二日の道のりというものは、移動に少々の余裕を持っての話である。収納術を持っている一部の連中やうちの連中は重量による体力低下をそこまで気にしなくてもいいのだが、その他は結構な重量の背嚢そして武器を背負って既に藪と化した要塞までの旧要塞補給道を進まないといけない。一応鎌や鉈で刈りながら進んでいるが、それ故に先頭をゆく者の体力低下は著しい。本来、この道さえ整っていたのならば半日もかからず到着できる距離であろう。
では何故、事前に道を作らなかったのかというのにも訳がある。彼らが逆侵攻をしてこないとは限らないからだ。
拠点の目の前に都市までの直通の道を作ってしまえば、有効に使われてしまうことなど容易く想像できよう。隠匿しているとは言え、郊外に拠点を構える俺たちなど被害に遭う可能性はグンと上昇する。寝込みを襲われる、遭遇戦等は出来る限り回避したかった、こちらが一方的安全マージンを取って狩るのはいいのだが、逆になれば死人が多数出る。そうなれば今回の下積みは無駄になるし、新たな拠点を手に入れるなど夢のまた夢になろう。
時間がかかる理由その2として、旧道は石畳とはいかなくとも少々大きめの石が敷かれている。もともとは馬車が通る道だったので、ぬかるみ等が発生しないように工夫されているのだ。今回はその石と石の間の隙間より草木が生い茂っていたので、それを根元付近から刈り取り、道を見えるようにしていく。毒蛇対策は燻した服を羽織ることで対策しているが、その他にも毒虫にも気をつけねばならない。解毒スキルを持っているのは今いる中で二人しかいないし、即死毒を持つものに遭遇すればそれすら意味をなさない。
そのためにも小さな動くものを警戒しながら進んでいるのだ。行軍速度が遅くなるのは当然であろう。
休憩と簡易柵を備えた中間地点の構築もある、藪の中でごろ寝など流石にしたくない。夕暮れよりも少し早目に進むのをやめ、広場を作る作業だ。150人程度が余裕を持って休める場所を作らないといけない。魔物だけでなく野生動物の襲撃も警戒しないといけないので、連れてきた人間総出で旧道付近の森を切り開いていく。
刈り取った邪魔なものは中央に集め、火にかける。本来の奇襲ではこのような目立つ火を上げるなど愚策なのであろうが、今回は二足歩行の畜生相手なので気にしない。上手くいけば、今後ここには関所のようなものを置く予定なので、数がいる間に場所を整えておくのも重要だ。
「延焼には気をつけるように。余分に燃え広がリそうであるならば、すぐさま土で消化しなさい」
年長組と外部のトップにも危険性を伝え、その他の対策として飛び火しないように草の根をを引っこ抜き、その時に現れた湿った土を被せていく。時折、蛇、毒蛇が出てきたが、警戒しつつ頭を抑えれば敵ではない。捕まえた後に貴重なタンパク源として白焼きになってもらった。
「姉様、これをどうぞ」
布とアイテムボックスに入れた木棒で天幕もどきを作っている最中に(ちなみに俺は現場監督なので周りが組み立てるのを見るだけである)、リオンが白焼きでも脂身の乗った場所を持ってくる、一応捕まえたグループ内で分けて食べるように告げたのだが。
「命じた本人である私が法を破っては、示しがつかないと思うのですが?」
「姉様、これは五人衆の取り分です、私たちの取り分を分け与えるのに問題などないと思いますが?そして私たちは姉様の直衛です。ならば集団長である姉様に渡すのは道理でしょう?」
時々この子らがほんとに孤児なのか、疑わしくなる。適当な丁寧語等を教えたのも、ちょっとした勉強を教えたのも確かだが、ここまでの短期間の成長を見ると空恐ろしいモノがある。欲よりも名誉や道理的なモノ大事にするように説いてきたので、そうそう裏切ることはないと思うが……
「ありがとう、リオン。ではいただきます」
蛇の白焼きを食べていると、甘辛い醤油味が恋しくなる。ついでに言えば、白ご飯もだ。こちらでの炭水化物といえば基本がカチカチの黒パン、いうところのライ麦パンである。元々パンが苦手であった俺はあまり好きではないのだが、大抵が少しの塩と香草を一緒に入れたスープでドロドロにして食べている。香草は適当に植えて増殖させたバジル等である。本来はこちらでの固有名詞があるのだが、それらはガン無視する。
