加速する太陽   作:サカマキまいまい

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更新遅れてごめんなさい。部活が始まり車校もあり、留学の準備をしていたら全然時間がネー!


BURDENED PROOF

ギィンギィンギィン!!

 

日景がぎゅっと目を瞑った直後、彼女の左耳のすぐ側で硬いもの同士がぶつかり合い弾く音がした。

 

「お前ッ……。………っ!」

 

「わっ」

 

そして体が誰かに抱き寄せられた。

 

タンッ

 

一瞬の浮遊感の後、内蔵に響くような衝撃。

 

「………天道君」

 

そっと目を開けると庇うように日景を抱えていたゼロ号の黄色いアイレンズが見えた。

 

「もう、大丈夫なの?」

 

「……ああ。俺ならもう、心配いらない。…礼を言う。危うく大切なものをなくすところだった」

 

「そっか………。よかった」

 

息を吐いてそう言って彼の腕の中で力を抜きかけた時、ゼロ号が私ではなく正面を向いて首を横に振った。

 

「………いや、どうやら未だ終わらないらしいな」

 

「え?」

 

ゼロ号の顔が向けられた先にあるのは、朱色が剥がれ所々灰色になり傾いた鳥居。

 

「ふむ。中々の反応速度です」

 

それを潜り一人の男が姿を現した。髪を無造作に伸ばし、やせ細ったその体からは不気味な印象を受ける。

 

黒い髪越しに見える細い目が三日月のように曲がり、男の顔が不気味な笑みを作った。

 

「貴様もワームか?」

 

ゼロ号の問いに男はふっと笑うと、両手を上げ無造作に近寄ってくる。

 

「ええ、その通り。ですが勘違いしないで戴きたい。先程の攻撃はあくまで同胞を庇うため。貴方方を害そうとする意思は無い」

 

その声に意識を取り戻したグリロタルパワームが、地面に伏せたまま顔を上げた。

 

「てめえ、シミュレーターッ!!」

 

その声の主をちらりとも見ること無く、男はゼロ号に笑いかける。

 

「状況は凡そ把握しています。我らの同胞が貴方方を害そうとしたようだ。それは人間との共生を望む我々としても、許すことの出来る行為では無い。コレを処分することは約束しましょう。………ですが、同胞を守る義務があることも又事実」

 

ゼロ号との距離があと五歩という所まで詰めて、上げていた両手を左右に広げた。

 

「どうでしょう、ここは我々を信じて頂けませんか?」

 

ゼロ号はそれを鼻で笑った。

 

「フン。これが信じてもらおうとする態度か」

 

ヴーヴーヴー…………

 

シューシューシュー……

 

神社を囲む林の中から不気味な呼吸音が響く。

 

(これって…囲まれてる?)

 

「フフフ。皆、同胞を救おうと必死なだけです」

 

最早、隠れる必要が無いと悟ったのか。闇の中からわらわらと異形が涌いた。

 

日景は異形のそのおぞましさに息を呑む。

 

擦過音をたてるそれらの姿は醜悪の一言に尽きた。

 

真緑の体表はてらてらとぬめついており、人形の体からは肉が削げ落ちていた。その代わりに甲羅のような甲殻を背中に背負っている。

 

顔は骸骨であり、恐らくはがらんどうであろう眼窩を六本ある内の左右二本の腕で覆い隠している。

 

ゼロ号の正面、120度に弧を描くようにそれらが並んだ。

 

それらを見据えながら日景をそっと地面に降ろしたゼロ号が地面に足をつく。

 

「そーじくんっ!」

 

そのまま負荷に耐えきれず、変身が解けた。

 

「ぐっ…………」

 

躊躇するかのようにぐるぐると天道の周りを回りながら時折バチバチと火花を散らすゼクターを、シミュレーターと呼ばれた男は見つめた。

 

「ふむ。次いでです、そのゼクターはどうやら失敗作のようだ。私達が作り直しましょうか」

 

チュインチュインチュイン!!

 

更に距離を詰めようとした男の足元に銃弾が突き刺さった。

 

「いいや、彼らにこれ以上の干渉は無用だ。彼等は我らZECTが責任をもって保護する、ゼクター含めてな」

 

ダダダダダ!!

