それでも死にたくないと思った、だから駆け抜けて走り続けた。気がつけばそこは誰もがたどり着ける場所ではなかった。今思えばそれがいけなかった、こんな場所に来なければ生き汚く生きていけたのに、たどり着いてしまったから高望みをしてしまう、手に入らないものを手に入れたと勘違いしてしまう。誇りなんてモノ、知らなければよかった。知らなければこうも捨てずにいられなくなることなど、決してなかったのに。原初は生への渇望、次点は故郷への望郷、終焉は愛への羨望。
気がつけば月に恋をしていた、淡い色をした月に。
気がつけば月に恋をしていた、金色にも勝る月に。
気がつけば月に恋をしていた、緋色をも隠す月に。
生きるために剣を振るっていた、もちろん槍も弓も斧も槍斧も。この世界にある武器なら、振える、振るうことができる武器ならなんでも使った。でないと生き残れないと思ったから。正直、全てが運だった思う、今まで生き残れた理由の。無傷とはいかなくても、体が不自由になるわけでもなくここに在れた。それだけでもあの
-序-
さて、異世界に流されて早8年が過ぎた。食い詰めから始まり、野良戦士、従士、騎士と少しずつ位を上げてきた。剣も槍も弓も二流、一騎打ちなんてやっても負ける可能性の方が高いし、正直数十回どころか数百回と死にかけた。それでもなんとか生きてこれたのはささやかながらも魔法がこの世界にあったことだろう。と言ってもすでに幻想と呼ばれるほど馴染みなく、森の奥に魔女やら魔術師が少ない数が存在するぐらいだ。あとは国家に一人の賢者と呼ばれる占い師兼任の魔女魔術師ぐらいか。ちなみに、そんな数少ない魔術師連中が治療をするわけではない。教会と呼ばれる場所の祭壇で水が個詰めにされた小ビンを三日三晩そこにいる坊さんが祈って聖水を作るのだが、それが治療薬となる。それをぶっかければひとりでに治るのだ。もちろん原理は俺含め神官連中も誰も理解していない。
教会にはマジ物の神様は未だいるらしいが、神官ですら基本死ぬまでお目にかかれることはないのだから、騎士風情が会えるものではなかろう。
ちなみに自分の世界への帰還は三日で諦めた。都合良く帰れそうな雰囲気でもなかったし。
だが、異世界トリップを果たして最強でもハーレムでもないのはどうなんだろう?
こちらに来たのが23歳なんて微妙な歳だし、いま既に31だし、女っけもない生活です。普通の騎士なら町や村に昔からの付き合いのある娘さんが婚約者なんてのは当たり前だ。基本俺の周りの騎士は結婚済みである。
異世界に来てしまって魔法の使えない魔法使いになってしまった。でだ、いつ俺のヒロイン来るの?
-ヒロインきた?-
あれからさらに2年、とうとう俺にもヒロインが出来たらしい。とてつもなく美少女。え?童貞こじらせて妄想でも見てるのかって?いや、ちゃんと三次元だし。妄想ちゃうし。
ちょっとした小競り合いの中で、確実に落とされると言われていた砦を、指揮官として防衛成功させた俺は褒美をもらうことになったのだ。ちなみに俺より階級の上の騎士は負けるのわかっていたので即時撤退。兵士500と俺の従士3人で約8000を食い止めました。
ちなみに守りきった時には兵士45人従士一人しか生き残っていなかった。かくいう俺も右目が夏侯惇だし体中に矢をくらって落ち武者みたいになっていた。
正直あと半時間で全滅だった。敵の将軍が武侠の人でなかったらヤバかった。
「少人数、敵ながらあっぱれ!今回は引こうガハハハハ!」みたいな感じで撤退してくれなかったらマジ死んでた。
その後は撤退した連中が補充と増援を連れてやってきたので、生き残りは王都に帰還。王様から褒美をもらうことになりました。
「騎士アーベルジュ、聞けばソナタいまだ嫁がおらぬと聞く。どうだ、わが娘を貰ってはくれぬか」
この世界、この時代の国といえば、村と少し大きな街の集まりが基本だ。一国家で4万人いればいいほうであって、小国に至っては300人程しかいないところもある。四万といっても主家とされる王家をトップに箒型に豪族が束ねられているのだ。豪族は持ち得ている領地と財力で実質的な階級はあれども一応は同列として扱われる。
基本豪族が持ち得る領地に王は口出ししないのが礼儀とも言うべきもの、しかし重要な砦にあってはその例より外れる。一部の砦は豪族の領地内にあったとしても王のモノとして扱われるのだが、今回守護していた砦もその例外のうちの一つである。攻めてきた敵は諸国連合であり、敵将は有力な豪族の長であった。大体大小あわせて34モノ豪族が参戦していたのだが、我々は1つの王家の騎士と8つ豪族の兵士しかいなかった。王家に至っては元々俺含めて12の騎士しかいなかったのに11人が撤収している。ちなみに騎士は虎の子的扱いであり、兵士と違って簡単に補充が効くものではないので、騎士たちが咎められることはない。
しかし、指揮官がいないままではあまりにも簡単に負けてしまい、騎士も国も敵に舐められてしまう。そのために俺が生贄として指揮官となったのだ。断っても代わりはいないので意味がない。夜逃げしようにも敵に見つかればさらし首だしどうしようもなかった。
そして話は変わるが、騎士とは王族と豪族が抱えることができる常備兵であり、兵士は苦役である。従士は召使兼兵士であり、戦士とは基本傭兵のような扱いとされる。
俺の場合は王族直属の騎士である。戦勝の褒美は武器防具、軍馬等から
「そなたも知っての通りわが娘ミリーナジュは盲目である、ゆえに未だ貰い手もなく政略としても使えぬ。だが、余が言うのもなんだがわが娘は美姫と呼べよう。どうだ、アーベルジュ?」
アーベルジュとはこちらに来てからの俺の名であるが、とある騎士の名を流用している。日本名はあまりにも違和感がありすぎて使えないのだ。見た目に関してはまぁ、流れの異人ということで通している。人種差別という概念自体がないでよかった。
ミリーナジュ姫とは噂で聞けば凄まじいほど美しいとか、月の砂のように幻想的な髪の色に陶器のように白く透き通った肌、小鳥のような声、スラリと伸びた四肢。上げれば上げるほど良い話ばかりだが、目が見えない故にいまだ嫁ぎ遅れていた。行き遅れといっても歳は16であるが。噂だけでなく、庭で日向ぼっこをしているのを遠目で見たことがあるが、マジ美少女。
