宇佐木時麻の短編集   作:宇佐木時麻

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ダンまち 雷焔獣憑依逆襲譚

 ―――気が付いたら、俺は見知らぬ幼い少年に壁ドンしていた。

 え、なに、どういう事? ついに俺の性欲は無意識に男さえも襲うほど肥大化してしまったと言うのだろうか。それは流石に首を釣りたくなるんだけど。てかここ何処だよ。

 周囲を見渡せばまるで洞窟のような地形をしており、石の無機質な手触りが手のひらを撫でる。少なくともこんな場所に見覚えなどなく、とりあえず今俺の足元で震えながら怯えている白髮の少年の誤解を解こうと口を開こうとして、ふととっさにその場から離脱した。

 それは何気ない直感。スロットをしてボタンを押し結果が出る前に「あっ、外れた」と悟ってしまうような未来予測。だが俺がそういった予感が外れた事はほとんど無かった。

 

「――――」

 

 それを証明するかのように、白銀の鋼鉄が右目を切り裂いていく。焼けるような激痛に目元を抑えながら訳も分からず叫びだしたくなるが、悲鳴を奥歯を噛み締めることで何とか抑える。

 悲鳴など上げている暇はない。先ほどの一撃、間違いなく回避していなければそのまま胴体をやられていた。

 ―――恐ろしい。

 それは殺されかけた事への恐怖ではない。何より恐ろしいのは、その一撃に何の殺意も意志も込められていなかったからだ。

 まるで路傍に落ちている虫を踏み潰すように。

 何の感情も抱かず人を殺そうとするその意志が恐ろしい……!

 

「避けられた……!?」

 

 右目を切られた痛みに耐えながら困惑した犯人の声がした方向の正反対の位置へバックステップで距離を取りながらいきなり斬り掛かってきた犯人の姿を捉える。

 そこにいたのは、まるで御伽話にでも出てくるような時代遅れな洋鎧に身を包んだ金髪の騎士だった。

 まるで金絹のような一本一本がそれだけで輝いているように錯覚するほどの金髪に、人形だと錯覚してしまうほどの端正な顔立ち、鎧に包まれたその姿は、まるで自分が時代外れな世界にタイムスリップしてしまったのではないかと思うほど似合っていた。

 他にも様々な感想が脳裏を過ぎったが、言葉に出来たのはそこまでだった。俺が何をしたのかは定かではないか、命を奪いにきた少女は再び剣を振りかかってきて、

 

 ―――刀身が視界から消えた。

 

(―――は?)

 

 在り得ない現象にアドレナリンが大量分泌して視界の時間がスローになった世界でも呆然としてしまう。バットのスイングでもボクシングのシャドーでも一応残像は見えていた過去がある。それでも充分に速いと思っていたが、これは桁が違いすぎる。

 腕から刀身が無い。そこにあるはずなのに、俺の動体視力ではその片鱗すらも掴めることが出来ない。こんなもの―――燕がいきなり至近距離に現れて襲い掛かっていたに等しい……!

 無理だ、避けられない。このまま死―――

 

(んでたまるかァああああああ山育ち舐めんなああああああァァッ!!)

 

 腕が見えないなら別の箇所を見ろ。

 視線の先、重心の位置、体重移動、他の部分から剣戟を予測しろ。

 不可能ではない。そんなこと、ガキの頃は日常茶飯事だっただろうが―――!

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「なっ―――」

 

 唐竹斬りと予測し、その通りの軌道に振り下ろされた剣戟を紙一重で前のめりで躱し、少女の背中を足場代わりにして一気に跳躍する。背後で体勢が崩れた音がするが今はそんな事に意識を割いている暇はない。

 とりあえず今は逃げなければならない。ここが何処であの少女が何者でどうして俺は狙われているのか聞きたい謎は山程あるが今は逃げる事に専念しなければ間違いなく殺される。

 山でガキの頃から育った俺の持論、勝てない敵と出会った場合は三十六計逃げるに如かず―――!

