「よう、
暗い鉱山の中、ちょろまかした金属で補強された一室。そこに一人の女性が入ってくる。部屋の中には一つの
大聖の統一戦争時に国を追われ、もしくは祖国を失いそして奴隷と為らざる負えなかったものたちだ。
「いつも通り風も吹かない窖で息が詰まりそうさ、親友《ファミリア》。見張りたちはどうだ?」
カナリアを入れた籠を近くに置いた積年の男が女性に問う。よく見れば女性、白にも近い
「いつも通りさ、呑気に艶本と娼婦を相手によろしくやってるよ。こちらに叛意ありなんて露ほども疑っちゃいない。
女性はその顔立ちに見合わない口調だが、周りの男たちは別段可笑しいとも思わないほどに慣れているのか、彼以外彼女の言葉を黙って聞いている。女性もそして最初に口を開いた男もこの中では高位に位置する者なのである。それこそバカ話に突っ込む事もしないぐらいには。
「馬鹿を言わないでくれ、奴らが如何に
「それはいい話だ、もう少しで
「「「はい、我が君!なれどその美は相変わりませず!」」」
奴隷というには統率された、兵士のような返事であった。それを見て女性、いや少女はクツクツと笑う。彼らは敗北した様々な国の騎士の末裔、曽祖父から受け継いだ大聖への復讐心を胸にここにある者たちだ。幼き頃より義、勇、忠、信、そして誇れを耳にタコができるまで語られ、そして同じ
「お世辞はいいさ、騎士諸君。君らの先祖より伝わる紋をあしらえた鎧も外套も、もうすぐ出来上がる。各々割り当てられた兵らを率いて唯一帝を名乗る愚者を打ち倒そうぞ!」
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大聖歴221年、白き炎の生まれた日と称される歴史の転換期。奴隷鉱山の一角で一人の少女が生まれた。統一戦争で滅びた王国の王族の一人がかつての騎士との間に産んだ子だ。しかし、元の身分はどうであれ彼らも奴隷。旧臣たちの加護あってもその生活は質素と表すにも酷い状況であった。
だが子も、その両親もささやかな糧で満足に泡沫の幸せを教授していた。
『元気な子ね、貴方の名はディーテェローセンよ』
白薔薇と名付けられた少女は、少々一般の平民の同年代と比べても肉付きが足りないが、すくすくと育った。だが、やはり不幸というものはこの
そして少女は考えた、このような辱めなぜ我らが受けなければならないのかと。
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その後、少女は旧臣たちに呼びかけた。最初はこの鉱山では常日頃繰り返される単なる復讐心からだと右から左に流していた旧臣達だが、3年もの間訴え続けていた少女の根気に負けたのだ。それでも10を数えたばかりの少女であった、普通なら相手にしない。だが少女はその幼児と言っても過言ではない年齢より先見えぬ聡明さを見せていた故がある。気づけば旧臣達が、そして他国の騎士の血族達が寄り集まっていた。
『私には誇りがある、人としてのだ。この手のひらより溢れぬ程度の糧で良かったのだ。見よ、我が手を。貴公らの手に比べても遥かに小さいだろう。しかし大聖とやらは名ばかり大仰で、自らに降った者たちへの配慮すらできぬ、この手を満たすことすら不可能らしい。そしてそれを苦ともせぬもの達がここには大勢いるが、それが負け犬根性とするのならば非常に嘆かわしきことだ』
その言葉で多くの者が彼女に罵声を浴びせた。何も知らぬ子が、大口をと石をも投げれらた。その多くは脅しだけで流石に当てる気はなかったのだろうが、それでも勢い余った一つの拳大の石が少女の額に当たった。周囲の人間は口だけの少女がすぐに大きな声を上げ泣くだろうと、そう確信した。だがそうはならなかった。
『私のような弱者に向ける鉾はあるか!何も解らぬのではない!子である私にも解るようなことを貴公らが解らぬことが問題なのだ!貴公らは仕方がないと、この人ならざる扱いを子孫にまで与え続けるというのか!立てよ諸君、革命の炎は今ここに咲き誇る!』
それでも吠える少女に彼らは静かに跪き頭をたれ、そして再びの一声で勇ましく掛け声を上げ立ち上がった。
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内心で言えば一言である、『ついカッとなってやった』ただこれだけである。
再び生まれたときから、幸せと思うことはあまりなかった。仕方がない、少しの麦が浮いただけの塩水が主食で体を拭くことすら侭ならぬ場所が住処なのである。生きていれば幸せが合言葉の腐った場所であるのだから当然だ。いつも物足りぬ日々であった。
ある日今世での父が死んだ。厳密に言えば行方不明だが、どこに繋がるかも分からぬ地下水脈に流されたのだ、生きていると考える方が難しい。父がいなくなった母は手に職を持った。いくら他の奴隷よりも周囲の人間の手助けによって恵まれていたとは言え、父がえていた
私は朝も昼も夜も関係なく動き続ける鉱山の入口で
そしてまたある日、母は帰ってこなかった。なんでも並々と入った酒瓶を直接粘膜より摂取させられ、そのままぶっ飛んで死んだようだ。余りにも酷い最後であったが、そういったぶっ飛ぶ薬が手に入らないここでは急性アル中で死ぬのはよくある話らしい。そしてこれがいつか私の最後かと思うと遣る瀬無い。このような最後認められるものかと、そう思った。
私はどうやら亡国のお姫様らしい。そして最後の生き残り。だから旧臣たちは言った、お相手を騎士たちの中からお選びくださいと。くたばれと思った、7歳の子に言う言葉ではない、いや7歳であるから何も分からぬと思って言っているのだろうか?
『主君が非業なる死を遂げたにも関わらずこの扱い、貴公らは恥ずかしくないのか?それとも貴公らの忠誠とは自らの自尊心だけを満たすだけのものかね』
血筋だけ残し、いつまでも奴隷で有り続けるのかと、淡々と語った。だがしかし、200年の時は長い。クダラナイ誇りばかりは持っているが、既に逆らう勇気は残っていないらしい。私からしてみれば、大聖帝初代だけが恐ろしく、今いる大聖は平和ボケした唯のクズ野郎だと思う。目立った反乱もないことから安穏と暮らしているだろう、もちろん私のやっかみ含めた独断と偏見であるが。
馬鹿げた最後を回避するために、私は事あるごとに告げ続けた。
そもそも何が悲しゅうて男と結婚せねばならんのだ、体が女でも精神男やねん。
『私は生まれながらにして、指導者の血筋である。貴公らは子供の戯言と呼ぼうが、今ここで事を成さねば何時どの時に成せようか?私のような変わった子供が再び生まれるまで待つのか?それはいつだ?我らの血筋が滅びたその後ではないと言い切れるのか?既に多くの騎士たちの血筋が途絶えたのだ。更に減るだけであろうに』
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マスカリノッテ鉱山とは西大陸一の規模でマスカリノッテ地方に点在する鉱山すべてを指したものである。山の東には大聖国家連合でも屈指の穀倉地帯、西にはマスカリノッテ城塞と旧王都が存在する。旧王都はかつてアーバンベルグ王国の王都であったが今は地方都市の一つとして城壁は崩され、そこにある。鉱山守備には新たに大聖歴125年に建てられたマスカリノッテ城塞をおいてこれを守護しているのである。
「初めに取るべきは城塞でしょう、5千もあれば西に向けて置かれた要塞は容易く落ちます。1万五千で大聖直轄領の穀倉地帯を強襲。マリテニア城塞倉庫を空にし守護将であるクランベルグ公爵を打ち取ります。鉱山奴隷10万のうち兵力として使えるのは3万。残りは日和見と女子供老人ですので、鉱山守護と旧王都制圧にその後動かしましょう」