「ありがたき幸せ」
小躍りしたい気持ちを抑えて慎んで?お受けする。そのまま玉座を退室したのだが、少し離れたところでガッツポーズと『ヤッフゥッ!』とか声を上げたのでメイド(御歳43歳)に怪訝な顔をされてしまった。
次の日初顔合わせとなった。噂に違わず、というか近くで見ればそれ以上、気がつけば口を開けて見惚れてしまう。
「あっ、いや、申し訳ない。ミリーナジュ姫。お初にお目にかかる、私の名はアーベルジュ。貴女の夫なる者です」
声のする方へ顔を向ける姫、膝の上で手を重ねて絵画のような淑女座り、腰近くまで伸びた少し光沢のあるクリーム色の髪。容姿に惚れたのかと言われてしまえば俺が下衆のようだが、思わず息を呑むほどの美しさである。妻子持ちでも愛を囁きたくなるだろう。触れれば壊れてしまいそうなガラス細工の花。砂で作られた彫刻でもいい。
「聞いております。その勇、並ぶものなく、その智、群を抜くと。顔つきも騎士らしく精悍であると。この目で見ることができぬのが悔やまれますわ」
春風のように囁く、耳触りのいい声である。少々過剰とも言える褒め言葉にムズ痒さを感じる。その音色のような声をもっと聴いていたい。恋に恋する少女と恋に溺れる騎士が生まれた時である。
「少々髭が伸びておるので分かりづらいでしょうが、どうぞその姫の美しき指で私の顔をお確かめください。ああ、男の顔ゆえ少々脂がのっておりますが、そこは勘弁していただきたい」
ミリーナジュ姫の元へ近付き、膝まづき手を取る。その手を壊れ物を扱うように顔へと運ぶ。
「その程度、大丈夫ですわ。ましてやアーベルジュ様。あなたはワタクシの夫となる方お気軽にリーナ、もしくミリーナとお呼びくださいな」
「ではリーナと」
リーナの右手に頬をゆっくりと撫でるように触られる。おっかなびっくりといった感じであるが、頬、耳、顎、鼻と触られ最終的には左手も伸び、顔の形を確かめられる。もちろん目などは触られていない。
「父上の顔しか触れたことがないのです。ですが、アレイン(姫付きの従者)や他の者が言うようにきっと整った顔なのでしょう」
日本でも極端に悪いと呼ばれる顔ではなかったが、ここまで褒められたことはない。否定するのもまた違う気がするのでただ礼を述べる。
「アーベルジュ様、旦那様の顔も一生見ることができないなんて、こんなワタクシ許してくださいまし。代わりに
その言葉に胸が痛んだ、騙しているわけではないのに良心がグッと軋む。気がつけば彼女に目を治すことを確約していた。そして、その暁には結婚しようと誓った。
-魔女の元へ-
王家付きの魔術師に渡りをとって森に住む魔女を紹介してもらう。紹介といったがそれは嘘だ、実際には居場所を教えてもらっただけである。黒髪緋色の魔女、その姿は数十年変わることのない美女であるという。別名契約の魔女、『用なくして近づくことなかれ、その代価、命より大きなものかもしれぬ』と吟遊詩人に歌われるほどの存在である。
背の高い杉のようなモノが乱立した森を往く。日陰になった森の内部は一部の木以外は茂らず、宿り木や木漏れ日の下に雑草が茂のみで馬に乗ったままでも進みやすい。
魔女が住む森だからといって生き物がいないというわけではなく、鹿を見かけたり水溜りには猪の糞が転がっていたり、小鳥のさえずりがうるさい程(もはやさえずりでない)に聞こえてきたりと活気があふれていた。
少々離れたところに魔女の家はあるのだが、食料には困らない。全体的に背が高い木々の湿気った森であるので薪に困るが、そこは着火剤として持ってきた松ぼっくりでなんとかなった。今日は鹿の焼肉である。
時折り目印をつけて、魔術師より金貨1枚で借り受けた魔道具に案内されながら魔女の家を目指す。熊の爪痕に怯えながら、数日ほど馬に乗れば少々開けた場所に出る。少しの岩場と草原、近くには小川と小船が浮いた小池に魔女が住む小屋。
魔女が住むといえばもう少し陰湿なモノを想像していたのだが、これはそういった場所ではなく、まず『ターシャの庭』を思い出してしまった。アメリカの絵本作家の作る美しい庭であるが、これはそれに勝るとも劣らないものである。スノードロップ、ラベンダー、カモミール、カランコエ、カルミナ、シラー・ペルビアナと古今東西の春花が調和しつつ優雅に咲き誇る。ふと母が憧れた
「ほぉ、これまた……」
美しいと声に出してしまっても良いのだが、それはそれで負けた気がしたのでやめておく。このまま眺めるのもいいかと思ってしまうが、当初の目的も達成せねばなるまい。
庭に届かないように馬を森の終わりの木につなぐ。庭先につなげばこの見事な庭が啄まれる可能性があるからだ。魔女が激怒することもありうるかもしれないといった考えもあったが、何よりこれだけ調和された庭が崩されるのを俺自身が嫌ったのだ。
「魔女ロリアーナよ、いらっしゃるか?もし、よろしければ話がしたい」
軽くノックをし扉より離れる。返事の代わりに扉がゆっくり、キィキィーと開く。もちろん建て付けが悪かったのでノックをした衝撃で開いたということはない。しっかりと何かしらのチカラで開けられたのである。
「失礼する」
少し身を丸め家の中に入る。揺り椅子を少しづつ揺らしながら、火のついていない暖炉の前でランタンの明かりを頼りに本を読む女性がいる。この女性が件の魔女であろう。魔女といっても悪魔と契約したということはない。神が今より多くいた、神代より伝わる魔を行使する女性を魔女と呼ぶのである。
「お初にお目にかかる、契約の魔女ロリアーナ。私の話をどうか聞いてもらえないだろうか」
典型的な魔女ハットに体のラインがはっきりと出る黒いドレス。貪られそうな美女そう表現するのが正しい。黒髪姫カットに泣きボクロ、キツそうな目つきと絵に描いたような典型的なザ・魔女であるが、正直姫と会う前であったら簡単に求婚していたきがする。
「ふむ」
流し目でこちらを覗う魔女。いちいち行動が蠱惑的なのはいかがなものか?誘惑的な視線に生唾を呑む。
「魔女殿?」
チラチラとこちらを覗う魔女。その様子を見れば何故だろう、美女なのに美しいでなく可愛らしい。
