豊姫は明かりを付けず、暗い自室で通信のチャンネルをつないだ。
画面には『リュンナ基地司令部』と表示されている。
「オーフェリア准将」
「なんだ、お前さんか」
オーフェリアと呼ばれた通信の相手は、
顔の上半分を隠す仮面をつけたまま、砕けた口調で豊姫に話し始めた。
「なあ、地上に応援を送ってくれない?
最近、地上人どもの抵抗が激しくて兵が疲弊しているんだ」
「でも、戦線の維持はできているんでしょう?」
「そうだが、かなりカツカツだよ。
なにせ、イーグルラヴィの連中まで戦いに駆り出しているくらいでさ」
「イーグルラヴィって、諜報部の?」
「ああ。
以前の地上の作戦の時に戦闘経験を得た連中を
ワンダーアーマーに乗せてるのさ」
オーフェリアはペラペラと紙をめくるような音をさせながら、静かに報告を始めた。
「例えば数日前、イーグルラヴィのセイラン曹長が地上の兎を
月面軍に引き入れることに成功したなぁ」
「地上の兎…以前レイセンが隠れ蓑にしていた連中ね」
「そうなのか?
まあいいや、引き入れた兵たちはセイラン曹長共々リンゴ中尉に任せた。
セイラン曹長を隊長に、『グッドラック隊』って名前にしてな」
「いいじゃないの」
「それほどやらなきゃ戦線が維持できないんだよ」
オーフェリアは通信機越しにため息を付いた。
オーフェリアはこの戦争において地上部隊の司令官を務めている。
豊姫は、そんなオーフェリアに対して苦言を呈した。
「こちらも今、幻想同盟の攻撃を凌ぐために兵を割かなければならないの。
手の開いている兵は新兵ばかりだし。
それに、今ひとつ面倒事を抱えていてね…」
「面倒事?」
「ええ、ムーンライズという新造艦の部隊が
新型のWAをごっそり抱えて幻想郷に亡命しようとしているの」
「面倒事どころじゃない、一大事じゃねーか」
「現在、コスモパイレーツに追わせているけれど、
なにぶん新型のWAな上、精鋭ばかりで苦戦しているのよ」
「コスモ・パイレーツってーとあの悪名名高い…。
って…精鋭ばかり? 何があったんだ?」
「貴女が気にすることじゃないわ」
豊姫の物言いにエーディンは引っかかるものを感じた。
精鋭ほどの人物が何人も敵に亡命するなんて普通はありえないからである。
「で、その連中はこっちに向かっているんだろう?
私らが相手をしなくてもいいのか?」
「地上に降下した場合は任せるわ」
「あ、ああ…わかったよ」
「それじゃ、例のコスモパイレーツと通信しなければいけないから
通信を切るわよ」
「お、おい、ちょっと…」
オーフェリアの声を無視して、豊姫は通信を切った。
その後すぐにコスモパイレーツの旗艦レゴリスに通信を繋いだ。
「レーア中佐、応答しなさい?」
「ああ…豊姫さんかい」
「ムーンライズの始末に手こずっていると聞いているけれど
連中はもう地球近海まで来ているんでしょう?
このままじゃ地球に降りられてしまうわ」
「仕方ないだろう?
