燃え盛る平野、あたりに散らばる仲間の死体。
無機質な音を立てて近づく魔導兵器、響いては消える断末の声。
「人間を…殺セ!」
「人間ヲ…殺せ…!」
魔導兵器がそう聞こえるかのような音を出しながら近づいてくる。
逃げようと思っても、足がすくんで動けない。
叫ぼうと思っても、か細い声は辺りの音にかき消されてしまう。
「い…イヤ…!」
「人間ヲ…殺せ…!」
「人間ヲ…殺せ…!」
「いやああぁぁぁ!!」
鈴仙は悲鳴をあげながらベッドから飛び起きた。
静寂と暗い部屋が、先の光景が夢であったことを教えてくれるようだった。
「また、か…」
もう夢で何度見たかわからない過去のビジョン。
魔導戦争の恐怖は、あれから十数年経とうとも彼女の記憶から消えることはなかった。
寝直す気分にもなれず、寝汗でべたつく寝間着を脱ぎ捨て
鈴仙はいつもの服とサングラスを身につけ、ゼロの姿で廊下に出た。
ゼロは外の見える窓に腰掛けると、懐の箱からオレンジ色の小さな棒を取り出し、
口に咥えてライターで先端に火をつけた。
「よう、ゼロの大将。夜更けに一服かい?」
廊下の奥から皿を持って歩いてきたクライドが言った。
「…タバコじゃないぞ?」
「え? どう見てもタバコにしか見えないが…」
「知り合いが作ったキャロットスティックだ。
ニンジンの線香みたいな嗜好品だとさ」
「確かに、ニンジン臭いな」
クライドはゼロの隣に腰掛け、皿に盛っていた何かを口に運んだ。
「ところで、えーっと…」
名前を言いかけて詰まるゼロに苦笑しながらクライドが返した。
「…クライドだ。
まあ、大して活躍してないからな…」
「…すまない」
ゼロは、素直に謝罪した。
「仕方ねえよ、宇宙じゃあヘリ乗りに出番はないしな」
「じゃあ、どうして救出作戦に?」
「…誰かがやらなきゃいけなかったんだ。
んで、行けるようなのが俺だけだっただけさ。
こんな危険な任務には、俺みたいな独り身の人間くらいがちょうどいいのさ」
クライドは苦笑混じりに遠くを見つめながらそう言うと、ゼロに向かい直した。
「ところで、さっき何にうなされていたんだ?」
「…」
「いや、スマン…。
話したくないのなら…」
「…いや、いいだろう」
閉口するゼロに、クライドは慌てて話を変えようとしたが、
ゼロは気にすることなく話し始めた。
「そうだな…。
魔導戦争は知っているか?」
「月のでっかい戦争だっけか?」
「それほど単純ではない…な。
月の歴史上初めての、人間と機械の戦争だ」
「人間と機械…」
そう呟くクライドに、ゼロは説明を続けた。
「巨大な機械の軍勢に対し、我々は銃を持つだけの生身の兵士…。
力の差は圧倒的だった。
文字通り肉の壁で侵攻を防ぐ程にな…。
その時の恐怖が、今も消えないんだ」
フゥー、とゼロがニンジン臭い息を吐き出した。
クライドは、こんなに強そうな人にも深く心に傷を負っているのかと思った。
いや、心に傷を負っているからこそ強いのかもしれない。
「…結局、敵のマシーンを狂わせられる
コンピューター・ウィルスを使うことで
同士討ちをさせて、勝利をおさめることができたが…。
私は、当時の仲間をネイザン以外全員喪ってしまった…」
「そうか…そういうことが…」
「私くらいの歳の玉兎兵はみんな経験していることさ…」
そう言うと、ゼロは短くなったニンジンスティックを
火の着いた先端を残して噛みちぎり、落ちた先端を灰入れの小箱にポンと入れた。
「フ、これで満足か?」
「あ、ああ…」
ゼロに真っ直ぐ見られて、クライドはたじろいだ。
「…過去を思い返しても仕方がない。
今は、レイセンたちの無事を祈ろう」
「そうだな…。
霖之助、パルスィ…くたばんじゃねえぞ…!」
二人は窓の外の宇宙を見ながら言った。
「おーい、レイー!