「ああ、いや、すまない。少々驚いていたのだ。私の元を訪れるモノは魔術師であれ何故か全員が怯えて接してくるのだ。貴君のような紳士的な態度の者など私が魔女ではなかった以前より久しい」
契約の魔女である、契約の不履行には当然厳しかろう。魔女に願うほどの大願であるなら、それ相応の対価が要求される。何を奪われるのか大概の者が戦々恐々であろう。だが、悪魔との契約ではないのだ、揚げ足を取るような代価を取るといった話は聞かない。
「いや、あれほどの庭を作る方だ。容姿だけでなく、心根は美しい方だろうと思う。まして、こちらから願う身。覚悟など既に済ませている。ならば貴女を恐ることが自体が間違いでありましょう」
魔女が目を大きく見開くと、クスクスと上品に笑う。しかも、魔女の対価は魔女から見てそれに見合ったものかどうかを判断する。魔女が良いといえばそれが髪の毛一本であろうと対価になりうるのだ。
「貴君が望むものを与える対価はその腰にした剣を頂こう。貴君の愛するミリーナジュ姫の目の対価だ。騎士の命の剣をもらうに値するだろう?」
確かに騎士の命ともされる剣、現代感覚が完全に抜けきれていない俺にとっては些細な対価である。さらなるものを要求されると困るので、間違っても「そんなものでいいのか?」などとは口にしないが、正直拍子抜けである。腰ベルトより剣を外すと彼女へと渡す。
しかし、さすが魔女。こちらの望みを口にしていないのに理解している。話が早かった。
「これが貴君の求めるものだ」
ふわふわとコチラに飛んでくる魔道具。見た目はどこからどう見ても何処にでもあるランタンにしか見えない。が、なかに灯る
「それを姫の閉じられた瞳の前で揺らせ。少し揺らすだけで良い。姫の目は光を取り戻すであろう。それとこれを持っていけ」
魔女が鞘に入った剣をこちらへと放る。俺が持っていた剣とは異なるが重さも形も近いものだ。少し抜いてみれば造りもいいものだという事が分かる。
「これは?」
対価として剣を差し出したのに剣をもらっては意味がない。疑問だけが頭を支配する。しかも、俺の持つ安上がりな騎士剣とは違う、どうみても名剣に属する類のモノ。これではコチラに有利なものでしかない。
「剣がなければ獣に襲われた際に抵抗できなだろう。貴君の外なる命を奪ったのだ。獣によって内なる命を奪ったとなれば私の得た代価は大きすぎるものとなってしまう。なればこそ、その剣を貴君に渡すのだ」
魔女には魔女なりの考えがあるのだろう、ここはありがたく受け取っておく。いつか、彼女と食事でもしたいものである。邪な思いが、姫を本妻に彼女を愛人にと囁くが、首を振って即座に否定。それは望みすぎだ、ましてや愛人などではもったいない。この場合両者を正妻にするのが正しかろうと笑う。そこまで考えて、この考えが性少年(誤字でない)のそれだと苦笑いする。
魔女との会話は三十分もなかったのだが、大きな親しみを覚えた時間であった。若干どころか大いに後ろ髪引かれながら小屋をあとにする。
「しかし、ヤバイな異世界。姫の時も思ったが、マジであんな美人がいるんだな。異世界万歳ってか?魔女も俺の嫁とか言ってみたい」
-調子に乗りすぎたらしい-
再び数日をかけて王都へと戻る。魔女より貰い受けた剣は予想通り名剣であった。なにせ正面から猪を真っ二つにするほどである。一瞬「オレTUEEEE!」ってなったぐらい。……猪は変な切り方したから食べれなかったが。
婚約はしたがまだ結婚はしていないので、ミリーナジュ姫は俺の屋敷(笑)ではなく、城の中の自室にいる。王の許可を得て早速姫のおはす部屋へ。少々早足になってしまったのは仕方がないことであろう。ふふふ、俺の右目(眼帯着用)が疼くぜ。彼女の自室の前に行きノック、入室。
「リーナ、貴方に光を取り戻せますぞ!」
姫も生まれた直後から目が見えなかったわけではない。姫が7歳程の時、後天的な病によって失明したのである。
俺の顔は元々の平凡顔とは異なり、目には眼帯、頬の傷と少々普通の人から見れば怖い部類に入るだろうと思う。例えるならそう、ヴァイキング顔であろうか。だが、これらは全て略奪から国を守った証であるし、やり遂げたという誇りでもある。
彼女の前で魔道具のランタンを揺らす。ゆっくりと揺らし続けると、徐々に銀色が黒く濁ってゆきやがて黒一色の火となる。そうすると、ミリーナジュ姫の目がゆっくりと開く。
「あまり勢いよく瞼を開ければ、光に慣れていない姫の目は焼かれてしまいます。ゆっくりと、ゆっくりと慌てずお開けください」
俺の言葉通りに姫はゆっくりと目を開けていく。そして、開ききった目を眩しそうに何度か瞬きをする。光に目を鳴らしているのだ。その瞳は先程までのランタンと同じ銀色を宿していた。彼女の容姿と合わさって非常に幻想的である。
ゆっくりと姫がこちらを見つめる。
「……ひっ」
「ひ?」
突如顔を抑えて、いやいやと顔を降り始める彼女。一体何がどうしたというのだろうか?魔道具のせいで幻影を見ているのでは?と考えもするが、あの魔女がそのような回りくどいことをするはずがない。では何故彼女はここまで取り乱すのか。
「アレイン殿!アレイン殿!いらっしゃるか!」
ミリーナジュ姫付きの従者を呼ぶ。彼女なら何かわかるかもしれない。アレイン殿はすぐさま待機部屋よりこちらへとやって来る。
「目が見えるようになり、私の顔を見てこうなったのだ。なぜかは分からぬが私がここにいるのは良くないのだろう。理由を伺い聴いてはくれないだろうか。どうか、姫を頼む」
彼女に姫を預けると足早に退室する。扉を閉めて背をあずけ、中の声へと耳を澄ませる。俺に話すことができなくても、姫が目の見える頃から従者だった彼女なら話せることもあるだろう。
『姫様、どうなされたのですか?目が痛むのですか?何か恐ろしいものでも見たのですか?』
『目は痛まないわ、ごめんなさいね、アレイン。少し取り乱しましたわ』
優しく語りかけるアレイン殿。予想通り、声から察して彼女に怯えている様子はなさそうだ。やはり俺に原因があるのだろうか?剣以外の対価をとられたのだろうか、そう例えば姫への俺の第一印象が悪化する呪いとか。……いやそれはないだろう、やはり魔女が原因だとは考えられない。ではなぜ?俺の顔が予想とは違った?
