そこにあるのは深い深い穴である。否、
中を覗けば見えるものは無く、一歩足を中へと進めれば抽出時間を長くしすぎた紅茶のような濁った暗み。
更に入口より十歩も進めば、珈琲の注がれたカップの底のように見ることのできない闇がそこにあった。
それから更に二十、五十、百と歩みを進めてみる。
既に見えるのは、手に持つランタンの明かりに照らされた僅かな範囲のみである。
その程度の明かりだけでは手を伸ばせば、すぐに指先など見えなくなった。
ふと思い出して後ろを振り返る、入口の光が闇夜に輝く一条の光として、この場所へと届いている。
子供の頃に高いところに行けば星を手にできると思っていたことがあった。
星には届かなくとも、遥かに近くにあるのだ、手に入れることができるのだろうかと、気がつけば手をその入口の星へと真っすぐに向けていた。
何度掴もうと手のひらを閉じたり開いたりするが、やはり手の中に残るものはなく、
ああ、この時に分かってしまった。
近くにあろうとも遠くにあろうとも、手に出来ぬものなど何の価値もないのだと。
ならば、これより先を進むのは私のような道端の
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腕を上げたまま下ろすことができず、途方に暮れる。なぜこのような状況になっているのだろうか。本来なら週一の休み、体の隅々キツイからと言ってベットに横になったまま一日惰眠を過ごして居たはずだった。
ふとため息が漏れる。見渡す限りは石室。といっても範囲数メートル程しかないのだが。
手が下げられない理由はわかっている。腕輪のごとく手首に巻き付く錠、人はそれを手錠と呼ぶ……。さらにそれと繋がり、頭部より上へと伸ばす行動範囲を狭める原因、金属製の輪っかが連結した憎いやつ、腕を動かそうとすれば若干甲高い音でぎりぎりと軋む鎖。手を頭の上にまっすぐと伸ばした状態のまま動けない。足は床へとしっかりと着いているので宙吊りというわけではない。だが、既に結構な時間が経っている。といっても目の届く範囲には時計なんてものはないので、感覚的に時間が経ったように感じられるというだけだが。しかし、やはり時計がないのだ、経ったように感じられるだけで、実はあまり時間が経っていなかったなんてことも証明できない。
これで途方に暮れるという選択肢以外、何が残されているのだろう。いや、一つあった。感情の赴くまま
少し暇だったので、腕を直角、肩も胸に対して直角にそれぞれ曲げ懸垂してみる。辺りはほの暗く、分かるのは大きな切石を積み上げることで出来上がった部屋ということぐらい、なにせほとんど何も見えないのだ。ぶっちゃけ懸垂にもすぐに飽きてしまった。次は足を腕をそれぞれ少し曲げ宙吊り状態にあえてなってみる。そのままブランコのように前後にぷらんぷらん、左右にぷらんぷらん、終いにゃ前後左右斜めにくーるくる。もし、この状態になる元凶、犯人なんてものがこの場にやってきたら、吹き出すかもしれない。
結構シュールだった。
腹が減るわけでもない、喉が渇くわけでもなく、鷹狩りへと勇んで赴きたくなるわけでもない。
本当に時は過ぎているのだろうか?
思い出したかのように懸垂やら宙吊りブランコもどき?をやっていたら、唐突に左側へと投げ出された。まあ、投げ出されたというのは誤りであるが。『ガッキンッ!』という音と共に鎖が切れた挙句、ちょうど右から左にぶらぶらしていたので、『ぬえっ?』っという間抜けな疑問の声と一緒にそのまま左に飛んでいったのである。つまり投げ出されたというより、投げ出したという方が正しいのだ……どうでもいいけどね。ザザザと音を立てながら横へとスライドしていく俺、痛いでおじゃる。
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アダマノチリデアダムカタチヅクリ
人は素を土とし、祖を海とす。神は土くれより人を創りたもうた。人は血を鉄とし、己を剣とす。神は人に火を与え、道具を授けた。一人の少年がいた、神である。一人の青年がいた、只人である。
「君を剣にしよう!」
少年は青年を
「さあ、行こうか全て無に返すために」
……ぽちゃんっ
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その身は御剣、一人目の歩み
薙がるる身 揮えど斬れぬ まどろいに
尖しなれども 裂けぬは天よ
神殺し、その世界を形創るモノを殺すのである。さすれば如何な理由あろうともすべてが消え去るのは道理であった。だがしかし、それ成さねば大願成就ならず。何故かは誰も語らず、何故かは彼も知らず。至る場所を見据えるが故にそこに達する。
「ぜんぶ、ぜんぶね、作り物だったんだ」
この体も、この記憶も。みんな、みんな、ぜ~んぶ偽物なの。