霖之助ー! パルスィー!
生きてたら返事しろー!」
エーディンは、スカイイーターでムーンライズの周辺宙域を探しまわっていた。
しかし、その通信での呼びかけに返ってくる声はなかった。
「ちくしょー…どこまで流されたんだ…!?」
そう呟きながらも、エーディンは通信を飛ばし続けた。
「う、ううん…」
レイセンが目を覚ますと、目の前には知らない天井が広がっていた。
「ここは…?」
そう言って起き上がろうとして、レイセンはうまく動けないことに気がついた。
両手がロープで縛られていたのだった。
どうしてこんなことになったのだろうか?
レイセンはおぼろげな記憶をたどった。
「そうだ、コスモ・パイレーツが再び攻めてきて…」
ムーンライズへのコスモ・パイレーツの再襲撃。
迎撃に出るレイセン達。
そして…その戦闘に介入する幻想同盟。
「それで…レーダーが封じられて…」
必死に思い出そうと頭が痛くなるが、記憶の断片を掘り起こしていく。
魔導兵器を連れた幻想同盟。
魔導兵器をコントロールする指揮官機の追撃…。
それから…。
「気がついたら…ムーンライズから遠く離れてたんだ…」
共に指揮官機の迎撃に出ていた霖之助とパルスィも一緒にはぐれてしまい、
やがて機体のエアーが減少していって、酸欠で気を失った。
それが、レイセンが思い出せたここまでの経緯であった。
そこまで思い出すと、レイセンのいる部屋に男が入ってきた。
「ほう、嬢ちゃんも目が覚めたか」
「誰ですかっ…!?」
「ちっ…!」
ズドォンッ!
レイセンの質問に、男は舌打ちと発砲で答えた。
放たれた弾丸は、レイセンをかすめて床に弾痕を作った。
レイセンはその恐怖で怯んだが、目を閉じて首を振り、
恐怖を払って言葉をひねり出した。
「いきなり、何をするのです!」
「気に入らねえんだよ、その育ちのいいしゃべり方が…!
お高く止まりやがって…!」
レイセンは、その男が言う意味がわからなかった。
「あなたは…月面軍!?
それとも、幻想同盟!?」
レイセンは、言葉遣いに気をつけながら男に質問をした。
先ほど撃ったことで気が済んだのか、男は拳銃を仕舞いその質問に答えた。
「そのどちらも当たりだ」
「…?
ここは、どこなの?」
「フン…質問の多いガキだ。
ここは、農業コロニー、ガンマ3だよ」
レイセンは、ガンマの名のつくコロニーは、食料生産コロニーとして
魔導戦争以前は数多く存在したが、戦争の際に多くが失われ、
今は10番代から振り直されたナンバーのコロニーが運用されていると、
依姫から教わったことを思い出した。
答え終わると、男は一呼吸の後、レイセンに命令した
「質問タイムは終わりだ、さっさと立て!