『アーベルジュ様のあの顔。アレイン、あなたはなんとも思わないの?』
『何をおっしゃるのですか、姫様。騎士としての誇り高き顔です。民草を命かけて守られた勇者の顔ですよ』
「ああ、そうか。なるほど」
理解してしまえば簡単だった。姫の感性は子供の頃から進んでいないのだ。他の王族と違って綺麗なものしか見たことがない。人死も負傷兵も戦争も、ドロドロとした政争も、全部が全部を知らないハズだ。蝶よ花よと育てられた、籠の鳥。7歳の頃から彼女が変わらぬと言うならば、彼女にとって俺の顔はそこいらの子供と一緒で野蛮な悪魔の顔にも等しいのだろう。
自分の考えながら、酷く
アーベルジュ31歳、何度目かの失恋。そして初めての大失恋である。
-己が為でなく-
自らのことを気にせず、愛した人には幸せになってもらいたいと望むのは、非道く曲がった感性なのだろうと思う。惚れた女の心一つ守れなくしてなんて、大層なことを考えてはいるが、これも俺の弱さなのだろう。政略結婚で望まぬものと結婚するのが当然の
今更美人過ぎて気後れしたというわけではない、
「陛下、お話がございます」
気がつけば、王の執務室へと足を伸ばしていた。衛兵に中に通してもらうと、喜色満面の王の姿が目に入る。俺がここに居ることで愛娘の目が治ったことを理解したのであろう。ここから先の話は本来なら挙式の話になるべきだった。
「今回の話、今更ながら、なかったことにしていただきたいのです」
先ほどの笑みから転じて、驚き、そして怪訝。俺の苦虫を噛み潰したような顔に僅かながらの心配を浮かべてくれる。特筆して尖ったところのない王であるが、基本、この王も善側の人である。野良戦士の俺を従士として拾ってくれたぐらいだ。今回も何かしらの理由を悟ってくれるだろう。
「ああ、なんだ。アーベルジュよ。ソナタが漢泣きするほどのことだ。何か大きな理由があるのだろう。詳しくは聞かぬ、認めよう」
この俺の申し出は非常に無礼なものである。王はそれを気にした様子もなく、少し引かれているような気もするのだが納得してくれる。それに少し救われるが、未だに姫の部屋から漏れ聞いた『怖いわ!精悍な顔なんて嘘。あの顔、一体どれほどの方を嬲り殺せばあのような顔になるのでしょう!』が頭の中でループ再生されている。
嬲り殺してなんかないのになぁ。
命懸けで役目を果たして、王都への侵入も阻止したのになぁ。
「ありがとうございます、王の慈悲に多大なる感謝を」と礼を述べ部屋を後にする。そのまま他の騎士との顔合わせもすることなく、内城門へと向かい自らの持つ屋敷に向かう。
ひ、ヒロインなんていなかったんや。
よし、全く酒飲めないけど、今夜は飲もう。飲み明かそう。それがいい。大きく肩を落とし帰宅する俺の背中は哀愁漂う虚しい背中であったろう。
-騎士アーベルジュ-
小国の滅亡とは簡単なもので。
少々の小競り合いを繰り返す日々の中、諸国連合の侵攻が再び起こった。俺は200の兵を従え辺境の豪族の救援へと向かうが、到着寸前で豪族降伏の報がこちらへと伝わる。踵を返すように撃滅されない地点への撤退を開始。王都付近の砦へと篭城し、王都侵攻へと備える。既に豪族のいくつかは寝返ったらしい。
どうこうするまでもなく、800ほどの敵がとうとう砦を包囲した。少々の小競り合いを繰り返すも大きな攻城戦は一度も起こっていない。周辺の豪族はとうの昔に降伏している。領地持ちでもない俺は、降伏してもあまり良い扱いはされないだろうので現状維持であった。風の噂では少々の略奪で周辺の被害は済んでいるようである。
いつも変わらず適当に弓を射って、罵声をかけての毎日である。なぜ一息に攻め落とさないのかは不思議であるが、王都は多数の砦によって守護されている。簡単に落とされないだろうと思う。時間がかかれば秋は収穫だし、冬は冬将軍がいるので敵も引くであろう。
そんな矢継ぎ早の日々の中であった。
『王都陥落』の報が砦へと伝わる。ありえないと斥候に確認させようにも前も後ろも敵だらけ、抜けることは不可能であろう。終いには周囲より郷土歌が聞こえる。……四面楚歌かよ、と思わずつぶやいてしまった。砦の上より目を凝らせば見覚えのある旗が翻っている。既に包囲する数も2000を超えた。
一日ごとに増える敵を数え、数が7000になった時数えることを止める。周囲の旗は元々は味方だったものが半数、増援も望めまい。ここまで降伏してもいいのだが、受け入れるよりも敵も攻め落とした方が早いであろう。
ある日一騎の騎士がこちらに寄ってきた。おそらくの見当はつく、攻め落とす旨を伝える最終宣告であろう。これが、圧倒的武力で寡兵を攻める時の礼儀である。
「騎士アーベルジュよ!王都は陥落し既に貴公の仕える国は滅びた!開城せよ、さすれば我が王は貴公たちの扱い無下にせぬと約束しよう!」
こちらの兵全てが既に皆殺し覚悟だったので、これには驚く。ここで断っても嬲り殺されだけである。王も討ち取られたのだ、義理を果たす意味もなかろう。王、后は確実に死んでいるだろうが、名家の血を残すために幾人かの王族は残されているであろう。だが、王太子はともかく姫は危ない。姉姫が他家に嫁いでいるので処刑される可能性大である。まぁ、俺がどうにかできる内容ではないのだが、失恋からある程度立ち直ってもこればかりは心に来るものがある。さて、考え込むのも程々に……
「開城!皆武器を置き、降伏する!」
他の兵士たちが剣や弓を地面に置く中、俺は剣は腰に差したまま城門の前に跪き敵の総大将の到着を待つ。死にたくはないが、ここまでくれば逃げようがない。命乞いをして助かるものならそうしたいところだが、騎士でそんなことする奴は基本信頼されずに首を落とされる。生き残りたいのならば、黙って相手の機嫌が良い事を祈るばかりである。