 

「逃げすかこの牛野郎がァッ!!」

 

 誰が牛野郎だ! と声を荒げて返答してやりたかったが、それを口に出す前にとんでもない速度で前方からコスプレか狼耳を生やした銀色の男が蹴撃を放ってきていた。

 幸いこちらは先程の少女とは違い殺気が向けられていたので事前に察知することができ受けの構えを取る。

 迷いなき良い蹴りだが、真っ直ぐ過ぎる。視線や体重移動から何処を狙っているのか丸わかりで、さばいた直後にカウンターを叩き込んで時間を稼ぐために身体を逸らしながら右手を足に添えて、

 刹那、俺の身体は三十メートル近く吹き飛ばされていた。

 

(…………は?)

 

 衝撃が背中から肺に突き抜け、間抜けな声が吐き出す息と共に溢れる。確かにさばこうとしたはずだ。カウンターを決めるために右手を添えて、足に触れた瞬間―――俺の身体はきりもみ回転しながら吹き飛ばされ遠くの壁に叩きつけられた。

 触れた右腕がねじ曲がっている。こんなの、熊の突進をさばいてたってこうはならない。こんなの、通過列車を受け流そうとしたのと同じようなものだ。人間が放てなる威力などではない。

 ピシリ、と尋常ではない威力で叩きつけられたせいか背後の壁から嫌な音がして、崩れ落ちる壁に飲まれて背後へ倒れ込む。本来ならば足場が存在するであろう箇所に至ってもそのまま止まることなく更なる深淵へ落下していく。

 恐らく壁が崩れた事で地面が割れたのであろう、一人分空いた落ちてきた穴を見上げながらポツリと呟く。

 

(……この、化け物、が)

 

 呟きは声にならず口から漏れたのは血だけだった。身体から力が抜けていき、思考さえも暗闇に沈んでいき、最後に死にたくねえなとぼんやり思いながら―――

 

 ドボンッ!! と液体の中に落下した。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「何だったんだ、今のミノタウロスはよォ……」

 

 崩れ落ちた瓦礫の後を見ながら、ロキ・ファミリア幹部の一人であるベート・ローガは思案していた。

 『遠征』の帰還途中、ミノタウロスの集団が突如揃って逃亡したのでそれを追い掛けて階層五階まで昇ってきて、最後の一体を同じくロキ・ファミリア幹部であるアイズ・ヴァレンシュタインが発見しそれを討伐しようとして、突如異変が起こった。

 まるで先ほどまでのただ逃げ回っていた無様な様子から一変し、あのアイズの剣戟を躱し更に蹴撃を与え、それを足場代わりに跳躍し逃亡しようとした。

 その動きはどう見ても怪物(モンスター)のする動きではなく、人間の武人がする動作だった。

 それに、とベートは自身の足を見る。先ほどの一撃、ミノタウロスを殺すために放った一撃は普通のミノタウロスなら反応すら出来ず即死していたはずだ。しかしあのミノタウロスはその一撃に反応し、あまつさえそれをさばこうとしていた。足に触れた感触から、ほぼさばきは完璧だったと言えるだろう。Lv.2とLv.5という絶対的なステータスの差が無ければの話だが。

 だが、もしも。あのミノタウロスがLv.3以上だったならば。或いは―――

 

「まさかな……そんなぐだらねえ事考えちまうとは、どォやら俺も遠征でだいぶ疲れてるようだな」

 

 頭を振って意識を切り替える。どちらにせよ蹴り飛ばした際に壁が崩れて姿が見えなくなったため、今から見つけ出すのは困難だろう。とりあえずアイズと合流しようと声を掛けて、

 

「おいアイズ、そっちはどう―――」

「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 だがそれは、アイズから悲鳴を上げて逃げ出した少年に笑いを持って行かれ、ミノタウロスのことすら忘れてしまうほどベートは大爆笑してしまうのだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 ああ、生きているって素晴らしい―――

