宇佐木時麻の短編集   作:宇佐木時麻

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ブラボ 血の女王の約束

 ――果たして、どれほどの月日が流れたのだろうか。

 

 窓の外で吹き荒れる吹雪を玉座に腰掛けながら、幾度思い描いたか分からない思考に浸る。景色の変わらない光景は、時間の流れから切り離されたようにただ繰り返されるのみ。

 この玉座に付いてから、どれだけの夜が明けたのだろう。仮面越しに見る過去(世界)は、まるで雪景色のように総て色褪せていく。

 始まりはどこだったか。きっとその始まりこそが、総ての過ちの起源なのだろう。

 

 我が一族の血は、穢れていた。

 私が生まれてくるよりも昔から、我が一族には呪いのようにある悲願が存在した。

 

“――我ら血の赤子を抱かん。”

 

 誰の言葉なのか一族の誰も知らないほど遠い我らが祖先。その願いを叶えるために、我らは禁忌を侵し続けた。

 狩人を狩り、その血に宿りし『穢れ』を啜り、また新たな穢れを求める。その姿はさながら獣のようで、いつかきっとその罰が降るのだろうと思っていた。

 そしてその日は、唐突に訪れた。

 我らが城に突如現れたのは、奇妙な金色の三角兜を被り白の聖布を厚く垂らした装束を着込んだ集団。その姿には見覚えがあった。

 殉教者ローゲリウスが率いる教会の狩人、通称『処刑隊』。カインハーストの血族を狙っていると噂されていた彼等は、背に背負っていた車輪のような木製の得物を構えると、我々に対し襲撃してきた。

 応戦したが、彼等の猛攻は凄まじかった。騎士である従僕たちは首を割かれ、或いは車輪に肉片になるまで撲殺され、近衛騎士たちさえも鏖にされていった。

 当然、私達を守る騎士達が居なくなればその矛先は貴族である我々に向かい、蹂躙が始まった。

 泣き叫ぶ絶叫、怒号、噴出する血の放流。生き延びるために必死にのがれようとする貴族を、処刑隊の面々はただ機械的に淡々と処刑していく。

 そして、その中には当然私もいて。

 一族の中で最後に生まれ最も幼かった私の前に、処刑隊の長であったローゲリウスが得物である車輪を振り上げる。

 せめて苦しまずに送ってやろう――そんな慈悲の込められた言葉と共に回転する車輪は私に叩き付けられ、身体の一部が引き離されるのを感じながら意識を失い――

 

 それでも、私は死ななかった。

 

 内臓は潰れ、血は明らかに出血死の量を超え、夥しい肉片を撒き散らいているのにも関わらず、何故か死なない。否、死ねない。

 他の処刑隊の面々が引き上げ、一人祈りを捧げていたローゲリウスに起き上がった所を見れら、驚きながら私を観察した彼は、驚くべき真実を告げた。

 どうやら私は、一族の中で最も始まりの血の女王に近い身体らしい。東方では“先祖還り”と言われており、そのせいで私は限りなく不死身に近いらしい。

 ならばまた私を殺すのかと、彼に尋ねた。ローゲリウス率いる処刑隊が我が一族カインハーストに襲撃してきたのは、我が一族を根絶やしにするためだ。なら一人でも生き残りがいる限り、彼らの目的は達成されない。

 不死者を殺すには、殺し続けるしかない。ならば私は如何な目にあうのか。果たして私は正気でいられるのか。震える声音を必死に抑え貴族として誇り高くあろうと強がる私に対し、ローゲリウスはある契約を持ちかけてきた。

 私を殺さない代わりに、我が一族の者が二度と増えぬよう楔としてこの城に永劫留まる事。そして、その番人として自らが残るというもの。

 それは、彼にとって今まで積み上げてきた名誉を捨てるようなもので。

 私以外にメリットがないその契約を告げてきた彼の目は、先ほどまでとは違い慈愛と憐憫に満ちていた。

 それは偽善と呼ばれるものなのかもしれない。それでも、私はそれに救われたのだ。

 

 何処がいいと、永劫囚われる場所を訪ねてきたローゲリウスに対し、私はある場所を告げる。

 そこは、城の最奥。本来ならば血の女王が座りし玉座。

 もはや一族は誰も居ない――自らを除いて。

 ならば、私がここにいるしかあるまい。末端でしかなく、資格がないとしても。それでも――私はカインハーストの血の女王なのだから。

 

 そうして、永い永い月日が流れ――

 

『……貴様は、何者だ?』

『――貴公、不敬であるぞ。ここは人無きとて、玉座の間。故なくばそのまま立ち去り、あるいは、我が前に跪くがよい』

 

 ――“彼”が、この地にやって来た。

 

「フフフ、あの馬鹿者め、また戻りたまえよと言ったはずなのだがなぁ……」

 

 思い出すは、新たな血族となった我が同胞。狩人衣装に身を包み、片目を銀色の髪で隠した彼が何を思い血族となったのか、唯一見えた紅い眸を伺ってもなお理解できなかった。

 それでも、彼は実によく貢献してくれた。何か目的があったのかもしれない。それでも彼は我が一族の悲願を訊くと、何度も穢れを持って足を運んできた。時には寂しくないかと側に寄ろうとしたので、女王として諫めたがその心意気が心底冷たい心に温かく染み渡った。

 思えば、その頃から彼に惹かれていたのかもしれない。何せ異性と親しくするなど、一族の者以来であり、年頃の殿方と触れ合うなど一度もなかったのだから。

 

 ああ、だから良かった――あの時、差し出されたあの指輪を受け取らなくて。

 