夏の月中盤、反乱軍は白亜の鎧を身につけたディーテェローセンの名の元にに立ち上がった。直様に人質ともいえる者たちがいる場所に夜襲を仕掛け、それを守る監守たちを捕らえ、殺すか味方につけた。これで本来であれば良き身分に付けるのだが、敵国であったからと非遇されていた魔道士達も味方に付くことが決定となった。
「同時に攻めたほうが良いのではないか?一つ取ったあとであれば警戒される」
鉱山の工具や道具を作る鍛冶場で剣と鎧は作られる、幸い石炭も鉄も多くあるのでそれらに困ることはない。鍛冶場なんて暑苦しい場所に彼ら看守や鉱山守護の兵士が来ることなどあまりないので、これらがバレることもなく進んだ。
「指揮官が足りません、動かせても一軍五千で三軍です、マリテニアを落すにギリギリの数しか」
「5千で城塞は私が落とす、カロン将軍とベルン将軍は若手の将を率いて穀倉地帯を強襲せよ」
「いや、ですがしかし」
「面白い拾い物をしたのだ、任せてみよ。何そやつが使えぬのなら切り捨てるまでよ」
ある日、ディーテェローセンは一人の少年を拾った。奴隷紋のない少年だ。この鉱山にいるものはディーテェローセン含め紋のないもの既にいない。既に鉱山は反乱軍の手中であり、マスカリノッテ城西からの定期連絡が来る、ひと月後以外には居るはずのない存在であった。
「少し茶がかかってるが、概ね黒髪に黒眼。珍客だ、騎士ロベルク。彼にささやかな糧を分けてやれ」
ここらでは見ぬ顔つきである、大聖の国のはるか東、ババーレンと呼ばれる地方の種族とも更に違う黄みがかかった肌。ディーテェローセンにしては少しばかり懐かしい色。白人種と呼ばれる人種の中で北寄りの容姿を持つものが多い鉱山では極めて珍しいというよりもまず見たことのない者だ。
そして、今や彼女に心酔する部下の一人に命じ、彼の保護を行う。
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「目が覚めたか……」
看守の部屋より奪い去った書の一つ、大聖が執筆したらしい戦術戦略書を読み彼が目覚めるのを待った。なんてことはない、孫子兵法というものがあったが、それらと何ら変わらぬ物であった。あれも前世で読む限りでは当たり前すぎることしかない方針書というか、心構えの書でありあれを読むだけで策略が立てられるようになるものではない。書かれた当時ではそうではなかったかもしれないが、結局私にとっては当たり前すぎて使い物になるものではないのだ。
『ここは?』
今や忘れそうになるほど懐かしい言語、それに対して私の使う言葉はこの国で使われる、
『……すげぇ、美少女だ』
在り来りな表現に苦笑いしてしまう、私の美を褒め称える言葉では恐らく最低文字数を更新したのではないだろうか?いつもであれば「絹よりも白くそして透き通った肌に、陽光にて美しく輝くその銀糸、勝利を約束する紅榴色の瞳の麗しき君」やらなんやら延々と続くような美辞を並び立てるのである。13の煤汚れた少女に使う言葉ではないと、笑いながら受け流したものだ。
「さて、生憎と私は知識に疎くてね、君の使う言葉を生まれてこの方聞いたことがないのだよ」
もちろんここに生まれる前には聞いたことあるので、少しばかりのからかいである。『え?え?』と呟き、残念な英語で話し出す少年、年の頃は17程であろうか?少しばかり手を伸ばし腕を掴んでみれば、その
『あぁ、すまない。冗談だ、どうかね久方振りの言葉だ発音が可笑しくはないかね?』
『大丈夫です、えとここは?』
『どこに見える?』
普通の日本人であれば、日本語を話す外人がいればこの世界を異世界とはまず思わない。彼がどのような場所に居たのかは預かり知らぬが、一体どのような判断をするのであろうか?私の着衣は反乱を起こした後であるので、真っ白に塗られ幾何学的な魔導紋の掘られた鉄の胸当てとそれに付随する手甲やらに、これまた真っ白なクロークである。どう見てもコスプレで偉いですよ的な物にしか見えない。
『逆ピラミッドの例のあの場所?』
『……なんだそれは?まぁいい、目が覚めたようだから手っ取り早く案内させよう。全てを理解するにはそれが一番だ』
彼の手を引き、
「ようこそ異邦人、地獄の釜の開いた世界へ」
▼△
「騎兵が足りん、騎馬は揃えることができても馬に乗ることのできる者がおらん。これは由々しき自体だ。騎士連中も馬を持つ機会などなかったから、仕方がないといえば、仕方がないのだが……マスカリノッテを落とせば早々にどこぞの騎兵を取り込む必要があるな」
「姫のように一角獣に乗るわけにも行かないですからなぁ。戦車を引かせてはどうでしょうかな?2頭引き2人乗りであればそこそこ使えるかと、何より大型のものであれば連弩が使えるのが良いですぞ。横は短槍兵、長槍兵、剣兵で固めれば横からの攻撃を大げさに怖がる必要もありますまい。……話は変わりますが、姫の後ろでおどついているのが例の軍師殿ですかな?」
一人の老人、と言うには余りにも外見が若すぎるが、年期の感じさせる口調の将。彼の名は『アダルベルト・エブライヒ』、古き盟約の一族と呼ばれる長命種であり、過去はディーテェローセンの血族に使えていた生き字引とも呼ばる数少ない者、ついでに言えば家名持ちである。その彼の視線の先、長卓の上座の右斜め後ろには一人の少年。
「タツキ、貴様の知力を見せてやれ、大○略でも信長の○望でも負けたことがないのだろう?そろそろ城攻めをするのだ、一晩で落とせる策でも出してくれりゃ?」
明らかに馬鹿にした口調で、ディーテェローセンは彼の方へ振り返り告げる。卓上の決められたルールの上でしか、コマを揮ったことがない者への嘲りにも似た何か。当然定石というものがあったとしても、戦場に決められたルールなぞない。
「聞く所によると、この鉱山より逃がした敵はほぼ居ないのだとか。では奇襲は成功すると見て、まず間違いありません。ですが、いくらなんでも大軍が現れれば門を締められることは間違いないでしょう。では幾数名を先行させ、内より門を開けさせることが確実でしょう」
「在り来たりだが、悪くないと私は思うぞ?エブライヒ将軍、決死隊を募ってくれ。ほぼ確実に開ける際に袋叩きに遭うだろうからな。そこそこ多めの報酬を約束してやるのだ」
タツキ少年の回答を聞き、ディーテェローセンは周囲の反応を確認せずままに採決を下す。すぐに解散の掛け声をかけると、タツキ少年含め全員に進軍準備を命じ退出させるが、そこで何か言いたげなアダルベルトを呼び止める。
「……姫も人が悪うございますなぁ。ではそのように」
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「魔導杯《シェイリュドゥ》に通達あり!マリテニアの平原にて戦端が開かれた模様!」
一人のローブ姿がマスカリノッテ城塞を包囲する軍勢の天幕へ駆け込む。奴隷として鉱山掘りに勤しんでいた爆破魔導師である。既に城塞の周囲は完全に包囲され、敵が増援を要請する隙間すらなかった。生憎と魔導杯などというモノはご都合主義にも似た何かでこの要塞には備えられていなかった。重要であるが攻められることを前提としていないため、魔導杯を扱う魔道士自体が居ないのも原因であるが。
「向こうも始まったか。だがしかし予想以上に門が閉じられるのが早かったな。300名ほどが取り残されて壊滅したようだ」
城塞の方では勝鬨とも言えるまでの喝采が上がっている。所々、「賊恐るに値せず!」との掛け声も聞こえる事から、そこまで混乱も激しくないようである。
城壁より投げ落とされる取り残された攻城部隊の末路《くび》を眺め彼女は呟いた。落とされた首はグシャりと眼球をブチ撒け体液を散らす。次に首が刈り取られた傷だらけの胴が脇より縄を通され、城壁の凸部に吊り下げられる。
「攻城弩《シィエアンバレスト》の準備は出来たか?連弩と合わせて城の内部に雨を降らせてやれ」
「攻城弩のみですかな?攻城櫓《シィエガトゥルゥナ》はまだ押し出しませぬか?攻撃の後に一当てするのも、よろしいかと思いますが」