こちとら少ない人員でやりくりしてるんだよ。
あんたがよこした大佐さんも敵の一人に執着するばかりで
まるで役に立たないときた」
「ミオが? 鈴仙にかしら?」
「さあね、あたしの知ったこっちゃないよ」
豊姫はしばらく考えた後、レーアに言った。
「じゃあミオに伝えてちょうだい。
サーディスを貸すから、今度こそムーンライズを沈めろってね。
そして、もしもムーンライズの地球降下を止められなかったら、
私のところに戻ってこいとね」
「へぇ? お仕置きでもしてやるのかい?」
「フフ、秘密よ」
不敵な笑いを浮かべ、豊姫は通信を切った。
「ったく、何考えてるんだいあのお姫さまは」
通信を切られて、レーアはブリッジで悪態を付いた。
コスモパイレーツとして、反政府運動を行うグループの粛正、
密輸団の輸送船の攻撃、事故死に見せかけての汚職高官の抹殺など
これまで汚れ役として数々の任務を行ってきたレーアであるが、
幻想郷に投降しようとしているとはいえ、
豊姫が実妹である依姫を簡単に切り捨てるような命令を下すこと。
そして、不穏な動きを見せる幻想同盟と豊姫が裏で繋がっているという噂。
月の汚い部分を散々見てきたレーアの目には、
今の豊姫は非常に不気味な存在に見えていた。
「そろそろ、あたし達も身の振り方を考えた方が良さそうだねえ…」
誰にも聞こえないような小さな声でレーアはつぶやいた。
「さっきの通信、豊姫様からか?」
そんな事情を知らないミオが、ブリッジに入ってきて訊いた。
「ハッ! そうだよ。
あんたの扱いに関してのお話さ」
「それで、何と?」
「ふっ、サーディスとかいうのを寄越すとさ。
それと、地球降下までにムーンライズを止められなきゃ
あんたは終わりだともね」
「何?」
レーアは、わざとミオに嘘を混ぜたの情報を教えた。
嘘というよりは、今の豊姫なら確実にそうするであろうというレーアの予想であった。
「サーディスというのが誰かは知らないけどさ、
今のこちらの状態だと、次に仕掛けられる頃には
向こうは大気圏に突っ込んじまってるがどうすんだい?」
1回目のムーンライズへの襲撃による損傷は激しく、
特に攻めの要となるレーアのWA、カイメルの修復にはかなりの時間を要していた。
「だったら、大気圏に突入するそのときに襲撃する」
「正気かい!?
そんなことしたら、ヘタすりゃあたしらが地球に落っこちて
おっ死んじまうよ!」
「だからこそ、奴らは襲撃を予想してないはず。
このまま引き下がるわけにはいかない…!」
「チッ、つきあっちゃられないね。
あたしらはあんたと一緒に心中するほど
お人好しじゃあないよ」
「心配は無用よ、そう言うと思って作戦をある程度考えてある。
サーディスが使えるなら、より良くなる作戦がね」
「ほう、聞かせてもらおうじゃないか」
レーアはミオの話す作戦に耳を傾けた。
ガンマ3から無事に戻ったレイセンたちは、
ムーンライズの格納庫に集まっていたみんなに歓迎された。
「レイセン…あなたが無事で、本当に良かった…!」
「わわっ、苦しいですよ依姫様!」
ゼレイブから降りたレイセンは依姫に強く抱きつかれうれしい悲鳴を上げた。
「ったく、心配かけやがって!」
エーディンも嬉しそうにレイセンに向かって言った。
その脇で、整備長が霖之助に声をかけていた。
「坊主ども、よく無事だったのう?」
「ああ、それがだね…」
霖之助はガンマ3で起こったことについてを話した。
「幻想同盟の兵士は旧月面軍の兵士だったのね…」
霖之助の話を聞いたネイザンが言った。
これまで得体の知れなかった敵の正体が、同じ月の人間だというのは
エーディン達、月出身者にはショックな事実であった。
霖之助が話している間、俯いていたレイセンに依姫が声をかけた。
「レイセン、どうしたの?」
「私…わからなくなっちゃいました…」
「え?」
「WAに乗っている人たちのこと…
今まで考えずに戦ってきました。
けれど、月面軍の人たちはもちろん、
幻想同盟の兵士の人も、私たちと同じ
血の通った人間だったってわかってしまった…。
彼らにも、ちゃんとした理由があって、
月に不満があって戦いに身を投じている…」
今までレイセンは、月面軍のWAに対してはコックピットを外して攻撃するなど、
極力殺傷を避けるように攻撃していたが、
幻想同盟のWAには容赦なく攻撃をしていた。
敵だとはいえ、殺していた相手が人間であるということにショックを受けていたのだった。
「だとしても、敵として襲ってくる以上、身を守るためにも戦わなければいけない」
「それだけじゃないんです」
ゼロの言葉を遮るように、レイセンが続けて話した。
「私…ガンマ3での戦闘で、魔導兵器に捕まったバルさんを
魔導兵器ごと撃とうとしてしまったんです…」
「その時は、僕が止めたからよかったけど…」
「怖いんです…!
