扉を開けたら、目前で土下座している少女がいた。
しかも部屋の扉は引き戸なので部屋を出る直前まで気づかず、そのまま踏み込んだ足が容赦無く少女の後頭部を踏み潰す。
「フギャッ」と、悲鳴を上げながら床と額をドッキングさせる少女がいて足を上げる。正直このまま放置して出て行きたいが、幼い餓鬼を踏んづけておきながら放置したのが他の団員に知られれば面倒事に成りかねないからだ。
「確か、アイズ・ヴァレンシュタインだったか?」
起き上がって額を両手で押さえながら涙目でこちらを睨む金髪の少女の姿を見て記憶を辿る。確か一ヶ月程前にロキが新人として皆に発表したのを夕飯を食べながら聞き流していたのを思い出す。彼女のような幼い少女が冒険者としてウチに入団するのは珍しいので記憶の片隅に残っていたようだ。
「それで、朝っぱらからひとの部屋の前に居座って何のようだ、クソガキ」
「……クソガキじゃない、アイズ」
「何のようだ、クソガキ」
訂正を無視して再度問う。どのみち誰であろうとどうでもいい。仲間など必要としない俺にとって、名前などすぐに忘れる記号でしかない。
無視されて苛立ったのか、ただでさえ感情が乏しい人形じみた表情が無機質に、眼が半眼となる。少女は俺の眼を真っ直ぐ見ると言った。
「私を、貴方の弟子にして」
返答は、決まっていた。
「断る。さっさと出てけ」
少女の腕を掴み、そのまま窓の外へ放り出した。
◇
冒険者という職業は死にたがり屋の別名だ。
神と契約することで恩恵を戴き英雄の力を得るとしても、実際に英雄として名が広がるのはごく一部だ。その大多数は途中で力尽きるか、あるいは挫折するか現状で満足する。
所詮、そんなものだ。誰もが特別などではない。どれほど祈っても願っても神様は選んだ奴しか祝福しない。それも祝福した人間は英雄として開花するまでに多くの試練を乗り越えなければならない。どちらにせよ、冒険者を選ぶ者は狂人と言うのが正解だろう。
もっとも、そういう己自身が冒険者をやっているというこの上ないブーメランなのだが。
「ありがとうございましたー」
ダンジョンに潜る前にポーションを買い懐に仕舞う。色々と買い込んでしまったためポーチはパンパンに膨れてしまっているが、これも必要具なので仕方がないと割り切るしかない。
と、そこで一回背後へ振り返る。
すると金色の髪を靡かせながら慌てて物陰に隠れる人影が目に映った。
「……あれで隠れてるつもりなのか、あの馬鹿は」
金髪は物陰からはみ出しているし、腰に差している剣も隠しきれていない。まさに頭隠して尻隠さず状態でこちらを伺っている少女に呆れて嘆息する。
話し掛ける気も起こらずそのまま無視して大通りを進む。周りからヒソヒソと声と共に指を刺されるが、十中八九後ろからストーキングしている奴のせいだろう。傍から見れば怪しさ全開なのだから。
しばらく進んでいると、いつも朝に利用している屋台が見えてきた。食堂は居心地が悪いのでこうして安くて腹持ちのいいここは重宝している。
「おじさん、じゃが丸小豆クリーム味をひと―――」
いつも通りに一個だけ買っていこうとしたところ、背後から自己主張するかのように猛烈な腹の音が響き渡った。振り返れば、そこにはお腹を押さえながら屈伏す少女の姿が。
朝一で部屋の前に待っていたとすれば、今まで何も食べていなかったのだろう。そして屋台の匂いにつられてお腹が鳴ったといったところか。
「……はぁ、おじさん、二つくれ」
「はいよ。妹さんかい?」
「そんなんじゃねえよ」
手間を掛けさせるストーカーだと言ってやりたかったが、言ったところで照れ屋なだけだと思われるだろう。この手の相手は適当に流すに限る。
じゃが丸を二つ受け取るとお腹を押さえて唸っているストーカーガールの首袖を掴んでベンチに移動する。途中少女が何やらもがいていたが無視してベンチに放り込んだ。
「ほら、食え」
「…………」