膝をついたまま、頭を下げ少々待つと馬の嘶きと共にこちらに向かってくる気配。少し手前でザザザと停止すると、馬より飛び降りる音、甲冑がガチャガチャとなるのが聞こえる。相手がこちらに近づいてくるのを待つ。
「勝鬨をあげよ!」
頭上で少女の咆哮が聞こえた。それに合わせて剣が抜き去られ挙がる歓声。この時、ああ負けたのかとしっかりと理解する。
「沈まれぃ!」
一言で、少々の間を起き歓声が止まる。完全に今、目の前いるであろう少女がこの場を支配していることが伺える。これほどの
一人が少女女神『ミズガルデ』、そしてもう一人が
女神が軍を率いることはまずないので、彼女はトリレシアン王トリアージュとなる。
彼女がこちらに近づいてくるのが見える。影が俺の前で止まる。影の動きに注視すると手がこちらに伸びてくる。白い指が俺の顎を持ち上げる。
目の前には太陽に輝く金髪の少女がいた。オデコの中央で髪を左右に分け、背中の中央まで伸びたストレートロング。少々キツめだが大きな深紅の瞳、魔力持ちなのだろう。肩が剥きだしなサマードレスのようなものに胸当てと腰当てを合わせている。防御よりも魅せるための鎧であるが、腰に差したサーベルは実戦向きの無骨のものを差している。
「騎士アーベルジュよ、余のものとなれ」
忠臣、二君に仕えずという諺がある。俺は忠臣とは程遠い奴であろう。今でも自分のことばかりを考え、王の死にも嘆かず納得しているし、愛したはずの姫の安否でいっぱいだ。厳格な噂ばかりを流聞く月の王がミリーナジュ姫を辱めるようなことは許すまい。その点では心配はしていないが、戦の決着がついた今あとは異分子と邪魔者の処刑だけであろう。ここで断れば処刑コース一直線。従えば少なくとも屋敷と俸禄は約束される。ならば答えは一つ、
「……断る」
忠臣でなくとも意地はあるし、死に場所は選びたい。今回は何もせずに負けたのだ。不甲斐なさでいっぱいである。王は優しい方である、この世界での生き場所を与えてくれたのだ。王にその気がなかったにせよ受けた恩は返すのが通りである。俺なんかの忠誠なんぞ貰っても仕方がないかもしれないが、ここで生き恥を晒すのは、俺が俺自身が許せない。
俺にとってあちらもこちらも、楽しくない世界だったんだ、腐った世界だったんだ。そう思える世界を少しでも意味のあるものとして生きていたい、だから死に場所は少しでも選びたかった。正直、この世界で生きていくのも疲れたというのもある。欲しいものは何一つ手に入らず、奪われるだけならいっそ楽になりたいのだ。そんな言葉を飲み込んで……
「私の矜持が許さぬ、私は王の恩に仕えた。ならば恩に死ぬのは道理であろう」
-生き恥を-
その場では殺されることなく、王都の広場へと運ばれる。トリレシアン王の含み笑いが気になる。あれは何か企んでいるのだろう。正直、俺なんかを配下に加えたって大して役に立つとは思えない。ベタ褒めされた事があったが、あれは当たり前のように誇張だし、最悪使おうと思えば使える程度の人間でしかないと自負する。
拘束もされず、連れてこられた広場には処刑台があった。既に何人かの顔なじみの首が台の上に並べられている。ひときわ高いところには王と后の首も存在した。思わず唇を噛み締める。
そしていま、処刑台の上には姫がいた。ドレスを着たまま、猿轡を噛まされ拘束され椅子に座らされている。中央には十字架が設置されているので、そこに磔にするのだろう。左右には穂先が既に赤黒い長槍を持った処刑人が合計二人いる。
「騎士アーベルジュよ、貴公が余に従うのならば貴公に不義を働いたミリーナジュ姫を貴公に渡そうではないか。貴公の惚れた女だと聞く。どうだ?気は変わらぬか?」
くつくつと怒りが湧いてくるのがわかる。気がつけば唇を噛み、拳を握り締めていた。ここで姫を手に入れても一生彼女の心は手に入らないだろう。むしろ、裏切り者と罵られ続ける。
こちらの考えをまとめる暇をも与えず、トリレシアン王は姫の口に取り付けられた轡を外す。
「アーベルジュ様、アーベルジュ様!」
己が立場を知らず鳴く籠の鳥を冷めた目で見る。トリレシアン王はそのナリは少女だが既に三桁近く生きている。悪逆女神『トリーナシアン』の眷属でありながら、善政を敷く少女。だがしかし、長年仕えた臣下であっても、自らの意にそぐわないことを行えばすぐさま粛清することでも知られる。彼女にとって、与えられるだけの存在『ミリーナジュ』はどういった風に写るのだろうか。少なくとも、今の蔑む目を見ればあまり良い印象を持っているとは言い難い。このまま俺がトリレシアンへの臣従を誓わなければ姫の命はないだろう。
「……トリレシアン王、私にはあなたが理解できない。私が従わぬならば姫を見せしめに殺すことで私を苦しめようというのか?それとも彼女の助命を願う代わりに私に従えと望むか?」
少女王は実直である。少女王は人多く生きる覇道を好む。少女王は己が欲望が少ない。
「心外な、余が望むのは貴公だとすでに告げたはずだが。貴公を手に入れるためにこの戦争を起こし、貴公を手に入れるために貴公愛したが故に姫を生かし、こうして対面させている。貴公が望まぬと分かっていたならば、その女などすぐさま鳥の餌にでもしている。余は貴公が望むならば世界の全てを手に入れて見せよう。ああ、余は騎士アーベルジュ、貴公を愛してしまったのだ。貴公が我が臣下であれば余と共にあることができよう。だが別に臣下でなく伴侶でも良いのだ!余は貴公の心が欲しい!共にあれ騎士アーベルジュよ!」
何か企んでるんじゃと邪推していたのだが、まさかの熱のこもった愛の告白だった。俺の噂だけが独り歩きしたとしても、聡明すぎるトリレシアン王が噂だけで俺に憧れ好きになったといった事はまずありえない。それ以外でも俺と彼女は面識が一切なかったのだ。どこでどう間違えればこういった展開になるのだろう。とりあえず色々と分からない、むしろほとんど全部分からないのだが、分かることが一つだけある。
この子、ヤンデレじゃね?