「……ふむ、その辺りの明は私には分からぬ。タツキはどう思う?」
城壁を眺めていた所より振り返る、そこには膝をつきながら
「う、うむ。すまん、大丈夫か?」
余りにも苦しそうだったからか、ディーテェローセンは珍しく彼を気遣い片膝をついてタツキの背をなでた。それでも最初、なぜこんなものを見せたのかとばかりに、恨めしそうに彼女を睨みつけたタツキであったが、すぐに本当に心配そうなディーテェローセンに絆され?て「大丈夫」と強がりを見せる。
「門が開いたあと、もしくは開く直前に同時攻撃するのが良いと思います、……うぷっ」
「それも、そうだな。そうだ、水飲むか?ほら、飲め。吐き気がするときは、慌てずに一口ずつゆっくり飲むといいぞ?」
ディーテェローセンは自らの腰にぶら下がっていた水袋を差し出し彼に手渡す。そしてそれは
▽▲
ヒュっとその矢の大きさに反して軽い音を立て城塞へと降り注ぐ
「デカくすれば強いと適当に言って、それこそバカデカイい板バネで作らせたモノだが、
と、そこへ城塞を軽々と飛び越えて、直径2センチ長さ1メートルの一本の弩矢がディーテェローセンの横へと突き刺さる。
「……危な!?エブライヒ将軍!撃ち方やめぃ!飛距離がありすぎて適当に撃てば、味方にも被害が出るぞ!?」
「鉄が有り余っているからと、普通ではない作り方ですからなぁ……」
「いや、爺よ、呆ける前に止めてくれると有難いのだが……仕方ない、タツキ私が許可する。割符を持ってこの攻撃を一時停止させろ。そこの魔導師は一緒に連れて行っても良い」
伝令の際に命令を潤滑に伝達にするために作った特殊な細工の施された割符をタツキ少年に持たせる。ディーテェローセンや将軍らと異なり、一部奴隷兵にはタツキ少年の容姿も役割も知られていないからである。彼の服装も、学ランかそれに似せて作られた独特の物であるので、今後周知させていくつもりではあるが……
「ついでに、明日朝早朝に事を起こすぞ、狼煙の準備も伝えておけ。今より半数を残して休息、警戒に当たらせろ。篝火は城塞の周囲全てを照らせるだけ用意しろ。1騎たりとも敵を逃すことは許さんとな」
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目の前の
様々な容姿や人種たちの合間を抜け、走ると表現するにはなにかと覚束無い足で進む。見れば見るほど、出口がない。どうすれば、元の居場所に戻れるのだろう?そもそもココは何処なのか?このままここに居れば殺されると一貫性もなければ根拠もない考え。
気づけば、一人の人夫《どれい》らしき男に胸ぐらを掴まれ宙に浮かされていた。
男がなにか叫ぶが、生憎となんと言っているのか分からない。怒っているとだけ、頭の追いつかない現状でも分かる。彼の指差す方向を見れば、中身のぶちまけられた台車がある。恐らく走っている際に自分の体のどこかをぶつけたのだろうと、そう思う。
『殺さないで、殺さないで、嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!』
人としての尊厳を奪われて弄ばれる骸と未だ拷問の続く虜囚。その様にはなりたくない、どういった経緯で彼らがそこに行き着いたのか分からないが、人夫《かれら》の機嫌を損ねた自分には、ああなる
「おいそこの、彼を離せ」
「え?こ、これはこれは、姫様、このような私めに……っとこの小僧ですな、ほ、ほれ離しました、そそれでは失礼しやす」
ヘコヘコと頭を下げながら、目を合わせるのも恐ろしいとばかりに今までの恐怖の権化とも呼ばれる存在が離れていく。台車を起こして荷物を慌てて積むのが見える。大の男が恐怖する少女。あの光景を作ったであろうと、そう思える少女。見た目は目もそこまでキツくなくおっとりとした容姿であるが、声色にも合わないキツイ口調が意味を知らずとも知れる。
<白の死神>
見た目と反した彼女の第一印象、彼にとっての今の苦難の届け人であった。
『そういう目で見るな、誰も君を苛めたくてこう言ったことをした訳ではないのだ、ただ手っ取り早いかと思ってだな?』
『ふ、ふざけるなよ!?人が死んでんだぞ!そ、それも、あんな、あんな!』
生きたまま目をクチュクチュと音を立て穿られる男とその悲鳴を聞き笑う連中。死体の口に、同じく死体の切り取られた下半身の一部を突っ込んで遊ぶ者たち。彼の目に映るモノは既に
『確かに原因は私が作った。だが、望んだわけでもなければ、不必要でもない。そして殺されている者も今生きたまま死んでいるものも、因果応報とも言えるべきことを彼らは行ってきている。ただ立場が入れ替わっただけなのだよ。これに関しては兎や角キミが言うべきことではないよ?』
まるで子を諭すように、少し前のキツめの口調と打って変わって話し出す少女。会話の所々に必要に応じて強弱をつけることで、相手に理解しやすいように、納得できるようにと心掛けている。
『今すぐにとはいかなくとも、いずれ知る時が来るさ。何、少なくとも私は君の味方だ。何の
少女が少年の頬を撫でる。ただ触れるだけのモノであったが、そこに安心感を覚えた少年は再びその意識を闇へと委ねた。
▼△
日が昇り始め少しばかり白み始めたとき、雲一つない空に3本の白煙が上がる。予てよりの合図、開門の狼煙である。眼前の城門に怒号が響き渡り、それと同時に
「押せぇぇぇぇぇ!!」
不整地の城壁前を力任せに進む。人の腕ほどもあろうかという荒縄によって引かれるそれ。引手に矢を放つが銅板金の盾によってほとんどが防がれ、例え引手に当てたとしても、直様他の人間がその穴を埋める。ならばと近づいて来た
「予想以上にあっさり落ちそうだな、規模的にひと月は掛かっても可笑しくないと思っていたのだが……」
「そうなれば、敵方との増援に挟まれ絶体絶命でしょうな、それに早く落ちることに越したことはないでしょう?ですが、やはりというべきか流石に門は開けれぬようですな」
その時であった、突如として2棟の
一瞬にして地獄絵図が出来上がる、生きたまま焼かれ、かと言って下敷きになったままでは逃げることもできず、次々と投げ込まれる油によって起きる火勢に他の兵も近づくことができない。肉の焼ける匂いと唇を潤す油。『あ”あ”あ”あ”』と声にもならぬ音を発する何かへとまたたく間に変貌する人。
「ほぅ……、あの巨体あの醜いとも言える容姿、
森の婦人で言われるところの
「無茶を言いなさる、何故人に従うか知らぬがゆえに降すとは、いと難しきことですぞ?」
基本妖精と呼ばれるものは、利ではなく情や好奇心といった不定型のもので人へと力を貸す。混血であってもそれは変わらず、俸禄や領地を約束したところでこちらに付くことはないだろう。
「おい、タツキなんか知恵を出せ、あいつは強いぞ?見ろ!攻城弩すらもその手で掴んで防ぎよった!」
「トロルに指示している奴を倒したらどうです?」
「うむ?それはなぜだ?」
ディーテェローセンはきゃっきゃとはしゃぐのを止めて、タツキ少年を怪訝な顔で見つめる。普通ああいった存在を操るのは、魔術的な契約で縛り行動を制御しているという考えが普通だからである。知性知恵をを持った存在であるが、その好奇心ゆえに妖精とはその存在を容易く人に欺かれやすい。それゆえに人の持つ魔に犯されることが古来よりあるのだ。そして隷属に近い扱いを受けるのである。指揮者を殺したところで付近の者があとを継ぐだけであろう。
「え?だってあんなこと言ってますし……」
タツキ少年が大暴れするトロルを指すが、あの怪物は今のところ、『お』に濁点のうめき声しか上げていない。故にディーテェローセンもアダルベルトも首をかしげるしかなかった。
「……タツキ殿、それはどういったことですかな?」
「あいつ、友達守るって叫びながら動き回ってますよね?そして指揮官は、そうだ私を守れ!って叫んでます。だからそう言った事なんじゃないかなっと思っただけんだけど……」