たまに自分じゃない誰かが私に人を殺させようとするような…。
自分が自分じゃなくなるような感じがするんです…!
そんな私が…他人の命を背負うなんて…怖いんです…」
レイセンは涙を流しながら自分の身に起こっている不可思議なことを訴えた。
「レイ…」
初めて見るレイセンが落ち込む姿に、ワカバは言葉が出なかった。
エーディンはレイセンに駆け寄り、彼女の頭を撫でながらゼロに提案した。
「戦いが続いて、レイは疲れてるんだ。
しばらく休ませてやったほうがいいんじゃないか?」
「ふむ…そうだな…」
エーディンの言うことも最もだといった風に、ゼロが頷いた。
「なあに、レイが抜けても大丈夫よ。
ゼロ少佐に戦いの訓練をさせてもらってるし、
私のワンブ・カスタムもあるからね」
「ワンブ・カスタム?」
ワカバの言葉にパルスィが首を傾げた。
「フフフ、狂気を克服したワカバ嬢のために
わしらが腕によりをかけてワンブを改良したんじゃよ!」
整備長がそう叫びながら指さした先には、
格納庫のハンガーに赤色に塗装されたワンブが立っていた。
皆がワンブ・カスタムに目を向けたのを確認して、整備長が熱く解説を始めた。
「プラズマ・シールド発振機をつけるついでに、
秘蔵のプラズマ・ガトリングガンを装備させ
さらに宇宙パックを固定することで推進力はゼレイブにも匹敵ィ!
カラーはワカバ嬢のパーソナルカラーに…!
…コホン、というわけじゃ」
周囲の雰囲気を察し、整備長は興奮を抑え説明を終えた。
「ワカバは戦うこと、平気なの…?」
レイセンは涙を抑えながらワカバに聞いた。
「割りきれているわけじゃないけれど、
こっちがどう思っていようと敵は殺しに来るのよ。
相手がかわいそうだからって殺されるほど
お人好しじゃないわ。
それに…」
ワカバは、そこで一呼吸置いた。
「私が死んだら…ユリの死が無駄になるから…!」
「ユリの…」
レイセンはユリが謎の緑色の機体の攻撃から
ワカバを庇って死んだことを思い出した。
「ユリが守ってくれた命…
それに報いるためにも、私はこの戦争を終わらせなきゃいけないのよ…!」
「…!」
ワカバがユリとの思い出の首飾りを握りしめながら話した信念に、
レイセンは心が震えた。
レイセンは、今まで流れのまま言われるままに戦ってきており、
何のために戦うのかという理由を持っていなかった。
一連の話を聞いたゼロは、レイセンに問いかけた。
「レイセン、お前はどうだ」
「えっ…?」
「周りに流されるままに戦いを続ければ、今のように限界が来る。
精神か肉体…あるいはそのどちらか…」
「戦う理由を見つけろと…言うんですか?」
「そう感じたのなら、それを考えろ」
「…」
戦う理由、と言われレイセンは閉口した。
「おい、ちょっと待てよ!
なんでレイを戦わせる前提なんだ!」
ゼロのレイセンに対する態度にエーディンが怒りを露わにして突っかかった。
「ゼロ少佐、あんたレイを戦いの駒みたいに
思ってるんじゃないか?」
「…なぜそう思う?」
「レイが戦いに疲れて病んでいるのに、
戦いの理由を考えろだって?