ついてこい、早くしろ」
レイセンは撃たれないためにも、そう急かす男の指示に従った。
男が案内した先は格納庫には、片側の壁際にゼレイブと1号機、その反対側の壁際に2号機が立っており、
その付近では霖之助とパルスィが手を縛られたまま何やら作業をしていた。
この格納庫は人工重力が弱いのか、ふたりともフワフワと浮きながら作業をしている。
レイセンが訊くよりも先に、男がレイセンに命令をした。
「いいか、お前の機体のエアーとか、弾薬の補給をしろ。
こいつらをいずれは外に運ばなきゃならんのでな。
こいつを食らいたくなきゃ、さっさと言うとおりにしろ!」
手に持った拳銃をトントンと指で叩きながら言う男に、レイセンは従うしかなかった。
手を縛られたままなので作業がしづらかったが、なんとかエアー補給用のホースを手に取り
ゼレイブのエアータンクに繋ぎ、エアーの供給を始められた。
エアーを入れながら周囲を見渡すと、霖之助が男に気付かれないように
レイセンに向かってちょいちょいと合図をしていた。
簡単なジェスチャーであったが言いたいことは感じ取れた。
エアーのホースで、男に向けて何かをしろと言いたいらしい。
エアー補給用のホースは、接続部近くのトリガーを引くと、勢い良く空気が噴出す構造になっている。
レイセンがコクリと頷くと、パルスィも何かを察したらしく頷いていた。
「ああああーっ!」
「何だ!?」
突然パスルィが叫んだのに気を取られ、男がレイセンから目を離した隙に
レイセンはホースを持ったまま男に近づき、背後からエアーを噴射した。
「ぐわっ!?」
男は急なエアーの放射による強風に驚き、足が床から離れて宙に浮かび始めた。
「たああぁぁぁあ!」
その隙を突いて、霖之助がエアーの噴射をブースター代わりにし、
すごい速さで男に飛び蹴りを放った。
霖之助の蹴りは男の銃を持つ手にヒットし、男の手から拳銃が離れた。
浮かんでいる拳銃を霖之助が縛られたままの手でキャッチし、男に向けて言った。
「僕はこう見えても武闘派なんでね。
ホールドアップ、ってやつかな?」
「ほう…てめえら、ただのボンクラじゃねえようだな」
感心したような様子で言いながら、男が手を上げながら後ずさる。
「動くな! 僕はやる時はやるぞ!」
霖之助はそう言いながら威嚇射撃をしようと引き金を引こうとするが、
引き金は固く、撃つことができなかった。
「あ、あれ?」
「バーカ! 銃にはセーフティってもんがあるんだよ!」
男はバカにしたような口調でそう叫びながら格納庫から逃げていった。
「あ、待てー! あ、あれれれー!?」
パルスィが男を追おうと走ろうとするが、慣れない低重力で勢い余ってくるくると宙で回転してしまった。
「…とりあえず落ち着いたほうがいいみたいね」
レイセンはパルスィの回転を止め、霖之助から銃を受け取った。
「あ、ありがと…。
で、その銃でどうするの?」
パルスィが訊くと、レイセンは床を撃ち、床のパネルの1枚を割った。
そしてレイセンは割れた床のパネルの尖った部分で霖之助とパルスィの手を縛るロープを切った。
「おっ、やるねえ」
「とりあえず、ここから出るためにもあの人を追いましょう。
用意周到なところを見ると、罠を仕掛けてるかもしれないし…」
パルスィにロープを切ってもらいながら、冷静にレイセンが提案した。
「こんな状況でよく冷静に判断できるわね?」
「えっと…そんな気がしたの…」
パルスィに言われて、レイセンはどうして自分が
そう思ったのかわからなくなり、適当にはぐらかした。
時折レイセンは、自分たちがやるべきことが
まるで誰かに教えられたかのように浮かぶ時がある。
今までそれでうまくいっていたのだが、さすがに気味が悪いので他の人には黙っていた。
「お、こんなところに自動小銃がある」
格納庫の脇のコンテナを漁っていた霖之助が言った。
渡された銃を握りながら、パルスィがぼやいた。
「私、こういうの好きじゃないんだけどなぁ…」
「そうは言っても、あの男が弾幕勝負なんかしてくれるわけ無いだろう?