-武王の初恋-
ほぼ毎日の日課、始まりの地を水晶で投影していた時のことである。人が立ち入ることはまずないその地に人がいた。黒髪にここらの民族とは異なる肌色の男。前者だけでも珍しいのに、後者も合わさって初めて人という存在に興味が湧いた。最初はそれだけであった。
あくる日にその男のことをふと思い出した。一度水晶で見た場所、物、人は容易に追跡することができる。侵略の暇つぶしがてらにその男を見てみようと思った。始まりの地を未だウロチョロしていたのが滑稽だった。悪戯でもしてやろうと、ひと振りの剣を男より少し離れた場所に罪人の屍に添えて投げ捨てた。始まりの地は空気が澱み、日中であっても不気味である。そこに死体が突如現れたら驚き恐怖を浮かべるであろうと思ってのことだった。少々趣味が悪いことは認めよう。
男は少し驚くだけで、剣と使えそうなものを回収すると更にこの地を立ち去ろうとする。
さらに男に興味がわいた。たまに思い出した時に男を眺めていた。少しづつ彼の動向が気になり、眺める回数が増えていった。気がつけば日課が入れ替わっていた。男を眺め、時折り水晶の魔力で干渉する。死にかけても少しの手助けで男は生き延びた。
男は私の助けを得て生き延び、成長したのに何故か私の国ではなく他の国に仕官していた。男が私が助けたことを知らないとしても、少し裏切られた気がした。今までも、何故このようなことをしているのか自分でもわからなかった。自らのこの想いが嫉妬であると程なくして気づいた。
私の傘下の国が男の国へちょっかいをかけていた。男は何度も死にかけていたが、私自らの力で生き延びた。未だに治療薬の能力を勘違いしているようだ。影では不死の男、死なずの戦士として噂となっているが、気づいていない。
武闘派の一人が男を殺しかけた。流石にこれはやばいと、慌てて理由をつけて撤退させた。あと少し遅かったら死んでいた。間に合ってよかったと思う。
だが、そのおかげで男は出世を果たした。
それだけならば良かったが、あろうことか私ではない女を作っていた、作ろうとしていた。契約の魔女に力を借りてまで、女を救おうとする男。
なぜ、彼の目に映っているのは私ではないのだろうか?
女が目に写る男に受ける印象を呪術で少しだけ弄った。戦争で傷つき戦って何かをつかもうとした男の姿は箱入りには少々堪えたようで、男の印象はほどよく悪いものとなった。
男から女のもとを去った。呪術はこの時役目を果たし消え去った。
彼の王が存命の間は私の元にどうあがいても来ることはないだろう。ましてや人の身、寿命が先に来る。今を逃せば虫けらが近づいてくる可能性もある。私は男のいる国を堕とすことに決めた。
大帝国と呼ばれる私の国に攻められたのだ、決着はすぐ着いた。あとは男を説得するだけである。義理深い男だ、私が男のために行ってきたことを説明すれば直ぐにこちらにつくだろう。だが、それでは意味がない。
男は私の
「アーベルジュ、余のアーベルジュ。異界より流れ着いた者。ああ、余を愛してくれるだろうか」
-淡き月と金色の月-
「余はそこで貴公の名を叫ぶ虫けらの命はどうでも良いと思っている。アーベルジュよ、余を番とし立てるならその虫けらを側仕えとして置くことを許そう。どうだ、寛容な余である。惚れたか?」
そんなことで惚れる奴がいたら見てみたいわ、と若干突っ込みたい気持ちを抑える。いや、ハーレム万歳ならそれでイイかもしれないのだが、恨み強しこの境遇においては普通なら惚れようがない。
「百歩譲ってトリレシアン王、あなたに仕えることは良しとしよう。姫の安堵を願いたい。十分な衣食住と不自由することのない生活を」
トリレシアン王の様子から少々納得のいかない様子がありありと見える。彼女は俺が姫を
「……余の何が行けないというのだ?」
トリレシアン王が近くの騎士に何かを告げる。姫の拘束が解かれ、処刑台より下ろされる。そこからは案内されるままに従った。
姫の衣装も整えられ、旧王都より馬車に揺られトリレシアンの首都へと移される。姫とともに、一つの屋敷に移されると、今までの扱いが嘘のように賓客のごとく丁寧にもてなされた。
あの時姫は一度も助けてとは、命乞いなどは口にしなかった。ただ、泣きながら俺の名を呼び続けただけである。あの時何を思って、俺の名を呼んでいたのだろうか。国を守りきれずのうのうと生きている恨みだろうか。ただ、命乞いをする余裕がなくての名の連呼なのだろうか。
いずれにせよ、同じ屋敷にいながら姫は俺を避けているので真実は知れない。自ら知りに行こうとも思えない。ここで罵声を言われたらブロークンハート確実である。
幾日か過ぎてもまだ俺は屋敷でウロチョロしながら好きでもない剣を降っていた。仕えることを約束したのだが、叙任式すらないのだが、なぜだ。
姫との関係も冷め切ったものだ、会話の一つもない。ところで、この流れから行くと俺のヒロインって誰になるの?あまりに暇すぎて変なところに思考が
これはあれだろ、姫様もトリレシアン王もヒロインじゃなくて、あえて契約の魔女を挙げてみる。トリレシアン王は何故か攻略済みだが、ちょっと埒外すぎて俺はついていけない。もう少し常識の範疇、等身大の少女だったなら『俺の胸に飛び込んでおいでキラッ☆』とか言っていただろう、確信。
「トリーアジュ!俺だ、結婚してくれっ!ってか?」
……そう叫んだ次の日、王城に呼ばれた。何を言っているか分からないが、俺もいささか何が起こったのかわからなかった。壁に耳あり、障子に目ありだとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいもの片鱗を味わったぜ。
「余は決めたのだ。貴公が余を愛さなくても余は貴公を愛そうと!貴公が望むものならなんでも与えよう、ほら何が良い?余はアーベルジュのためなら頑張っちゃうぞ、世界が欲しいか?女が欲しいか?目のくらむ量の金銀財宝か?余の与えられる物ならなんでもあげるから、そ、その少しだけ頼みがあるのだ。……余を少しだけでいい、アーベルジュが姫を思う傍らほんの少しの心を余に向けてはくれないか?」
暴君系かと思ったら、尽くす系のヒロインにジョブチェンジしていた。
いや、ここで断ったら俺の男としての何かが色々失われる。正直姫との関係は最悪といっても過言でなさそうだし、アマアマゆるゆるのチョロイン、しかも諸外国の中では最強の国、女神とか魔女魔術師以外に敵のいなさそうな彼女とゴールしてもいいような気がしてきた。
ギャップ萌えと言ってはなんだが、ここでなびきそうな俺も最低というか、なんというか……
金髪ロリ系美少女万歳!!と言いながら飛びついたら「きゃ、もう、アーベルジュったら。優しくしてね?きゃぴ」とかならないかなぁ。……自分で言ってなんだが、マジでいけそうな気がするのが怖い。そん代わりヒモ系男子生活のはじまりはじまりだ。……よくね?それ、めっちゃ良くね?
