ネタまとめ   作:髪様

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神様の坐国、日本!~秋津神州龍神録~
流るるもの


本文】

 今は昔、年月数えるも億劫になるほど昔のお話でありまする。神が坐すは瑞穂御国、稲作がやうやうに広がり、是に栄華の時を迎える大和の王朝の始まりの一角を担う、もしももしものお話であります。

 

 

 

水源祖にして深き遠くの流るるに坐し坐して 

恵みゑ広き永きに御働き給わう青銀永年なる龍神は

流るるのごとく生きとし活ける萬の御霊を御支配給わい 

時に與え時に刈取る魂魄全てを司り給わう

己が姿をそのいと美しき女神に変じ 

地平総てを見渡し給いて万百の罪において

御怒りなさるる撓まんと思いしも 

我が子捧げ我が身捧げ愚かなりも

六根を絶ち御身に萬物への恩恵給わまい 

病災祓い清め給いと

祈願奉ること由をきこしめて

六根の内に念じ申す大願を成就なさしめ給へと

恐み恐み白す

 

 

「すみません、さっぱりわからないので、日本語でお願いします」

「……承知致しました」

 

 

▼△

 

 

 九州(てんか)においていと遠く古きよりそこに坐す神あり。水を統べ、その命をも支配し万物を容易く操った。蒼き輝く銀色の鱗を持った万里の龍こそ、その神である。

 

 しかし、ある時川は溢れ、作物は流され多くの命が失われた。水が引いたあとには病疫と死のみが蔓延り、作物は一切合切実らなかった。

 これを龍神の怒りだと考えた民人はすぐさま、高き山の水源社に住むとされる龍神にその怒りを沈めて貰わんが為に一人の男とその幼き娘を生贄として差し出した。

 男は水害にて奥を亡くしており、二人息子も今はもう成長しきったので、一番生贄となっても害がなく、そしてまた今のままでは生きてゆく事叶わぬ娘も己とともに捧げることに決めたのである。

 

 男は幼き娘を背負いて川を遡り、山間の中腹より延々と続く白鳥居(陽が出た時には白銀に見える)をこれまた延々と社にたどり着くまで登り続けた。

 鳥居を潜る階段には中央に清水が流れ、中には下流の地獄(死んだ魚や人の水死体が岸に大量にある)が嘘のように魚が悠々と泳ぎ、また玉砂利にゆるりとこびりついた水藻がなびいていた。

 水害によって幾分長きに渡り見ぬ程の清水を見た男は、この水手いっぱいにすくい、喉を潤したい衝動に大いに駆られたが、その愚行により更なる怒りを買っては堪らぬとそれをとどまった。

 

 幾週に渡り、まともな物を食べなかった男は逸る気持ちとは裏腹に全く進まぬ己の足を深く恨んだ。いっそうのこと、流るるに泳ぐこの魚を捕まえて焼いて食ってしまおうと何度思ったことだろう。だが、空腹よりも子孫繁栄、息子や親戚、更には村人たちの事を思えば男の矜持がそれを決して許しはしない。

 

 幾度幾百と階段を転げ落ちそうになりながらも延々と続く鳥居を潜り終わった男の前には、爛々とする稲穂があった。何故何故我ら苦しむも、ここには我らが欲するものが悠々自適にあるのだろうか。

 ここに男は龍神への願いよる先に怒りが沸いたがしかし、神とは逆らうものではないし、今ここで自暴自棄になったとしても待つのは破滅のみである。

 

 田の合間、畑の合間、青龍(清流)(せいりゅう)の脇を歯を食いしばり男は歩いた。

 

 気づけば男は地に伏していた。あと僅かのところで社、本殿が見えるところである。勢いよく倒れたゆえにその衝撃は大きくとも、幼き娘は泣く力もなくその顔をくしゃくしゃに歪めるのみであった。

 酷く口惜しく思い、ならばと這ってでも進もうとする男がいた。

 

