冷たい風が乾燥した校庭から砂を掬いあげ、大気中に振りまいていく。とても快適とはいいがたかったが、クラスメイト達は元気よくマラソンに興じていた。彼女はそれをトラックの中からぼーっと眺めながら、物思いに耽る。
自分が空虚だと認識したのは何時だったか。
物心ついた時には既に両親は居らず、社会の監視をくぐってゴミ箱を漁るのが日常だった。その時は自分がどうとか考えたことも無かった。生きるのに必死だったから。
やがてあの男に拾われた。拾われた先で同類に出会って、そこで漸く「家」というものを手にいれた気がする。だけどそれも束の間のこと。成長した自分は出来損ないの烙印を押され、そこで初めて自分というものを考えた。その時、己にあるものを考えて、その空虚さにがくぜんとしたんだっけ。
だから欲しかったんだ、人目を気にすることなく堂々と太陽の下を歩けるような何かが。
ああ、けれど。これは俺が欲しかったものでは無かった。こんなものが欲しかったのではない。初めて太陽の下を歩いて、初めて己の空っぽさを理解した。
校庭に出来る自分の影がやけにはっきりとしていた。
「……たる。ほたるってば!」
「え?」
肩を揺さぶられて、我に返った。そうだった。今の俺はワームではなく、あの日影の嫡しー
━━━大丈夫だ。心配するな、傍にいるよ。
遠くから見ていた蹲る少女の頭を撫でていた小さな手。
━━━日下部家がワームに襲撃されたらしい。
━━━生存者は絶望的だそうだ。総一氏はあまりにも過激派すぎたのだ。
友達を待っていた時に聞いた大人達の不安げな声。
━━私にはね、夢があるの。聞いてくれる?
優しくて太陽みたいだった、大切だった人の願い。
永い歳月を経て尚、鮮やかに心の中を飾る光の欠片達がきらきらと瞬いた。
ゴォッとあるはずのないものが、頭の中に流れ込む。私は━━━
(がっ、?!違う!これは俺のじゃない!止めろ、俺は、おれは)
侵略者から庇うように頭を抑えて蹲る。その背中をそっと柔らかい手が撫でた。
思わずその手を振り払う。振り返ると傷ついた顔をした友達、否、日景のクラスメイトがいた。
「あ、……ごめん。なんか、気分悪くって。保健室にいってくるね」
なんとか取り繕い、体育の授業を抜け、校庭を走った。
(……俺は、こうも空っぽだったのか。コピーした記憶に呑まれるくらいに)
俯きながら走っていると、どすんと何かにぶつかった。肺から空気が抜け、咄嗟に吸い込んだ空気は何故かとても安心する匂いがした。
「日景か。下を向いて走るなどお前らしくもない。生徒の代表ならばもっとそれらしく振舞え。お婆ちゃんも言っていたぞ、頂点に立つものはその下に入るもののためにも常に誇らしくあれ、とな」
その声にどきりとして顔を上げると不敵な笑みを浮かべた天道が立っていた。
「あ、いや、気分が悪くてさ」
取り繕うように言った言葉に、天道は何も答えず、ただ俺の頭をそっと撫でた。
「ど、どうしたの?」
天道は既に俺に背を向けていて、その表情を知ることは出来ない。ただ、
「疲れた時は立ち止まって見るのも悪くない。今まで見えなかったものが見えるからな」
その声はどこか優しくて、
ずっと堪えていた感情が爆発しそうになる。
知ったような口をきくな、と叫ぼうとして、やめた。
だって、その言葉さえ、俺のものではなかったから。
俺には何もなく、何かを手にすることもなく。すっと、永遠に空っぽで。
なのに、こいつらは俺が欲しかった、欲しい何かを持っていて、手に入れられて。
俺とこいつらで何が違う?
だからその背に声を掛けた。
「ねえ、今日の放課後って時間あるかい?」
だから、壊してもいいだろう?
◆◆◆
ヴ、ヴーン。
ベルトを中心として六角形のパネルが展開され、天道の全身を包む鎧となった。
自身の背中で日景を庇いながら、天道は黒きゼクターを手に変身を終える。
「て、天道君?」
その変化を呆然と見ていた日景が我に帰り、恐る恐る黒き戦士に声を掛ける。
だが天道はその声に顧みることなく、告げた。
『下がっていろ』
━━ギチギチギチ!!
