チチチチと目覚めを促すアラーム音に不快げに眉を顰めながら天道は目を覚ました。何年経っても、心地良い朝の静寂を破る、この騒音を好きにはなれそうにない。俺の目覚めはもっと優雅で然るべきだと思いながら、天道は洗面台に向かう。
蛇口から流れる水が天道の手をじくじくと突き刺し、意識を覚醒させていく。
もう夏では無いことを示すような水で顔を洗い、意識を完全に覚醒させた。全く以て優雅ではない。
だがそんなことを何時までも嘆く方が余程優雅ではないだろう。気分を切り替えるように、目の前の鏡を笑った。
「お婆ちゃんも言っていた。三流は形に拘り、中身を無くす。二流は己に拘り、外へ向ける目を失う。本当の一流は内面も外面も大事にする、ってな」
右手を天にかざし、左手を腰に添え、ポーズをキメる。
「やはり、俺は輝いている。当然だ。なぜなら俺は天の道を往き総てを司る男、天道総司なのだから」
鏡に映る自分の目を凝視しながら、自己暗示をかける。
「…………よし、行くか」
服をランニング用のジャージに着替え、妹を起こさないよう、そっと家を出た。
軽く準備運動を終え、未だ電灯の灯る住宅街を駆け抜けていく。
10月の5時は未だ薄暗い。
1通りのトレーニングを終え、自宅に戻った後は部活で朝練のある妹の為に料理を作る。ランニングコースにある魚屋で安く手に入れた魚を焼き、昨日の夕飯の残りを手際よく自分と妹の弁当に入れた。
「おはよう!お兄ちゃんっ」
手際よく朝食を作り終えたところで、妹である天道樹花が居間へ降りてきた。何度ドアをノックしようと頑なに起きようとしないが、味噌汁の匂いを漂わせれば簡単に出てくる。単純なやつだと苦笑しながら二人で席に着く。
「「頂きます」」
「わあ、お兄ちゃん。この豆腐おいしいねっ!」
樹花にもそれの良さが分かるのかと、感動し天道が頷きながら言った。
「フ、当然だ。なぜならそのトゥーフはこの俺がわざわざフランスまで行って買ってきのだから」
それを聞いて黙る樹花。
「………トゥーフって何だ?」
「樹花が今、食べている日本が生み出した古き良き伝統料理だ」
「日本の古き良き伝統料理をフランスまで買いに行ったのか?」
「ああ。エッフェル塔も見てきた」
「…………」
その日の朝食において、樹花は終始微妙な表情をしていた。解せぬ。
陸上部の脚力を活かして元気に登校していった樹花を見送り、最低限の家事を済ませた後、天道も悠々と彼の通う私立天宮(あまみや)高等学校に登校した。
「あっ、天道君おはよー」
「うっす、天道」
彼の在籍する1ーAの教室には既に幾人かの生徒がいた。ホームルームが始まるまでの時間を、それぞれ友人としゃべったり、音楽を聞いたりして思い思いすごしていた。そんな彼らは一様に天道に挨拶してくる。
クラスにおける天道の立ち位置は意外にも普通である。
というかキャラが濃すぎてスクールカースト枠外に出ている為に、クラスメイトからは誰からも同じ様な態度をを取られることが多い。天道のあらゆる面での優秀さに初めの方こそ惹かれたり、引かれたりしていたが、一年近く天道のキャラに当てられたクラスメイトたちは、ちょうきょ、もとい馴染まされ、今ではクラスメイト全員が何かしらのキメポーズやキメゼリフを所有している。
明るいクラスの雰囲気に、自身の席の前で満足げに微笑んだ天道は、ふと背後に気配を感じた。
「おはようございます、天道君」
天道が振り返ると、お淑やかな笑みを浮かべ、花瓶を抱えた1ーAクラス委員長である
「ああ、おはよう佐伯。花の入れ替えは委員長の仕事だったか?」
「いえ、でも今日は時間も空いていたので。それに花が合った方が教室が生き生きとしますから」
ぺかーっと優等生オーラを振りまく佐伯に周りの生徒が目を覆う。しかし、目を覆うのに遅れ、彼女のオーラに充てられた何人かの生徒はどこからとも無く、日の丸が書かれた鉢巻を取り出し、頭に巻くと黙々と勉強を始めた。
「やべえ、今日も絶好調だよ委員長」
「成程。あれが彼女の固有結界、校内美化運動(がっこうはべんきょうするばしょです)か」
「恐ろしい能力だな。生徒会が彼女を欲しがる訳だ。このままではいずれ、俺達のエデンも……」
「早急に対策を立てる必要がありそうね」
一瞬でカオスと化した教室を見回し、天道が言う。
「委員長も大変だな」
「全くです。天道君がやってくれればもっと楽になるんですけど」
その発言に天道はフ、と笑い右手を天に掲げ、指さした。
「お婆ちゃんが言っていた。太陽は全ての頂点に存在する。既に人の上に居る俺が今更壇上に立つ必要は無い」
カッと太陽が如き光の嵐が教室を襲う。慌てて皆が目を覆うが、太陽の光は手のひらを容易に貫通する。
「スゲエエエ!!なんか全く意味分からないけど、天道SUGEEE!!」