少しはレイの気持ちを考えてやれよ!」
「そこまで言うことはないんじゃないか…?」
憤慨するエーディンをクライドが抑えようとするが、
エーディンの怒りは収まらなかった。
「レイ、お前は部屋で休んでいろ。
ここにいたら、ゼロに無理矢理戦わされるぞ!」
「あ…エーディンさん…!」
そう言って、エーディンはレイセンの手を引いて格納庫を去っていった。
「レイセン、待って!」
二人を追って、依姫も格納庫を出て行った。
「…嫌われたかな?」
そう苦笑するゼロを、ネイザンがフォローした。
「エーディン准尉、アルファ11を出てから…
ユリを喪ってからあなたに不満があるみたい…」
「わからなくもない…。
私が捕まったことが原因で、ユリが死んだようなものだからな…」
ゼロは俯いて呟いた。
重い空気に耐えられず、わかさぎ姫が提案した。
「このまま行けば、幻想郷に降りるまで
敵の攻撃は受けないんでしょ?
その間に、仲直りした方がいいと思うな…」
「そうなの?」
攻撃を受けないということに関して、パルスィが訪ねた。
その質問には、クライドが答えた。
「ああ、追ってきているコスモ・パイレーツ隊の
これまでの損傷具合から、
敵が再び攻撃してくる頃には、こちらは大気圏突破中だ。
その状況で攻めてくるような自殺行為はしないだろう…ってさ」
「時間があるんだったら仲直りするなら
レイセン達が落ち着くのを待ったほうがいいわね。
こういう時に物事を解決できるのは、時間だけよ」
ネイザンはそう言ってブリッジへと戻っていった。
それにつられてか、格納庫に集まっていた人たちも
各々持ち場に戻っていった。
一人格納庫に残されたゼロは、大きくため息を付いて呟いた。
「果たして、ミオが諦めるかどうか…」
エーディンに無理やり個室に連れて来られたレイセンは
促されるままに一人ベッドに横になった。
「お前が気にすることはない。
ゼレイブだって、他のやつが乗ればいいんだ」
エーディンは、慰めるつもりでそう言った。
「あはは…」
「レイセン、大丈夫?」
レイセンが苦笑いしたタイミングで、依姫が部屋に入ってきた。
「依姫様…」
「ごめんなさい、私のせいでこんなことになって…」
そう言って頭を下げる依姫を、慌ててエーディンが止めた。
「あ、頭を上げてくださいよ!
どうして依姫様が謝るんです?」
「私がレイセンをイオタ3に連れてこなければ…。
アルファ11で皆で逃げようなんて言い出さなければ
あなた達はこんな目に合うことにならなかったかもしれない…。
私のせいで…」
自分のしたことを思い出し、落ち込みながら話す依姫。
エーディンは少し今までを振り返りながら反論した。
「確かに、始まりはそうだったかもしれませんよ。
ですけどね、レイセンがいなかったら俺はゼレイブごと
幻想同盟に殺られちまってたし、
アルファ11でもそのままいたらゼロ少佐だけじゃなく
俺らまで殺されちまうところだったんですよ。
あんまり悲観しないでくださいよ、依姫様は俺らの旗印なんですから…」
「エーディン准尉…ありがとう…」
エーディンの素直な言葉に、依姫は少し励まされたようだった。
「よしてくださいよ…。
俺は本当に、レイに感謝しているんですから」
「えっ…?」
急なエーディンからの感謝の言葉に驚くレイセンに
エーディンは自分の思いを打ち明けた。
「実は俺…迷っていたんですよ。
学校を出て、勢いで軍に入っちまったはいいけど、
このままでいいのかなって…。
そこでレイに出会って、こいつが小さな体で頑張る姿を見るうちに
負けてられないな…って思ってね。
初めて、軍人として戦うことの意義を見つけたというか、
自分よりも幼いレイが頑張っているのに
俺がそんな中途半端でいいのかって思ったというか…。
まあ、うまく言葉には出来ねえんですがね」
エーディンは、ベッドに腰掛けて天井を見上げながら続けた。
「そして、ユリを喪ってさ…。
あんな小さな娘が犠牲になるなんて、とんでもないことだ。
こんな戦争、早く終わらせなきゃいけないって思ってさ。
もう、誰も死なせないために戦おうって思ったんですよ」
「エーディン准尉…」
「ハハハ…俺、バカだから変なこと言ってるかもしれないけど、
俺の戦う理由は、レイやワカバのような若い連中を
これ以上犠牲にしたくない…ってとこです。
そのためなら、相手が元同胞でも…俺は戦います」
「…すごいな、エーディンさんは」
エーディンの話を聞いたレイセンはポツリと呟いた。
「私なんて、人を傷つけることが怖くなって…
戦いで人を傷つける権利が私にあるのかって、
死んだ人の命を背負うことが私にできるのかって…。
そう思っちゃってグルグルして、わけがわからなくなっちゃってるのに…。
エーディンさんは自分の意志で、戦う覚悟ができてるもん」
「何も、戦うだけができることじゃないぜ」
レイセンが話していると、突然レイセンたちのいる部屋をクライドが訪れた。
「クライドさん、どういうことですか…?」
「あのなー…戦いに出れない俺が
ただ艦内でぶらぶらしてるだけだと思ってるのか?