乱暴だけど、鉛の弾幕で黙らせてやらないと」
霖之助が準備しながらそう言った。
「色々情報を聞いたほうがいいから、間違って殺さないようにしないと…」
レイセンが補足するように言った。
武装した3人は格納庫から内部へ入り、警戒しながら通路を進んだ。
格納庫だけでなく、このあたりも人工重力が弱く、フワフワと浮きながらではあったが。
すると、脇道から男が自動小銃だけを出して、3人に向けてめちゃくちゃに撃ち始めた。
「わわわっ!?」
「ハハハハ! 通路で全身を丸出しで進むバカが居るかよ!」
急な発砲に驚く3人に、男は笑いながらそう叫び何処かへと去っていった。
「あのおっさんめー! バカにしてー!」
運良く一発も当たらなかったのを確認した後、憤慨しながらパルスィが言った。
男が入っていった形跡を追って、3人は箱の積まれている部屋に入った。
すると突然積まれている箱が崩れ、3人は箱に埋まってしまった。
「ガハハハハ! 使えるもんは何でも使うもんだよ!」
男はその様子を見ると、そう言ってまた去っていった。
その後も、男に消火用のホースで不意に水を浴びせられたり、
背後から野菜を投げつけられたりと様々な手段で男は3人をやり過ごしていた。
「…作戦を考えよう」
擦り傷だらけになった霖之助が冷静になって提案した。
びしょびしょに濡れたパルスィと、顔がスイカ汁まみれになったレイセンが賛同する。
「さんせーい…」
3人は辺りにあるものを色々と探り、作戦を練った。
男はまた別の部屋で3人を待ち構えていた。
「へへへ、ガキども…次はどうしてくれようか」
男がそう思っていると、3人が部屋に入ってきた気配を感じた。
「ついに警戒せずに突っ込んできたか!」
男はそう言って入口付近の物体を撃ったが、すぐにそれが彼らではないことがわかった。
「タ、タマネギ?」
そう、部屋の中に大量のタマネギが部屋に放たれたのだ。
「ほうら、催涙のシャワーだ!」
「農家の人、ごめんなさーい!」
そう言って、3人はタマネギに向かってメチャクチャに銃を撃った。
破裂するタマネギから目にくる成分が部屋中に充満する。
「ぐおっ!? 目、目が見えん…!」
タマネギの成分にやられ、男が身悶える。
その様子を見た霖之助は、男に飛びかかった。
「でやあああ!! ぎゃああ! 目が!」
何の防備もなしに突っ込んだので、霖之助もタマネギの成分にやられてしまった。
お互い目が見えない状態でもみくちゃになる男と霖之助。
「なにやってんだか…ううっ!?」
そうこうしているうちにタマネギの成分は廊下にも広がり、
廊下で待機していたパルスィとレイセンも目をやられてしまった。
「ちょっと、これキツイよパルスィ!」
「ぎゃー! もうなんでこんな目にー!」
ここにいる4人全員が濃密なタマネギの成分にやられたところで男がギブアップした。
「待て、待て待て!
このままじゃ埒が明かねえだろうが!
休戦だ、休戦しよう!
銃を捨てるからとっととここから出してくれー!」
このままではどうしようもないので、渋々3人は了承して男を確保し、別の部屋に連れて行った。
「…はあ、やっとマシになってきた。
お前ら、やり口はいいが自分の防備くらい整えておけよ…」
武装解除した男が涙目のまま言った。
「散々やってくれたくせによく言うわ」
呆れながらパルスィが水で目を洗いながら言った。
男の身体検査をしていた霖之助が、男がこれ以上武器類を持っていないことを確認した。
「…よし、もう武器はないな。
で、あんたは何者なんだ?」
「ちっ…もう勝者のつもりかよお前らは。
俺の名はバル、幻想同盟の兵士だ」
観念してバルが言ったことに、レイセンが反応した。
「幻想同盟の…?」
今まで、幻想同盟の兵士とは交戦こそすれ、実際に生身で会うのは初めてだった。
レイセンはバルが言っていたことを思い出しながら、彼に質問した。
「でも、最初に月面軍でも間違いはないみたいなこと言ってたような…?」
「…まあ、な。
俺は元々は月面軍に所属していたからな…」
「なんだって?」
「月面軍に男っていたんだ…」
バルの答えに霖之助とパルスィが驚く。
「お前ら、その歳でその反応って…月面人じゃないのか?」
「…隠してもしかたがないけど、この娘…レイセン以外はそうだよ」
霖之助が正直に言った。
知らなかったその事実に、レイセンが驚いた。
「ええっ!? ふたりとも幻想人だったの!?」
そういえば説明してなかったわね、とパルスィが呟きながら、
バルとレイセンにこれまでの経緯を説明した。
ひと通りの説明を終え、情報を整理た後に霖之助がバルに質問をした。
「それで、なんで元月面軍人のあんたが幻想同盟なんかに?」
「…何も好きでこうなったんじゃねえよ。
深い事情が、色々あってな」
「…魔導戦争がらみ?」
バルに対してレイセンが訊くと、バルは舌打ちをしながら答えた。
「…あながち間違いじゃねえ。
あんまり詳しいことは言いたくないがな」
そう言うバルの様子を見て、霖之助は無理に聞き出しても答えないだろうなと思い
次の質問をバルに言った。
「…幻想同盟って、一体どんな組織なんだ?