 最初に意識が戻って感じた事は、その一言だった。水辺から上がり息を整えながら俺は生きている実感を盛大に味わっていた。

 とりあえず一息吐けた事で状況を整理する。まずここは何処で、これからどうするか。

 頭上を見上げれば俺が落下してきた穴が先が見えないほど高く、軽く見積もっても先ほどの場所から三十メートルはあるだろう。本当に落下地点に水場があって良かった。これが冷たい地面だったら間違いなく落下死していただろうし。

 それらを含めても、少なくとも俺の住んでいた山ではない事が分かる。こんな広い洞窟があればとうの昔に知っているだろうし、何より村の皆が危険だと教えてくれているはずだ。

 そしてもう一つの疑問が、先ほど俺を襲ってきた人達。まるで中世のような格好をして、何故俺を襲ってきたのか。確かに幼い少年を壁ドンしている絵面は犯罪的で怪しむのは当然だが、いきなり斬り掛かって来るのは流石におかしいだろう。

 しばらく思案していたが、ここで悩んでいても良い回答が出るはずなどなく、とりあえず地上に出ることにする。少なくとも地上に出ればここが何処だか分かるだろうし、色々話も聞けるだろう。

 そうと決まれば善は急げだ。立ち上がって地上への道を探そうとして、ふと気づく。

 

(……あれ、そういえば俺ってこんなに視線高かったっけ)

 

 というか、こんなに俺の腕って太かったっけ。

 というか、こんなに俺の足って細かったっけ。

 というか―――こんなに俺って胸毛酷かったっけ!?

 それは違和感。自分の身体だというのに、まるで別の種族のような骨格の変化に突如背筋に冷や汗が流れた。嫌な予感が、在り得ない妄想が脳裏を過ぎり、ふと鏡のように水面に浮かぶ己の姿を見た。

 

 そこにいたのは―――紛れも無い、完全無欠に何処から見てもミノタウロスだった。

 

(――――)

 

 ついに声どころか思考さえも白紙に染まり呆然とその姿を見る。

 身体は人間だが、何処からどう見てもその頭は牛だった。ペタペタと触って感触を確かめてみても、細長い顔立ちは紛れも無い真実だった。

 牛のように荒い鼻息だけが無音の中に木霊し、しばらく時間が経過してようやく俺の思考は現実を捉え、ただ思いの総てを声に変えて吐き出した。

 

『ウヴォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?(俺ミノタウロスになってるううううううううううっっ!?)』

 

 何で!? What!? どうしてなんでこうなった!? 俺の素晴らしいハンサム顔は何処へ!? というか何でモンスターになってんの俺!?

 思考は混乱する一方だったが、同時に解けた謎もあった。

 ――そりゃ子供が怪物に襲われてたら殺そうとしてでも助けようとするわな! つーか手加減する必要皆無だったわ! なるほどなるほどこれで一つ事件が解決したぜ! けど俺の問題は解決するどころか悪化してるけどな!?

 頭を抱えながらパニックに陥る思考を何とか踏み止ませていると、ふとある問題が思いついた。

 

 Q.もしこのまま俺(モンスター)が地上に出たらどうなるでしょうか?

 

A. Welcome♪(モンスターだな、死ね!!)

 

 地・上・に・戻・れ・な・い。

 というか、先ほど襲ってきた人間が闊歩している所に俺が一人で行ったらそれこそ死ににいくようなものだ。とりあえず様子を見るのもいきなり地上に出るのではなくこの付近を探索してからでも遅くはないだろう。

 とりあえずこの付近を調べるかと意識を切り替えて立ち上がって、

 

 ギュルルるるるる……! と俺の腹から凄まじい音が鳴り響いた。

 

 ……そういえば食事はどうしよう。地上に行けないから店にも行けないし、とりあえず狩れる獲物がいればいいんだが―――

 そう思案して腹の空く胃を撫でていると、カサカサと何やら蠢く音が近くの壁から聞こえてきた。一瞬あの黒いGが居るのかと身構えたが、そこにいたのは巨大なヤモリだった。

 巨大なヤモリといっても足の裏サイズなどというレベルではない。まるで犬並の大きさを誇る巨大なヤモリだった。そのもしこれが本物だったら間違いなくギネス世界記録に乗るであろうヤモリを見て、思う事はただ一つ。

 

(いただきます……!)