 しかし、それを止める(ひと)があった。少しづつ霞む目を地より上げその()を見つめればそこにはこの世のものとは思えぬ美しき(ひと)がいた。

 雲の隙間より差し込む光のごとく輝いて見える流水の髪に湖底の珠玉を思わす瞳。只々男は全てのことを忘れてその(ひと)を見つめた。

 

 「何をそう死に急ぐか判りませんが、少しお休みなさい。それくらい私《よ》が許しましょう」

 

 布切れで巻かれた幼子(むすめ)をその布を解き腕に抱えると、男を付近へと仰向けに寝かせる。女はどこからか取り出したのか、椀に清水から流るるものを受け男に差し出す。下界はどんよりと、しているのであるがここには陽が差し、その陽が椀の中の水をきらきらと輝かす。

 

 「気にせずお飲みなさい、この程度で罰など当たりませんよ」

 

 椀を手渡すと女は「少し待っていなさい」と男に告げ、抱えた幼子(むすめ)を男の脇に優しく添え置きそのままに立ち去る。幾分程が経ち、女が戻ってくるとその手には白桃が幾つも抱えられていた。

 「お食べなさい」と告げる女だが、流石に心苦しい。更には、ここは龍神の領域である。女が何者かは知らない、恐らく龍神に連なるモノだろうとはあまり学のない男にも理解できるが、今現在龍神からの天罰(いかり)をかっているであろう住人(ひと)の一である男がこれを食べたなら何が起こるかわからない。

 既に男にとって恩人とも思えるこの女に何か(バチ)あっては困るとそれを断る。

 

 「良いから食べなさい、ここで力尽きられても困ります。()が良いと言っているのです」

 

 確かに一理ある、男に龍神の領域(このば)で死なれたなら下界の人間の()、逆に迷惑になろうというもの。そう納得、いや、誘惑に負け男は白桃に齧り付く。一度も味わったことのない甘味に驚き気が付けば女の手に抱えてある白桃にも手を伸ばし夢中で齧り付いた。八つの白桃のうち五つを平らげた。残りの三つは先ほど女が持っていた椀に潰されて入れられている。その白桃はこれまたどこからか取り出された木匙でさらに潰され、幼子(むすめ)の口に入れられる。

 

 「ゆっくりとお食べなさい、貴方の父のように食べれば喉に詰めますよ」

 

 微笑みながら幼子(むすめ)に白桃を与える女に見惚れる男。少し落ち着き今再び女を見る、とある時において唐服と呼ばれる遠い異国の服を羽織っている。袞衣(こんい)と呼ばれるその装いは緋色を主とし、白銀の襟に金色にて彩られた様々な紋。大袖と呼ばれる上衣には日輪、月輪、七星、山、火、華虫《きじ》、宗彝(さるとら)の紋(男は知る由もないが、本来ならここに龍が追加されている)。()と呼ばれる下衣には藻、粉米、斧、(ふつ)(青淵に黒の弓と弓を反転させた様な文様)と上下合わせると計11種紋がある(本来なら十二種)。

 

 

 やはり、この世のものとは思えない。

 

 

 そう思っていると、女は食べさせ終わったのであろう、幼子(むすめ)こちらに手渡してきた。そこではっとし、我が子を受け取る。

 

 「では、待っていますよ(・・・・・・・)

 

 力の入らぬ体でそれを見送る男。既に体力など残ってなかったのだ。白桃を数個食べただけで戻ろうはずもなかった。そのはずであった。

 どういったことであろう?気づけば少し痩けていた我が子の頬には赤みが差し、幼子特有に膨らんでいる、これでは健康体ではないか。そして、我が身を振り返れば、力の入らなかったこの手には軽いはずであっても岩のごとく重く感じた我が子が木の葉のように感じられ、この足には千里を一度に駆けられそうな程の活力が沸いていた。

 

 さて、龍神社まではあと僅かである。と言っても目に見える場所にある、今までの距離から考えてといっただけで、実際には数刻かかる。であるから、目の前に構える社がどれほど大きなものか理解できよう。

 ここで気合を入れた男は再び歩き出した。今では最盛期、村に居り豊作であったとき等で食に困っていなかったときの様に体に力が溢れている。気づけば走りはせずとも、足早に歩みを進めていた。

