あらすじに書いた通り本作は三話構成になっています。ちょっとした時間で読んでいただければと思います。
では、始める前に……ちーちゃん、誕生日おめでとう!
「いつか私が曲を作って千早がそれを歌う。それが夢かな」
「僕、楽しみ! 奏音姉の曲もお姉ちゃんの歌も大好きだから!」
「ふふ、大きくなってそうなれるように沢山頑張らないとね」
「……何時の間に寝てたんだろ、私。ってか、今何時?」
眠りから覚醒した私はそう呟いた。
とある雑貨店で見つけた漢数字の文字盤の掛け時計(一、二ではなく壱、弐と難しい字を使っている)を見ると今は朝の5時。どうやら、試験前の勉強をしていたらそのまま机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。まあ、まれによくある事なんだけどね。
「それにしてもかなり懐かしい夢を見たなあ……。多分、昨日アレを見つけたからだろうけど」
私の目線の先には中学の入学祝としてお父さんに買ってもらって、それから五年間大事に使っているミニコンポとそれの前に置かれている一つのCDケース。それは昨日いつも使っているCDショップで偶然見つけた物。普段は手を出すジャンルじゃない、アイドルが歌っている物。
そのCDのタイトルは「蒼い鳥」。歌っているのは765プロ所属の新人アイドル如月千早。私、宇佐見奏音の幼馴染だ。
私と千早が出会ったのは私達が幼稚園の頃。家が隣同士だった事、同じ幼稚園だった事からすぐに仲良くなったんだよね。あの頃は千早の両親は共働きで隣だった私の家に預けられていたから同い年の私と千早、千早の弟の優とはかなりの時間を一緒に過ごしたもんだよ。
千早はこの頃から歌が好きで、私もお母さんがピアノ教室の先生なのとその妹、私の叔母さんがプロのピアニストな事から小さい頃からピアノを弾いていたから、私が童謡やその時に私達が好きだった曲を弾いて、千早が歌うって事を毎日の様にしていた。
そんな日々は私が親の仕事の関係で関西の方に引っ越す事になった小学校三年の夏までの私達の日常だった。
ちなみに、今私がいるのは東京。高校進学を機にこっちに戻って来た。
そのきっかけは中学三年生になったばかりの時の事、引っ越した後にギターも始めて、独学で音楽について色々な勉強もしていた私は高校受験の息抜きとして近くの公園で自分で作った曲で路上ライブの真似事のようなものをしていた。そしたら、偶然やって来た今の事務所の社長兼プロデューサーの上杉紅音さんに出会い、スカウトされた。
紅音さんと私、お父さんとお母さんがじっくり話し合って、高校進学と共に上京すると共に、中学の間は月に1~2回くらいデビューアルバムの作業の為に東京に通う事になった。あの頃は大変だったけど、楽しかったなあ。いや、今も紅音さんの方針で結構やりたいようにやらせてもらってるから楽しんでいるんだけどね。
だから今の私は女子高生シンガーソングライターって肩書になるかな。駆け出しだけど、デビューからヒットに恵まれたから知名度はそこそこあると思う。私が高校生活を楽しみたいから紅音さんに無理を言ってメディアへの露出はNGを出してもらってるけど、それが良い方向に作用しているみたい。
「えーっと、765プロ、765プロっと……」
私は昨日調べようと思っていた千早の所属するアイドル事務所『765プロダクション』の情報を見ていた。
アイドルは千早を含めて12人で全員新人。プロデューサーも新人が二人で駆け出し事務所って感じ。まあ、ウチも元々大手プロダクション346プロの音楽部門の敏腕プロデューサーだった紅音さんが自分の理想の事務所を目指して独立したばかりで所属しているのが私だけって状態でどっこいどっこいなんだけどね。そんな状態の私が売れたのは私の力と紅音さんは言ってくれるけど、紅音さんのプロデューサー時代のコネをフル活用した宣伝のお蔭だと思う。
「あっ、竜宮小町の事務所ってここだったんだ」
