宇佐木時麻の短編集   作:宇佐木時麻

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僕アカ 偽りの爆破2

(ほんと、どの口がほざいんてんだか……)

 

 放課後、もはや見慣れた通学路を歩きながらホームルーム中に緑谷に向けて発した自分の言葉を思い返しながら心の中で吐き棄てる。

 そもそも、そんな言葉を口にする資格など自分にはないのだから。ヒーローを目指していた本物の爆豪勝己ならともかく、ヒーローに憧れてもいない偽物の自分が言っていい言葉ではない。

 それなのに口にしてしまった自分に自己嫌悪して嘆息すると、俺が憑依する前から爆豪の友人だったクラスメイト達がふと話しかけてきた。

 

「しっかし、カツキも緑谷に対して正論言い過ぎじゃね? あれ絶対心ぽっきり折れてたって」

「そうそう、幼馴染なんだろお前ら。もうちょっと夢見させてもいいんじゃねえの?」

「あ?」

 

 半笑いで適当な事を言ってくるこいつらに、思わず眉間の皺が寄る。この肉体の影響か、少しでも苛立つだけで表面上にも出てくる癖は治そうとはしているのだが、中々治らないのが現状だった。

 表情が変わった事で俺が怒ったとでも思ったのか、二人は慌てて口を回す。

 

「い、いやいやだってそうだろ? あんなの適当に言やいいじゃんか! それなのにわざわざあんなこと言って自殺でもされたら、それこそカツキの内申点に響くだろ!?」

「そうそう! 俺達はおまえの心配してんだよ、なっ!?」

 

 元々の爆豪勝己の性格を知っているためか、慌てて言い訳を口にする二人に嘆息する。俺が本物の勝己ではない事を知られないために最低限の接触で済ませているため、バレてはいないが酷く恐れられていることには変わりない。

 まあ苛立ったらすぐ爆発させるような奴だし、そんな危険物が傍にいたら恐怖するのも仕方ないかと自分に納得させつつ、眉間に寄った皺を指でほぐしながら言う。

 

「あのな、生半可な覚悟でヒーローに成る方がアイツにとっても助けられる側にとっても不幸だろうが。憧れてるだけで、ろくに準備もしていないド素人が災害地に救助に来たとしても足を引っ張るのと同じようにな。第一、あの程度の正論で諦めるなら端からその程度の憧れだったってだけの話だろうが。本当になりたいなら、止まらねえだろ」

 

 そうだ、彼は緑谷出久なのだから。

 オールマイト(ヒーロー)に憧れ、誰よりも夢に焦がれ、努力し続ける主人公(ヒーロー)なのだから。

 俺なんかよりも、よっぽとヒーローの資格を持っているだろう。ヒーローに憧れを抱いていない俺なんかより数百倍も。

 

「……つか、なんだテメェ等。揃いもそろってそんな阿保面晒して」

 

 ふと我に返り友人達の方を見ると、何故か彼等はポカンと間抜けに口を開いて俺の方を見ていた。その様子に不思議がって声を掛ければ、彼等は少し恥ずかしそうに顔を背けてながら頬を掻いた。

 

「いや、なんつーか……カツキは本当にヒーローを目指してるんだなって思ってな。やっぱお前は凄ぇヤツだよ」

「普通さ、そこまで相手の事考えないぜ? やっぱかっちゃんは成れると思うぜ、凄ぇヒーローにさ」

「……なにこっ恥ずかしい事言ってやがる、馬鹿共が」

 

 彼等の憧憬に満ちた視線に耐えきれず、思わず顔を逸らしてしまう。それを見て照れているとでも思ったのか馴れ馴れしく肩を叩いてくる彼等に気づかれぬよう奥歯を噛んだ。

 