月面軍に攻撃をする割には、幻想郷では僕らに味方をするわけではない…」
レイセンはその言葉で、幻想郷での幻想同盟の活動を察した。
どうやら月面軍に対しては幻想郷と協力関係にあると言いながらも
実際は幻想郷とは完全に無関係な組織らしい。
「しかも、豊姫っていう月のお偉いさんともつながりがある。
全然実態が見えてこないんだけど…」
「俺だって知らねえさ。
特に、こんな末端の兵士になんかな」
「えっ…?」
嘘を言ってるようではないバルの返答に、パルスィが驚く。
「じゃあ、あなたはよく知りもしない組織に手を貸してるってわけ?」
「…手を貸したほうが得だと考えたからな。
方法がどうあれ、恨みのある月面軍を叩きのめせるんだからな…」
バルの言葉からは、その意味がよくわからなかった。
そのまま、諦めた様子でバルが言った。
「お前らの機体を同盟に渡せば、同盟の戦力になる。
そう思ったからとっ捕まえたんだが、どうもダメみてえだな」
「どういうこと?」
「お前らの部隊と、月面軍の海賊隊がココらへんでぶつかり合ってて
同盟はこっちに部隊をよこせねえんだとさ。
試しに出した偵察隊もお前らに潰されちまったみたいだし」
そこで、ガンマ3に流れ着く原因となった戦闘に幻想同盟が乱入してきた理由がわかった。
その後も色々と質問したが、これ以上新しい情報は得られなかったので
3人はバルを交代で見張るようにし、疲れきった体を休ませることにした。
時間的には、既に深夜を回っていたからだ。
「うう、ん…あっ!」
バルを見張りながらウトウトしてたレイセンは、一瞬居眠りしている間に
バルが部屋を抜けだしていることに気づいた。
こっそりバルにつけていた発信機を頼りに、レイセンは一人で追った。
「どこに行くんだろう…?」
バルはレイセンたちが休んでいた居住スペースを抜け、
農場エリアにあるビニールハウスの一つに入っていた。
「何をしているの!」
レイセンが拳銃を構えながらバルの入ったハウスに入ると、
そこには大きな石に名前を彫っただけの、簡素な墓が立ち並んでいた。
その内の一つの墓石の前で、バルは酒瓶を持ったまま振り向いた。
「…悪いな、これだけは欠かせなくてな」
「お墓…?」
レイセンは立ち並ぶ墓に言葉を失った。
「ミケル、ハイマン、ヘッシャー、キール…
俺と一緒にここにいた月面軍の兵士だ。
エミリーとマコは栽培管理のチーフ、メアリーは気のいい医者の婆さんだった…」
「これは、何があったの…?」
墓に刻まれている人物の名前を読み上げるバルに、レイセンが訊いた。
「みんな良い奴だったのに、殺されたんだよ。
…魔導兵器にな」
バルはタバコに日をつけ、遠くを見つめながら話し始めた。
「魔導戦争のあの時、魔導で動いていた農耕器具や、
防衛用のマシンが俺たちを襲い始めた。
元々ここは軍事基地でもない、ただの食料生産用コロニーだ。
俺たち警備用の軍人も、戦い慣れているようなのじゃなかったし
白兵用の装備だって、大したものは置かれていなかった。
多くの仲間を殺されながらも、俺達は必死に戦った。
食料生産用コロニーは月の生命線の一つ、
守りきらなきゃ月が飢えちまうからな…」
バルは、そこで一旦ため息とともに煙を吐いて、墓に酒を注ぎながら話を続けた。
「コロニー内の魔導機械を全部ぶっ壊した時、
生き残ったのは俺と、重症の二人だった…。
俺達は月に何度も通信を飛ばした。
魔導戦争が集結した後も、ずっとずっとな…。
だが、一向に返事は帰ってこなかった…。
そのうちに、重症を追った二人は死んじまった。
その時に確信したのさ、俺達は政府に見捨てられたんだってな…」
レイセンは、信じられないような目でバルを見つめていた。
「俺達が命がけで守りぬいたこのコロニーは、
月の連中にとっちゃ…どうでもいいものだったんだよ。
生存者がいるかどうかも調べにも来ねえ…。
俺は、絶望したよ…。
最初から逃げようと思えば、コロニーを捨ててもいいと思えば、
はじめからこのコロニーをさっさと脱出してれば、
仲間は死ななくてすんだんだからよ…。
見捨てられるってのに、必死で守った結果がこれだ!