そう言われてディーテェローセンとアダルベルトは彼の指さしたを再び見る。それに釣られて近くで彼女たちの護衛をしている騎士たちも件の
「ちょっと誰か、あの叫んでる
今もその巨体は味方の兵士を掴み、小枝のようにその胴を折っている。奴が拳を振るえば人が
慌てて、騎士の一人が狙撃能力を強化した特性の強化弩―サイズが攻城兵器未満、弩以上―を持って狙いを定める。ポロッンと間抜けな音出し放たれた
「良き腕だ、褒めてつかわす。後ほど報償を受け取るが良い」
「はっ!」
騎士を下がらせ、再び
動きの止まった
「連れてきたか。遠目でもわかったが、やはりデカイな、だいたい大人二人程の高さか。タツキよ、奴が何と言ってるか分かるか?」
やはり、近くに連れてきてもディーテェローセンには
「俺の友達死んだ、初めての友達だったのに……と繰り返してます」
「そうか……」
ディーテェローセンはそれを聴くと無言で彼に近づく。「あぶのうございます!」「姫、何をっ!」との叫び声が上がるが、それを手のひら一つで静止し、更に彼へと近づく。
「気高き森の守護者の血族よ、此度は人の世の争いに巻き込み大変申し訳ない。我等とて森の婦人に連なる御身の友人を害したくて害したわけではないのだ、それを理解して欲しい」
一部にしか解せない言語を話していたとしても、彼女の言葉は理解できるのであろう。呻き声を止め、ディーテェローセンの瞳をジッと見つめる。
そして彼が腕を持ち上げる、それにつられて鎖が軋みを上げそれに驚いた兵士たちが攻城弩を放とうとするが、一声「やめろと」静かに告げてそれを制止する。
「我が名はディーテェローセン、故あって名だけの者だ。初の友の替り、……というには烏滸がましいが、どうか私と友となって欲しい。私であれば彼より多くを君に与えられるだろう。我が身には苦難が多くある、私には君のような優ある勇が必要なのだ。尊き血族の御仁よ、返答は如何に?」
「友にする行いではないな、戒めを解け」と呟き、「しかし……」と躊躇する兵士たちに目線だけで、二度は言わぬとばかりに促す。実際にはあの程度の鎖、彼の豪腕にかかれば合ってないようなもので、その気になれば一瞬で
『ろばる、おでの名はろばる。木樵のゆばると
突如として周囲の兵含め、理解できるようになる言語「……ほぅ、そういうカラクリか」と呟くディーテェローセンに対して、兵と騎士たちはその要求に殺気を含めたざわめきを起こす。
「申し訳ないが、私は成すべき事のために君の嫁になることはできない。だが、三日後に君の妻を用意しよう、わが友よ。それではダメか?」
『それでもいい。おで、友なる。お前、おで友達』
手を合わせ歓喜の雄叫びを放つ、ロバル。バンバンとその手のひらが合わさるたびに突風が巻き起こり、ディーテェローセンの髪や周囲のマント、天幕を揺らす。それを見て冷や汗をかく将兵たち。予想外の鬼札が予想外の場所に居たのだ。討伐する羽目にならなくて良かったとの考えが、ディーテェローセンやアダルベルト含めた、ここにいる者達の見解である。ふと、タツキ少年が彼女の風によって少し乱れ、伺えることのできるようになった、
「かと言って無下には扱わないで欲しい。我が友ほどの選ばれた体格であれば、君よりも劣る人はすぐに壊れてしまう。その力の使い道を理解できるようになるまで共には置くが、手は出さないでくれないだろうか?」
『おで、友達お願い聞く。わかった、わかった』
その返事を聞くと、彼女は彼の前より踵を返す。近くにいる騎士へ攻城を続けるようにと告げ、アダルベルトと一人の騎士だけを共に天幕へと消えてゆく。タツキ少年もそれに続こうとしたが止められ、
▼△
「さて、騎士オービエ要件は分かるな?」
一人だけ連れられた騎士、齢34ほどの普通の人族である。奴隷ではなく王国滅亡時に下野した珍しい部類の配下であるが、それでも陣中にはそういった者も全体数では少ない、居ないことはないといったものだ。彼が呼び止められた理由だが、奴隷ではなく下野したとしても地方では名家であり、妻が二人居る裕福な家系であるからで、もちろん子も既に6人ほどがいる。男二人に娘4人、ここまで条件が揃えば騎士オービエにも呼ばれた理由がよくわかる。
「下から幼い娘を一人二人ほど、彼に嫁がせよということでしょう?」
「ふむ、……恨むか?」
少しばかり騎士オービエはディーテェローセンの
「彼に姫が告げたことも傍で聞いております、正直に言えばなにをと言わざる負えないのも確かでしょうが、……ならばと、必要なことと、割り切ることも出来ましょう」
会話を続けながら、彼女は天幕の中の椅子を引きそれへと腰掛ける。軍議台に両肘を付き組んだ指先の上に顔を乗せ、一度離した視線を再び彼へと向ける。アダルベルトはすかさず彼女の左後ろに移動し、同じように騎士オービエへと向き直る。
「断っても構わんぞ、私はそうでもないが彼は誰が見ても
彼女的には、駄目で元々であるので、これを拒否しても構わないと思っている。そうなれば適当に付近の村の容姿の整った幼子を彼に差し出すまでだ。それを考えての猶予三日であった。とはいっても、彼ロバルへの誠意と呼ばるものも持っており、比較的
「姫は彼の雄を買っておられる。これより先、小手先ではなく多くの臣が死にゆくことは必須。彼ほどのものがここで、ここで、手に入るというのならば!
彼女自身が嫁に行くことは、まずありえないことだとは、将騎士全員同じ見解であるのでそこは仕方がない。騎士オービエもそれを今ここで彼女を見て理解しているからこそ、忠誠心を違えるような否定もできないのだ。
「感謝する、騎士オービエ。貴公の嫁らの説得は私が責任を持って果たそう。原因である私が言うのはなんだが、頬を打たれる事だけは覚悟しておけ。なに、一人だけで罰を受けろとは言わん。一度ぐらいなら私が貴公の嫁らに打たれたとしても水に流す所存である」
「まさかご冗談を。ですが、その心遣い、しかと妻ら子らにも伝えておきましょう、これ以上の気遣いは無用。説得も
少しばかり重くなった気を軽くして、騎士オービエは退幕する。
「エブライヒ将軍、少しばかりはしゃぎ過ぎた、休息をする。あとは頼んだぞ」
▼△
「アダルベルト将軍……」
「おや、タツキ殿どうなさいましたかな?」
天幕より周囲の護衛以外を引かせて
「姫様はどういうつもりで……」
「それ以上はあまり言うべきことではないですぞ、諸兄らに貴公の品位を疑われる。両者が納得しているのであれば、それはそこで仕舞なのです。竜に匹敵する雄、妖精《ロー》の子ロバル程の働きをできる者は英雄に連なるものか、陵墓に眠る古の諸王ぐらいのモノでしょうかな。今ここで得れたのは
そこまで言って、彼が未だ続く攻城へと目を向ければ、黒煙の上がる城塞と既に開きかかった門が見えた。一部では降伏旗を上げ、自ら手を軽く縛り無抵抗を示す者も居る。ここまでくれば、戦後処理も含め二日ほどですべてが片付くだろうと、彼はそう思った。
▽▲
目が覚めれば、全て滞りなく終了していた。捕虜と処刑される者達の選別もである。恭順も示さず、生かす価値のないものは自らの墓穴を掘り、蹴落とされるという昔ながらの手法で簡単に片がつけられる。勿論、それを敵兵も知っているので、ほとんどが恭順を示す。よって処分されるのは一部の指揮官連中だけであるのだが。
「次、貴様の名は?」
ディーテェローセンは降伏した一部の騎士階級と指揮官の処遇審査をしていた。場所は城塞内部の指揮所である。既に城外の天幕は取り払われ、崩れた兵舎も応急修理が施され友軍が詰めている。捕虜たちは木牢に入れられ、野晒しである。
「予想以上に、爵位が高めの子息が多いな。一応は重要拠点であるからか、と言っても学院出の若造ばかりで使えるものも少ない。活きのいい者は既に死ぬか、