聞き耳を立てるつもりはなかったんだが、聞こえちまったからには
ちょいと世話位はしてやるよ、と。
ついてきな」
そう言って、クライドは廊下を進みだしたので、
レイセンたちもクライドを追いかけて部屋を出た。
クライドが案内した先は、ムーンライズの厨房だった。
厨房のテーブルには、簡単な料理や、作りかけの料理が並んでいた。
「これ、もしかしてクライドさんが作ったんです?」
「まあな。
一人で暮らしてると、これくらい出来なきゃいけないもんでさ。
まあ、大人数分作るのは慣れてないから練習中だけど…。
ヘリしか操縦できない俺は戦いじゃ役に立てない。
だから、こういった形で手伝いをしてるってわけだ」
そうクライドが話している間、依姫は作りかけの料理をジーっと見ていた。
「どうした姫さん、珍しいのか?」
「いえ、月にいた時は料理人が作った完成品しか見たことなかったので
作りかけの料理っていうものを見たことがなくて…」
「ハハハ! 月の姫さんってのは相当豪華な暮らししてたんだな」
クライドに笑われて、依姫は顔を赤くして反論した。
「わ、私だって何も出来ないわけじゃないですよ!
ちょっと私にも手伝わせてください!
綿月の家の者として、料理のひとつくらい作れるようになりますよ!」
「ええっ!?」
「そうですね…そこの野菜を調理します!
道具を貸してください!」
そう言って依姫は箱に入っているジャガイモを取り出して
クライドに道具の催促をした。
急な依姫の行動に、クライドは困惑していた。
「芋の皮むきなら、助かるんだけど…困ったなあ」
「私も…お手伝いします」
レイセンも依姫に続く形でジャガイモを手にとった。
二人の行動に、エーディンはあきれ果てていた。
「おいおい、皮むき大会でもするのか?」
「しょうがない…ほら、皮むき器だ」
そう言って、クライドは厨房の引き出しから皮むき器を3つ取り出して
テーブルの上に並べた。
「…一つ多くないか?」
エーディンがクライドに尋ねた。
「ここに来たからには手伝ってもらうぞ」
「…俺も?」
「3人でやれば、早く済むだろ。
どうせ暇してるんだったら手伝いな」
「おーい…」
しぶしぶエーディンも皮むき器を手に取り、ジャガイモに向かい始めた。
「まあまあ、そうボヤくなよ。
戦いの中じゃ、こういうのは結構和むぜ」
「そうかなあ…」
ブツブツと文句をいうエーディンの傍らで、
依姫とレイセンは真剣な眼差しでジャガイモの皮を剥いていた。
その姿を見たエーディンは、ため息をつきつつも皮むきに専念し始めた。
その頃、暇を持て余したワカバは格納庫に戻ってきていた。
工学系の学校に通っていたワカバは、整備長の話を聞くのが楽しみになっていた。
「爺さーん…あれ?」
整備長に声をかけようとしたが、ワカバは整備長の周りに
霖之助とパルスィとわかさぎ姫がいることに気づいた。
「爺さん、4人で何してるの?」
「おお、ワカバの嬢ちゃん。
ちょうど今、彼らの機体を調べててわかったことがあっての」
「わかったこと?」
ワカバの質問に答える代わりに、整備長は巻かれた紙を懐から取り出し、
彼女たちの前に広げた。