旧政府の解体! 新政府の編成!
そんなことばかりやって、国のために命張った連中は放置だ!!
俺だけじゃねえ、必死にコロニーを守り抜いたのに
月に見捨てられたのは俺以外にも、大勢いる。
幻想同盟に加わってんのは、そういう連中だよ」
「そんな…月が…? 信じられない…!?」
レイセンは、突然聞かされた月政府の非道さに信じられないでいた。
「ああそうだろうよ、お前は特に育ちが良さそうだからな。
月の美談やら綺麗な歴史ばーっかリ聞いてきて、
あそこが穢れとは無縁の清廉潔白な理想郷とでも思ってたんだろ…?
医学の進歩を穢れなんかと結びつけて、地上を穢れの地だとか貶めたり、
平気で嘘をつき綺麗に取り繕おうとするのがあの国なんだよ!」
レイセンは、バルから聞かされた月の行為に言葉を失っていた。
「ひとつ教えておいてやる。
幻想同盟は、豊姫が作った組織だ。
…月をぶっ潰すためにな」
「え…?」
「俺達のような月に恨みを持つ連中を集め、
戦争のドサクサで月面軍を攻撃させる。
俺達月面人が、身分を隠して堂々と月に復讐できるんだ。
断る奴はいなかったよ。
豊姫のやつが、ぶっ潰した月をどうするかは知らんがな…」
「そんな…豊姫様が…?
なんで…?」
そうレイセンが呟いた後、ドドンと大きな音がして地面が揺れた。
「何だ!?」
バルとともにレイセンがビニールハウスの外にでると、破壊された外壁の向こうから
月面軍の戦車が大量に向かってきていた。
「あれは…!?」
「魔導戦争の時に俺達を襲った月面軍の制式戦車・メイヴァーだ…!
だが、あの時に全部ぶっ壊したはず…!?」
そう言った後、バルはひとつの結論に気づいた。
「生き残りがいて…こっそり修理してやがったのか…!?」
「ええっ!?」
「無いとはいえない話だ!
魔導機械にはメンテナンスマシンもあったんだ!
んで、お前たちが来たことで人間の反応が増えたから、
目覚めて攻撃してきたってわけか!?」
そう言い終わらないうちにメイヴァーのうち一台がプラズマ弾を発射してきた。
「危ない!」
とっさにレイセンはバルを突き飛ばし、なんとかプラズマ弾をかわした。
「お前…どうして俺を…!?」
「ハァ…ハァ…、目の前で、人が死ぬのが…嫌なだけです!」
「…言ってくれる!」
レイセンはバルとともに格納庫へ向かった。
格納庫では異変を感じて起きた霖之助とパルスィも来ていた。
「一体何があったんだ!?」
「まだ生きてる魔導兵器がいやがったんだ!
このままじゃお前らも餌食になる!
さっさと逃げちまいな!」
レイセンたちがそれぞれのWAに乗り込んでいると、
格納庫の脇にある管制室からバルが通信で呼びかけた。
「どうして!?」
「てめえらはここの魔導兵器とは無関係だろうが!