 ――違うんだ、俺はそんな大層な男じゃないんだよ。お前らがそんな憧れの視線を向けていいカッコいいヒーローなんかじゃないんだ。

 ヒーローを目指しているのは、あくまで贖罪。本当の爆豪勝己彼が歩むはずだった人生を奪った罪を償うために成ろうとしているだけ。自分の意志ではなく、ただ敷かれたレールの上を歩くことしかしていない。

 何もかも宙ぶらりん。まるで操り人形。そんな俺なんかに、お前達が憧憬を向けるなんて間違っている。

 

「ほんと、どの口がほざいんてんだか……」

 

 そんな何もかも無様な自分を嘲笑うように悪態を付いてふと顔を上げれば、前方に広がる景色にふと違和感を覚える。それと同時に、喉に骨が詰まったようなどうしようもない不快感が歩む足を停止させる。

 何だ、何を見落としている? いや、俺は何を忘れている――?

 朝の出来事、ヒーロー、雄英学園、物語の始まり、震えるマンホール。

 

 そして――溢れ出る泥。

 

「そうだ! もしカツキがヒーローになったら一番にサインくれよ! そしたら俺がお前のファン一号だって皆に自慢できるしよォッ!」

「あっ、ズリィぞ! 俺にもサインくれよ!」

「――逃げろ」

 

 二人が何かを話していたが、既に忘却の彼方。身体は条件反射の領域で二人の前に飛び出し、個性を発動。震えるマンホールから溢れた泥と爆発が激突するのは紙一重のタイミングでほぼ同時だった。

 

「は――?」

「え――?」

「チィ――ッ!」

「――ぼさっとしてんじゃねえ! とっとと逃げろ馬鹿共ッ!」

 

 声を荒げ、茫然とする二人を逃がすために叫ぶ。視線は爆発で発生した粉塵の向こう側、何かに当てた感覚にその存在を確信する。

 ああ、そうだ。何で忘れてんだ俺の馬鹿。今日は原作の始まり――泥男のヴィランに襲われる日だっただろうが!

 

「な、何やってんだよカツキ! そんな公共の場で個性を発動なんかさせたら駄目に決まってんだろ!?」

「そ、それに今誰かいなかったか!? はやく助けねえと……!」

「いい加減にしろよボケナス共! あれはヴィランだ、足手纏いだからとっとと逃げ――」

 

 あまりにも検討違いな事をほざくので思わず怒鳴りながら振り返って――ふと、視線があるものを捉える。

 それは道端にある排水溝。喚く二人の後ろにあったそれから泥が噴き出てくるのを。

 それを直視した瞬間、最悪の予感が浮かび二人の元へ駆ける。そしてその予感は、想像通り最悪の形で現実となった。

 

(糞ッ! 爆破して何処かへ逃げてもよかった。下水道へ逃げてくれればよかった。だがコイツ――道路の脇にある排水溝を通って俺以外を狙って来やがった!)

 

 確か、このヴィランはオールマイトに襲われて避難すべく器を探していたはずだ。乗っ取られた人間がどうなるのかは分からなかった。意識を奪うだけならまだいい、だがもしかすれば窒息死させてから死体を乗っ取っていた可能性も十分ありえる……!

 

「え、ひぃっ、た、たすけ――」

 

 背後から噴き出た泥に呑まれてようやく自分の現状を理解したのか、情けない悲鳴を漏らし泥を掻き分けながらこちらに救いの手を伸ばしてくる。

 爆破の個性を使えば、クラスメイトの彼まで巻き込んでしまう。だが見捨てることは出来ない。

 ならば、俺が選べる手段は一つしかなくて。

 

「クソッタレ……!」

 

 伸ばされた腕を掴み、強引に引き抜く。そして、踏ん張る足場がない以上自分と同体重並みの重さを動かせば反対に自分がそこへ突っ込むしかなく。

 

「――良い個性の、隠れミノ」

 

 それがヴィラン敵の狙いだと分かっていてもそれしか選べない自分の弱さに、悪態を吐くしか出来なかった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「はぁぁぁぁぁあああああああ~~~」

 

