加速する太陽   作:サカマキまいまい

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お久しぶりです。投稿が遅れて申し訳ございません!ストーリーに矛盾が出ないようにプロットを修正しつつ二章と三章の展開考えてたら全然書けませんでした………。


INTERVAL━━━wriggle shades

透き通った浅い海を、蒼く澄み渡った空で輝く太陽が燦々と照らす。穏やかに波打つ水面が照り付ける日差しを反射し、きらきらと瞬いた。こんな場所で水遊びが出来たら、きっとさぞかし気持ちのいいことだろう。

だがそれは叶わぬことだ。何故なら、ここは現実の世界ではないのだから。いや、もっと言ってしまえば、一般人が利用する仮想空間ですらない。

ここは選ばれた者のみが知覚できる加速世界の通常対戦フィールド。どれほど穏やかな場所であろうと、ここはお互いが凌ぎを削り、互いの骨肉を貪る戦いの為の空間だ。

そんな場所で今、対峙している二人も敵同士ということになる。

 

「ふうん。あれが……………」

 

対戦エリア外にある朽ちたコンクリートフレームにもたれ、ほっそりとした人差し指を顎に当てて、すっと目を細める観戦用ダミーアバターの視線の先に居るのは、薄桃色の光を放つ重厚な金属の鎧を纏う、ロボットじみた一人のM型デュエルアバター。

何かを呟いた彼女の言葉はもう1人の対戦者の声に紛れ、空に散った。

 

「ふーんだ!レベル2に上がったばっかのひよっこの分際で、偉そうにしないでよねっ!」

どこか間延びしたような声でそう叫んだのは、レベル4の性別不明アバター、ボラックス・ウーズだ。人の型を適当にとった鋳型に白いゼリーを流し込んだような姿をしており、首は無い。胸部に開く窪みが変化し、幼稚園児が書いたような顔を生まれ、そこから声を発していた。

 

「ふん。その発言だけでお前の底が知れるな」

その言葉にぴくりと肩を震わせたウーズはそのゼリー状の腕をボクサーの様に構え雄叫びを上げた。

 

「やってみろっ!うおおおおおおおおおお!!」

 

ばしゃばしゃと不格好に水域ステージを走りデイに接近するウーズに、彼は溜息をついた。

 

「全く呆れた奴だ」

 

突き出された右腕をいなし、掴むと素早く半回転しながら身を屈め、背中にウーズを乗せたデイは一気にウーズを投げ、地面に叩きつけた。

ばしゃあん、と派手な音を立てて水に浸かったウーズ。しかし、その体力ゲージは全く減らなかった。

それに気付いたデイはバイザーの下で顔を顰める。

 

(そうか、水が衝撃を吸収してしまったのか。いや、そもそもこいつのような柔らかい相手に衝撃を与える攻撃は無意味に思える)

 

 

加速世界に生まれ落ちて日の浅いデイは、類稀な戦闘センスと経験を持ちながらも、こうした特殊なバーストリンカーや、フィールドに苦戦することが増えてきていた。

デイの情報が流れ、彼と直接対峙するのは不利と見たバーストリンカー達が、地形や自分だけのアビリティを利用し始めたからだ。

 

━━━━結局、大事なのは経験ってことだね。焦らずやっていけばいいよ

 

対戦を辛勝し苦い顔をするデイを見て、彼の親であるプレイヤーは笑ってそう励ました。

だが━━━━

 

(だが、俺は自身の未熟さを言い訳にするつもりは無い━━━!!)

 

ならばと起き上がったウーズに向けて、今度はその左胸に抜き手を放った。

 

━━━━ドシュ………………!!