「トリ……」
突如、執務室の扉が蹴破るように開かれる。そこには憤怒の表情に顔を歪ませたミリーナジュ姫。俺が何か地雷踏んだのだろうか?怒った顔も絵になる姫だが、できれば笑っていたほうが嬉しいなんて場違い的にも考える俺は既にダメなんだろう。
「痴れ者め……、トリレシアン王!貴様がワタクシの
ん?あれ、俺じゃなくトリレシアン王にマジギレしてる訳?
「ああ、アーベルジュ様。ワタクシ己が身が恥ずかしゅうございます。愛を誓いながらこうも容易く操られ、気づいたときには時すでに遅く貴方様は遠くへ行かれた。本来ならばすぐにでも誤解を解き貴方様への愛を深く誓うべきでした。ワタクシは処刑されるべき、恥ずべき女なのだと思いました。ですが、処刑台にて貴方様を一目見たとき、まだ、貴方と過ごすべき時を何一つ過ごしていないことに気づき、命が惜しくなりました。ですが、それが故にここで命運尽きるがワタクシへの罰だったと思ったのです。何の因果か、いえ、アーベルジュ様のお優しき御心によって生を長らえました。ワタクシは貴方様と合わせる顔がなかった。今の今まで、ワタクシの醜さをアーベルジュ様に知られていること思えば怖く、我が身可愛さに保心にて避けてばかりいました。……ですが、女狐がアーベルジュ様を再び謀ろうとするならば別!我が恥よりも、貴方様の方がワタクシには大事なのです。どうか、私の命を捧げてもいい。トリレシアンの女狐と結ぶことだけはおやめくださいまし」
-先送りというものを-
正直、こちらの混乱も限界を超えていたので、自分でもよくわからない言い訳でのらりくらりと躱した。実際に躱せていたかはよくわからない。
さて、いくら国王による専制国家だといってもその恩恵を得られるのは王族のみである。つまりトリレシアン王ただ一人。俺は未だヒモである。流石に一定の貴族に認めれらねば彼女の伴侶として迎えることは王の意志であっても大変難しいであろう。
そこで、貴族の連中を納得させるために王国東部の魔族の侵攻を跳ね返すことによって、武王の伴侶として適任者であるとの実力を見せてみろとのことである。
……姫と駆け落ちしていいいですか?と内心思ったが、王都から逃げきる前に捕まって今度こそ処刑されるがなとの判断が脳内で一瞬に決議された。
トリレシアン王はこの出陣に反対したが、補給と兵力を十分に与えることを条件に最終的には貴族連中の説得に応じた。俺自身の箔をつけるにも良いことだと考えたようである。
結局、王国生き残りの兵をかき集めて、ついでに補充兵とは名ばかりのトリレシアン国督戦隊も引き連れて出陣することになった。
生物の死骸に巣食った触手状の生き物ニンファ。二足歩行する獏のような生き物トリファ。その他諸々の
小さな群れであればそこまで脅威とは呼べないのだが、大群となれば小国を飲み込むこともある。そうなっては少々厄介、特にニンファは生物の死骸に寄生するから増殖する数が非常に増え手の付けられない数になる可能性もある。60年前に一度二カ国が消滅し、重い腰を上げた大国をも大打撃を被った。それ以来、定期的に魔族は狩られる運命にある。
脳筋どもにやられる我が配下ではない、……のだが、督戦隊の部隊が気がつけばごっそりとニンファになっていた。意味がわからなかった。生き残りの話を聞けば、全面で展開する我が部隊に安心して寝込みを襲われて壊滅したらしい。生き残りの三分の一が俺の直下の兵となったが、ぶっちゃければ、督戦隊の三分の二が敵の戦力に寝返ったのと同じようなものである。こちらの兵よりも三倍いた督戦隊の三分の二が敵になったといえばどれだけ最悪なものか理解できるであろう。こちらの背中を狙うだけの役立たずが、邪魔までしてきやがったと悲観するばかりである。
そして一番の問題は完全包囲されたことである。ついでに言えば督戦隊からの報告が途絶えたため、補給もなくなった。食事を減らして対応するも、こちらの死んだ兵をも取り込み、敵は増えるばかりで戦闘に終りは見えない。
逃げ帰ろうにも敵の数が多く、戦い続けるうちに気がつけば周囲の味方は目に付く一帯にしか存在しなかった。
「ニュメイン、騎兵を纏めろ!抜けるぞ!」
生き残っていた副官に騎兵を纏めさせるが、正面突破できるかは大変怪しい。陣形を組んで追撃していたが、敵がそれをも飲み込む数になってからは混戦状態だったのだ。既に点在した味方は壊滅したであろう。
トリファや少数魔族は死滅させたが、ニンファの増殖を止めることは終ぞ叶わなかった。そもそもこちらの指揮下にない督戦隊が敵になった時点で詰んでいたのだが、正直この時点ではどうしようもなかったのだ。
「魔女から譲り受けた銀龍のみが頼りだな」
銀龍とは、あの時契約の魔女より俺の所持していた元の剣の代わりに譲り受けた剣の名である。あの時の剣は名剣なんて安いものではなかった。魔剣、いや聖剣に片足を突っ込む程の能力を持っていたらしい。神話時代の剣、しかもとある戦女神が所持していた加護付きの剣、金龍、銀龍、黒狼、紅獅子、蒼月、白陽、緑凛の七振りの内のひと振りである。この七振りは七色七星剣と呼ばれる。炎が出たりビームが出たりはしないが、呪術的な意味での退魔や切れ味だけは凄まじいものがある。
ちなみに紅獅子、黒狼は吸血能力と簡易的な魔法の触媒的な能力があるらしい。
神が所持していた剣は魔族の存在そのものに打撃を与えるようで、ニンファの核や急所を狙わずとも切り捨てることができる。普通の武器を持つ他の者たちは苦労していたようで、ニンファの取り付いた死体を細切れにしてどうにか倒していたのだが、今ではそのような余裕はなく手足を切り落とし移動できないようにするのみである。火計にでもして全部燃やせれば楽なのだが、初っ端からの大混乱でそんなことが出来るだけの状況でもなかった。今更試みようにも味方の数が圧倒的に少ない今では難しく、一部を燃やせるかも危惧しなければならない。
これだけの数がいるとなればもはや。王国の主力の軍火矢装備でなんとか対処できる感じである。
結局のところ、逃げ切れませんでしたよで決着がつくわけだが、この時の最後の記憶はニンファの触手によって馬から引き摺り落とされるところであった。
-魔女のわたる世界-
物言わずとも徘徊する骸として存在することになると思っていたものだが、またもや悪運強く生き残ったようである。見覚えはあるが馴染みのない小屋で目を覚ます、あの戦場からここまでの距離は並大抵のものではない。
如何にしてここまでたどり着いたのだろうか?