紙にはレックス、プテロス、エラスモと書かれていた。
霖之助は整備長に文字の意味を尋ねた。
「整備長、これは?」
「3号機のデータを解析してて発見したんじゃが、
PVAシリーズには開発ネームが決まっていたのじゃよ!」
「開発ネーム?」
聞きなれない単語に、わかさぎ姫が首を傾げた。
「正式な名称が決まるまで、開発中の機体につける名前じゃよ。
いつまでも1号2号じゃあ、格好が付かないからの。
霖之助君の1号機がレックス、
パルスィちゃんの2号機がプテロス、
わかさぎちゃんの3号機がエラスモじゃ」
「これは…恐竜の名前かな?」
「霖之助君、当たりじゃよ。
きっとアルファ7の開発主任あたりが好きだったんじゃろう」
「なぁ~んだ、第三の変形形態でも見つかったのかと
ワクワクしてたのにぃ」
予想と外れた答だったので、パルスィがすねた。
「そもそも変形機能自体が整備士泣かせなもんじゃから
たとえ見つかったとしても教えてやらんもーん!」
「あっ! このジジイ!」
ガヤガヤと口喧嘩をするパルスィと整備長を見ながら、ワカバがふと思いついた疑問をぶつけた。
「思ったんだけど、何で月と地球で恐竜の名前が同じなの?」
「そういえばそうね、偶然にしては不思議ね」
ワカバの疑問にわかさぎ姫も同調した。
「それに関しては、こういう説があるんだ」
霖之助がその疑問に答えるように説明を始めた。
「八意女史の持っている月の資料とかを見て気づいたんだけど、
ペンは月でもペンだし、リンゴは月でもリンゴと呼ばれているんだ。
もしかしたら、人間の文化っていうものは始まりが違っても、
ある程度発達すると決まった一つの結果に収束するんじゃないかってね」
「どういうこと?」
「例えば、僕らの名前とかは外界の日本という国の名付けが非常に近い。
同じように、依姫さんとかも日本の名付けに近い名前になっている。
これは、月と地球で全く始まりの違う文化だけど、
そのなかで同じ日本的な文化が生まれたということの証拠かもしれないんだ」
「要するに、車を作ろうと思ったらどちらの文化でも最終的に4輪の車ができるし
鉛筆をつくろうと思ったら鉛の周りに木を固める方法に行き着くということじゃな」
「う~ん、わかったようなわからないような…」
難しい話についていけず、パルスィは頭を抱えた。
「まあ、要するにこれからはこのコードネームで呼ぶように
艦長たちにも伝えておるから間違えんようにな!」
「レックス、プテロス、エラスモかぁ…」
ワカバは何度も言うことで機体の名前を頭に叩き込んでいた。
「痛っ!」
依姫が手を滑らせて皮むき器で指をけがしてしまった。
「依姫様、大丈夫ですか!?」
「あーあー…血が出てるな。
これくらいだったら絆創膏貼れば大丈夫だ」
「ごめんなさい…」
クライドに絆創膏を貼ってもらいながら思わず依姫は謝ってしまった。
「いやいや、おかげで助かったよ。
これでしばらくは楽ができる」
「役に立てたんだ…」
レイセンが嬉しそうな顔で言った。
「戦いだけができることじゃない。
こういう風に手伝うこともできるからな。
思いつめる必要はないんだぜ」
「あの…ありがとうございます」
ピピピッピピピッ!