彼女的には元々期待していなかったので、そこは問題ない。むしろ怪物《トロル》のロベルが配下に加わったのだ。これ以上を望んだとしてもそれは高望みに過ぎないだろう。
「今より育てるという発想はないのですか?」
「人は育たんぞ、思った以上にな。この度の旗揚げも私が関わった準備だけで5年。実際に爺らが関わっているものも合わせれば100年を裕に超える。聞けば練兵も私が生まれるより前からのモノだとか。将としての技能がとあれば、どれほどの戦と敗北を知らねばならぬモノだろうか。タツキよ、此度はお膳立てが既に終わっていた。良い経験になるからと思っていうが、君の策も実は言うと3年ほど前より準備されていたのだよ。まぁ、戦人からしても君は有用なことを言ったのだ、逆に胸を張るといい。私はそのへんお飾りだからな」
ディーテェローセンは己の頭をコツコツと突く。さて、更に言えば今回城壁の内、地面に沈む埋没部分の深さも調べ上げられていた。マスカリノッテ城塞は空堀しかない街道を塞ぐ形の城塞である。これにより地中からの侵攻も今回結局使われることはなかったが、ある程度準備されていたのであった。
「味方の戦死者1268名、敵の戦死者800名、そのうち妖女《ロー》の子の手にかかったのが211名ほどか、如何に彼が手に負えぬ存在であるかが分かる。これだけで10年熟成させたチーズにも勝るぞ、ふふ」
騎士であれば15年、兵士であれば3年。最低でも使えるようになるまで必要な日数だ。勿論
ちなみに技術者であれば、更に経験がモノを言う者も多いので年月だけでは測れない。鍛冶師一生、治水師15年ほどであろうか。追求すればどこまでも先があるのが、彼らだ。
「……しかし、ロベル、いや彼の訛りから言って
▼△
マスカリノッテ城塞が落ちれば、それに隣接する旧王都へと一部兵を進めた。旧王都と呼ばれるが、城塞としての機能は完全に取り払われ、都市としての規模もそこまで大きなものではない。情緒溢れると評せばそうだが、古臭いとも呼べる。重要な施設が何一つとしてないので、守備隊も警邏の200程である。ここに、マスカリノッテからの降伏の使者が来れば、しかもそれが恭順者であるならば結果はそこにあるようなものだ。
守兵として残りの全てと騎士の半数、アダルベルトをマスカリノッテ城塞に置き守護を命ずる。タツキ少年は従者なので当然、ロベルとの契約者はディーテェローセンであるので、彼も目的地には着いていくことになる。次の目的地はマリテニア城塞とその倉庫。未だ戦闘が継続している地。
拠点としての重要度は穀倉地帯全体の統括基地も含めているので、あちらのほうが遥かに高く、遥かに精鋭が敵もいると考えられている。勿論ディーテェローセンもそれを考え、兵も将も多く配置したが、総大将の居る居ないは士気に充分関わってくる。
地理的に言えばマスカリノッテ鉱山地帯を挟んで反対が直ぐマリテニア地方となるのだが、本来そこにたどり着くには、大きく迂回し山の切れ目を抜けねばならない。しかし、歴史深く100年以上下拵えを続けてきた奴隷《スレール》らは鉱山をぶち抜き、直通のルートを通している。迂回すれば10日(この地における2週間)であるが、これを抜ければ5日で済む。彼らはこれを後に黄昏の道と呼ぶこととなる。
「……タツキ、お前体力ないなぁ」
その呟きに少年は心外だとばかりに彼女を睨む。歩きに必死で一々言葉を発すれば疲れることは分かっているので言葉は出さない。ちなみにディーテェローセンは一角獣に乗っており、行軍速度に合わせているため、疲れる要素はあまりない。彼女合わせて40騎ほどしか騎兵がいないのである。残りの1500名は歩きなのだから急ぎであっても、馬に乗る彼女にとって「ゆっくり」と表現する他ないのだ。
「ロベルよ、済まぬがお前の肩に彼を乗せてくれぬか?」
ゆっくりとタツキ少年を指さすロベル。こいつか?との確認である。それに彼女が頷くと、少年が楽に乗れる手のひらを、地面へと添える。一瞬、どうすればいいのか理解できなかったタツキ少年だったが、この手のひらに乗れと言われていることに気づいておっかなびっくり
「トロールってもうちょっとヌメった感じだと思ってたんだけど、なんだろう、想像と違って動くクスノキに乗ってるみたいなんだよね……」
「……トロルとは妖精、いやどちらかといえば巨人の総称だったり何かしら超常した力を持つ者をそう呼ぶだけであり、厳密なモノを指さない。彼らは時に人の敵に、時に味方になる事もある。その名は畏れを含む人型幻想種の呼び名だ」
トロルとは総じてよそ者、理から外れた者として神話の世界では使われている。狂戦士の出で立ちをトロルと表現することもあるのだから、荒々しいという意味合いも持つ固有名詞ではない代名詞的な存在なのであろう。
「人から外れたものといえば聞こえが悪いが、
▼△
騎士オービエは事を起こす前より、鉱山地帯に程近く居を構えていた。何時何時であっても主のもとへ馳せ参ずるためである、騎兵としてディーテェローセンの傍らにある騎士らも似たように鉱山付近に集落を築き常より側にあった。
彼は主からの
「おぉ!我が妻らよ、話を聞いてくれ。そう決して怒らず、よく聞くのだ」
彼は事をすべて話した。無論、姫ディーテェローセンが告げたことを包み隠さずである。やはりと言うべきか、騎士オービエも強かなる
「子ら二人には酷な事と思いましょう、ですが貴方を思えば子らも納得します」
「命奪われる訳ではないと
そう言うと彼女らは時間がないのだ、今日は豪華な食事にしましょうと使用人らを動かし、今までにない料理を用意させた。食べきれないほどのパンに、肉の多く入ったスープ、更には乳の入った蜂蜜酒も用意された。長女次女らはこれを見て何事かと思ったが、父と母らの答えを聞いて三女四女を憐れんだ。
「
「
長女は二つ合わせると満月となる三日月と居待月の首飾りを、それぞれ三女に三日月、四女に居待月と与えた。次女は二つ合わせると日輪となる鉤十字《スワスティカ》の髪飾りをそれぞれ三女四女に送った。
「父様のためならば、それを憐れむのは間違いだわ!」
「父様のためならば、それを喜ばぬのは間違いだわ!」
騎士オービエは妻ら子らに感謝した。しかしそれも、否定される。父のためならば、この程度苦難とは言えぬと。聞くと彼は
騎士オービエは使用人らも合わせて皆で食事を取り終えると、妻ら子らとその日ばかりは共に寝た。
▼△
未だ多くが働く鉱山にたどり着く。兵士として着いてくるものばかりでもなく、奴隷総数10万の中には女子供も多くここに入るのだ、留守を預かるものは多い。しかし、やはりと言うべきか、ほんの少しの休息以外には今まで鉱山内部にいた人間が仕事を減らされたからといって、空いた時間に何をすればいいのか分からない者が多い。残った男たちの多くは今までより確かに労働時間は少なくなっているのだろうが、一日の大半を鉱山内部で過ごしていた。
とはいえこの鉱山の元々の持ち主である国の輸送部隊は既に壊滅しており、掘り出された資源の多くは日に日に集積所へと積もっていくばかりである。この鉱山から算出されるものを、彼らが何に資源を使っていたのかは知らないが、明らかに人夫は今のままでも足りていた。
「ここで人夫から兵の一部を補充する、丸一日休息を取り志願者を募れ。暇な人間も多かろうそこそこ集まる」
一度兵を解散させ、以前までの住んでいた場所に戻る許可を出す。周囲の人間にも再びの出兵を報告し、参加者を集うためだ。使えぬ兵だが、居ないよりマシ。これから向かう場所は確実にマスカリノッテ城塞とは異なり、同規模の軍勢がぶつかり合う最初の戦争となる。
更に言えば、クランベルグ卿の一族は代々大聖が大聖と呼ばれる以前の王家より守護将を任されてきた350年以上の名家である。それ相応の歴史や確実な内容を伴った守護陣や、戦法を持っているであろう。