その言葉の直後、襲いかかってきたワームのシャベルのような巨大な腕と鈍く輝く黒い鎧に包まれた腕が交差した。
◆◆◆
ピコーン、ピコーン
試作機ゼロ号がZECTの研究棟の壁を突き破り、消息を絶ってから沈黙を保ち続けていた機材の一つがアラートを発した。
部屋に詰め込まれるように入っていた研究者達が半死体のような雰囲気から一変し、彼らの腫れた瞼がぐわっと持ち上げられた。
「ゼクターの信号波をキャッチ!」
「今度こそ逃がすなよ!発信源は?」
各々が配置につき、データの分析を開始する。
「……解析完了。天宮宮跡です」
「なぜあんな辺鄙なところで?」
「分からんが、とにかく周辺にいるドロイドを向かわせてこちらに映像を出せ」
「?!………。ゼクターの起動周波数確認!試作機0号のライダーシステムが起動しますッ!」
「バカな!いったいどうなっているんだ!危険すぎる、装着者が死ぬぞ!今すぐシステムをダウンさせろ!」
「駄目です。こちらからの操作を受付けません!」
「くそっ、こんなところで装着者を失う訳には……」
「いい。周辺に飛ばしているドロイドに現場の撮影に向かわせろ」
怒声が響き、混乱する研究室を冷徹な声で静まらせたのは細身でメガネを掛けた、如何にもインテリといった風の男。
「三島さん?!なぜこんな所に?」
「本部でもゼロ号のライダーシステムの起動を確認した。これは今後のぜクター開発の為の非常に有益な資料を得られる貴重な機会だ。我々ZECTは静観に徹する」
聞く者が震えるほど冷めた声でそう言った三島に、若い研究者が食ってかかる。
「ですが、資格者の命が!」
「人間はいくらでもいるが、現状ZECTが所有するぜクターは全くないだろうが。どちらに価値があるかは明白だ。………それにほら見てみろ、ぜクター無しではどうせ装着者も死ぬ」
部屋にいた全員がドロイドから中継されてきた映像に目を向ける。
そこにあったのは………
『はあっ!』
ガキィン!!
銀色の鎧を纏い、ワームと戦っているライダーの姿だった。
「ワーム………ッ!しかも成虫態か!」
「………まさか、ほんとうに、起動したのか……」
「そんなことより評議会はなぜあのワームを放置している!明らかに条約違反だろうが!」
「装着者は誰だ!ゼクターと通信して情報を洗え!」
「おいおい、一般人を庇っているぞ」
映像を見て紛糾する現場を三島が一喝した。
「黙れ!これからの指揮は会長補佐であるこの俺がとる。モニター班はライダーの戦闘データを採れ。研究班はぜクターのシステムと通信しシステムの支配権を取れ!」
その声に一瞬部屋が硬直した後、一斉に動き出す。
「カブトぜクター試作機で変身したライダーを以後ライダーゼロ号と呼称します」
「ゼロ号のライダーシステムの内部モニターとの通信に成功。システム回路が加熱しています。三番モニターに内部温度の変化をグラフで表示。……ゼロ号の予測戦闘可能時間、約15分」
『ハアッ!』
『ギギギィ……』
ワームの巨大な腕を掻い潜り、ゼロ号は攻撃を繰り出すが、ワームの堅牢な上半身にはダメージを与えられていない。
「……ゼロ号の戦闘可能時間、十分を切りました!」
「不味いな………。このままでは装着者がもたない」
劣勢に立つゼロ号を見て、不安そうな顔をする研究者達の中で、三島が立ち上がった。
「いいや、マスクドライダーシステムは未だその本領を発揮していない。ライダーシステムの真骨頂は第二ステージにある」
「第二、ステージ。ですか………?」
「ああ。よく見ておけ。アレが我々ZECTが創り上げた人類がワームに対抗する唯一の手段、マスクドライダーシステムだ」
モニターの中で、ゼロ号がゼクターのホーンを左に倒した。
━━━━C,C,,,Cast offffffffffffffffff……
◆◆◆
「ふっ……!」
天道にとって緩慢なワームの攻撃は、さほど脅威ではなかった。しかしその一方で、自身の体重の3倍ほどもある鎧を背負っているのはシステムの補助があるといえど体力を多く消費していた。
だが天道は第二ステージへの移行が出来ることを知っていて尚、鎧の姿━━マスクドフォームでの戦闘を選択した。
それは相手に己の手の内を見せずに相手の戦闘スタイルを観察する為。
ワームの巨体を潜り、人体での鳩尾に当たる部分を抜き手で貫いた。
「ギッ!」
━━戦闘データの収集完了。ライダーフォームへの移行を推奨。
同時に視界の隅にシステムがメッセージを表示した。
『……よし、行くぞ。キャストオフ』