 肺どころかもはや全身の酸素を吐き出しているのではないかと思うほど深い溜息を吐くのは、緑谷出久。彼は今絶望のどん底にいた。

 

(やっぱり無理なのか……無個性でヒーローになるなんて……)

 

 ――憧れだけでヒーローになれるはずがねえだろうが。

 ――相応の現実も見なくてはな。

 

 今朝のホームルーム中での爆轟勝己の言葉と、偶然出会えたオールマイトから言われた宣告が頭の中でリフレインする。

 ……本当は分かっていたはずだ。無個性がヒーローになんてなれるはずがない事ぐらい。分かっていたから、必死に誤魔化してきたんじゃないか。

 見ないように、見ないように――って。

 

『おい見ろよ! 向こうで凄い騒ぎが起きてるぜ!? ひょっとして大物敵なんじゃね!』

『マジかよ、ちょっと見にいってみねぇ?』

『えー、危険じゃない?』

『大丈夫だって、すぐヒーローが片付けてくれるさ!』

 

 失意のどん底に沈んでいた意思が、周りの騒音に釣られつい足が騒動の中心へと向かっていく。諦めたというのに、それでも無意識に向かってしまう自分の愚かさに緑谷は自嘲の笑みを浮かべながらその現場を見た。

 その壮絶な現場を見て、絶句した。

 

「――えっ」

 

 そこにいたのは、泥のヴィラン。先程オールマイトによって倒されたはずの敵は、誰かの身体を乗っ取ろうとして暴れている。

 爆発する周囲。ヴィランを中心に爆発が連続し、被害が拡大しヒーローが近づけないでいる。かなりの距離が開いているのにも関わらず肌に突き刺さる熱気は、それほどまでの威力を表していた。

 緑谷が驚いたのは、そこに泥型のヴィランがいたからではない。その爆発は、緑谷出久にとってある意味忌々しく、同時に憧憬の証でもあったのだから。

 爆発が起き、粉塵に包まれていた姿が顕と化す。そこにいたのは身体中を泥に覆われ、それでもなお足掻く緑谷出久の憧れたヒーロー。

 

「――かっちゃん?」

 

 囚われていたのは、爆豪勝己だった。

 

「おおォオオオオオオオオ―――ッ!!」

 

 まるで獣の咆哮のような雄叫びが木霊し、爆発が連鎖する。

 雄叫びを上げられるのは、まだ爆豪勝己に抗う意志が残っているから。

 

(……凄い)

 

 一度、あの泥に呑まれた事がある緑谷だからこそ、それがどれほど困難なのか理解できる。

 苦しいはずだ、辛いはずだ。息も出来ず身体の支配権を徐々に奪われていくのは恐怖さえ覚えるはずだ。それなのに彼はまだ抗っている。

 そして、驚愕すべき点はそれだけではない。

 

 「ああァァァあああああああああああ―――ッ!!」

 

 稀に、爆豪の手のひらが此方に向けられることがある。しかし爆発する寸前、突如腕が明後日の方向に向き爆発が逸れている。

 それは即ち、彼が抗っている証拠。一般市民を巻き込まないように、今もヴィランに身体を乗っ取られかけているのにも関わらず誰かを守ろうとする精神力。

 そして、

 

『おい、救助できるヒーローはまだか!? あの子が捕まってからとうに七分も経過してるぞ! このままだとあの子供がタフだといっても限界だッ!』

(な、七分も……!?)