兵らも家族らへの別れを済まし、義勇兵も募った。やはりか、手持ち無沙汰の者は結構いたのか、追加で1800程を傘下に加える。戦闘で減った数よりは幾分増えたが、戦力として頼りになるかどうかはやはり怪しい。一応訓練を受けてきた兵らの隊へ配属し、それに従うように命じたが、少し前まで同じ奴隷だったという考えが、どこまで命令というものを理解し行動するのか未だ不明である。小隊長らには見せしめもやむ無しとして、特にひどいものはその首を落とす許可を出している。勿論、戦闘中で逆らえば殺すことは義勇兵にも伝えている。
着なれぬ鎖帷子と半ドングリ型の鉄兜に槍と斧を装備した義勇兵。剣ではなく斧を用いる理由だが、一般的に彼らはこちらのほうが使い慣れた武器だからである。鉱山内で使う道具のほとんど、例えば鎚も鶴橋もそうだし、円匙等も重心が先端にある。つまり剣よりも斧の方が取り回しになれたモノであるためだ。更に言えば斧は剣よりも鈍器としての性能も高く、ぱっと見でわかるように使用される金属部分も少ないため、製造過程も省ける。大量の兵を抱えるにあたっては剣よりも効率的兵器なのである。
かがり火を焚き、幾部隊かごとにカナリアの籠を持たせ、鉱山道路をゆく。いつどこでガスが吹き出しているかわからない。今までが大丈夫であっても、掘り進める過程でどこぞより流れてきたガスが吹き溜まることもある。人よりもはるかに敏感な喉を持つ彼らは鉱山には欠かせない存在であった。その為、カナリアは鉱夫たちに大事に飼われ、更には繁殖がなされている。
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「……なんか、装備の見た目がヴァイキングみたいだ」
「ふむ、君に分かるか知らないが、我が王族の祖やここにいる奴隷たちの多くは凍りついた峡湾より来きた者であるぞ?この地域も北方に位置するからな。そんな我がここにいるにも訳もある、この鉱山も800年ほど前まではそこまで背の高い山岳地帯ではなかったそうだ。広域に渡って森林が続く清らかな地であったが、亜神らを焼く際に森もまた焼け、今ここで石炭として採掘される。この山岳も我らの神々が東より迫る亜神らに対抗するために建てた、最後の城壁だという。我らが一族がここで穴を掘る理由もそこにあった」
東より出でた一族と呼ばれる彼らが山を掘ろうとしたところ、落雷とともに落盤が起こり、全くもって掘り進むことができなかったとの逸話である。件の山の切れ目とは亜神とその尖兵がこの地へ踏み入れるために、神の力を使って開けたものであるとか。この地に住まう一族は大賢者と呼ばれた神の力に絶対の安心を築いており、この城壁を抜けることなどないと信じていた。それ故に東より出てた一族の北西進出を許してしまった経緯がある。
「その城壁をくり抜いて、侵攻するのだから、大聖らが歌う亜神らも驚きを隠せんだろうよ」
▼△
「姉らが妹らに送るお守りに軍神《チュール》の鉤十字《スワスティカ》はどうなのだ?」
「天空神《ティワズ》としての日輪の鉤十字は幸運を表しますので……」
騎士オービエが鉱山の出口、程近くで合流した。馬には二人の幼い娘が乗っている。三女の名を
「ロベルには既に伝えた、まずは従卒のような扱いになると思う。彼女らが彼に恐怖を覚えなければ良いが……」
ロベルは4m近い大きさの人型ではあるが、傍から見れば正に動く大樹であり、その顔は人と呼ぶには少しばかり崩れている。人としてみれば醜悪であるが、木々の妖精としてみたのならば、そこまでひどい容姿ではない。問題は少女らがその存在を知らぬ故に怖くないものとして扱うのか、また逆に本能的にその力を恐れ、恐ろしきものとして扱うのか、判断がつかないのだ。
「我が子らは、長男より全ての子が、野山で駆け、鹿を狩り木々と戯れて生きてきております。幼きより
「父は木樵といったか、ユバル……訛りが強すぎて分からんが、偽名の可能性もあるな。森の婦人が名付けのそれを理解せぬはずがない。では彼の父が名付けた?そもそも木樵といっただけで彼の父が人なのかどうかも、彼はまさか人との混血ではない?いや、しかし人であっても、神々の
「姫様、なんでそこまで深く考えるのですか?彼の名付けを理解したからといって意味があるんですか?」
「タツキ、君の居た場所にも名前の意味はあったはずだ、神話の生きる地では名は非常に重きを置く。私は神代の古き言葉より名付けをされてはいない。だが、それでもそれ相応の手順を持って白薔薇と名付けられた。白薔薇の意味を知っているか?私の親より送られた紋は多輪咲の薔薇に二つの葉が書き込まれている。全てを合わせると尊敬と清純、プライドに希望だ。私は名に導かれるように今ここにある。名は
さらに彼女には一つの懸念がある。余りにも一つの時代に様々な要素が多すぎるのだ。彼女の存在自体もそうであるが、タツキ少年もそうだし、ロバルもである。大きな反乱が起きるという事もこの200年なかった。穏やかならずとも静かなる治世というのが、これまでの200年を表すモノである。
彼ら以外の大半の人間にとっては比較的に優れた時代であるといえば、彼らの起こしたことが如何に外れた道であるかは理解できるだろうか。それでも、何かを犠牲に、いや、綺麗事ではなく本音で言えば、
「私の名はこの地に古来より住まう神々と民の
当初は英雄としての思想とは言い難い戦争理由。
とはいえ自らの立場と異なる位置にあるもの、埒外にあるものを気遣える者は非常に少ない。気遣って優しくしたとしても、その多くは「こいつは気がきくな」と当然のように受け止める。親だから子を養って当然という思想と同じであるが、そこに親愛も愛情も親しみもなければ、それは続かないものだ。例え情愛があったとしても、与え続ける側はいつかはその気配りに疲れることも多くある。
勝手に
奴隷であるのを良しとするものは居ない、仮にそう見えたとしても既に諦めているだけなのだから。情にすがって生きている立場の人間が、その情を理解せぬ。どの時代でもどの世界でも、ほぼほぼ必然。
「戻れんのだ、名の意味を理解した時には既に遅かった。流れるままに生きるしかないのだよ。時も時代も恐ろしい、真理には神すらも抗えぬのだからな」
前より語られる結末を変えることはできても、後に語れる結末を変えることはできない。人が人の視点で見る限り、それを解することなぞできまい。故に少しでも予想を立てる、流れというものを理解するためにも、
「
「そこまで考えてるのかな?画数とかで適当につけてるだけかも?」
「縁起の良い画数という物もある、語呂が
予期せねば、防げぬ災悪というものも多くある。その多く予期することなど出来ぬからこそ多くの被害が出る。彼らが
「……人は死ぬぞ?それも君たちが思っている以上に簡単にな。少し転べば死ぬことがあるのだ、自分は大丈夫だと思うことこそが間違いなのさ。『なんで。俺だけがこんなことに』じゃないのさ、
▽▲
闇より出でて、少し移動し辺りを見渡せば焼けた村落が見えた。ほとんどが灰と炭となり、別集団で生きているものはいない。既に焼かれて5日ほど経っているので、丸太に括りつけられた被害者の遺体も人としての原型は9割方は失っていた。
「……なんだよこれ」
タツキ少年はこの光景を唖然として見つめる。だが、ディーテェローセンはいつもの真顔で嫌悪感も伺えない。彼にはそんな彼女が不思議でたまらない。誰がこんなことをと考える彼とは異なり、彼女はやはりこうなったかとの、納得の方が大きいからだ。
「見ての通り、略奪とその後片付けだろうよ」
勿論、それは彼にも理解できる。だが、誰が何故そのようかことをする必要があったのか知りたかったのだ。どう考えても、人が行っていい所業ではないとそう思った。
「でも!だれ」
「……うるさい、黙れ、静かにしろ、いいか落ち着け」
やり場のない怒りというものを彼は覚えた。叫ぶことは間違いかもしれないが、彼女はそのようなことで彼を止めたわけではなさそうだ。ではなぜ止めた、そうする理由は?