へっ…死ぬにはいいシチュエーションだぜ…!」
パルスィにそう答えると、バルは機械を操作しエアロックの内部扉を開放した。
と同時に、数台のメイヴァーが格納庫に侵入してきた。
「来やがれ! クソッタレの魔導兵器ども!
俺が相手をしてやるぜぇぇ!」
バルが自動小銃を乱れ撃つが、頑丈な装甲を持つメイヴァーはビクともしていない。
「人間…殺ス…」
「人間…抹殺セヨ…!」
機械的な声をあげながら、メイヴァーは管制室に砲塔を向けた。
「ミケル…今お前らのもとに行くぜ…!」
死を覚悟したバルがそう呟くと、ゼレイブのプラズマ・サーベルが唸り、
バルを狙うメイヴァーを切り裂いた。
爆発して燃え上がるメイヴァーを見ながら、バルが叫んだ。
「お前ら…どうして!?」
「僕らが来たのが引き金だったのなら、
関係ないとは言わせないよ」
「ただ…私は、目の前で人が死ぬのが嫌なだけよ!」
霖之助とレイセンがそう言うと、3人は格納庫に侵入してきたメイヴァーを攻撃し始めた。
「ったくもう、私はそんなんじゃないんだけど!」
パルスィはそう言いながらも、二人と協力して戦いに臨んだ。
「ぐああああ!」
数台のメイヴァーを破壊したあたりで、バルの叫びが聞こえてきた。
その声のする方を向くと、砲塔の代わりに
巨大なアームの付いたメイヴァーがバルを掴んでいた。
「くっ!」
レイセンがとっさにプラズマ・ライフルを構えるが、霖之助が制止した。
「ダメだ! 今撃ったら彼に当たる!」
「あ…!」
レイセンは、バルを盾にされているのにもかかわらず
引き金を引こうとしていた自分に気づき、手が震えた。
「ためらうな! 俺ごと撃てー!」
「できるわけ無いでしょう!」
自己犠牲に走るバルをパルスィが否定するのを聞いたからか、アームの付いたメイヴァーは
格納庫から退き、ビニールハウスの立ち並ぶ農場エリアへと向かっていった。
「レイセン、追うぞ!」
「あ、うん!」
レイセンは、震える手を抑えながらゼレイブを駆り農場エリアへと進んだ。
農場エリアへ続く大型通路では2~3台のメイヴァーが待ち構えていた。
レイセン達はバルとの戦いを思い出し、脇道に身を隠しながら通路のメイヴァーを狙い撃ちしていく。
「…あの人とやりあっててよかったわね」
通路のメイヴァーを撃破した後、パルスィがつぶやいた。
戦いのセオリーを知らない3人にとっては、メチャクチャではあったが
バルとの白兵戦は貴重な経験であった。
農場エリアでは多くのメイヴァーが待ち構えており、エリアに入ってきた3人を一斉に攻撃した。
「待ちぶせっ…!?」
「ちょっと、魔導兵器ってこんなに賢いの!?」
人質を盾にし、おびき寄せ待ち伏せをするという戦法にパルスィが舌を巻いた。
メイヴァーの攻撃を1号機の砲塔シールドで防ぎながら、霖之助がパルスィに叫んだ。
「僕が攻撃を抑える間に、パルスィは空から攻撃してくれ!」
「わ、わかったわ!」
パルスィは2号機を戦闘機形態に変形させ、周囲を囲むメイヴァーをミサイルで攻撃した。
空中からの攻撃で数台破壊されたのに気づいたメイヴァー達は、フォーメーションを変え
4台程が機関砲で2号機に攻撃を始めた。
「よし、敵陣に穴が開いた!