 

 ヒーロー達の会話の内容に思わずぎょっとする。数秒で限界だった緑谷にとってその数値はもはや規格外。

 

 やっぱりかっちゃんは凄い/やっぱり僕じゃ無理なんだ――

 

 憧れと絶望が同時に襲い掛かり、胸の奥にある何かに罅を入れていく。かつて夢と呼んでいたそれは、目の前の現実によって砕かれようとしていた。

 どうして、そこまで頑張れるのだろう。どうして、そこまで強くあれるのだろう。

 

(……ああ、そうか。僕がヒーローになれないのは、それがないからなのか)

 

 個性など関係ない。その思いこそがヒーローの証。その信念こそがヒーローの輝き。

 ああ、それはなんだったのだろうと――夢の残骸が砕け散る寸前、

 

 

 

 ――ふと、緑谷出久と爆豪勝己の視線が交わった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――苦しい。

 

 ――身体が、思う通りに動かない。

 

 ――意識が、反転する。

 

「ガぁぁぁああああああああああ―――ッ!!」

『はっハハハハ! 凄ぇ個性だ! これだけ力がありゃ奴に報復できる! 感謝するぜ少年っ!』

 

 泥型のヴィランに身体を乗っ取られてから、どれほどの時間が経過したのだろう。体感では数時間以上だが、おそらく現実は数十分すら至っていないのだろう。

 泥型のヴィランは、ある意味俺と相性最悪の相手だった。個性が泥になることなのかは分からないが、肉体を乗っ取る時にこのヴィランは肉体の支配権を奪っていく。

 そして、俺の個性『爆破』は手の平の汗をニトロような劇物に変えるもの。即ちその部分の支配権を奪われれば、強制的に個性を発動させることが出来てしまった。

 爆発を予知して、咄嗟にヒーローに向けられていた手の平を翻して向きを変える。爆発はヒーローや市民達の傍をギリギリ掠めていった。

 

(クソッ……もうほとんどの身体の支配権を奪われちまった)

 

 先ほどまで何とか肘から手までは動かせたのに、今では一瞬しか動かすことが出来なくなってしまっている。まるで全身を糸で雁字搦めにでもされたかのような。

 操り人形ってこんな気持ちなのかなと、思わず場違いな感想が頭に浮かぶ。けれどもはやそうやって現実逃避するぐらいしか今の俺に余地はなかった。

 

『しかし凄ぇな少年、俺にここまで乗っ取られておきながらそれでも意識を保ってる奴なんざ初めてみたぜ。まあ、俺に乗っ取られたのが運の尽きだったなぎゃハハハハ!』

「うる……せぇよボケがァああ! 舐めて、んじゃねえぞぉ……ォォッ!」

『その強がりもどこまで持つか見物だなぁおい』

 

 強がり、というヴィランの言葉は真実だった。

 もう、限界だ。今まで死に物狂いで堪えてきたが、そろそろ意識を保つのが困難と化してきている。むしろここまで耐えられたのが奇跡だろう。

 ああ、苦しい。辛い。何で俺がこんな目に――そんな泣き言が頭の中に浮かんでは消えて、抵抗する意志を奪っていく。

 やっぱり、俺はヒーローにはなれない。ヒーローだったらここで御都合主義染みた覚醒を起こしてきっと乗り越えられる。いや、きっとそもそも俺みたいに苦しいなんて考えすら浮かばないのだろう。

 誰かのためになんて、戦えない。

 俺は結局、徹頭徹尾己のためにしか生きれない塵屑なんだ。

 ごめんなさい。俺はやっぱり――

 

(誰か、助け――)

 

 そして。

 とうとう来た限界に、思わずヒーローとして最低な行為であろう誰かに頼ろうとして、

 

 

 

 ――ふと、目が合った。

 

 

 

「――――」

 

 居た。

 この世界の主人公(ヒーロー)が。

 身体を震わせて、涙を浮かべて、それでもなお――爆豪勝己()を信じる目で、俺を見ていた。

 

「―――ああ」

 

 こんな偽物でも、君は信じてくれるのか。失望するわけでもなく、それでも目標だと思ってくれるのか。

 俺なんかを――ヒーローだと言ってくれるのか。

 ならいいさ。なってやるよ。俺は俺のためにヒーローにはなれないけれど。君のライバルとして、君のいずれ超えるべき壁として。

 君の為に、ヒーローになってやる。

 

「呵々ッ」

 

 さあ、笑え。辛い時こそ笑ってみせろ。

 意地を張れ、見栄を張れ、気張ってみせろ、格好付けろ。

 男なら――辛い時こそ、痩せ我慢だろうが!