ベンチに座り隣で不貞腐れている少女に熱々のじゃが丸を袋から取り出して押し付け、もう一つを口に運ぶ。噛んだ食感は出来立てなのか熱く、口の中を僅かに火傷する。しかしそれを差し終えてでも美味であり、つい口に含んでしまう旨さだった。
しばらく俺の様子を眺めていた少女も、目の前の誘惑には勝てなかったのか意を決っしてじゃが丸を口に運んだ。
「……! おいしい……ッ!」
今まで食べた事がなかったのか、目を爛々と輝かせながら次に次へと食べていく。途中勢い余って喉に詰まらせてしまい何度か咳き込んでいたが。
「それで、いったい何のようなんだ」
じゃが丸を食べ終わり、咽ていた少女を落ち着かせるために買ってきたジュースを飲みながら問うと、少女はキョトンと不思議そうな目で言う。
「私を、貴方の弟子に」
「それはさっき聞いた。俺が聞きたいのは、どうして俺のようなLv.2を選んだっていう事だ。だいたいお前はリヴェリアから教わってただろ。教わるならそっちの方が効率いいだろうが、俺のような雑魚に習うよりはよぉ」
俺の弟子になりたいというが、そもそも俺もLv.2の雑魚に過ぎない。彼女の親代わりであるリヴェリアはLv.6という冒険者の中でも数人しかいない最上位の冒険者だ。教えを受けるならば断然そちらの方がいいだろう。少なくとも俺ならそう思う。
当たり前の疑問を投げかけると、少女はあっさりとその解答を口にした。
「フィンが、習うならヴォルフがいいって。彼なら強さの本当の意味を知ってるからって」
「チッ、あの小人族のせいか……!」
小生意気な笑顔を浮かべる団長の姿を思い出して舌打ちする。
だいたい、俺が強さを知っているだと? 莫迦か、俺ほどそれから遠い者が他にいるか。
臆病者で、人間不信で、勇気のない、典型的な弱者。それが俺を表わす相応しい言葉だ。
「お前、俺の二つ名知ってるか?」
「…………?(フルフル)」
首を傾げて尋ねる少女に対し、皮肉げに自身の二つ名を告げる。
「――【
勇気が無いから、上層にしか潜れない。
臆病者だから、仲間の命を背負えなくてソロで潜る。
人間不信だから、仲間を信じ切れず背中を預ける事が出来ない。
そんな俺が、強さの意味を知っているだと? 在り得ない、なんて莫迦莫迦しい。むしろ俺が教えて欲しいというのに。
なあ、強さとは何だ?
勝利とは、何なんだ?
どうすれば俺はそれを手にする事が出来るんだ――?
「分かったかクソガキ。ならお前はとっととホームに帰って他の奴らとパーティーを組んでこい。もう俺には関わるな」
知ったら、死んだ時悲しくなるから。独りの方が気楽だから。
名前も顔も覚えたくない。俺は他人を背負えるほど強くなんてないのだから。自分独りでさえ押しつぶれてしまいそうなのに。
だから頼む――放っておいてくれ。
「……クソガキじゃない、アイズ。それに、私がクソガキなら貴方もクソガキだと思う」
「くッ、はははは! 精神年齢が違うんだよ」
細めた目でこちらを見る少女に苦笑する。屋台に掛けられた鏡が反射して自身の姿を映す。
そこにいたのは、少女と年端の変わらない少年の姿だった。
「ああ、本当に―――気持ち悪い」
◇
人は死んだ時、何処に往くのだろう。
往くとすれば、それは誰に導かれるのだろう。
少なくとも、俺が知る限りそれを行う者を
なら、俺がここにいるのは神のおかげと言うべきなのか。
仮に、神のおかげだと言うのなら、俺をここに誘った神様とやらはきっと性格最悪の神だろう。こんな俺を、ダンジョンに呼ぶような輩は。
――なら、何故戦うんだ?
それは、死にたくないからだ。
――なら、どうして死にたくないんだ?
きっと、生きていたからだ。
――なら、なぜ
それは、今までいいことなんて何一つなかったからだ。
――つまり、理屈がなければ生きていけないのだな、
ああ、そんな未熟な生物俺を、どうして俺のまま転生させたんだ。
総て忘れていれば――無かった事にすれば良かったのに。