「さて、夜も更けてきました。2人一組を五組、10人ほどを時間ごと交代に松明を持たせて周囲を警戒させなさい。眠気が襲わないように立って歩きながら警戒させるように」
ついでに全てを外部連中に警戒させるのは不安なので、五組の内一組は必ずうちの連中を入れることをお願いする。これで
その次の日も何事もなく朝を迎えることができた。朝日とともに天幕を片付ける。森で集めた薪で火を起こし、軽めの朝食を取る。今日は要塞の500m地点に陣地を構築し、翌日の朝日と共に襲撃である。今日中に攻城梯子や紐型スリングの石等、色々と準備するものが多いため、昨日よりも早目に目的地に到着する必要がある。
今のところは順調であるので、このまま行けば昼前には到着できるであろう。
昨日と同じ要領で陣地を構築したあと、刈り取った草木は燃やさずに置き、攻城の際に使用するので使いやすい大きさに紐でまとめる。あちらからこちらが見えないように一部は残している。ちなみにここまでくれば彼らがこの辺を歩き回っている可能性が高いので、三分の一、主に俺の直下の孤児たちには武器を構えさせての警戒を命じてある。
ちょくちょく『ギャっ』『ブッガッ!』と短い断末魔が上がるので、問題なく倒しているのであろう。中にいるよりも外にいる分の方が簡単に倒せるので有難い。
「長姉様、当初の数より目標が増えているようです」
年長組の中でも中距離魔導を使うことのできるメイテンである。灰色の髪をした少女で、目つきが悪い。この子も絶世と行かなくてもそこそこ美人の域だ。何よりも探知や業火等の身体より離れた距離で使うことのできる魔導スキルを持つ少女である。元々死にかけていたのを彼女の持つスキルの珍しさより拾ってきた孤児である。表情が乏しく、目があまりよくないようで睨むような目つきなのだが、俺に対する忠誠心?は非常に高いものだと思っている。
「誤差程度ならばそのまま決行、1.5倍以上なら作戦を練り直すことにします」
「大体、95匹程度でしょうか?問題ないとは思いますが、どうやら前回の偵察の時に出払っていた敵が戻ってきたいるようです。この分だともう少し周囲に存在するかもしれません」
さて、増援の可能性も出てきたので、速攻即攻略が条件に追加されてしまった。どれほどの数が出払っているのだろうか?要塞を手に入れても、しばらくの間は昼夜問わず人を立たせて警戒しないといけないだろう。ノコノコ帰ってきた敵に倒されるなど、笑えない。
「
「分かりました、20人ほど動員します」
小規模だが増援の可能性ありとは、なかなかに厄介だ。当然といえば当然なのだが、そこまで思い至らなかった。人間でも5000人が優に篭城できるのだ、彼らも相当数が住処としてここを活用することができるだろう。周囲の亜人系下級鬼の敵はここを拠点にしているのかもしれない。今は居ないようだがトロルが堕ちたトロル鬼の存在も視野に入れておいたほうがいいかもしれない。
3m以上の背を持つ奴らは短弓や短槍で狩るのは難しくなるので、要塞城壁のバリスタの確保は一番最初に行うべきであろう。
「さて、どこまで想定外が足を伸ばすか……」
警戒しすぎかと思っていたが、それは人間に対してばかりだった様である。敵かどうか未だわからない存在に怯えて、目下の敵を見失うとは一番やってはいけないことなのではないだろうか?始まる前にギリギリ気づけたのは良かったのだが、これはもう少し孤児の数を集めたほうが良かったかもしれない。
二時間ほどして陣地の構築も終わり、交代での休息に入る。梯子も難しい構造な物ではないので数を揃えるのも楽である、石に関してはそこらへんに転がっているので直ぐに集まった。
「今のところの被害はありますか?」
目の前にはミレイナ、メイテン、リオンが居る。周囲の索敵と間引きの中間報告に来てもらったのだ。ロウェン、ゲールや他の年長組は食事の準備に取り掛かってもらっている。
「外部連中が
「そうですか、周囲に大きく開かれた藪を見かけませんでしたか?」
「長姉様、もしかしてトロル鬼ですか?」
「そう、メイテンもしかして心当たりでも?」
「姉様、リオンが接敵して二体ほど撃破しています、番でしょう。これ以上は流石にいないと思いますが」
……え?倒しちゃったのトロル鬼。いやだってあれ、結構どころか一部の調停士でも苦戦する相手なんだが?