 

「おい、クソモブ共にクソヒーロー共ォ! 巻き添え喰らいたくなかったらとっとと離れろォ!」

『なっ、おまえ何を――』

「おい、クソヴィラン」

 

 俺の言葉に慌てるヴィランの言葉を遮り、獰猛に嗤う。持てる意志を駆使し右腕を下に向け、左手で固定して踏ん張る。ブチブチと何処かの筋が切れた音がしたが知ったことではない。

 だいだい、それ以上の痛みが来ると分かっているのだから。

 

「一つ、勝負といこうか」

 

 右手に集中していくのは、個性の発動の前兆。

 

「テメェが俺を乗っ取るのが先か、それともテメェが我慢できなくなるのが先か――」

『お、おまえまさか!?』

 

 泥男はようやく俺が何をしようとしたのか理解したのか慌てて俺の身体を止めようとするが、もう遅い。

 

「さあ――我慢比べと行こうじゃねえかァッ!!」

 

 個性発動――ゼロ距離爆発。

 刹那――圧倒的な熱量が全身に襲い掛かった。

 

「ガァァァああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?』

 

 激痛、激痛、激痛、激痛、激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛衝撃熱激痛激痛激痛激痛激痛焼却激痛激痛激痛激痛激痛熱激痛激痛激痛激痛激痛忘却激痛激痛激痛激痛激痛嚇怒激痛激痛激痛激痛激痛―――!!

 

 至近距離、などという言葉すら生温い。これは言うなれば直撃だ。他者に向けられた一撃ではなく自分の内側に向けられた爆発は俺自身と、俺の身体を乗っ取るために覆っていた泥型のヴィランに深刻な被害をもたらしていた。

 

『お、お前正気かぁ!? 自分に向けてそんな威力ぶっ放すなんて自殺行為だろうが!』

「第二弾、装填……」

『あ、おい待て、ふざけ――』

「――発射(バースト)ォッ!!」

 

 再度、爆発。

 再び自分とヴィランの口から溢れる咆哮と悲鳴が木霊し爆発にかき消される。正直、ヴィランが何かを言っていた気がするが、強烈な爆発音で既に耳がイカれてしまっていた。

 否、耳だけではない。超至近距離で爆破した熱量は容赦なく身体の内側を攻め巡り、血流はマグマのよう。眼球も爆発の影響で実は目ん玉から飛び出たのではないのかと、もはやほとんど映らない。

 それでもと、腕を掴む僅かな感触を頼りに、奥歯を噛み砕く勢いで歯を食いしばり次の衝撃に備える。

 

「第三弾、装填――発射(バースト)ォッ!!」

 

 再度爆発。続いて第四、第五、第六と連続して爆発が起き、肉の灼ける匂いがほとんど機能を失った嗅覚に訴えかけてくる。

 見なくても分かる。きっと俺の腕は酷い火傷の痕があるのだろう。いや、そもそもくっついていることさえ僥倖か。

 それでも、負ける訳にはいかない。折れた奥歯を吐き棄てて、再度爆発させようとして、

 

『ふ、ふざけんじゃねえ! 付き合ってられるかァああ!!』

 

 ――ふと、身体の拘束が解けたのを感じた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――ヤバいヤバいヤバい!!

 

 泥型のヴィランは現在、混乱の極致にいた。

 運が無かったといえばその通りだろう。No.1ヒーローであるオールマイトが偶然この街に現れるなんて、しかも自分とばったり遭遇するなんて最悪の一言だった。

 だが、それでも運が回ってきたと思っていたのだ。捕まったあと小瓶の中に収容されたが、オールマイトが救出した一般人が彼にしがみ付いてくれたお蔭で自分が入った小瓶を落としてくれて、しかもそこに偶然強力な個性を持った学生が通ってくれるなんて、それこそ奇跡としか言いようがなかった。

 だから付いていると思っていたのだ。つい先ほどまでは。

 

――ふざけんな! ありえねえだろ普通!? どんな頭の神経してんだよあの餓鬼ィ!?