「……凄い。これが太陽の神」
天道のオーラに充てられたクラスメイト達が教室の窓を開け、太陽崇拝を始めた。
朝から太陽の光を浴びたクラスメイト達は体が体内時計をリセットし、ビタミンDを補充したため、元気に1日を始めることが出来たとか。
ちなみに太陽崇拝は太陽に向かって行った生徒が4割、天道に対してが5割、ドアの前で呆然としていたクラス担任(ハゲ)に対してが1割という、非常に接戦した競争だったとかそうでないとか。
◆◆◆
「きりーつ、礼!ありがとうございましたぁー」
「「「ありがとうございましたぁー」」」
午前の授業が終了し、クラスに弛緩した空気が漂う。何人かの生徒がぐったりと机に倒れる中、天道が優雅に昼食を食べようとした時、横から呼び止められた。
「ちょっといいですか、天道君」
声がした方を見ると申し訳なさそうに、小春が立っていた。
「ふむ。その話は長くなりそうか?」
「え、ええと。天道君次第です」
「なら共に昼飯を食いながら話すとしよう」
そう言って天道が空いている席から椅子を持ってくると、小春が驚いた顔をしていた。
「どうした?」
「いえ、天道君が食事の邪魔をされて怒らないのが意外で」
「フ。……確かに1人で飯の旨さに浸るのも悪くないが、友との食事は腹だけでなく心も満足させる。時に他の誰かと共にするのも悪くない」
「て、てんどうくんが私の事を友と呼んでくれるなんて…………」
ジーンと感傷に浸る小春と、彼らを見ていたクラスメイト達がどよめくのを見て、天道は内心、もう少しクラスメイトに優しく接することに決めた。
「天道!俺は!?俺はどうなんだっ!」
「おれはっ!?」
「私は友達以上ですかっ?」
授業の疲れを吹き飛ばし、一気にテンションがハイになるクラスメイト達に悪寒を感じた天道は生贄を出すことにした。
「これをやるから黙れ。今日は新鮮なエビの殻でダシをとった卵焼きだ」
天道が卵焼きを差し出すと、どよめきが歓声に変わった。
「おおー。流石は天道だぜ。俺はお前に期待して、今日の弁当はご飯だけだったからなっ!」
「イーッ!イーッ!」
わらわらと天道が差し出した卵焼きに群がる生徒達を見て、天道は内心、エサに群がるサルのようだと思った。
ふと視線を感じて横を見ると小春が微笑んでいる。
「どうした?」
「いえ、天道君が嬉しそうだったので」
「……まあ、少しな。お婆ちゃんも言っていた。自分が創り上げたものが誰かを笑顔にする事ほど、喜ばしいものはない、と」
右手を天に掲げた天道を見て、小春はまた笑った。
「うふふ、天道君のお婆ちゃんはいい人ですね」
「当然だ。何せ俺のお婆ちゃんだからな」
◆◆◆
「つまり、俺に生徒会に立候補して欲しいと?」
「え、ええ。ダメ、でしょうか………?」
食事を終えた後の二人はやや気まずい雰囲気だった。おすおずと上目遣いで天道を見る小春に、仕方なく口を開く。
「どうしてもと言うなら仕方ないが、お前の頼みならばいくらでも聞いてくれる人間がいるだろう」
「いえ、皆、生徒会と聞いて尻込みしてしまうみたいで。それに私も、生徒会に入れるのは天道君だけだと思います」
「生徒会は確か、生徒会長1人が運営していたな。一学期はそれで上手くいっていただろう。なぜこのタイミングで生徒会役員を募集する?」
う、と言葉に詰まった小春はややためらった後、答えた。
「実は、天道君の噂と私達のクラスのカオスっぷりが彼女の耳に入ったみたいで。この間の委員会集会で、呼び出されたんです。天道君がどんな人なのかって。それで私の話を聞いて、1度連れてきて欲しい、と」
「……お前は俺について何と言ったんだ」
「えっ、いえ、そんな、ふつうですよ。ふつう。のーまるです。かくとうたいぷにはよわいですよね。私はトゲキッスがすきかなー」
挙動不審になる小春をジト目で見た後、天道はやれやれと首を振った。
「相手に礼儀を求めるならば、まずは自分が相手に礼儀を尽くさねばならない。自分が相手に用があるのに、相手を呼び出す無礼な輩に、この俺が応じる必要は無い」
それを聞いて小春はですよねー、と肩を落とした。しかし、天道が、だが、と続けて口を開くとパアッと目を輝かせる。
「普段、クラスの為に活動しているお前に迷惑をかける訳にはいかないな。仕方ない。俺から出向くとしよう」
「やった!ありがとうございます、天道君。では早速今日の放課後は空いていますか?」
「ああ、問題ない。しかし、なぜお前はそこまで生徒会長に従う?」
「あ、いえ。従っている訳ではありませんよ。彼女はあくまでも私に頼んだだけですから。…………実をいうとですね、」
━━━貴方が生徒会で活躍するところを見たかったんです。
そう言って小春は悪戯っぽく笑った。
トゥーフネタはカブト最終回のネタです。分からなかった人はごめんなさい。