 

ぴんと張った袋を貫いたような音が響く。

 

 

 

「なに………………………………?」

「ふふふー。びっくりしただろー」

戦況に変化は無い。お互いに相手に何のダメージも与えられていないのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あー。まあ、ウーズはなあ。有効な攻撃持ってたら余裕だけど、初見の相手との勝率は中堅の奴らの中じゃ際立ってるよな。所謂、初見殺しってやつ?」

「しかも、この水域ステージでだからなあ。ウーズがかなり有利だけど。さて、デイはどうするのかねえ?」

 

デイとウーズが戦う場所から少し離れた所にある、日に照らされ続けたかのようにボロボロなった白いコンクリートフレームにぶらぶらと持たれながら、観戦アバター達はのんびりと口を開いた。

 

「ふふふ。さて、本当に貴方は羽ばたいていけるのかしら、《銀桜の機鋼蛹》さん?」

 

修道女のような白と青の服を纏ったF型バーストリンカーが、その容姿に反してひどく妖艶にそう呟いた。

 

 

━━━━━━

━━━

指を真っ直ぐに伸ばし、手刀を繰り出す。硬く鋭利な鎧の部分が柔らかなウーズの肉体を切り裂く。だが裂傷周辺の半透明の肉が蠢き、その傷を塞いだ。体力ゲージが減る気配はなく、ふと気がつけば、デイが貫いた筈の胸の穴も塞がっている。

 

(この手応えの無さ。確か、ウーズとは「泥」の意味だったか。成程、こいつの体が泥の集合体だと考えれば納得もいく。ならばあの体の何処かに本体がある筈だ)

 

ウーズの体を切り裂き、虱潰しに「本体」を探していたデイの体をぽつぽつと落ちてきた水滴が濡らした。

 

「ふふふ。世界がボクに味方してるよぉ。キミに分かるかい?この世界の力が」

「これは………雨、か」

 

地平線を見ても、水面と空の境界が分からない程に澄み渡っていた空は淀み、やがてざあざあと雨が降り始めた。

 

「そのとーり!ほら、見て!世界がボクに力をくれてるぅ!」

 

雨音に負けない音量で叫んだウーズの体の裂傷が雨に当たる度に消えていく。そして徐々に膨らみ始めた。

 

「なに……………?これは、水を吸収している?」

 

あっという間にデイの3倍もの大きさとなったウーズが、体をぶるぶると震わせて笑った。

 

「あれ?知らない?ボクはゲーマーなら誰でも知ってる超人気生命体、Oose(スライム)だよ!」

 

(スライム、そうか!ならば、ボラックスとは━━)

 

「そう。僕の体はホウ酸塩で出来ている。だから、こーんな事も出来るんだよ」

 

はっとしたデイに、にやりと笑ったウーズが遂に攻勢に出た。

 

巨大な腕がデイに襲いかかる。水に足を取られ、身動き取れないデイの体をどろどろの半個体が捕らえた。

 

「ベーシックシャワー!」

 

そう叫んだウーズの体から粒が次々に分離していく。しばらく空中に漂ったそれらはやがて空中の雨粒を吸収しながらデイに降り注ぐ。

 

「ぐっ………。これは強塩基の雨か」

 

じゅうじゅうと肉が焼けるような音と共に、熱いほどの痛みがデイを襲う。

 

「そう、ホウ砂が含む塩にはナトリウムがある。これは水酸化ナトリウムの雨さ!」

 

どれだけもがいても、粘体がデイに絡まりつき、避けることすら叶わない。容赦なく降り注ぐ雨がデイの体力ゲージを削る。

 

「ふふ。終わりだよ?」

「……………成程。だが貴様の方こそ、弱点が丸見えだぞ」

 

自身の体を構成していたホウ酸が減り、水を大量に吸収したことで、体内の濃度が下がり、ウーズの体は半透明になっていた。首の付け根あたりで赤く輝く石のようなものがはっきりと見て取れる。恐らくあれがウーズという半個体のアバターを構成するのに必須となる「核」だろうとデイは予測する。

「うふふ。もう遅いよぉ?それにここまでどうやって攻撃を当てるつもりぃ?」

 

強塩基の雨に打たれ、体はボロボロになりながら、しかしデイは呻き声ひとつ上げずに淡々と語る。

 

「お婆ちゃんは言っていた。勝負の決め手は図体よりもそこに宿る魂だってな」

「それは聞き捨てならないな、ボクはキミに魂で劣っているなんて思えないけど?」

 

「ならばその目に焼き付けるがいい。俺の、魂の輝きを」

 

俯いていたデイが顔を上げた。曇ることなく、暗くどんよりとした中で尚、青く輝くバイザーがウーズを見据える。

 

「キャストオフ」

 

半透明の腕の中で、紅く輝きが生まれたのを、ウーズは見た。

 

