宇佐木時麻の短編集   作:宇佐木時麻

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まさかの続きの続き……!


ダンまち ブレイク ブレイド3

 その日の事を、ロキは今でも鮮明に覚えている。

 久方ぶりの『宴』で羽目を外しすぎたロキは千鳥足で本拠に向かっていた。途中で雨も降り出し、屋根が突き出ている店の傍で雨を避けながら歩く。

 途中、吐き気がピークに達し脇道に逸れて――『彼』を見つけたのだ。

 

「うえぇ~、なんやねん、どいつもこいつも。そんなにあの無駄乳がええんか。あんなの脂肪の塊やんか! ドチビの分際でええええッ! ……おっ?」

「…………」

 

 大通りから逸れた脇道。薄汚れた光の差さないその場所に、一人の少年が座り込んでいた。

 白い髪は塵や汚れで薄汚れ、赤い瞳は光を失い淀んでいる。黒いボロ布を身体に丸め、もう震える気力すら残されていないのか雨に打たれたまま硬直していた。

 その姿を見て、薄く細められている眼が僅かに開かれる。捨て子か、と思うが別段珍しい話でもなかった。

 オラリオにおいて、その大多数が冒険者である。故に冒険者同士が結婚して子を持つ事は珍しくなかった。そしてその両親がダンジョンで死亡し、子供がファミリアから追い出されるのも良く聞く話だ。

 子供を育てるには時間も費用も掛かる。わざわざ他人の子供を慈悲のみで育てるなど資金に余力がある大手ファミリアでなければ困難である。だから子供がこうして道端に転がっているのは珍しい話ではなかった。

 その子供を見て、そっと手に持っていたお土産を差し出す。神の気紛れと言うべきか、普段ならば憐れんでもそれだけで済ませていたロキは珍しく慈悲を与えた。

 

「なあ坊主、これやるわ。好きにせい」

 

 きっとお腹を空かせた子供は我先にと食い付くだろう。それで神の気紛れは終わり。後は何処で野垂れ死のうと知ったことではない。偽善の気紛れ。

 少年が食べるのを見て去ろうとして、

 

「……いらない」

 

 老人のように寂れた声で、少年は施しを拒否した。

 まるで、人生の悲観と哀絶と憎悪と絶望を総て流した後のように。

 これから未来がある子供が言ったとは思えないほど、その声はどうしようもないほど()()()()者の声だった。

 

「どうせ、変わらない。生きていても、死んだとしても、これが夢だとしても、何一つ変わらない。どうせ――総て無価値なんだから」

 

 絶望に身を浸した者の声ではない。

 それは希望も絶望も流し尽くした、『虚無』の声音だった。

 その声を聞いて――ロキは初めて、少年に興味を持った。

 

 ロキは子供が好きだ。『ファミリア』の皆を愛していると言っても過言ではない。だからこそ、見てみたいと思った。

 

「なあ坊主、名前は?」

「……ヴォルフ」

「ヴォルフ……狼、人狼(リュカオン)か。いい名前やんか。ますます気に入ったわ」

「……?」

 

 不思議そうにロキを見上げるその顔と初めて目が合う。赤く淀んで血のような瞳。いつかその目が――満面の笑顔を浮かべるところを、見てみたいと思った。

 

「なあヴォルフ――自分、うちのファミリアに来うへんか?」

 

 これこそが、本当の神の気紛れだったのだろう。

 そしてこの出会いこそが、彼の人生における最大のターニングポイントだった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 早朝五時。まだ太陽でさえ昇りかけの時間帯で、人気の離れた迷宮都市を囲う巨大な壁の上である市壁に二人の少年少女が立っていた。

 一人は首に巻いた黒い襟巻きを靡かせながら赤い瞳を睥睨させて、ジッと先を見つめている少年。もう一人は眠たそうに目蓋が落ちる目を起こすために何度も頬を叩いたのか赤い頬を更に赤くする金髪の少女。