「あ、うん、リオンお手柄です。あとで何か褒美を用意しておきますが、希望はありますか?」
どうやって撃破したのだろう、図体のデカさもあるから止めを刺すのは難しいと思うのだが。しかもあの巨体である。腕力も驚異だし、倒した時の悲鳴も相当なものだ。その重量から倒れた時の音もするだろう。しかし、それら1つも俺は聞くことがなかった。敵陣の近くということもあって大声で話すような奴はいないし、周囲が虫の鳴き声等で五月蝿いという訳でもない。一体どういった倒し方をしたのか。
「いえ、今回は必要ありません、私だけの功績ではありませんから。2体とも8人で石をくくりつけた縄を投げつけ体を拘束したあと、首を落としゆっくりと地面に倒しました。他の7人も褒美を与えないといけなくなりますから」
よく縄ごと投げ飛ばされなかったものであると聞けば、どうやら毒蛇の牙から取った毒を塗りつけた矢を射かけトロル鬼の体力を奪ったあとに、咆哮する前に首を一太刀で切り落としたのだという。鍛造剣といえどもそこまでの性能はないと思う。ちなみにこの後、リオンは剣術スキルの他に裁断、両断、切断のスキルを持っていることが判明した。
「奴らは夜目が効くわけではないので夜の活動はおそらくないでしょう、松明だと目立ちますから小さめの焚き火を陣地の周囲に作り離れた位置より警戒させてください。夜が明ける前は警邏は必要ないです。一度全員を休ませてください」
「了解です、武器の手入れも命じておきますね」
「お願いします、血糊で戦えないなんて笑えないので」
こちらが足りないものは彼らが簡単に補ってくれる。彼ら年長組からの発案、発言で助けられたことは多過ぎるほどだ。結構大きなことを見逃してヒヤリとすることがあるが、そういった事も現場で臨機応変に対応してくれるので、助かるなんて物ではない。正直に言えば、指針を告げるだけで勝手に物事が進むのは結構楽である。
しかも彼らは、こちらが望んだものとほぼ同じ通りに進めてくれるのだ。こちらの思いつくモノから外れて何かが進むのは、怖いといえば怖いかもしれないが、既に今更な気がしてきたし、悪いことにはならないという漠然ながら確信にも近い信頼もある。
「百難苦にせず、天下王土を平らげたまへ。王命はずるも、その心、想が如く」
「その歌は?」
「大心謳歌、リデングライア一世帝の一将校の歌らしいですよ、詳しくは知りません」
藪の向こうに見える要塞を睨みつけ、一瞥する。大丈夫、俺には彼らがいるのだ、問題すらも問題になるまい。きっとやり遂げててくれるだろう。
少し早めに休もうと天幕に脚を向ける。ここまで順調、この14年で命に関わる失敗はなかった。あったかもしれないが、印象に残らぬ程度である。普通にやり過ごしたのだろう。今回もその程度で終わらせてみせようではないか、俺と彼らで。
「運命の奴隷になることに不満はないが、その運命自ら作って見せようってね」