 

 少しばかり早めに着くことが出来たのだろうか?男が地に伏していた時間、倒れていた時間が分からぬので実際には遅いかも知れぬのだが。男は詣での何たるかを知らないので頭を数何度か下げ、やはり中央に清流の流れる最後の大鳥居を潜った。

 

 『お待ちしておりました』

 

 社の前に立てばその雄大さがひしひしとわかる。そして今男の目の前にはこの社に仕えているのか、龍神面を被った巫女がいる。『こちらへ』と一言告げると竜宮造の門、竜宮門の中に歩く音もなく消えていく。慌てて追いかければ巫女はこちらを振り向き、再び歩き出す。

 

 両流造の祓殿らしきお社が湖面の上に浮かぶようにある。これを包むこの湖が清流となって流れ出るのであろう。

 湖面の上を通る舞台を通り、縁回廊を通り、拝殿そして、本殿へと向かう。男が歩く度に木の床板がきしきしと僅かに軋む。巫女が歩けど床は軋まぬ。

 

 『お入り下され』

 

 簾の中に人影が見える。かの御神こそ龍神様であろう、そう考えた男は直様子をとなりに寝かせ、跪く。既に空気はなにかひどく重く感じられ、肩に伸し掛る。その重みにより、今ここで役目を思い出した男は、己の浅はかさを今一度感じてしまった。

 

 「荒ぶられる龍の大神よ、我ここより北に進み幾ばかの峠を越えやってまいりました。此度は恐れ恐れ多くもその何故かによる怒り沈め給う事願いますれば。時、民は飢え、時、民は病み、時、民は死に、今ここに我が身、我が子の魂にて厄災沈給うこと、慎み慎み祈願申し上げまする」

 

 告げた男の言に返事なく、沈黙が流れる。ここでは是か否かにより男が取るべき道は遥かに変わる。是であればよし、首を掻き斬って自害しその魂魄を捧げ、否であれば、村へと帰りさらなる生贄を集い再びこの地に訪れ、怒り静まるまで血を流さねばならぬだろう。

 

 「はて、此度の厄は()が起したわけではありませんよ。怒りなど与えた記憶もなければ、これを沈めることが出来ましょうか?此度は天災、()の与り知るところではありません。とはいえ、その(ほう)を見ればなんと痛々しいことか。少しばかり手助けをしてあげましょう。豊玉姫よ、この種子をもち(しも)へと下りなさい。その種子、芽吹けば厄は止まり、大樹になれば善哉善哉、その(ほう)永きに渡る栄華の国を興せましょう」

 

 

▼△

 

 

 始まりの月を話せば遠く、今に目覚めれば、己は野鯉であった。

 

 

 漠然とした意識の中で、濁った水の中を常々危機に怯え、生きていた。遠く昔、自らは人であったと記憶していた、比べるのも大いに馬鹿らしくなるほどの遥かに文明の栄えた時代である。

 野鯉であるからに、味覚というものなく、更には生きるためには色々なものを食らった。

 鯉とは永くを生きる(うお)である。気づけば、人であった頃より多くの時を野鯉として経ていた。人であった頃は生きる意味といふものを多く考えるに至ったが、今この時には只々生きるのみ。何故生きるかなど、考えることなどしなくなった。

 

 流るるに 時を尚経て 感ずるを 失われしきを 今生かな

 

 うむ、如何に己に短歌の才というもの皆無かが理解できる話である。

 只々生きるは幾星霜、鯉であっても登るべき滝など見つかりもせず、しかしながら、気づけば生物としての登龍門は既に越えていたようである。嵐の日より、陸に打ち上げられ死んだと思った次の日に、なぜか生きてたと思いつつ、何故生きるか久方ぶりに考えた。大きく吸える空気の美味きことを感ずるも、空虚なり。死ねばそこまでを、幾度打ち破れば私は気が済むのだろう。むしろ死ねるのかどうかが、はて謎である。いや、まあいい。おもしろきこともなき世をおもしろく、すみなすものは心なりけりと言う名言に習えば良い。

 

 「だがしかーし!なにゆえ女!?」

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