 ヴォルフとアイズ。

 パーティーを組んだ二人は、もはや日課となっている早朝訓練行おうとしていた。

 

「……時間だ、来い」

「うん……ッ!」

 

 アイズは腰の鞘から剣を引き抜いて肩の位置まで持ち上げると刺突の構えを取る。対するヴォルフは獲物を持たず腕を保護するガントレットを両腕に装着しながら僅かに肩幅ほど足を開いて右脚を後方へ下げ、半身だけ見せる体勢を取った。

 ヴォルフは武器を使わないのは手加減しているからではない。訓練時に全力を出すために必要な処置だったからだ。

 訓練と実践は違う。訓練は戦闘の経験を積む事が目的であり、実践はいかに生き残るかを目的とする。だからこそ、殺害に特化しているヴォルフが得物を持てば基本が殺すことになってしまう。殺さずに得物を揮うなど、それこそ手加減だろう。

 故に、殺傷力のないガントレットを装着しているのだ。殺さなくとも全力が出せるように。

 

「往くよ……ッ!!」

 

 自身を鼓舞するように告げて、アイズは前へ踏み込む。そこから繰り出されたのは疾風の突撃だった。

 ヴォルフの目許に目掛けて放たれた刺突は寸前で回避される。だがそんなことは分かりきっていた。この程度、簡単に避けられることぐらい。

 

「あああああああァァッ!!」

 

 意思を咆哮に、力に変えてアイズは怒涛の連撃を繰り出す。額、肩口、上腕骨隙間、膝、金的と容赦無く人体の急所に向けられた連撃。幾ら訓練用に刃引きされて斬れないとは言え、鈍器が直撃すればただでは済まないだろう。並の冒険者ならばその怒涛の連撃に足が竦むかもしれない。

 

「――――」

 

 だが、ヴォルフは揺るがない。ただ無言に、光の宿さない無感情な赤い瞳で攻撃を見切りながら最小限の動作で回避する。

 ヴォルフが戦闘中に喋るところをアイズはほとんど見たことがない。まるで言葉を吐く呼吸さえも惜しいと言わんばかりに呼吸を止め戦う。

 息を止めたまま動くのと、呼吸しながら動くのでは性能の差が出る事ぐらいアイズでも知っている。前者は確かに息苦しいが、その分機敏に反応することが可能である。

 しかし、人間が無呼吸でいられる時間は限られている。その瞬間は確かに明確な隙となるが、それを悟らせてくれるほど目前の男は甘くないことも百も承知だ。

 だから――

 

「―――ッ!?」

 

 呼吸の途切れ目、再度刺突を繰り出そうと腕を引いたその瞬間に、地面から何かが飛来した。

 反射的に首を逸らして回避に成功する。顔部に飛来したのは、石床の破片だった。恐らくアイズが何度も踏み込んで刺突を繰り返している間にブーツで踏み潰されて罅の入った地面をヴォルフが蹴り上げたのだろう。

 回避に失敗していれば眼球に直撃して失明する危険があっただろう。しかしそれは、意識が僅かにヴォルフから石に向けられた事を示し、

 

「ガァああッ!?」

 

 初めから意識が逸れると理解していたヴォルフにとって、明確な隙だった。

 軽装の隙間である右肩に手刀の構えを取ったヴォルフの右手が突き刺さり、一捻り。

 ゴギィッ、と鈍く嫌な音が響き渡り――アイズの右肩が外された。

 

「――――ッ!!」

 

 間接を外され、激痛で漏れる悲鳴を歯を食い縛って耐え、力が抜け零れ落ちようとする剣を死に物狂いで握り締める。ヴォルフとの約束。剣を取りこぼしたら訓練は終了。ここで終わらせないために、アイズは何とか剣を放さなかった。

 そして、剣を取り零さなかったという事はまだ訓練は続行という訳で。

 