「君は死にたいのか?兵と将の不仲は負けの定石だぞ?……誰がこれをやったのかだと?決まっている、先行した我が軍だ。
ディーテェローセンも略奪という行為に、よろしい感情自体は抱いてない。仕方がない、必要悪とは思っているが、痛めつける必要性は、まず感じられない。彼らは奴隷だ、必要なものを得るにはそれ相応のことをせねばならない。この場所でもそうだ。零から一は生まれぬ、何かを得るための彼女の言う位置が、今回この場所だったという訳である。
「……ごめん」
「謝らなくてもいい、君は優しいな。私には力がない、君が望む
寂しげに微笑む少女。ふと彼女を見れば、タツキ少年より遥かに低い身長。年齢は13と言っていたが、おそらく栄養失調的な関係もあるのだろう、まだ一桁だと言われても納得してしまいそうである程に、か細い印象を崩せない。この年齢付近までの少女は同年代の少年に比べても育ちが早いと言われるが、彼女はそのようなことなく、未だ幼女に片足を突っ込んだ少女である。「こんな小さな体なのに」と彼女にとって失礼かもしれないが、そう思っても、まだ「やってられない」現状であった。
「好ましく思うよ?君はまだ絶望を知らないから故の優しさかも知れない。でも、誰もが絶望して優しさを失えば、ソコにあるモノはなんだろう?綺麗なままで居られるのなら、それに越した事などなにもありゃしない。汚れた人間を格好良いと思うのは、まだまだ何も知らぬ子供だからだよ。だから、汚れ役は私や将らに任せると良い。私は君には健やかなる目線でいてもらいたいのだ」
平和を望むことは何もおかしなことではない。死を恐怖するのもおかしなことではない。勿論、悲惨な現状を何度も見せつける側としては、これらの言葉が非常に矛盾しているとは分かっている。汚いものを見て汚いと思わない、非道を見て非道だと思わない。彼女らは既に価値観というものが狂ってしまっている。それを正すのは容易ではないのだ。
「何、時と場合だ。然るべき時に言えば、然るべき対策をも立てられる。今は両者ともに揃ってないんだ。少しだけ、少しだけ我慢して欲しい」
「……ごめん、いや、ありがとう」
「君が礼を言う事ではないのだがな、だが何、どういたしましてかな?」
納得してくれて嬉しいと、僅かな笑みを見せる彼女。それを見て、タツキ少年は中身を伴わないとは言え、どれほどに自分が非力な存在であるのかを実感させられた。だから、自分も少しは成長しようとそう思わずにいられなかった。
▼△
村を越え、少し開けた場所に陣を張る。直様、全員掛りで周囲の木の切り出しと、天幕の設営、その後の切り出した気での防護柵と見張り櫓の設置が進められた。人数も揃っており、簡易的なものでもあるため、大体半日ほどである程度の完成を見る。
その後、主要な騎士らを集めたディーテェローセンは直様、
「やはり、手強いか」
マリテニア城塞倉庫とは本城と倉庫群であるマリテニア城塞と東西南北に設置された支城で構成される。その為、本城を落とすためには補給路の確保の意味合いを含め、支城の確保は必須となる。敵戦力は本城であるマリテニア城塞に1万8千、各支城にも2千5百と決して少なくない兵が詰めている。合計であればディーテェローセンの軍勢よりも僅か多いほどであった。城攻め三倍の法則をもってすれば、これがどれほど困難か理解できようか。少しばかり無理があるのも否めない。
「現在、1万5千を
報告を聞いたディーテェローセンが、城塞近辺の地図に兵を模したコマを置き、それを動かし現状の確認を含めた解説を開始する。
「連隊はここ、ウェリト湿地に兵を伏せ、東支城と本城からの増援部隊の足止めを行っており、敵も騎兵隊を湿地で素早く動かせないことから、足止め自体は上手くいっているようである、がしかし、南支城からの挟撃の恐れもある為、この軍の800を鉱路絶対確保の守備兵として
蜻蛉の形をしたようなモノを動かし、コマを押し移動させる。そのまま南支城、そして東支城上まで移動。最後に西、北、東からのコマで本城である。
「この順で行く、支城は落としたあと僅かのみ残し、主兵は全て城塞攻略の手勢とする。これが成功せねば後はない。迅速にどれほど犠牲を少なく支城を落とせるかが問題である。何か質問は?……騎士フレデリック発言を許可する」
「では、支城を奪還される恐れがありますが、そちらはどうなされるおつもりですか?」
「ふむ、タツキどうすると思うか、君が答えよ」
手を挙げた騎士フレデリックを一瞥すると、いつものごとく後ろに控えたタツキ少年に話を振る。ここまで来れば、またこうなると分かっていた少年は、質問が出る前に自分が予め南の兵が少ない理由を納得し考えていたモノを説明する。
「では……、支城は陥落させたあと門扉を完全破壊し、城塞としての機能を著しく低下させます。これで支城としての価値は大幅に低下。敵が奪還を企んだ際には即座に撤退。……ですが、これは以東からの敵の他の貴族軍が到着することが前提となりますので、そうなれば敗北は必至。それまでに決着をつける必要がありましょう」
「ですが、それは戦後の支城活用が難しくなるのではありませんか?」
「……質問する前には手を挙げよ、フレデリック。軍議を回すためには必要なことであるぞ」
注意をされた彼はその内容に納得、即座に謝罪をし、手を挙げる。これは、好き勝手に許可もなく発言を繰り返されれば、重要な意見を聞き逃す、もしくは流れてしまう恐れがある為、それを無くすための必要なことである。
「申し訳ありません、では」
「うむ、許可する」
「戦後の敵の奪還の軍から防衛を行う際に防御力が低下する、守備が困難になると思われますが、それはどうなされるのでしょう?」
「その前にそれはタツキの答えが正解であることが前提であるのだがな……まぁ、よかろう。あながちというよりほぼ正解であるし、そのまま進めようか」
苦笑いをしたディーテェローセンに、騎士フレデリックはしまったとの表情で己の発言を後悔する。確かに、彼女はまだ、タツキ少年の回答の正解不正解を答えてはいなかったのだ。
「マスカリノッテ連山以西は元王国の領地である。まぁ、大聖に首都が滅ぼされたあと、大聖統べる皇国に戦闘もなく帰順した
マスカリノッテ以西でも確かに穀物は作られているが、人口の増加でそれを補うための量には到底及ばない。旧臣であった彼らを服従させれば、兵力の問題は大きく改善されるので、城塞に頼った守備を行わなくてもすむようになる。勿論、
「なるほど、以東にて野戦をとのお考えですね、ありがとうございます」
「納得したのならばよろしい、では他にない様であれば、3刻ほど休息のち主兵は進軍を開始する。白き自由に栄光を!解散!」
「「「白き自由に栄光を!」」」
▼△
「姫様、誓約と言っていましたが、絶対に劣る我らに従う条件のモノをどうやって彼らに納得させたのですか?」
タツキ少年は天幕内のカーテンで仕切られ中が容易に伺えなくなった場所で、簡易的に設置されたベットで、正位置ではなく横に仰向けに寝転ばり足をブラブラさせるディーテェローセンへと問いかけた。彼の質問は最もである。どう考えてもこれを成立させるのは容易なものではない。
「ん?私が用意したわけではないぞ?私が持っていたのは確かだが、これは我が王族の血族がマスカリノッテを守護する際に、つまり王国が滅ぼされる前に貴族とは言ってもクソ荒くれどもを従わせるために用意したものだ。つまりは、時期にして260年ほど前の代物だな」
これにタツキ少年は驚いた、当然それほど前のモノが奴隷である彼らの手元に残されていたからである。追加で言わせれば、筆記媒体がなんであれ260年は非常に長い。劣悪環境でどうやってそれを保存していたというのであろうか?との疑問である。