斬り込むぞ! レイセン!」
霖之助がそう言うが、ゼレイブは防御姿勢のまま固まっていた。
「どうした!? レイセン!」
「あ…はい!」
レイセンは我に返り、2号機を狙うメイヴァーに攻撃を仕掛けた。
その間にも霖之助が1号機でメイヴァーを撃破していく。
「ぐおおおお!」
バルは体を掴んでいるアームの強さが増してきて苦しんでいた。
「こいつ…加減くらいしねえか…!」
「バルさん!!」
その様子に気づいたレイセンがアームの付いたメイヴァーの下部を攻撃しようとするが
バルが盾にされているのと、メイヴァー自体が素早い動きでかわすため当てられないでいた。
「何をしている…!
俺にかまってる場合か…!?」
そう言うバルの言葉には耳を貸さず、どうやればバルを救えるかをレイセンは考えた。
「しまった、あたった!?」
空中から攻撃していたパルスィの2号機の主翼に、プラズマ弾があたってしまった。
バランスを崩した2号機はWA形態に変形し、地面を削るように不時着した。
「こいつらの主砲はプラズマ・ライフル並だ! 油断するな!」
メイヴァーを撃破しながらも霖之助が叫ぶ。
2号機の不時着でえぐれた地面を見て、レイセンは閃いた。
「地形を…利用する!」
逃げまわるアームの付いたメイヴァーの移動先にレイセンはプラズマ・ライフルを発射した。
プラズマ弾の着弾により、地面にそれなりの深さの穴が開いた。
アームの付いたメイヴァーはその穴に引っかかり、動きを止めた。
「今だぁぁ!」
とっさにプラズマ・サーベルの出力を抑えたまま、バルを締め付けるアームの根本を切り裂いた。
根本を切り離されたアームはバルを掴んだまま地面に落ちた。
「バルさん!」
レイセンは急いでゼレイブの手でバルを拾った。
「いててて…助けるならもっと丁寧にしてくれよ…」
文句を言いながらも、バルは無事な姿を見せた。
バルの無事を確認すると、プラズマヘッドカノンでアームの付いたメイヴァーの下部を破壊した。
すると、他のメイヴァーの動きはピタリと止まり、戦闘は終わった。
「いてて…俺を掴んでいたのが戦車共を操っていたみたいだな…」
バルがゼレイブの手から降りて、戦場跡を見回しながら言った。
霖之助とパルスィもコックピットから降りてきた。
「あんなのと、生身でやりあってたんだね…」
「ホント、あんたとやりあってなかったらこっちもちょっと危なかったわ」
そう言う二人に、バルは苦笑しながら言った。
「礼なんか言うなよ、くすぐったいぜ。
ったく、てめえらお人好しすぎるぜ…俺は敵だってのによ」
「敵かどうかって、変わらないものじゃないと思う…」
レイセンはコックピットから降りながら言った。
「確かにあなたは最初は敵だったけど…悪い人じゃないって分かったし、
それに…味方が敵になることだってあるから…」
レイセンは、敵になった豊姫と月面軍のことを思い出しながら言った。
「チッ…どこまでもいい子ちゃんぶったガキだぜ。
さっさとこんなところから出て行きやがれ」
「えっ、出ていいの?」
パルスィが驚きながら聞き返した。
「バーカ、WAに乗ったお前らを俺が止められるわけねえだろ。
とっとと出てけ出てけ!」
レイセン達の機体がエアロックに立ったのを確認すると、バルは宇宙に通じる扉を開いた。
「ありがとう、また会いましょう!」
レイセンはバーニアを吹かせながらバルに向かって通信を飛ばした。
「二度と来るんじゃねーぞ! ガキども!」
最後にそう憎まれ口を言って、バルの通信が切れた。
少しの時間ではあったが、ガンマ3での出来事は3人には大きな経験となった。
が、レイセンは捕まったバルに向けてためらいなく引き金を引こうとしていた自分に恐怖を感じてもいた。
多くの事実と謎を残したまま、レーダーに映るムーンライズの反応の方向に3人は向かっていった。
ムーンライズへの帰艦に成功したレイセン達。
彼女たちに訪れるしばしの安息。
それは、地球降下をかけた決戦の嵐の前の静けさでもあった。
次回、夢幻機動ゼレイブ 第8話「束の間の静寂」
君は、月の果てに何を見るのか。