 

幾人もの足音をぴたりと一致させ、本殿の裏から現れたのは黒いアーマーを装備したフルフェイスの兵士達。腕の装甲と一体化した丸い銃を構えた彼らの真ん中に、軽装備をしただけのメガネを掛けた男が悠然と立った。

 

「ほう、これはこれは。………分かりました。ならばこのワームの処分は我々で決めさせて頂く。それでいいかな、三島さん」

 

薄く笑ったままそう言ったシミュレーターに、構えていた兵士の1人が食ってかかった。

 

「貴様ァ!ふざけるな、先に人間に手を出したのはそのワームだ!今すぐそいつを殺せ!」

 

一歩前に出ようとした兵士を三島が止める。

 

「止めろ」

 

代わりに一歩前に出た三島がくいっとメガネのブリッジを押し上げた。

 

「だが確かに、人間に罪を犯したワームをお前らワームが裁くのは理にかなっていない。被害者に聞くのはどうだ?」

 

境内にいた総ての生き物の視線が天道と日景に集中した。

 

びくっと震えた日景の肩に手を回し、天道が立ち上がる。

 

「殺す」

 

「天道君………」

 

その名に、数人がぴくりと反応した。

 

「ほう、いい判断だ。お前ら、あのワームを撃て」

 

目を細めた三島が言い、

 

「ふむ。ならばせめて同胞の手で眠れ、愚か者よ」

 

シミュレーターが目を瞑り言った。

 

自然、その場で両陣営による睨み合いが始まる。

 

「いや、俺がやる。……俺が殺す」

 

それを遮ったのは右手に再び黒きゼクターを手にした天道。

 

彼の横顔をじっと見つめた三島は、右手を上げ背後にいた彼の部下に合図した。

 

 

「………いいだろう。お前ら、下がるぞ。そこの一般人もこっちに来い」

 

「あっ。まって、天道君!」

 

ぐいと兵士達に手を引かれていく日景が天道に振り返る。

 

それに答えることなく、天道はワームの下まで歩いていった。

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

本殿の前の大きな広場にグリロタルパワームと天道だけが取り残され、沈黙が降りる。

 

「なぁ、本当に俺を縛らなくて良いのか?」

 

疲れたように笑ったワームの言葉に天道はふんと息を吐いた。

 

「俺はお前と戦い、そして殺す。……それだけだ」

 

「そっか…………。ありがとな」

 

何かが吹っ切れたようにそう笑うワームの顔が醜く膨れ上がった。

 

グウウヴゥ………

 

「…………変身」

 

━━━Hennshinnn………

 

━━━Cast Off,Change Beetle!!

 

変身するなり装甲を脱いだゼロ号の瞳が輝く。全身から溢れた熱波が古びた神社の淀んだ空気を祓った。

 

 

━━━ライダーシステム起動、クナイガンをクナイモードでスタンバイ

 

(俺はもう、お前の良いように使われるつもりは無い)

 

━━━それは誤解です、ロード。あのシステムは私とて認知していなかった。なんにせよ、今はあのワームを殲滅しましょう。

 

(……………)

 

ギギギ!!

 

━━One……

 

擦過音を鳴らし、突っ込んでくるワームに対し、ゼロ号は右手に軽くクナイガンを持ったまま、構えることなく立っていた。

 

━━Two……

 

 

ブォン!

 

そしてワームとの距離が詰められ、ワームの右手が振り下ろされると体ごと斜めに倒した。その動きに合せて流れる様に下ろされたクナイガンのクナイの刃が滑らかにワームを切り裂く。

 

━━Three……

 

ワームの背後に移動し、右手を振り切ったままのゼロ号の背後で、切り口を抑え、ふらふらとよろめくワーム。

 

ドシャ………

 

 

崩れ落ちたワームを一瞥すると、ゼロ号は背後に向き直り、境内から去っていく。

 

━━━エネルギー充填完了。何故、止めを刺さないのです?