「それって、よく残せましたね?王国が滅ぼされた時に焚書されそうなものですけど……」
「それを言えば、そもそも我が血族の王族を残した理由もないだろう?北方の神々と
大聖が国教と仰ぐ
「なにそれ、ファンタジー」
「……何を言うか、ファンタジーなのは私も君も今更だろうに。それよりタツキ、君も少し寝たほうがいいぞ?これからは少しキツイことになるだろうからな、なんなら添い寝して子守唄でも歌ってあげようか?」
「え!いいの!?」
椅子に座りながら、天幕の出入り口を眺めるタツキ少年。ディーテェローセンがうつ伏せになり、悪戯な笑みで自らの横をポンポン叩くと喜色満面(気色悪い満面の笑みとも言う)で目をキラキラとさせ、彼女の方を勢いよく振り向く。
「予想以上の食い付きに私は驚きだよ。……私は自分で言うのもなんだが、整った容姿をしているが、見た目は九歳児と変わらないと思うのだが、君はロリコンさんかね?」
「変態紳士《しんし》と呼んでくれ……」
「でも、今みたいに隙あれば触るのだろう?紳士成りえない、というか呼べないような気もするのだが」
「イエスロリータノータッチ、でも合意があればオーケー!なぜなら異世界だから!ついでに言えばここでは姫様が一種の絶対的な法!つまり合法!どこにも問題はない!」
「ん?あれ?うん、そうなるのか?まぁいいのか?ふむ、自分で言ったのだから責任は持とう、ほれ来たまえ。おねーさんが良い子良い子してあげよう」
百面相をしたあと、ベットに座り直し、笑顔で手を広げて促すディーテェローセン。確かにあぁは言って食い下がったが、本当に許可されるとは王族という対面的な問題もあって思ってもみなかった彼は少し戸惑う。が、しかし、結局少しだけで、おっかなびっくり彼は彼女のもとへ歩いていく。
「……えと」
「耳かきもしてあげようか?ほら、力抜いて膝に頭を置くといい。最近眠れていなかったのだろう?さっきも言ったが、少しはゆっくりと休め。もう
「……なんで知ってるんですか」
結局、膝を叩く彼女の元へ来たはいいが、女性との接触というものが、多くはなかった彼が、即座に彼女に飛びつくということはしない。戸惑っている内に、確かに彼女が指摘したように眠れていなかったのを当てられ疑問符を浮かべる。
「そりゃ、うなされていると将と騎士らに聞いたからだよ。彼らも君が眠る天幕を通る際に聞こえた悲鳴で気付かない訳がない。まぁ、生まれた時から死と隣り合わせで死になれた戦士らであっても戦い続ければ疲弊する。そんな彼らも悪夢を見ることはあるのだ。君が戦士の血族ではないと私が言ったら彼らも納得して、それならうなされるのも仕方ないと言っていたよ。何、誰も君が臆病と言っているのではない。死が隣にあれば、それを慣れたといっても、生き物としての人間の部分が悪夢として注意喚起をするのだ。将ら騎士らもそれを知っている。だから、決してここにいる誰もが、君を軟弱者と呼ぶことはないと私は宣言しよう」
死を恐怖せねば、今を生きることをしなくなる、できなくなる。誰だったかは思い出せはしないが、誰かがそう言った。そうなれば人としても終わり出し、兵士としても使えない。そうであっても人として終わった存在、死を恐怖せぬ捨て駒だけの存在が不必要と言えないことが、人がどれだけ業の深い存在か分からせてくれるのが、悲しいことである。
そのまま彼は、逆に下心を捨てて彼女の膝に横になった。ディーテェローセンは彼の短い髪を指で好きながら、その透き通る声で少しずつ口ずさむ。
▼△
高き丘の故郷に
沈まぬ陽を眺めて
広き背の父らを
母と子らは見送る
己が勇を燃やして
気高き火を灯して
今を生きる戦士を
我らそこに詠う
古き神の大地に
明けぬ
小さな背の母らを
父と子らは見つめる
抱く心強か
細きその腕へに
今を生きる生母を
我らそこに詠う
▼△
「寝たか……よほど疲れていたのだろうな、耳かきもせぬままに終わってしまったな」
ふふふと声を漏らして微笑むと、優しげにタツキ少年の髪を撫でゆっくりとその頭を持ち上げベットへと寝かせる。彼女はそのまま立ち上がり足を天幕の外へと向ける。
「騎士オービエ、騎士フレデリック、騎士クリント、他の騎士らにも伝えよ。兵を動かすぞ」
外で既に待機していたよく話す直属三人の騎士。彼らは彼女の命を聞くと「はっ」と一言だか発し、足早にその場を離れる。彼女も開けた場所へと向かい、定刻付近になり既に集まっていた兵と騎士らを見渡す。
「しかし、良かったので?」
そばに控えた一人の騎士がディーテェローセンへと問いかける。最近は何かにつけてタツキ少年を離さなかった彼女である。臣下達も彼女が彼を、従者とは名ばかりの兄のように、もしくは友人として扱っているものだと
「それはタツキのことか?
「であれば、タツキ君のことは置いておきましょうが、……臣としては主君を奸と表現するのは如何ともし難いモノです」
「何を足掻こうとそれは変わらぬ、諦めよ、すでに時は戻らぬ。過ぎた時を戻せるのは既に名だけを残して
▼△
「しまった、おいて行かれた」
結局、あれより久方振りの熟睡で寝過ごしてしまったタツキ少年、今そこに遣る瀬無い気持ちでいっぱいであった。彼女にはもちろん、騎士たちにも必要とされていないとそう思われていると感じたのからだ。
「お目覚めでしょうか?殿下より言付けを預かっておりますが、お聞きになられますでしょうか?」
ふと、声をかけてきた方を向けば、一人の娘がいた。アッシュブロンドの緩やかなウェーブのかかった髪を肩より少し下に伸ばした、穏やかな顔つきの16ほどの少女である。町娘といった服装であるが、少し品がある。少なくとも騎士オービエの娘ではないし、まずここ最近で顔を見かけたこともない。
「……だれ?」
だから、彼の疑問も普通であろうか?さも当然としてここにいる彼女が理解できなかった。必死に記憶を探るが、やはりどこにも該当するものはない。
「あぁ!そうでしたわ!これはこれは私としたことが失礼を、平にご容赦下さいな。我が名は
両手を顔付近で合唱し少し背伸びを繰り返して大げさに驚いてますわと全身で表現したあと、すぐさまスカートの両端を少しだけ持ち上げ、足を曲げず彼に礼をする。彼女が脚を曲げる、つまり跪く|(服従の意)相手はディーテェローセンのみであるので、この場合は正しい。
「あ、えっと、俺はタツキです。よろしくお願いします」
こうは言ったが、実際には結局理解してはいない。流れに任せて返事を介しただけであるが、彼女はそれを言付けを聞くものと解釈した。
「でわでわ、殿下はこうおっしゃられましたわ、お前は疲れているだろう、
「……えっと侍女としての役目にそういったことを含むの?ジュハンネアさんはそれでイイんです?」
「どうぞ、呼びづらいのでしたらハンネとでも呼んでくださいな。お言葉ですが、そもそも、お年頃の殿方に一人の侍女が配されるのはそういった意味合いを含みますわ。此度、殿下の命とは申されましても決して強制ではありません。幾人かの側仕えの中から志願者を募っていたのですから。悪きお考えのなさらぬように、平にご容赦をお願いいたします。殿下も傷心の君を慰めてくれる者はいないかと苦心なされたのですよ。その御気持ちだけはどうか
そこまで聞いてしまえば、むしろ逆に子供扱いされているのが分かってしまい、落ち込む以前に恥ずかしさが、こみ上げてくる。ジョハンネアはその様子を見て「あらあら」と可愛いものを見るようにタツキ少年を眺める。年の頃は大差ないが、それを見て更に自分よりも落ち着いているし達観しているなと思ってしまうタツキ少年であった。