「――――」

 

 ズドンッ!! と全身に突き抜けるような衝撃が人体の急所の一つである膀胱を殴る鋼鉄の腕から浸透した。

 視界が白と黒の点滅を連続して繰り返す。息を吸いたくても肺が痙攣して呼吸を行えず、痛覚の容量を超えた痛みが衝撃となって体躯に襲い掛かる。

 しかも、それだけで終わりではない。Lv.2の腕力が、急所を更に抉りながら身体の捻りを加えて少女の身体を吹き飛ばす。五Mもの距離を宙に浮かび、地面を背中で削りながら停止して、ようやく衝撃が痛みへと変換され少女の全身に襲った。

 

「――、――――ッ!!」

 

 身体を丸め込んで痛みに耐えたい衝動を奥歯を噛み砕くほどの勢いで食い縛る事で耐え、身体を捻って横に跳ぶ。これが彼ならば、絶対にこれで終わりになどしない。

 確信に近い予測通りに、アイズが寸前までいた場所に容赦無くヴォルフの蹴撃が叩き込まれていた。回避していなければ、陥没した地面から上げている足がアイズの頭部を粉砕していたところだろう。

 

「……終わりか」

 

 尋ねるように口を開くヴォルフ。それは彼にとってアイズが戦闘続行不可能と判断したという事。

 その態度にアイズは吼える。

 

「まだだ……たかが肩が外れただけッ!!」

 

 外れた右肩を掴み、習ったやり方で強引に肩を嵌める。ゴキンッ! と骨が塡まる音と同時にまたもや悲鳴にならない激痛が襲い掛かるが、動けないほどではない。腹部の下がズキズキ痛むが、それでもまだ戦える。

 アイズはダンジョンに潜って改めて自身の考えが甘い事に気付かされた。誰しもが万全の体制で動けるはずではない。予想外のアクシデントや未知との遭遇、そのせいで時には怪我を負ってしまう可能性がある。

 その時に、怪我をしたからという理由で治療に専念できるとは限らない。時には怪物に襲われ、或いは回復道具が破損もしくは尽きているかもしれない。そういう時は、痛む身体を引き摺ってでも戦わなければならない時がある。

 だから有り難かった。フィンやガレスは助けてくれて、リヴェリアは守ってくれた。けれど無茶はいけないと言ってここまで戦ってくれる人はいなかった。

 痛む身体に鞭を打って奮い立たせる。目前の少年。アイズと年端の変わらない子供でありながら、何処までも前に突き進んでいる冒険者。

 彼に追い付きたい――彼の事を知りたいと思うのは、時間の問題だった。

 

「そうか。なら続きだ、さっさと掛かって来い、クソガキ」

「クソガキ、じゃない……私は、アイズ!」

 

 ――とりあえず、絶対に名前を呼ばせてやる。

 子供特有の怒りを燃やしながら、再度アイズはヴォルフに跳びかかった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 みぞおちを抉り抜き、確信した手応えを感じる。少女は短い嗚咽を洩らして震える手でこちらの肩を掴もうと腕を伸ばすが、掴む前に力を失い宙を横切るだけだった。

 気を失い脱力して倒れかかってくる少女を受け止めて、そのまま肩で担ぐ。ようやく終わった戦いに安堵を覚え、そして周囲を見渡して相も変わらず過保護な保護者の気配を感じて声を掛けた。

 

「居るんだろ、リヴェリア」

「……相変わらずの気配察知だな、お前は」

 

 市壁の出入り口である階段付近から現れたのは、緑色の髪を持つ麗美なエルフ。冒険者の中でも随一の魔法使いと謳われるロキ・ファミリア最強の一角。

 九魔姫(ナイン・ヘル)――リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

「回復魔法、掛けといてくれ。数本骨折っちまったから」

「お前は……あまり無茶をさせないでやってくれ」

「それを言うならこのクソガキに言えよ。俺はいつでも止めていいって言ってんだからよぉ」

「言っても無駄だからお前に言ってるんだ、ヴォルフ」

 

