宇佐木時麻の短編集   作:宇佐木時麻

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ペルソナ5 前歴持ちで屋根裏に住んでるゴミが探偵だったら2

『僕は明智吾郎。君の名前は?』

『――雨宮蓮』

 

 初めてその名前を訊いた時、胸を横切ったのは遠く忘れていた鈍い痛みだった。

 その名前は彼の口から聞く前から何度も聞かされていた。世話の掛かる奴だと。だけど何処かお前と似ていると――師からの電話で何度も耳にした名前だった。

 

 僕が探偵になったのは些細なきっかけであり、同時に運命の悪戯としか言いようがない出逢いだった。

 幼い頃、母は早くもこの世を去り、愛人関係だったばかりに何処にも預ける先がなく僕は道端で次は自分の番を待つしか術が無かった。

 世の中は残酷だ。大人は捨て子など見て見ぬ振りで、誰かが助けてくれるはずがない。そんな不条理に僕はただ曖昧になっていく意識の中で死を待ち続けた。

 そんな中、この世の中では少し変わった男に声を掛けられた。

 

『どうした坊主、帰る場所がねえのか?』

 

 それこそが僕が探偵となったきっかけ――探偵の師となる鳴海荘吉との出逢いだった。

 恐らく僕が蹲っていた場所が彼の事務所の入り口だったから声を掛けたのだろう。それだけならば適当に路地裏にでも転がすか孤児院にでも引き渡すのが普通だろう。しかし荘吉さんは奇妙なことに、僕を弟子として事務所で面倒を見るようになった。

 

『俺にもお前さんくらいの娘がいてな。どうにも放っておけなかった』

 

 帽子を深く被り直しながら言う言葉は何処か暖かく、知っているはずの大人たちとは何処か違っていた。

 そこからの十数年はまさに夢のようだった。少しでも認められたくて必死に努力し、研鑽を積み大人たちに自分を証明したかった。

 その度に荘吉さんには『お前は少しは肩の力を抜け。何事も全力じゃすぐ切れちまうぞ』と忠告を受けた。本当は分かっていた、あの人の背中を見る度に自分が餓鬼なのだと痛感した。

 けれど、それでも少しでも早く近づきたかったんだ――ここまで育ててくれた、恩返しを。

 

 その夢が壊れたのは、結局は自分が引き金だった。

 探偵助手を続けていく中で僕はずっとある調べものをしていた。長年追い続けてきた真実――僕の父、母を捨てた男の正体を。

 ”獅童正義”――その真実に辿り着いてしまった時、僕の胸にあったのは復讐の二文字だけだった。

 鳴海探偵事務所で多くの出逢いがあった。多くの人と関わり、色んな人を知った。この世界には美しいものも在るのだと、理解したはずなのに。

 

 それでも、僕は裏切った。

 全てを裏切り――人を、殺した。

 

 ペルソナという力。強く歪んだ心を持つ者の歪んだ認知が具現化した異世界の宮殿、パレス。人の集合的無意識が形成した大衆のパレスとも言うべき存在、メメントス。

 人為らざる”特別”な力に気付き、あの男に売り込んだ。あの屑ならば喜んで利用するだろう。廃人化という証拠もなく邪魔な連中を排除できる手段。

 だがそれは。僕が直接殺すという事に他ならず――探偵として、絶対にしてはならない罪だった。

 

 それで立ち止まれば良かったのだ。

 自分を捨てた男のことなど忘れて、今の自分を受け入れて生きていけば良かった。

 ”獅童五郎”などという名前に、何の価値もないのだと。

 そう思えば良かったのに――

 

『先生、今までお世話になりました。この御恩は一生忘れません』

 

 結局、僕もあの男同様同じ穴の狢でしかなく、誰かのためではなく自分のためにしか生きられない屑だったという訳だ。

 だから。

 

『吾郎、忘れるなよ。お前が何処へ往こうと――お前は俺の自慢の弟子だ』

 

 ”先生”にそう言われた時、心底胸が痛んだ。

 

 

 

 それから。獅童の企みに乗り『高校生探偵』としての顔を売り始めた。

 数々の難事件を解決できるのは当然だ。なにせ自分で仕組んだことなのだから、解けない道理がない。有名になればなるほど、他人に認められれば認められるほど胸が苦しくなる。