 

 ―――だいたいの生物は焼けば食える、これが山で生きてきた俺の持論である。

 気配を殺し、足音を殺し、呼吸を止めて自然な足捌きで歩いて行く。自然界に生きる生物は、人間が思っている以上に敏感である。周囲を察知し、気配を察知し、そして何より死を察知する事に長けている。これを習得しなければ自然界で待っているのは死だけだ。

 俺もこの技術は自然から学んだ。俺がまだガキの頃、春のある日に食料を探していると、何気ない感覚でふと横を見た。そこには、まるで自然と同化していると錯覚するほど全く気配を感じ無かった熊が腕を振り下ろそうとしているのが見えた。

 あれほどの巨体にも関わらず、足音を立てず周囲に気付かれる事なく獲物を狩る事が出来るのだ。それこそが自然を生き抜くために必須な技術であり、それを覚えたからこそ俺は山での生活を生き抜く事が出来た。

 まさか、その経験がこんなところで役に立つとは夢にも思っていなかったが、人生解らないものだ。

 背後から忍び寄り音も無く首の骨をへし折り即死させる。泡を噴いてしばらく痙攣してから動かなくなるのを見て死亡した事を確認し、とりあえずどうやって火を焚くか考えながら死んだ巨大ヤモリへ手を伸ばし、

 

 石だけ残して消滅した。

 

(…………えっ?)

 

 突然の獲物の消滅にまたしても俺の常識が粉砕されて思考が停止する。

 つまり、先ほどのヤモリは今の俺の身体がミノタウロスという本来ならば存在しない生物……つまりモンスターという事なのだろうか。だから死亡したあとはアイテムだけを残して消滅する。それはまるでRPGのドロップアイテムのようだった。

 そこまで思案が思いついて、思うこと。それは、

 

 ――そこはハンター風に剥ぎ取り式にしとけやァ! せめてドロップするなら肉落とせよコンチクショウッ!!

 

 唯一残った石を手にしながら嘆息する。とりあえず、食えるかどうか確かめてみるか。幸い今の俺の身体は人間ではなく怪物なのだ。ならば案外イケるかもしれないというか空腹でもう何でもいいから腹に詰め込みたい。

 空腹状態特有の暴走した思考がその石を口に運ばせ、ごくりと飲み込む。すると意外な事に、石を食べた直後胸辺りが温かくなり空腹も少しだけ失せた。どうやらこの身体はあの謎の石を食べる事で空腹が満たされるらしい。後気のせいか四肢に僅かだが力が漲る気がする。

 とりあえず、今後の課題は見つかった。ここが何処なのか、何故俺はミノタウロスになってしまったのか、謎は数多く残っているがとりあえず今は生き延びる事を先決しよう。

 俺のサバイバル生活は、まだまだ始まったばかりだ!!

 

 

 

    ◇

 

 

 

 こうして、本来ならば死すべきだった怪物は生き残った。

 この変異がどれほど変化を生むかは、まだ誰にも解らない。

 ただ、いずれ『隻眼の雷焔獣(アステリオス)』と畏れられる『未完の少年(リトル・ルーキー)』の宿敵となる怪物の逆襲譚は、間違いなくここから幕を開けたのだった。

 

「上々だ、お前に決めたぞミノタウロス」

(えっ、なにこの熊耳男。もう強いとかそういう次元じゃないんだけど。逃げても戦っても瞬殺されるビジョンしか浮かばないんですけど!? こいつの方が絶対化け物だって!? というか何でこの人俺に剣を渡してきてんの? あれか、武人として尋常な戦いを望んでいるとかか。なにこれどう足掻いてもBADEND一直線じゃないですかヤダー。フッ、いいぜ、やってやらァ。どうせ死ぬなら最後まで惨めに無様に足掻いてやるさ! 野郎オブクラッシャーッ!!)

 

 ……開けたのだった!!

 

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