 

(……………)

 

 

 

「待てよ……。俺は、まだ、死んでないぜ?」

 

 

無言で歩いていたゼロ号の足がぴたりと止まる。

 

「頼むよ………」

 

その言葉に、無言のままのゼロ号の全身から雷が溢れた。

 

 

 

バチバチバチ………

 

ゼロ号の体の各所に駆け巡るエネルギーが回路を通し右足に収束した。

 

━━エネルギー収束率92%。ロード、キメてください

 

その姿に、ワームは頷くと天を向いて吠えた。

 

「う、オオオオオオオォォ!!」

 

両手を広げ、ゼロ号に駆けていくワームに、ゼロ号は向き合うことなく そっと両手を腰のベルトに当てた。

 

宙に放り投げたクナイガンが月を映して輝く。

 

『ライダー…………キック』

 

カシャン

 

ゼクターのホーンが返され、最後の引き金が引かれた。

 

━━━Rider Kick!!

 

くるりとワームに向き直り、高く掲げた雷帝の右足を振り下ろした。弧を描いた足がワームの肩に触れる。

 

ゴォ!

 

その瞬間、ゼロ号とワームがいた場所を起点に爆風が広がった。

 

ドオン!!

 

更に振り下ろされた右足が地面を抉る衝撃で神社全体が揺れる。土煙が上がり、離れた場所から二人を見ていた、ZECTとワームの視界を遮った。

 

 

◆◆◆

 

 

ドオン!!

 

「うおっ?!」

 

「きゃ?!」

 

ぐらぐらと揺れる大地に日景達は慌ててバランスをとった。

 

揺れが収まり、二人が戦っていた場所を見る。

 

粉塵を切り裂き、中から変身を解いた天道が悠然と歩いてきた。

 

「終わったぞ」

 

成程、確かにさっきまで二人が立っていた場所にグリロタルパワームの姿は無く、代わりに地面に巨大なクレーターが出来ていた。

 

ゼロ号の蹴りはワームの硬い表皮を貫通し、地面までも砕いたということか。

 

「こ、これがマスクドライダーシステム………」

 

日景の側にいた兵士━━トルーパーが畏敬の念がこもった呟きを発した。

 

そんなことは、どうでも良かった。本当に凄いのは、単なる兵器でしかないモノではなくて、ちゃんと私を救ってくれた天道君で。

それは他でもない、私がよく分かっている。だからこそ、その天道君にこんな結末をあげたくなかった。

 

 

 

私達がZECTとワームの睨み合いに巻き込まれた直後、ニューロリンカーがメッセージを発した。

 

 

【A REGISTERED DUEL IS BEGINNING!!】

 

こんな時にッ! そう思い、歯噛みした日景の瞳は炎が晴れたバトルステージで対峙する二人を見て驚愕に見開かれた。

 

挑戦者はイヴォリー・ハーヴェスター。

 

名も知らぬデュエルアバターの試合を観戦することになったのは当然、その挑戦相手が日景と親しい人物であるからに他ならない。

 

嫌な予感を感じつつ、視界の右上に現れた名前を見れば、そこにあったのは無常にもヒヒイロカネ・デイという名前だった。

 

(しまった!天道君はグローバル接続を解除していなかったのかッ!)

 

だが、日景の心配とは裏腹に、ハーヴェスターは穏やかにその骨だけの顔をギリギリと動かし口を開いた。

 

「そんなに構えるなよ……。今更、どうこうするつもりはない。頼みがあるんだ」

 

ゼロ号のライダーフォームに似た姿のデイが、珍しく警戒するように構えたまま尋ねる。

 

「俺達を陥れたお前が、頼みだと?」

 

その言葉に黙って見守るつもりだったプレイヤーが思わず口を開く。

 

「えっ?!じゃあ、こいつは………」

 

「ああ。さっき地面を転がったワームだ」

 

二人に睨まれたハーヴェスターが肩を竦める。

 

「どんだけ憎んでもいいさ。もう、今更だ。とっとと殺せ。俺はあのワーム達を裏切った身だ。そんな俺をあいつらが欲するのは、俺の体にマスクドライダーシステムとの戦闘データが山ほどあるからだ。連れて帰られて、体をぐちゃぐちゃにまさぐられて、辱められて終わりさ」

 

ハーヴェスターが動く度、彼女の骨だけの空っぽの体がギシギシと音を立てた。

 

「だったらせめて、ちゃんと殺されたい。俺が憎んだ相手から、憎まれた相手に」

 

黙っているデイに代わり、プレイヤーが声を荒らげた。

 