黒き鎧にヒビが生じ、隙間から閃光が迸る。
その光をモニター越しに見ていた研究者達がどよめく。
「これがー?」
「ああ。出るぞ」
三島が頷き、椅子に深く座り直した時、研究室の扉が開かれ、ボサボサ頭の男が飛び込んできた。
「ダメだ!そのゼクターでキャストオフしてはならないッ!」
「……なに?」
三島がそれを聞き、目を細めるが既に遅い。
ゼロ号はカブトホーンを右に倒し終えた。
━━━C,C,,,Cast offffffffffffffffff……
マスクドフォームの装甲がワームに向かって吹き飛ぶ。
ぐしゃり。
それと同時に、装甲を吹き飛ばす力と同じ大きさの力がゼロ号に掛かり、内部へと押し潰した。
…………身の毛もよだつ、生々しい音がスピーカーから鳴り響いた。
◆◆◆
「ギ?!ぐおおおおオォ!」
パージされた装甲の幾つかがグリロタルパワームに激突し、ワームを吹き飛ばした。ワームは木を飛び越え、影に消えた。
「…………ガハッ」
しかしキャストオフによりゼロ号もまた、甚大な被害を受けていた。
基盤や回路が剥き出しとなった未完成のライダーフォームの装甲がばらばらと剥がれ落ち、血塗れの天道が地面に崩れ落ちる。
「天道くん!」
天道が吐血した血で地面がどす黒く染まる。後ろから天道を見守っていた日景が駆け寄る。血塗れの地面に構わず日景は地面に膝をつき、天道を抱き起こした。
「こんなに血が………。とにかく止血しないと」
震えながらも取り乱すことはせず、天道の全身を看た日景はしかし、途方に暮れた。息は荒く、全身に強い打撲の跡がある。喀血したのは折れた肋骨が肺に刺さったからかもしれない。一学生がなんとか出来るレベルではなかった。
その時、意識があるかどうかさえ危うい状況だった天道が、目をカッと見開くと自身に覆いかぶさるようにしていた日景を突き飛ばし、足で地面を蹴り上げ、勢いよく地面から立ち上がった。
直後、天道の正面1メートルほど先から巨大な根が大地を吹き飛ばすように生え、天道を切り裂いた。
「ぐっ!」
「天道くんッ!!」
『ハハハ。自分の技で自滅とか、笑えるなァ。足手纏いを庇いながら只の人間が何処までやれるのか、試させてもらうぜ?まあ、やめたくなったら何時でも言えよ?楽に殺してやるから、さッ!』
再び根が天道に向かう。否、それは根では無くワームの巨大な腕。
装甲に吹き飛ばされたワームが地面から天道に襲いかかっていたのだった。
ふらつきながらも天道が攻撃を躱すと、ワームはあっさりと地面に潜っていく。
その隙に天道に駆け寄った日景が天道の肩を組み、引っ張り上げた。
「今の内に………!きっと硬い地面があるところか、森の中に入ればそう簡単に地面からは出てこれないよ」
己にそう言い聞かせるように言った日景は周囲を見回し、拝殿の奥に、御神体である山へと続く道を見つけた。
「あそこなら……!」
じっと耳を澄まし、地面を抉る音が聞こえないことを確認すると、日景は出来るだけ音をたてずに、山へと向かい始めた。
ふと、天道が日景の耳元で何かを呟く。
「え?なんて……」
「よけろッ!」
天道が自身の体重を日景にかけ、押し倒すと二人がいた場所をワームの腕が掠めていった。恐らく天道が自分を倒していなかったら、自分は死んでいた。それを理解し、がたがたと震え始めた日景の手を握り、天道が言った。
「……お前がさっき言ったことは正しい。こんなところで戦っても勝機はない。このまま山に入るぞ」
よろめきながら立ち上がった天道は日景の腕を引っ張って立ち上がらせた。
二人が向かう先は何も見えない真っ暗闇。朧気に月明かりに照らされる道を二人でゆっくりと登っていく。
◆◆◆
「なんて事だ………。このままじゃ……」
『ぐッ!』
研究室のモニターにはふらつきながらも恐るべき直感でワームの攻撃を感知し、日景を庇う天道が映っていた。
「クソッ!このままじゃ本当に死ぬぞ!トルーパーズを現場に送れ!」
頭を掻きむしり、唾を飛び散らせながら研究者の一人が叫ぶと、三島と呼ばれた男がモニターをじっと見つめながら冷静に答えた。
「既に手配済みだ。……だが、どんなに急いでも間に合わないだろう。せめてゼクターとベルトだけでも回収出来ればいいが」
後半の発言は誰にも聞かれないよう呟いた三島だったが、前半の発言を聞いて多くの研究者が彼に非難の視線を浴びせた。
「ふん。事実を言っただけだろうが。それよりも、ワームの解析はどうなっている?」
悪びれることなく、眼鏡のブリッジを押し上げた三島は周囲の人間を睥睨して言った。