デイを捕らえていたウーズの手の中で爆発が起こり、手が粉々に千切れ、吹き飛ぶ。

 

「なっ…………………」

 

まるで羽化をしたかのように、その鎧を脱ぎ捨てたデイの肉体に紅の輝きが収束すると共に、どこからか展開された角がデイの頭部に収まった。

 

総ての変化を終えたデイの体から風が吹き、水面をざあっと撫でた。

 

蒼く輝く瞳がウーズを射抜く。雷に撃たれたかのように硬直して動かないウーズを見据えながら、デイはゆっくりと構えた。

左手の指を水面に広げ、右手をすっと伸ばしゆっくりと身を屈める。それを見て、ウーズは言いようのない悪寒を覚えた。慌てて叫ぶ。

 

「テンタクルジャベリン!!」

「クロックアップ」

 

 

 

━━━━消えた。あれほど燦然と煌めいていた、見失う筈の無いデュエルアバターが。

 

紅い軌跡が海を割る。

 

そして気がつけば、ウーズの体から水分を吸収して生えかけた枝のようなものは水の粉末となっていた。いや、それだけではない。ウーズの上半身にはぽっかりと穴が開き、いつの間にかその背後にデイが居た。

 

「あ、が…………」

 

ゆっくりと立ち上がったデイが、左手を雲が消え去った青い空に掲げつつ、右手に持っていたウーズの「核」を砕く。何かを言いかけたウーズは、ばしゃんと地面に落ちて破裂した水風船のように呆気なく消え去った。

 

「………………なにあれ」

 

固唾を呑んで見ていた観戦アバター達がどっと沸いた。

 

「ああ、お前まだ見てなかったのか。あれがデイの新しいアビリティみたいだぜ」

「あれは、外れた?いや、羽化したの?メタルカラーが。あれが《銀桜の機鋼蛹》………」

「その言い方は少し古いわ、今彼はこう呼ばれている、紅の機鋼王、カブトってね」

「カブト…………………………」

 

唖然とその赤い姿を見つめるバーストリンカーの前から、やがてデイは消えていった。

 

「………ところでさあ、スライムってそんなに有名なのか?」

「なんか昔昔に流行った2DのRPGではメジャーな雑魚キャラだったらしいぜ?この前、親父の部屋を宝探ししてたらフィギュア出てきた」

「ちょっと待って。なにその宝探しっていう素敵な響き」

「バッカお前、法律で守られてるガキには早えよ」

「バーストリンカーに18歳超えてる奴はいねーよ!」

 

 

 

━━━━━━━

━━━

 

 

「お疲れ様です。さて、どうでしたか例の『彼』は?」

 

暗い影が覆う空間で、その暗さに似合わない程優しげな声が、その空間に入ってきたF型デュエルアバターに掛けられた。

 

「いやー、中々興味深かったわぁ。それにカッコ良かったで」

「ふふふ。貫禄があったでしょう、私達と同じくらい?」

「や、それは無いと思うけどなあ。でも彼は間違いなくメタルカラーやったで」

「成程。ならばこれで確定した訳だ。ヒヒイロカネとは赤の『非緋色』ではなく、あの伝説の金属、『非緋色の金』であると」

 

二人の会話に割って入ったのは落ち着いた低い声だった。

 

「しかも、それだけやない。『彼』は確かに鎧を脱ぎ捨てた。ま、心傷殻かどうかは分からんけど、あの変貌は何らかの心理的変化があったことは間違いない」

 

「それはそれは。………実に興味深い。そう言えば、『鎧』と言えばアレは今、誰の手に?」

 

M型デュエルアバターが落ち着いた様子で、この暗い部屋の主に声を掛けると、彼女は笑っていった。

 

「黄色です。『鎧』が彼に渡っていてくれて、実に助かりました」

 

椅子から立ち上がった彼女を、ポッカリと空いた窓から差し込む光が照らす。

 

「さて、これからどうしましょうか」

 

その姿は美しい。

 

その声音は鈴のよう。

 

けれど、その言葉はひどく恐ろしく暗い部屋に響いた。




前話に入れ忘れてた話があったので修正しました。御手数ですが、そちらも読んでおいてくれると嬉しいです。

あと、遂に、漸く、次回から二章に突入します。
これからもよろしくお願いします。

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