レイセンがお礼を言ったタイミングで、ネイザンの艦内放送が流れた。
「地球が大きく見える位置まで来たわよ。
見たい人はブリッジから見ていいわよ」
「地球が?」
「レイ、行こうぜ」
「はい!」
そう言って、レイセン達は厨房を後にした。
「わぁー! おっきい!」
ブリッジの窓から見える地球の大きさに、ワカバが感嘆の声を上げた。
「すごい…月から見たのと、ぜんぜん違う!」
ブリッジクルーも口々に感動の言葉を言った。
その様子を見ていた依姫は、ゼロに尋ねた。
「あなたも初めて地球に来た時、この風景に感動したの?」
「いや、そんな余裕はなかったさ…」
依姫にそう言うと、ゼロはマイクをネイザンから借りて
全員に向かって話し始めた。
「これより、大気圏に突入し幻想郷へと降下する。
降下した後、八意永琳率いる幻想軍と合流し
彼女らの作戦に協力する予定となっている。
総員、大気圏突入準備にかかれ!」
「イエス・マム!」
同じ頃、レゴリスの艦内ではレーアやミオ達が出撃準備にかかっていた。
「この状況で戦いをしかけた例は存在しない。
だからこそ手はず通りに頼むよ」
「しつこいねぇ、わかっちゃいるよ!
言っとくけどあんたと一緒に大気圏で心中するつもりはないからねぇ、
危なくなったらさっさと退かせてもらうよ!」
「フフフ、そんなことはいいから早く出ましょうよ!」
レーアの声を遮るように先ほど合流したサーディスが言った。
「お前は私たちの邪魔をする連中を好きに料理しろ、いいわね?」
「アハハ! わかったわ!」
そう言うと、サーディスは一足先に
緑色の機体『モーラ・グース』をカタパルトに移動させた。
「サーディス、モーラ・グース! 出るわよ!」
「ミオ、ペリグヴァイン! 出る!」
「レーア、カイメル! 出るよぉ!」
次々とレゴリスからコスモ・パイレーツ隊のWAが発進していった。
「艦長! 敵機の接近を確認! 数は…8機!」
「なんですって!」
オペレーターの急な報告に、ネイザンは驚愕した。
大気圏に近いこの空域では、地球の重力に引かれて落下し
大気圏の熱で燃え尽きる可能性が高いのだ。
大気圏降下のタイミングとは、もっとも艦が無防備になるが
戦闘を仕掛けるにももっとも危険なタイミングである。
「全パイロットに次ぐ! 敵機の接近を確認!
ゼロ、ワカバの両名は発進準備にかかれ!
目的は敵機の撃墜でなく、大気圏突入までの時間稼ぎである!
重力に引っ張られないことと、帰艦のタイミングを見逃すな!」
「…やはり来たか!」
格納庫内で放送を聞いたゼロはワンブ・ゼロに乗り込みながら言った。
「どうして僕らは出られないんだ!」
「言ったっておめぇ!
PVAの3機はスラスターの推力不足で
うかつに出たら重力を振りきれず地球へ真っ逆さまだ!」
「くそっ…!」
そんな整備長と霖之助たちが言い合っている傍ら、
レイセンも格納庫に来ていた。
「お前は待機だ、レイセン。
そんな精神状態で出るのは危険だ」
「心配しなくても、私たちで抑えてみせるわよ!」
「…二人とも、ご無事で!」
レイセンに見送られ、ゼロとワカバが発進していった。
宇宙空間に出たゼロは重力に引っ張られないようにスラスターを目一杯噴射しながら辺りを見回した。
「ミオ…どこからくる!?」
「残念だったねぇ…あんたの相手はあたしさ!」
そう言って、レーアの駆るカイメルがバズーカ砲を構えてワンブ・ゼロに接近してきた。
「ゼロ少佐!」
「あらあら、悲鳴の聞きがいのある獲物だこと!」
ゼロを心配するワカバの前に、サーディスのモーラ・グースが現れた。
「緑色の機体…まさかユリを殺した!」
「あら~私いちいち殺した相手のことは覚えられないのよ~。
というわけで、お死になさい!」
そう言ってサーディスがワカバに向かってシールド・シザースを開きながら襲いかかった。
そして、その戦場をミオが離れて傍観していた。
「ここで終わらせるよ、ムーンライズ!」
死と隣合わせの大気圏付近。
地球の重力とコスモ・パイレーツの挟撃に
さしものゼロも苦戦を強いられる。
そしてワカバにもサーディスの毒牙が伸び、
絶体絶命のピンチに、レイセンが覚悟を決める。
次回、夢幻機動ゼレイブ 第9話「大気圏の死闘」
君は、月の果てに何を見るのか。