「……地面から奇襲を仕掛ける攻撃方法。土を退かすのに最適な腕。あのワームは恐らく、ケラの特徴を引き継いだ個体かと」
「なるほどな。………よし、以後あのワームをグリロタルパワームと呼称する。引き続きワームの解析を進めろ」
各人がそれぞれの作業に没頭する中、三島は椅子に深く腰掛けると、誰に言うでもなく呟いた。
「……だが妙だな。なぜあのワームは1度も………」
◆◆◆
地面から飛び出してきたワームの腕が咄嗟に日景を庇った天道の背中の肉を抉りとった。
地面に崩れ落ちた天道の血まみれの背中を見て、日景が声にならない悲鳴をあげる。
「もういい!もういいよ!そーじ君!やめて!私、もう誰かを犠牲にしてまで生きたくない!」
血が失われ、闇の中で青白く照らされる天道の手を握りしめ、日景が叫ぶ。その声に天道は意識を取り戻し、よろめきながら立ち上がった。俯いたまま日景に告げる。
「………馬鹿なことを……言うな。この世界、否。あらゆる世界に於いて、誰かの犠牲なしに成立する命などない。俺達は常に何かを喰らって生きている。誰かの犠牲の上に立っている」
「そんなのっ、とっくに知ってるよ!でもだったら、そんな命いらない!そんな生き方したくない!」
悲痛に叫ぶ日景を、天道は鋭く睨んだ。その眼光に気圧され黙る日景に言う。
「それが愚かだと言うんだ。俺達が誰かの犠牲の上に成り立つのなら!この命が今まで生きてきた者達に託されたものであるならば!そこにあった祈りを、願いを、ここで投げ出していい道理などないだろうが!」
その叫びを、耳障りは声が嘲笑った。
『何が『祈り』だ。そんなものある訳ないだろう!お前はただ、命を奪った理由を偽善で誤魔化しているだけだ』
その言葉に、天道は1度だけ強く目を瞑り、見開いた。そして日景の手を振りほどき、己の足で立ち上がった。
「……ああ、そうだ。これは独りよがりの理由づけだ。だが、己の定める道なくして、己を語ることは出来ない。己を示さずして他人を照らすことなど出来はしない。俺は天道。天の道を往く男。…………己の歩む道を以て、人の道を照らし出す。それが天の道」
冷たい夜風が天道の羽織っていたジャケットを翻し、彼の腰に巻かれていた銀色のベルトが顕になった。月夜に輝くベルトの横に左手を軽く添える。
「………だから日景、見ていろ。俺の、」
右手で空に円を書くように回し、斜め45度で止めた。そして、ワームが地表のコンクリートを割った瞬間、天道は叫んだ。
「…………変身!」
天道に飛びかかるワームの傍を黒い昆虫じみた機械が通り過ぎ、天道の手に収まる。
━━━Hennshinnn……
ベルトを中心に同心円状に正六角形のパネルが天道の全身を覆い、やがて銀色の鎧となった。
驚くワームだが空中では身動き出来ない。天道目掛けて落下してくるワームを、天道は鎧に包まれた拳でカウンターのように殴りつけた。
「や、やったのか…………?」
「………天道、くん?」
それを見ていた多くの人間が期待の眼差しをゼロ号へと向けるが、
しかし、ゼロ号は右腕を前に突き出したまま、立ちつくしていた。
「まずいッ!装着者の心拍数が急激に低下!内部レベルエマージェンシー!」
人々の願いも虚しく、やがて装甲に覆われたゼロ号の黄色いバイザーから輝きが失せ、灰色になった。
「あ、あああああああ…………ッ!!」
立ち尽くすゼロ号の前で崩れ落ちる日景に、ワームがゆっくりと這いよる。
『く、フ、あは。あははははははっ!カッコつけるだけつけて、ざまぁねえナァ!』
「な、ん、で?てんどうくん、なんでッ?!」
呆然とする日景の前に立ったワームが首を傾げる。
『はあ?そりゃ、お前のせいだろ』
「…………え?」
ワームの茶色く大きな複眼に涙で濡れる日景の顔が映る。
『いやいや、「え?」じゃねーよ。お前が、とっとと天道との繋がりを切っとけば俺はもう、お前らをどうこうする気はなかったんだぜ?あれも欲しい、これも欲しいで、欲張り過ぎたんだよ、テメーは』
巨大なオノみたいな腕が振り下ろされた。
━━━━ああ。その言葉は、遥か昔に聞いた気がする━━━━
『下らないな。馬鹿な女だ。現実世界で手に入れられなかったものを得ようとして、手に入れられず、挙句総てを失うとは。身の程を弁えておくべきだったな』
狂った殺人鬼が、私の大切な人をバラバラにして言った。今、その姿が現実でダブる。
罰、なのかな?あの日にあのヒトを犠牲にして生き残った私への。
『それでも、私は間違ってない』
━━━え?