 いつの間にか顔に張り付いた笑顔が剝がれない。本当の笑顔がどうだったのか、もはや自分でも分からない。

 何もかもが嘘、虚構。”明智吾郎”という仮面が、”獅童吾郎”という存在は無価値なのだと嘲っているかのように錯覚する。

 そんな中、唯一明智吾郎という仮面ではなく本当の自分に戻れる荘吉さんとの電話で、変化が生じた。

 新しい弟子を取った、名前は雨宮蓮という――そんな言葉を訊いて、何処かで罅が割れる音が聞こえた。

 何処か昔のお前と似ていて放っておけなかったという苦笑いする声に曖昧に相槌を打つ。胸の奥から吹き荒れるこの慟哭は、居場所を奪われた嫉妬の悲鳴なのだろう。

 唯一僕が僕で居られた先生の弟子という居場所。それを捨てたのは紛れもなく僕自身だ。けれど、あの男と同じように、理性では間違っていると分かっていても心がそれを許せなかった。

 だから、きっとその時から運命は決まっていたんだ。

 どんな結末を辿ろうと、僕と彼は、ぶつかり合う未来しかないと。

 だから――

 

 

 

「やっぱり馬鹿は……お前らだ。見捨てて行けば、良かったのに……」

 

 壁となったシェルター越しに自嘲する。力のほとんどを使い果たし、もはや言葉を口にするのも限界に近い。それでも、伝えないと。

 

「コイツら相手に……今の俺を抱えてちゃ、全滅だろうが」

 

 ほんと、お人好し共が珍しく集まったものだ。こんな罪人さえも救おうとするなんて、馬鹿ばっかりだ。ついさっきまで殺そうとしてきた奴さえ、助けようとするなんてさ。

 

「明智!」

 

 そんなお人好し集団の中でも一段と荒げた声でシェルターを叩く馬鹿がいる。

 ……本当に、こればかりは先生も節穴としか言いようがない。こんな奴と僕が似ているなんて大概にして欲しい。

 

 一人を選んだ僕。

 仲間と共に歩んだ彼。

 

 誰かを傷付け続けてきた僕。

 誰かを助けようとしてきた彼。

 

 罪人の僕。

 英雄の彼。

 

 そして――凡人の僕と、特別な彼。

 

 こんなに違いを見せ付けられて、本当にウンザリしているのだから。

 だから、最後くらい自棄になってもいいだろう。

 最後くらい……獅童正義の人形”明智吾郎”としてじゃなく、鳴海荘吉の一番弟子”獅童吾郎”として言わせてくれ。

 

「本当に、お前は甘いな……そんなんだから、半熟卵(ハーフボイルド)なんて笑われるんだよ」

「その、言い方……まさか!」

「前々から言いたかったんだけどさ。その帽子、全然似合ってないよ。僕の方がまだ似合うんじゃないかい?」

 

 少なくとも、弟弟子よりは似合ってる自信はある。だってほら、僕の方がイケメンだし。

 

「探偵見習い、依頼だ。まさか、鳴海荘吉の弟子が断わったり……しない、よな……?」

 

 あの人は依頼主には心意であった。少なくともあの人の弟子を名乗るのならば、それを信条にしているはずだ。

 

「本当は、本当に……お前なんかに頼みたくないけれど……獅童を……改心、させろ……俺の代わりに、罪を終わりに……」

 

 ――頼む。

 

 その返答は、忌々しいほどにはっきりと。

 

「――約束する」

 

 不思議なくらい、安心してしまったから。

 思わず、零すはずのない笑みが漏れてしまった。

 

(ああ、それなら――もう、大丈夫だな)

 

 未練はない、後悔はあるがそれも時期に片付くだろう。

 だから安心して、鏡合わせのようにこちらに拳銃を向けるもう一人の自分の銃を向けた。

 獅童正義の認知の自分。あの男が思い描く明智吾郎。

 

「最後の相手が『人形だった俺自身』か……」

 

 それは、自分があの日本当に乗り越えなくてはならなかった敵であり――

 

「ハッ――悪くない」

 

 二つの銃声が木霊し、ようやく全てが終わったのだと目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 ――落ちていく。

 それが罪人に与えられた罰なのか、曖昧な意識でただ落下していく不快感を味わいながら待ち続ける。

 此処が死後の世界なのか。だとしたら罪人は永遠に救われぬ時を過ごせという啓示なのか。

 変化のない落下の中ではつい考えてしまう。あいつらは無事依頼を果たせたのか。全てを終わらせられたのか……。

 

「まあ、今更僕には関係のない話か」

 

 そう呟いて、再び思考を閉ざそうとして、

 

《ならば直接貴方自身の目で確認してみればよろしいかと、もう一人のトリックスターよ》

 