一人の少女は泣きながらに、呟いた。その身は力なく荒れた地に横たわり、上半身のみはまた別の少女に支えられている。横たわる少女の指先から既に何か光が上がり始め、薄く紙切れのようにその存在を揺るがしている。だが、よく見ればそれは少女だけではない。あたりは既に同じような光が上がり始めている。
これはこの醜い世界が消える光であった。醜くとも、見難くともそれでも世界を形造っていた初源は美麗であった。
「私がさ、持ってったものなんて一つもなかったよ。貴方を育て、貴方を振るうために、私は貴方を創った可哀想な神様に作られた存在なんだって」
結局、自分でそうだと考えたつもりだったモノも、与えられただけだった。ねえ、知ってる?……って、知ってるわけないんだけどね。私の日本での記憶なんて適当にかき集めただけ、ただの寄せ集め。あなたに嫌われない程度に普通な学生を、物語の中だけにいる強かな女性をと考えて作られたの。
「……俺を恨むか?剣として俺がこの世界の神を切り裂かなかったら君も、この世界で幸せに生きていけたかもしれない。君は俺に利用されるために、」
「「生み出されて、そしてたったこれだけの僅かな時間で消えていく」」
消え行く少女は消えない剣に言葉を重ねる。
「何?その自分が悲劇の英雄的発言、今更バカみたいだよ。あれだけ一緒にバカやったんだからさ、後悔なんてないし。夢みたいな景色も夢みたいな幻想も作り物の記憶でもやっぱり見れたのは貴方のおかげなんだ。私がさっき貴方に伝えたかったことは偽物だからどうとかいう事じゃない、ただの報告。そして最後に一言、利用されたとしても今ここに貴方と在れたのは、私が生まれたのは貴方がいたから、少しの夢をありがとう」
少女は消える、その身にまとう鎧もココロもぜんぶ、ぜんぶ、光となって。世界も消える、少女を光としたその時と同じくして。
気泡に消え行く
『どこまでも愚図でダメな俺には無理だけど、君ならできるかもしれない。だからさ、使ってくれ』
人が、同性な私でも羨むほど綺麗な少女。鋒のように尖った目に病的なまでに白い肌。宝石みたいにキラキラしている金色の瞳。鈍い鋼色の流れるような髪、一本一本が風みたいに
そんな人がひと振りの剣になった。目を疑うわよね。でも、自分の一部みたいに体に馴染む。そんな気がして気がついたら剣を手にとっていた。
大きくても知恵のひとつもなくて、誰にも愛されなくて生まれてきた狼……大神。殺してと、瞳が語る。だから、縦に凪いだ。風みたいだから凪ぐ。剣みたいに薙ぐ。すぱって、人振り、一振り、独振り。それでおしまい。
それからも色々あった。悲しいことも、嬉しいことも、辛くて辛くて消えたくなりそうなことも。
この結果はあの馬鹿で、汚くて、……残酷な神様に決まられていたとしても、過程は自分で選んだこと。それだけは嘘じゃなかったて知ってるから。それだけは偽物じゃなかったから。今こうして満足して消えることができる。
『だから、泡沫をありがとう、私の、私だけの聖剣』
✝
その手は鍔に、二人目の鼓動
裂き咲きと 消ゆる命は 兵の
愛し哀しは 朋の亡骸
神暦が始まり既に1800年、数多もの国が生まれては消えてゆきました。例えば742年のクルティアナ王国は内乱にて。863年のティマエルド教国は異教徒侵略にて。1038年シティリマニア共和国はカスティニア公国との統合であります。理由はどうあれ、暦と同じくする寿命、言い換えれば歴史を持つ国はございませんでした。
そしてこれより語られる興亡もそれら一つのうちの一つでございます。
神歴1802年、ビーニャローテ教法連邦国とシルターニャ王国との戦の話をしましょう。どこにでもある内容でございます。どちらかが攻め込み、どちらかが敗北する。ごく当たり前、ごく普通の戦争でございました。ですが、局地的には普通でないこともございました。
シルターニャの従属都市郡の一つ、ファルウメスの剣士のお話であります。
この剣士、見た目どこにでもいる剣士でございました。体中に剣傷矢傷、槍傷斧傷。大して強い訳でもなく、戦いの度体に傷をこさえながらも生き続ける歴戦ながらも、英雄譚に謳われる戦士には程遠い男にございます。人並みの情はございますが、戦場では強姦もいたしますし、略奪も行います。逃げる女子供を笑いながら斬るどこにでもいる剣士でございます。
ある日、その男がひと振りの少女と出会いました。
背筋がゾッとするような冷めた目と、このような戦場あとに居るには相応しくないドレス。其処ら中になにしかしらの獲物が突き刺さった死体が、ゴロゴロと転がる戦場跡であります。周囲には剣士の仲間の荒くれや、死体漁り、更には野犬に
どこにでもいる剣士は少女が近くにいるがゆえに、その気に当てられ剣を抜けませんでした。それが命を救ったのでしょう。男たちが手に持つ
「邪魔だ」
それはそれは冷めた口調でございました。