「そんなの………駄目だよ。キミにどんな事情があったって、天道君はキミに巻き込まれただけなのに。キミの勝手な都合で、命の重さを天道君に乗せていいはずがない!」

 

「いや、いいプレイヤー。………いいだろう。俺が、お前を殺す」

 

その言葉を聞いて、風に揺れてガタガタと揺れていたハーヴェスターの体が止まった。

 

「ああ………。ありがとう」

 

その骨だけの顔に、表情なんてある筈ないのに。その横顔は安らかで。

 

荒野を彷徨い続けた亡者が、やっと安息の場所を見つけたというような。

 

そんな顔で、開いた口からはぁーと長い長いため息が零れて、

 

そして気づけば現実に帰っていた。

 

「天道君……。ごめんなさい」

 

駆け寄った日景の頭を天道がそっと撫でる。

 

「お前のせいではないさ。………なんにせよ、これでもう終わりだ」

 

「ああ。これでもう、我々がここでいがみ合う理由は消えた。民間人は我々ZECTが保護する」

 

「ふむ、ですがまだ一つ。壊れたゼクターはどうしますか?」

 

どこか優越感を醸し出しながら、シミュレーターが言った。

 

「壊れたゼクター?そんなものは……」

 

それを胡乱げに見た三島が天道の側にいたゼクターを見た時、ゼクターから火花が上がった。

 

 

「なっ?!」

 

「やはり、お前………」

 

天道の呟きが闇に溶け、煙を上げながら機能を停止したゼクターが地面を転がった。

 

シミュレーターがそれに手を伸ばす。

 

「フフフ。中々凝ったオモチャでした………ッ?!」

 

ヴヴヴゥン!!

 

その手を切り裂き、ゼクターが再びイオンブースターを点火させ始めた。

 

半暴走状態になったゼクターは伸ばされた数多の手を掻い潜り、各所から火を吹きながら林の中に消えて行った。

 

「チッ、貴様ぁ!おい、今すぐゼクターを追え!」

 

「「「は、ハッ!」」」

 

トルーパーズに緊張が走り、選ばれた者は慌てて駆け出し、残った者が一斉に銃を構えた。

 

「え?なんで、ゼクターは壊れたの?」

 

「お前に助けられた直後だ。俺を庇った」

 

◆◆◆

 

天道が日景の言葉に意識を取り戻し、システムの主導権を握った直後。

 

日景の背後から二本のナイフが彼女目掛けて向かっていた。

 

(ぐっ!)

 

━━━@$$##¥&&………これは?!エネルギー再充填

 

全身の各部から集めたエネルギーを収束し直した蹴りはその二本を容易く弾き、

 

そのうちの一本に重なる様に向かっていた一本が、移動したゼロ号のアイレンズに向かっていた。

 

(しまっ…………!)

 

完全では無いと言え、仮にもライダーキックの一撃に、弾かれただけのナイフである。最も脆弱な目の部分のレンズでは容易に貫通するだろう。

 

ギィン!

 

それを、ベルトから自ら外れたゼクターが半ば貫かれながらナイフを弾いた。

 

━━━━キョリヲ、load………

 

『お前ッ………………っ』

◆◆◆

 

忌々しげにシミュレーターを睨んでいた三島が天道に向き直った。

 

「お前もだ。貴様、貴重なゼクターをよくも」

 

「ふん。アレを作ってくれた人間には感謝しきれないが、あのゼクターが選んだのはお前達では無く、この俺だ。故にあのゼクターは俺のもの。俺が自分の物をどう扱おうがどうこう言われる筋合いは無い」

 

「なんだと………」

 

「ちょっと待ってください!ワームを前にいがみ合うのは止めましょうよ!ゼクターが完全に壊れているかはまだ分かりませんし、これまで現れなかった資格者が助かったんだからいいじゃないですか!」

 

いがみ合う天道と三島の間に割って入ったのは、一人のトルーパーだった。

 

「日上……。チッ、せめて回路だけでも無事ならいいがな」

 

何かを言おうとして止めた三島がシミュレーターに向き直る。

 

「シミュレーター、貴様には後日開かれる評議会で色々と聴かせてもらおうか。お前ら、帰るぞ。そこの民間人二人は、ZECTの本部に来い」

 

 

「ええ。また。皆さん、帰りましょう」

 

 

 

ワームが消え、ほっと辺りの空気が弛緩した。

 