 この問題児共が、と辟易するように嘆息しながら少女に回復魔法を掛けるリヴェリア。骨折やら打撲のせいで酷く腫れていた少女の身体はみるみる内に綺麗な白肌へと戻っていた。

 

「…………」

 

 リヴェリアは魔法を掛け終えると、そっと彼女の頭部を自身の膝に乗せた。

 膝枕と呼ばれるそれを行いながら、そっと髪を撫でる。その二人の様子は端から見れば親子と言っても過言ではないほど似合っていた。

 

「……ん? どうした、お前もして欲しいのか? 何なら半分(こっち)でしてやろうか?」

「冗談、親代わりはしたいならクソガキで満足してろ。子供役はそいつ一人で充分だろうが」

 

 いつまでも見ていたせいで自分もして欲しいと勘違いしたのか、リヴェリアがポンポンと空いている膝の部分を叩いて催促してくるが、精神年齢大人の俺がするとかどんなプレイだ、冗談ではない。

 

「アイズが時間内に起きたならいつもの場所にいるって伝えといてくれ。時間が過ぎても目覚めなかったら、今日はフリーって事で」

 

 それじゃあなー、と背中を見せて腕を振って別れる。市壁の出入り口である扉を閉める寸前、

 

『お前も……子供だろうに』

 

 聞こえてきた心配そうな声に、鼻で嗤った。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 ――強くなりたかった。

 

 見下されるのが嫌だった。舐められるのが嫌だった。

 そして何より――弱い己に憎悪を抱いた。

 

 お前らと一緒にするな。冒険者になっただけで満足するような雑魚なんかと、英雄気取りで死にそうになったらすぐ命乞いして泣き喚く屑なんかと。

 吼える覚悟すらないなら引っ込んでろ。オレはてめえ等とは違う。もっと強く、強く強く強く強く強くなって――必ず、オレをナメた眼で見やがる奴を、一人残さず叩き潰す!

 

 そう誓った。誓ったのに――

 

「クソがァ……!」

 

 額から流れる血が眼に入り視界を赤く染める。血を流しすぎたせいか、重心がふらつき定まらない。意識は白濁し、立っているのが精一杯。

 目前では、まるで死肉を漁るハイエナのように囲んだモンスター達がオレが死ぬのを今か今かと待ち望んでいる。

 それは正しい行動だろう、放っておけば勝手に死ぬ相手に本気で襲い掛かる必要はない。

 だが、

 

「こんなところで、死ねるかよォ……!」

 

 まだ、何も成し遂げてないというのに。

 まだ、何も変われていないというのに。

 こんなところで、死ねるはずがない……!

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!!」

 

 決死の覚悟で最後まで抗い抜こうと最後の力を奮い立たせ、死中へいざ行かんと四肢に力を籠めて飛び掛かろうとして、

 

 ――その時、彼女は現れた。

 

 まるで一陣の風のように、彼女が横切ったのと同時にモンスター達は崩れ落ちる。金色に靡く髪は、血に赤く染まった視界でもはっきり見ることが出来た。

 

 ――その時のことを、たとえ地獄に落とされても覚えているだろう。

 

「……本当に、置いて行かなくてもいいのに。ヴォルフの莫迦」

 

 振り返った少女の顔立ちは造形のように整っており、髪と同じ色の瞳はどこまでも透き通っている。綺麗だ、とそれ以外の表現が浮かばなくて初めて自身の語彙の貧弱さを嘆いた。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 血塗れにも関わらず手を差し伸ばしてくる彼女に感じたのは、未だ感じたことが無かった感情の放流。

 

 ――その日。ベート・ローガは初めて”恋”をした。

 




男女平等暴行……!
ところでこれは連載の方に乗っけた方がいいだろうか?
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