 ふと、老人のような声が頭の中に直接響き――視界が反転した。

 

 落下は止まり、流星の如く流れていた暗闇の中に浮かぶ光は満ち溢れ、闇は消え去り白い「無」の空間が顕となった。

 何もない、と思った瞬間。突如風が吹き荒れ何かが接近してくるのを知らせてくる。まるで雪崩のように、地平線の彼方から現れたのは無数の書架。それも何もなかったはずの空間を埋め尽くすほどの膨大な量。

 あまりの光景に絶句し――だけど同時に、これが何なのかハッキリと理解した。

 

 ここはペルソナと同じ人々の集合的無意識の奥底――全ての知識が存在する空間。

 名づけるならば、

 

地球(ほし)の……本棚……?」

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

 獅童正義。この国を支配せんと企む男の欲望は、文字通り他のシャドウとは桁違いの力を秘めていた。

 

「温いわァ――!」

 

 獅童の拳がジョーカーの腹に激突する。重く鋭い一撃はジョーカーを軽々しく吹き飛ばし、その一撃は彼の腰に巻かれていたベルトが砕け散り、ジョーカーの姿はスーツを纏った姿から普段の怪盗のコスチュームに戻ってしまった。

 

「ジョーカー!?」

「嘘だろ……ここまで、桁外れなのかよ……ッ!」

 

 その圧倒的な力の前に、ジョーカー以外のメンバー全員が地に伏していた。

 次元が違う。これはシャドウだけの力ではない、他に別の――

 

「フン、『心の怪盗団』がこの程度だとはな……やはり私の敵ではなかったという事か」

 

 得意気に嗤う獅童はシャドウでありながら、いやそれでもなお異変だった。

 その肉体はまるで鋼と炎を宿しているような、凄まじい固さと熱を秘めていた。

 

「それにしても、驚いたぞ小僧。まさか貴様もガイアメモリを所持しているとはな」

「ガイアメモリってママの研究の……ってことはまさか!」

 

 獅童の発言に、それを研究していた娘であるコードネーム・ナビ――佐倉双葉は気づいた。先程激変した獅童の力。その直前、まるでUSBメモリのようなものを二つ自らに刺していた事を。

 その時流れた音声は、

 

(ヒート)闘士(メタル)……まさかお前! ママの研究を押収した時に認知訶学の研究だけじゃなくガイアメモリまで持ち出していたのか!」

「ほう、貴様は一色若葉の娘か……その通り、あの時はこの正体が分からなかったが、そこの小僧を見てようやく理解した。やはり念には念を入れておくべきだったな」

「だけど、ガイアメモリは一人に一つしか適合できないはず! それなのに何でお前は二つも扱えるんだ!?」

「フン、そんなもの決まっている。私が、この国の支配者たる者だからだ!」

 

 獅童の高笑いする声に双葉は唇を噛んだ。獅童の戯言を信じる訳ではないが、一つの仮説が頭に浮かんだ。

 ガイアメモリとは、地球に記憶された現象・事象を再現するプログラムが封じ込められており、ガイアメモリを挿してメモリに内包された「地球の記憶」を注入することで人智を超越した力を手に入れることが出来る。

 だがそれは肉体面を変化させて得る力。ならばシャドウ、即ち精神面が地球の記憶を吸収したらどうなる?

 本来ならば肉体と精神の両方を蝕むはずの毒素はこの場合、精神のみに向けられる。そして精神という形のない器に力を流し込めば、その力を限界時まで引き出す事が可能となるはずだ。

 獅童のこの状態があとどれほど持つかは定かではないが、そのタイムリミットは怪盗団にとってとてもではないが長すぎた。

 

「さて、それではそろそろ終わりにするか。いい加減、お前達に手こずっている暇はないのだ」

 

 獅童は力を溜めるようにゆったりと、蓮の下へ歩いていく。それを必死に止めようと足掻く怪盗団のメンバーだが、あまりに大きすぎるダメージが身体のいう事を効かせない。

 

「クソ、ふざけんなよ! 動けってんだ!」

「不味い、逃げてジョーカーッ!!」

「いやああああァァァァッ!!」

 

 仲間達の悲鳴が木霊する中、蓮は激痛に蝕まれた腹部を抑えながら歯を食い縛り獅童を睨み付ける。

 まだだ、まだ諦める訳にはいかない。

 何故なら、約束したのだから。必ず、果たすのだと――!