ドサッ

 

「天道君?!」

 

 

 

◆◆◆

 

グリロタルパワームの最期を見届けたシミュレータ率いるワームの群れは、彼らが普段根城にしている廃工場に戻ってきた。

 

冷たく暗い工場内にカツンカツンと硬質な音を響かせながら鉄筋の山まで来ると、シミュレータは無言でその山に腰掛けた。彼が発する不穏な空気に周囲の影達が声をかけることを躊躇う中、一人の男が彼に近寄った。

 

「どうしたのですか、シミュレータ。今日は中々の収穫があったように思えますが。人間達の縋る最後の希望、マスクドライダーシステム。それを間近で見られたのですから。強いて言うなれば、出来損ないの死体を回収出来なかったのが残念でしたね」

 

「だが、もう一つ収穫があった」

 

「ほう!それは………」

 

「ああ、裏切り者を見つけられた。それはお前だ」

 

シミュレータが腕から生やした剣が男に突き立てられた。

 

男の羽織っていたローブが引き裂かれ宙に舞う。

 

「何故です?!」

 

「黙れ、白々しい。お前がヤツを唆したのだろう、貴様直視に耐えぬおぞましき者ども(アスヒモス)だな」

 

その言葉に男は顔を片手で覆い、身を震わせた。

 

「ククク。意外だなァ?残飯を強請るしか脳がない野良犬かと思っていたが」

 

無言で剣を振るったシミュレータから離れ、男が嗤う。

「クハッ!ボケがっ!たかが野良犬の数匹を率いているだけで調子に乗りやがって!てめえみたいな低脳が、俺に勝てるかよッ」

 

その言葉の語尾と共に、姿が掻き消える。

 

直後、シミュレータは鉄筋の山に突っ込んでいった。

 

ガシャアン!ガラガラガラ………

 

シミュレータの姿が崩れた鉄の山の中に消える。

 

「シミュレータ!」

 

「おっと。ザコは黙って見てな。次はてめえらだけどよ」

 

擬態を解いたサナギ態のワームが沈黙する。

 

「ふむ。成程……。貴方、『レベル2』ですか」

 

服に着いた埃を払いながら出てきたシミュレータを見て男が嗤う。

 

「正解だ。だが、勘違いするなよ?俺はあのゴミとは違う。俺はワームとしての素質を100%使いこなせている」

 

だが、と続けて男がシミュレータに問うた。

 

「意外だな。お前がアレのことでそこまで取り乱すとは。お前はあれに価値など感じていないと思っていたが」

 

「ああ、否定などしないさ。だがな、それでもあいつは仲間だ。それを唆した貴様らを私は許さない」

 

遂に擬態を解いたシミュレータ。だがその姿が鮮明になる前に彼の姿が消える。

 

「?!なっ!きえー」

 

ふと、自身の体に影が覆ったことに気づいた。

 

(まさかー!)

 

だが既に遅い。

 

ごぎごぎごぎががが………

 

ワームの堅牢な表皮にヒビを入れながら、彼は工場の薄汚れた床の中に埋まった。

 

「ま さか、貴様は『レベル3』?」

 

「ワームとしての素質を使いこなせている、だと?愚かな。自身の成長に見切りをつけた者がさらなる高みを目指すものに勝てる道理などないでしょうに。」

 

人間態に戻ったシミュレータは服を整えながら、地面に伏したソレを見下ろした。

 

「まあ、レベル2(青い果実)が貴方の限界といった所でしたか」

 

 

既にもの言わぬ骸となったソレに、シミュレータは何処からともなく取り出したナイフを無造作に放り投げた。

銀の軌跡を描き、さくりと浅くワームの表皮に突き刺さったそれの柄の部分をブーツの底で踏みつけさらに深く突き刺した。

 

ばきり。

 

硬い表皮を突き破った感触を受けると同時にワームの骸が破裂した。

 

ごおっ!!