 何度目かのある日。穢れを差し出す彼はふとある者も差し出してきた。

 それは、かつて一族の者から教わったもの。婚姻の指輪と呼ばれる上位者と呼ばれる人ならぬ何者かが特別な意味を込めた物。

 それを直視した時、心が躍った。気恥ずかしさと嬉しさが混ざり合い、何と表現すればいいのか分からない喜びが確かに存在した。

 だが、それと同時に気付いてしまった。

 私の身体は――彼に対し、何の感情も抱いていないのだと。

 人としての心と、血の女王としての身体。二つの思いは相反し、決して結びつくことはない。

 我が一族の悲願が、思いさえも塗り潰す。

 

“――我ら血の赤子を抱かん。”

 

 ゆえに、私は人ならざる者しか愛する事ができないのだと、ようやく気づけた。

 

『…やめておきたまえ。今はよい、だが我が伴侶となるのであればおぞましい未来を見るだろう。貴公、私は貴公が大事だ。もう、失いたくはないのだよ…』

 

 人と幾ら交わろうと、きっと生まれてくる赤子は正常ではない。

 一族の悲願を果たすまで、この呪いは決して解けることはない。

 だからこそ彼を突き放した。愛するがゆえに、手放したのだ。

 ……しかし、稀に思う時がある。

 もしもあの時、私があの指輪を受け取っていたならば。彼は今も、私の傍にいてくれただろうか――?

 

「……意味のない想像だ。奴はもう、いないのだから」

 

 そっと撫でていた薬指から手を離し、瞼を閉じる。

私は血の女王。最後の血族。ゆえに待ち続けよう。いずれ現れる者を――

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 果たして、どれほどの月日が経ったのか。

 眠りに付いていた意識を覚ましたのは、冷たい城に響く足音だった。

 ああ、また新たな人間がやって来たのかと。いつもの常套句を言おうと口を開き、

 

 

 

 ―――ふと、懐かしい月の香りがした。

 

 

 

「――――」

 

 声が、出ない。懐かしさに、まるであの日にでも戻って来たような。

 コツコツと鳴る足音が外の景色のように凍り付いた心を優しく溶かしていく。

 分からない感情が、衝動が、全身を隈なく突き刺していき――その姿を眼にした瞬間、()()()()()()()()()

 

「久しいな、アンナリーゼ」

 

 それは、まるであの日をやり直したように、嘗ての姿だった。

 狩人衣装を着込み、腰にはノコギリ鉈と獣狩りの散弾銃。右眼は銀色の髪に隠され、見える左目は紅く爛々と輝いている。

 嘗てと同じ姿。本来ならば懐かしむはずの彼の姿を見た瞬間、今まででは感じたこともない衝動が身体の中を駆け巡る。

 

 ――子宮が、熱い。

 ――強く、壊れるほどに抱きしめて欲しい。

 ――彼に、愛されたい。

 

 それは、身体の絶叫。今まで一度も感じたこともなかったそれは、(血肉)の咆哮だった。

 嘗てのように、狩人は足下まで近づくと跪き、簡易拝謁の構えを取る。その姿に思わず立たせて抱き付いてしまいたくなる衝動を女王の意地として必死に抑えながら、震える声音で問い掛ける。

 

「……随分と遅かったではないか、我が血族よ。当の昔に忘れてしまったと思っていたぞ」

「俺としても、ここまで時間が掛かるとは思ってなくてな。まったく幼少期がこれ程掛かるなんて計算違いだったさ」

 

 そう言って肩を竦める様子は、何度無礼と言っても訊かなかった彼そのもの。

 だが分かる。彼は嘗ての彼ではないことを。そもそも――外の世界で数世紀もの時間が過ぎているのにも関わらず自分と同じように姿が変わらないのは有り得ない。

 

「一つ、尋ねたい。――貴公は、()()?」

 

 その言葉に、狩人は狩人の帽子を脱ぐ。押さえつけられていた銀髪がズレ、隠れて見えなかった右眼が顕となる。その瞳の奥を見て――呼吸が、止まった。

 

「ずっと、考えていた。あの時、俺に足りなかったものは何か」

 

 跪いていた狩人は立ち上がり、玉座へと歩いてくる。だがそれを静止することが出来ない。ただ、瞳の奥を覗かずにはいられない。

 

「考えて、考えて、考えて――俺も、それになればいいと気づいた。月の魔物を斃すためにもならざる負えなかったからな」

 

 瞳の奥に広がる宇宙に、彼が何になったのかを悟る。そしてどうしてこんなにもこの身体が疼くのかも。

 伸ばされた手が兜に触れる。それを不敬とは思わない。何故なら、彼こそが私よりも優れた存在なのだから。

 

「だから、改めて言おう、アンナリーゼ」

 

 血によって人となり、人を超え――

 

 

 

「――お前を愛している。だから、()の赤子を抱いてくれ」

 

 

 

 上位者へと、至ったのだ。

 その言葉に、人の心も、カインハーストの血さえも逆らえない。待ち望んだ瞬間に、ただ歓喜しか存在しない。

 

「――ああ、私でいいのなら」

 

 顔を覆っていた兜が脱がされ、女王の仮面も剥される。ここにいるの一人の女。愛する者をようやく見つけられたただの人間だけだった。

 薬指にかつての指輪が嵌められ、まるで今までの時間を取り戻すように長く深い接吻が重ねられる。

 その光景を、ただ窓の外に浮かぶ赤い月だけが見ていた――

 

“――我ら血の赤子を抱かん。”

 

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