 

「終わりだ、小僧。貴様とのくだらぬ因縁、ここで断ってやろう!」

 

 振り上げられた拳が、蓮の頭に向けられる。最後の刹那か、何もかもが遠くなる中。

 

 

 

 

 

「――まったく、本当にどうしようもない弟弟子だな。お前は」

 

 

 

 

 

 何処かで、訊いた声と共に風が吹いた。

 

「ぬゥ――ッ!?」

 

 吹き荒れる竜巻と共に放たれた蹴りが獅童の身体を吹き飛ばす。突然現れた第三者の存在に、獅童も蓮も、怪盗団メンバー全員が唖然となった。

 そうなるのは当然だ。誰だって、死人が顔を合わせれば驚くに決まっている。

 

「ほら、いつまで蹲っているつもりだ。いい加減あの人の弟子なら立ったらどうだ。そんなんだから、この帽子が僕みたいに似合わないんだよ」

 

 そう告げて深く被っていた帽子を蓮の頭に無理矢理深く被せる。その手の温もりに、幻ではないのだと理解する。

 

「馬鹿な、何故貴様が生きている……!?」

 

 驚愕する獅童を一瞥して、されど興味を失ったように再び蓮に向き直り、ある物を差し出した。

 それは、蓮が今まで持っていたバックルとは少し変わった物。今まで片方しかなかったスロットが今度のはシンメトリーに二つ用意されていた。

 ダブルドライバー、それを持つ少年は悪戯めいた笑みを浮かべ、

 

「――悪魔と相乗りする勇気はあるかい」

 

 それは、文字通り悪魔との契約だろう。何せ、死人からの契約だ。だがその言葉に蓮は笑みを浮かべてダブルドライバーを手にした。

 そして、二人は隣に並び立ち獅童へと向き直る。連が手にしたダブルドライバーを腰に装着すると、まるで分身したかのようにもう一つ同じダブルドライバーが少年の腰にも装着されていた。

 

「勿論だ。一緒に行こう、()()!!」

《ジョーカー!》

 

「その名前では呼ばないでくれ。明智吾郎は既に死んだ。そうだな、僕のことは――()()()()()、とでも呼んでくれ」

《サイクロン!》

 

 明智吾郎。そう名乗っていた少年は嘗ての自分と本当に決別するために、本当の自分を始めるために、新たな名前を告げた。

 

「「変身ッ!!」」

 

 重なる声と共に蓮のスロットに”C”と描かれたメモリが装填され、蓮はベルトを左右に開いた。

 JとC。

 ジョーカーとサイクロンは混ざり合うことなく互いを尊重し合うように二色に別れ、蓮の姿を覆っていく。

 現れたのは紫と緑の色に別れた外装を纏った戦士。

 

「なんだ……何なんだ……」

 

 有り得ない未知の脅威に、獅童は思わず無意識に後退る。

 そんな彼の様子など微塵もないように、まるで帽子の鍔をこするように頭部の触覚を撫でる。

 

「一つ、一人では敵わないと諦めた」

 

 緑のフェイスが点滅する。

 

「二つ、強大な力の前にどうしようもないのだと背負い込んだ」

 

 紫のフェイスが点滅する。

 

「三つ、そのせいで多くの人を悲しませた」

 

 両眼のフェイスが輝いた。

 

「答えろォッ! 貴様は何者だァあああ!!」

 

 まるで懺悔するかのような不気味さに獅童は我慢の限界を迎え、鋼鉄の炎と化した拳を振り下ろした。拳から伝わる衝撃。それに歯応えを感じた刹那、背筋に悪寒が奔る。

 振り下ろされた拳は、同じく振り上げられた拳によって受け止められていた。絶対を誇っていたはずの一撃を難なく受け止められた。その真実に、仮面越しに向き合っていた瞳と眼が合い獅童は嘗て無いほど恐怖した。

 間違いない、これは存在してはならない。これは正真正銘、”獅童正義”を終わらせるモノ――!

 

 

 

「――仮面ライダー……W。()達は自分の罪を数えたぞ、獅童」

 

 

 

 瞬間、解き放たれた蹴りが獅童の鋼鉄の身体を大きく吹き飛ばした。悲鳴を上げる暇もなく地に叩き付けられ、今度こそ獅童は目の前の存在との力の差を痛感し恐怖した。

 無様に後退しようと両手で後退る獅童に、Wは指を向けた。

 逃れられない己の罪から自分だけ逃げようとする悪へ、鳴海荘吉から受け継いだ言葉を投げかける。

 

 

 

 

「「さあ、おまえの罪を数えろ!」」

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