 

緑の爆風が廃工場を突き抜け、闇夜に消えた。骸のあった場所にはもう、灰さえ残らない。

 

「流石です。シミュレータ。レベル2をこうも容易く」

 

「なに。大したことはありませんよ」

 

「ですが………大丈夫でしょうか?簡単に消してしまって」

 

「まあ、問題ないでしょう。奴らもそんな余裕は無くなりそうですし、ね」

 

 

顔を上げボロボロの屋根の隙間から見える星空を睨むシミュレータ。その瞳が見つめる先に果たしてどのような未来があるのだろうか。

 

 

「うっ………」

 

薄暗い中で焦点がゆっくりと合わさった。ウイィーンという静かなモーターの駆動音と微かな振動で、天道は己が車の中にいるのだと把握した。

 

「目が覚めたか。………君と一緒だった彼女は別の車で護送中だ。君たちが別々に護送されているのは、君がまずこれからZECT直轄の病院で治療を受ける必要があるからだ。理解出来たか?」

 

「ちょっと、田所さん。倒れた人間に起きていきなりそんな説明しても」

 

バックミラー越しにどうだ?、と眉を上げて見せた中年の男を若い男が諌めた。

 

「いや、成程な。大体分かった」

 

前髪をかきあげ、目覚めたばかりとは思えない程余裕たっぷりに答える天道に、若い男は疑わしげな視線を送る。

それを気にもとめず、天道は続ける。

 

「その申し出は有難いが、まず寄って欲しい場所がある」

 

「なっ、お前、自分の体見て言ってんのか?全身打撲に肋骨を三本骨折、etc……。トルーパーに支給される応急パッチを全身に貼ってあるんだぞ。そんな体で何処に行くつもりだ?」

 

「決まっている。自宅だ」

 

「決まってねーよ!!」

 

ふっとキメ顔で言った天道に若い男は律義にツッコミを入れていく。

 

「黙れ日上、話が進まん。……自宅に戻る理由は?」

 

鋭い眼光が天道を貫く。それに動じること無く、彼は少し微笑ん告げた。

 

 

 

「約束だ。家族との、な」

 

 

 

◆◆◆

 

 

「ん………」

 

柔らかな風が己を撫でたような気がして、樹花は料理が並べられたままのダイニングテーブルに伏せていた顔を上げた。

 

「済まない。起こしてしまったな………」

 

寝ぼけたままの目が徐々に焦点を結び、霞んでいた視界に彼女の家族である兄が映った。

 

「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい。」

 

微笑む妹と、テーブルの両側に並べられたままの既に冷えた料理を見て、兄は申し訳無さそうに頭を下げた。

 

「折角樹花が作ってくれた料理が冷えてしまったな」

 

「ううん。いいの。明日のお弁当にいれられるように冷えても美味しいのを作ったから。それにお兄ちゃんはちゃんと帰ってくれたんだもん」

 

「ああ。お前との約束だったからな。………今から食事にするか?」

 

妹の様子を窺うように尋ねられた問に、樹花は少しだけ悩んだ後、首を横に振った。

 

「今日はもう遅いから寝るね。お兄ちゃんはちゃんと先輩に会えたの?」

 

どこかほっとした様子を見せた兄はそこで優しく微笑んだ。

 

「ああ。もう大丈夫だ」

 

「そっか、よかったぁー。じゃあ、これからお兄ちゃんはどうするの?」

 

「まだ少しやることがあってな。食事は俺が片付けておくから樹花は寝ろ」

 

「じゃあ、2階まで運んでー」

 

甘えた声でねだる妹に、兄は苦笑した後彼女を背負い、連れていった。

 

「おやすみ、樹花」

 

「うん。おやすみ、お兄ちゃん」

 

 

 

彼女は安心していた。兄の背中に頬を当てれば、ほのかに革のジャケットの下から香る兄の匂いには砂埃と汗と、そして血の匂いがしていたけれど。

 

それでも兄を信じていたから。

 

◆◆◆

 

家を出た天道は冷たい夜の空気を深く吸って、空を見上げた。

 

 

雨は止み、ずっと空に蓋をしていた雲が千切れ、裂け目から差し込んだ月明かりが辺りを優しく照らした。

 

 

「おい!自分がどれだけ重傷か分かっているのか!」

 

「………分かっているさ」

 

そう。分かっている。けれど嬉しいんだ。これは、俺が今度こそ確かに守れたことの証だから。

 

 

丸くぼんやりと輝く月を見上げたままそう答えた天道は、踵を返すと後はもう振り向くことなく車に乗った。

 

 




次話こそ最終話の筈ですッ
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