「目が覚めたらこれを食べるといい」
小屋の持ち主である魔女が言う。手にはオートミールが木の器にもられている、と言っても砂糖が高価なのは周知の事実だし、一般で食されるものはほとんど甘さがないので牛乳で穀物を煮た雑穀雑炊なのだが。と考えていたのだが、口の中に伝わる甘味により、そうではない事がわかる。蜂蜜であろうか容易く手に入れられるようなものではない甘味のおかげで、ライスプディングに近い味わいとなっている。
「感謝する、魔女殿」
食べ終えた器を受け取ると、ロリアーナはぼそりと「気にするな」とつぶやき食器を片付ける。そこまで広いとは言い難い部屋なので彼女が動き回るの姿はほとんど全て見える。その様子、後ろ姿を眺めていると、まだ疲労は回復していないのだろう。急激な眠気が俺を襲った。
あの戦場でどれほどの者が死んだのだろうか。どれほどの戦友が生き残れたのだろうか。姫はトリレシアン王はと様々なことが頭を駆け抜けるが、気がつけば意識は再びプツリと途切れ暗闇の中に沈んでいった。
次に目が覚めえると変わらず魔女宅であった。ロリアーナに国のことを尋ねても要領を覚えない回答しか得られない。姫と王は無事だということは確かだが、それ以外のことを教えてはくれないのだ。これ以降の内容を聞くならばそれ相応のものを貰うとのことなので、今回は諦めた。魔女殿曰く、俺が危惧するようなことにはまったくもってなっていないので大丈夫らしい。
「はっ?」
それから数日たったある日のことである。ようやく起き上がってみれば、体が縮んでいた。いや、正確には若返っていた。筋肉の付き方で言えば以前の俺同様に戦士としての基礎はついている。だが、あれだけの老け顔が今では俺の小学高学年だったころの顔になっているのだ。傷だらけの独眼マッチョ小学生、色々と厨二要素を含んだ姿である。
「さて、正直に言えばこの世界は貴公がついこの間まで戦っていた世界ではない」
魔女の力によってつながった世界。あの世界が魔法が消え
ここに来てまさかの多重トリップに肉体的幼児退行?である。しかも、魔獣を倒すごとに強くなれるRPGゲーム的な世界だとか。簡潔にまとめるとあちらの世界はダークファンタジー系統だが、こちらはライトファンタジーとの説明を受ける。
そして気がつけば、何故か学園モノが始まることとなってしまった。
ロリアーナの手引き?で、『ふぁんたじーww』王道の魔法騎士学園というところの入学が決まってしまったのだ。意味がわからない。ちょっと待てやと思わず突っ込んでしまった俺は悪くない。15歳プラス15歳生きたから、精神的に言えば30年生きたから30歳とかよく分からない公式でなく、俺の場合は普通に33歳だから、アラサーだから。言えば悲しくなるけど魔法使い(笑)だから。
もうすでに、荷物が纏められ、背中には銀龍と何故かもう一本『選別だ!」といい笑顔で渡された金龍の剣である。何故か金龍の扱いがすごく適当な気がする。2対で実質1セットだから持っていけというが、ロングソードが2振りあっても使えないから。そんなこちらの考えなぞ、何するものぞとばかりに今まであちらでは見たことないファンタジックな装備類を渡され追い出された。具体的に言えば物理魔法攻撃軽減とか色々付いた魔法鎧とか魔法盾とかである。正直どこにでもいそうな普通雨の域を出ない日本人に西洋鎧を着せても出来の悪いコスプレしか見えないので、いやに虚しかった。
……あちらは普通に鎖帷子とかがメイン装備だったからなぁ。中世十字軍みたいな装備だった。ファンタジーなのになまくらの鈍器剣にブロディヘルメット、鎖帷子、木の板にブリキが貼り付けられた盾が基本である。
魔術師が出たら逃げろが普通であった。奴らマジで敵わねぇ。矢なんか「ちちんぷいぷい」ぐらい適当でもポトポト叩き落とすし、「えいっ」で二百人が消し炭になる。詠唱とか動作だとかそんな陳腐な話じゃない。人と魔法使い、魔術師、魔女の間には越えられそうにない壁があった。幸いに人口がそこまで多くない世界で彼らが戦場に立つことなどほとんどなかったのだが。一度でも目にすれば生きるのを諦めたくなる。正直、俺と周りの騎士がそうだった。
渡された地図を頼りに目的地へとたどり着く。
魔女が言った通りにこの世界はあの世界とはまた違う異世界であった。一つ目の異世界を今後、幻想世界と呼称、こちらの異世界は魔法世界としよう。幻想世界で襲ってくる獣は野犬、狼、熊、猪、虎等一般的な猛獣の域を超えることはなかった。一応、龍という存在は居るには居たが、神に次ぐほどレアな存在なので、とりあえず会える存在でも人が倒せる存在でもない。だが、こちらの世界は魔獣、あからさまに口から火をチロチロ覗かせる色がおかしい狼とか、ワイバーンとかが飛び回っているのである。思わず狼やワイバーンをぶった斬ってしまった俺は悪くない。途中、金龍と銀龍が敵を倒すたびに光っていたが、何が起こっているかなど俺にはさっぱりなので気にしないことにした。
到着した場所の名を『王都魔導騎士学院レ・リトラルージュ』というらしい。とりあえず、「うわぁー」と名前を聞いたときに声に出してしまった。いや、だってなぁ?