 

 身体を乗っ取るのに数分も掛かるなんて初めてだったが、それでも勝利を確信していた。いずれ力尽きて身体を奪いさえすればこちらの物だと思っていたというのに。

 

 ――普通、脱出するためにあんな高威力で自爆するかァ!?

 

 爆発の衝撃で飛び散った泥を僅かに集めながらヴィランは狂ったように心中で絶叫する。

 理屈は分かる。泥型のヴィランにとって最も相性が悪いのは自らである泥を吹き飛ばせるほどのパワーを持った存在だ。

 オールマイトのような、殴った風圧で泥をバラバラに吹き飛ばされれば存在を無力化されてしまう。だからこそ、自分を中心に周囲を爆破させる彼の個性は抜群の相性だった。

 だが、その相性差は。少年の蛮勇によって覆された。

 並大抵のヒーローでさえできない自己犠牲。その極致を見たヴィランにとって爆豪はもはや狂人そのものだった。本来ならば人混みに紛れて脱出するのがベストなのだろうが、そんな冷静な思考など浮かぶはずもなく、ただ眼前の狂人から少しでも遠くに逃げるためにヴィランは人混みから離れた場所へ逃走する。

 だが、声が、聞こえた。

 

「逃が……すかよォ……ッ!!」

 

 ――なァッ!? 嘘だろ、まだ動けるのかよ!!

 

 砂利を踏む音と共に狂人の声がヴィランの鼓膜を震わせ思わず振り返る。それと同時に安堵の笑みを浮かべた。

 爆豪は確かにまだ動けた。しかしそれまでの爆発のダメージが無かった事にされた訳ではない。衝撃は確かに彼の身体に蓄積し、爆豪は意識を保つのが精一杯で視界もほとんど見えていなかった。

 その様子を見て、ヴィランは安堵してしまった。即ち緊張の糸が切れてしまった。ゆえに、

 

「かっちゃん!」

 

 聞えてきた第三者の声と、顔面にもろに浴びせられた消火器の粉はまさに寝起きに水を浴びせられたようにヴィランの冷静さを一瞬で沸騰させた。

 しかもその相手が、あの時自分が乗っ取るつもりだったただの餓鬼だったと理解すれば、もはやその嚇怒は我を忘れさせるほどであり―――

 まさに、致命的な失敗だった。

 

「こ、このクソガキィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「かっちゃん!」

 

 意識の断裂が続く中、声が微かに聞こえた。

 立っているはずなのに重心がおぼつかず、視界はどれほど見据えても微かな景色しか見えない。

 起きているのか、眠っているのか。立っているのか、倒れているのか。ただ、その声だけは何故かイカれた耳でも聞こえた。

 

「デク……か? 何しに来やがった、無個性のテメェが……」

「分からない、分からないよ。自分でもどうして此処に来たのかさっぱり分からない。でもだけど!」

 

 ほとんど聞こえなくなった聴覚でも分かるほどその声は震えていて、それなのにその声は強い輝きを秘めていて。

 

 

 

「君が! 助けを求める顔をしてたからッ!!」

 

 

 

 その理由は、やはりヒーローだった。

 

「……く、ハハハ」

 

 ああ、それでこそ緑谷出久(ヒーロー)だ。それでこそ正義の後継者(ヒーロー)だ。

 ならば、今度は俺が証明する番だろう。

 

「なら、助けろよデク。――敵は、何処にいる?」

 

 俺は、君が憧れるようなヒーローではないけれど。

 それでも、君が憧憬を向けるに相応しいヒーローとして意地を張ろう。

 驚愕は一瞬、だが瞬時に状況を判断し、彼は叫んだ。

 