『はあ?』
『簡単なことよ。本当に欲しいものなら手を伸ばし続けなきゃ。そうしなくちゃ手に入らないものがある』
体を小さくしていた私の前で、彼女はそう、胸を張った。
ボロボロになった彼女を抱き抱えた。
『なんでッ!私の方が役立たずなのに。貴女に、なんにもしてあげられなかったのに』
頬に柔らかい感触があった。そっと撫でられていた。
『………そんなことないわ。私はね、プレイヤー。貴女の姿が好きよ。私の後ろで祈るように杖を抱えている姿が。貴女が後ろに居たから、私は貴女の前にいれたんだもの。覚えていて、祈りって━━━━』
◆◆◆
一瞬浮かび上がった彼女の言葉に我に帰り、がむしゃらに地面を転がった。
ドゴォン!!
大地が揺れ、爆発音が響く。
『チッ!なんだよ諦めわりいなァ。どう足掻こうが、てめえは死ぬんだぜ?』
「………それでも、信じてる」
━━どくん。
恐怖で、心臓が必死にビートを刻む。それでも、前を見詰めて地面にしっかりと立つ。
『ハッ!信じてるぅ?自分で立ち上がらない者の言い訳を、綺麗に取り繕うなよ』
「……違うよ。信じるって、信仰って、自分の総てを、大切な何もかもを誰かに投げ出して、そこで蹲ることじゃない。思い出したんだ。やっと。私のココロの傷。そこに込めた祈りを」
「私はキミなんかに、媚びないし逃げ出さない。だって信じてるから」
━━どくん。どくん。
「私に出来ることは、これしかない。でも、ずっと昔に言ってくれたヒトが居たんだ。……だから私は、信じてる」
「立ち上がって。天道くん。キミの後ろにいる人達の為に」
『………チッ、わけわかんねえよ。つーか、この音なに?』
「……え?」
━━どくん。
また音がした。
これは自分の心臓が刻む音じゃない。これは━━
◆◆◆
「………天道総司、か。まあアレを二回も起動させたということはそれなりの実力はあったということか」
1度軽く目を瞑り、三島は眼鏡を外した。
「………三島さん」
沈痛な空気が研究室に立ち込める中、内部モニターを観察していた研究員が恐る恐るといった様子で、三島に話し掛けた。
「何だ?トルーパーズの出撃なら遅らせるぞ。今送っても無駄死にだ」
「いえ、そうではなく。……これって」
三島が研究員が震える指で指したモニターをのぞき込む。
「これは………」
そこには一定のリズムで刻まれるグラフが映っていた。しかも、その揺れ幅は徐々に大きくなっていく。
例えるならそう、心臓の拍動のように━━━
━━━どくん。
━━━どくん。
━━━どくん。
もはや無視できないくらいに大きく刻まれる鼓動が夜の神宮に鳴り響く。鼓動と共に行動を停止したゼロ号から熱波が放たれ、グリロタルパワームを仰け反らせた。
『ぐっ?!な、なにが』
『………ああ。その通りだ、日景。お婆ちゃんが言っていた。わが子を守る母親ほど強い生き物はいない。誰かが後ろにいるから、倒れそうでも立ち上がれるってな』
凄まじい熱を放つ再起動したゼロ号を見てうろたえたワームは地面に潜り、逃げ出した。
『お前の敗因は人間の強さの在処を間違えたことだ』
『キャストオフ』
ドッゴオオオォン!!!
グリロタルパワームが潜んでいた地面ごと、ワームは吹き飛ばされた。
痙攣しながら地面にぶつかったワームを、しかし、日景は最早認識していなかった。
何故なら、目の前の「彼」が余りに圧倒的だったから。
回路が剥き出しの黒い装甲が、鳴り響く鼓動と共に流した鮮血で染まっていく。
全身が
偉大なる王を彷彿とさせる巨大なホーンが展開され顔面の中央で固定される。
━━━━Change Beetle!!
1度は沈んだ太陽が、今再び昇り始める━━━━━
あと2話くらいで1章終了です。