「二時の方向、距離約十七メートル! 周囲に民間人及び障害物無し!!」

『こ、このクソガキィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!』

 

 イカれた三角器官がまるであらぬ方向からヴィランの雄叫びを木霊させる中、照準を指示された場所に定める。まるで砲身のように右腕を突き出し左手で固定して、現状放てる最大火力の必殺技を解放する。

 ――その刹那。

 

「――上出来だ、出久(いずく)

「――え?」

 

 呟きは、きっと爆音にかき消されたのだろう。

 

 

 

「―――灰燼滅却・超新星(ハイパーノヴァ・フルドライブ)!!」

 

 

 

 瞬間、総てを焼き尽くすような爆発が周囲に轟いた。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ――事件後。

 当然のように俺はその後病院に緊急搬送されて入院を決定付けられた。もはや全身をグルグルに包帯巻きにされて医師の人曰くもう少し酷ければ腕を切り落とす事になっていたらしい。

 全治一ヵ月と言われた俺は、当然の如くその知らせを受けて駆け付けた両親に説教を受ける羽目に。爆豪母は容赦なくプロレス技を仕掛けて来るし、爆豪父は珍しく本気で怒り拳骨を貰い受けた。

 そのあと、知らせを聞いたクラスメイト達が一斉に駆け付けて何やら好きな物を置いていくは包帯に寄せ書きの如く好きなように書かれるなど散々な目にあった。

 そして、事件から一週間後。ようやく人気が消えた病院の個室で、俺は窓の外を眺めていた。

 否、正確に言うならば――三十分近く扉の前で開けるかどうか悩む彼を待ち続けていた。

 

「……おい、テメェはいつまで悩んでんだ」

「うわあっ!? き、気づいてたの!?」

 

 俺の声に反応して慌てて入って来た少年に、俺は窓の外を眺めながら嘆息を吐く。

 

「つーか、あんだけ扉の前でぶつぶつ声が聞こえたら分かんだろうが。新手の嫌がらせか何かだと思ったぞ」

「ち、違うよ!? そんなつもりじゃないからね!!」

「はいはい、分かったよ」

 

 適当に返事を返して、ようやく視線を窓から外して入ってきた少年を見る。少年――緑谷出久は緊張した眼差しでこちらを見ていた。

 

「それで、何の用だ。今更面会に来た訳じゃねえんだろ?」

「……うん。今日は、君に言いたい事があって来たんだ」

 

真剣な表情に口を閉ざし続きを促す。彼は緊張を解すように何度か深呼吸を繰り返した後、真っ直ぐこちらの瞳を見据えて、告げた。

 

 

 

「――僕は、ヒーローになるよ」

 

 

 

 それは、誓いの言葉。その思いを嘘にしないための、自分の魂に向けられた契約。

 

「かっちゃんは僕の憧れだから。君を本当に凄いと思っているから。君に追い付きたいって……いいや違う。君に、勝ちたいんだ」

 

 その瞳は、俺には眩しくて。

 その誓いは、俺には尊すぎて。

 それでも――俺には、それと向き合う義務があった。

 

「……呵々ッ」

 

 だから、嗤え。悪童のように、傲岸不遜、大胆不敵に。

 

「俺に勝ちたいだと? なら、精々精進することだな。言っておくが、俺はこんなんじゃ満足しねぇぞ。精々置いて行かれないようにするんだな」

 

 俺は本物の爆豪勝己にはなれないけれど。

 

「まあ――待っててやるから、さっさと来いよ、デク」

 

 本物の爆豪勝己の贖罪のために。

 ライバルとして緑谷出久のために。

 

 ――ヒーローに、なるんだ。

 

 伸ばした火傷が軽傷な左腕を見て、俺が求めている事を察したのか、緑谷は気恥ずかしそうに近づいて拳を寄せる。

 そして、コツンとぶつかる音は、まるで鐘のように心地良く響き渡るのだった。

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