竜宮小町って言うのは今、紅音さんが一押しのアイドルグループで水瀬伊織、双海亜美、三浦あずさの三人グループ。紅音さんが注目していたのは竜宮小町のプロデューサーを務める元所属アイドルの秋月律子さん。曰く「一回、765の社長さんのご厚意で彼女のライブを見に行った時に『この子はなにかやりそう』と思ったのよねえ」との事。
まあ、十代でプロデューサー業に携わってるんだから紅音さんの勘は正しかったわけだ。
「そういや、紅音さんが『765の社長さんの眼力は本物よ』って言ってたっけ。うん、なら今日の学校帰りにまたCDショップに寄って買おうかな」
無かったら通販で買おう。こういう、埋もれている良い曲探しって楽しいんだよねえ。今はネットがあるから、口コミも拾いやすいし。
「って、ヤバい! 学校行かなきゃ!」
一人暮らしをする条件がちゃんと高校を卒業する事だから、よっぽど調子が悪い時じゃないと休まない様にしている。昨日の夕飯の残りを温めて、私は今日のスケジュールを思い浮かべる。……といっても、少し前にニューアルバムを完成させたばかりだから何もないんだけどね。今日も帰ってきたらテスト勉強頑張らないと。いい成績取っとかないと、楽曲の制作作業の追い込みの時に安心して学校を休めないからね。
『芸能界って業界で売れるのは9割は運だよ。基本的には磨けば光りそうな原石を見込まれて入ってくるわけだから。私達プロデューサーはその天運を自分が輝かせたい原石に引き寄せる手伝いをする事が仕事なのさ』
こう言ったのはいまいちプロデューサーの仕事がピンと来てなかった私に紅音さんが言った言葉。この業界に入って来たからには活躍したいのは当たり前でその為に努力をするのも当たり前で、売れないのが不思議な人もたくさんいるらしい。売れるために必要な何かを引き寄せるのがプロデューサーの仕事なら、765プロのプロデューサー二人、赤羽根甲治さんと秋月律子さんは十二分にその役目を果たしていると言っても良いと思う。
765プロの皆は私が初めてその存在を知った頃からわずか数か月で押しも押されぬ人気アイドルの仲間入りを果たした。それは業界人の紅音さんがびっくりするくらい。
しかも、765プロ初のオールスターライブの際、目玉の竜宮小町が天候の関係で遅れるというピンチを他のアイドルの魅力、実力を示すというチャンスに変えてだ。
なんだかんだ私も765プロの皆のCDは全部買ってヘビーローテーションして聞いている。街中で765の皆の事を見る事が本当に増えたし、日常がどっぷり765漬けと言っても良い。
「今日の夕飯は中華ですよ、中華!」
私は一人でそう独り言を言って食卓に座る。これはこっちで一人暮らしをするにあたってのお母さんとの約束で、朝と夜は出来る限り自炊して、その日に作った物をスマホで撮って送っている。今日のメニューはチャーハン(少な目)、作り置きしていた餃子、回鍋肉でさっきの独り言はメールの文面でもある。
ご飯の用意を済ませてから私はラジオの電源を付けた。これも最近の日々の日課。
『毎日午後7時から65分間、ここラジオブーブーエス第三スタジオから私達765プロのアイドル達が日替わりでお送りしています「日刊765オールスターズ」、今日のお相手は天海春香と』
『如月千早です』
『日刊765オールスターズ』は今、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気アイドル事務所、765プロダクションに所属するアイドル達が入れ替わりでパーソナリティを務める人気ラジオ番組。系列局のブーブーエスが放送しているTV番組の『生っすか! サンデー』と並んで765のアイドルのファンなら必聴のラジオである。
この番組を聞きながら夕食を食べるのが最近の私の習慣だ。
今日のパーソナリティは千早と春香ちゃんか~。
『続いてのメールですよ~。ラジオネーム『蒼い鳥居』さんからいただきました。千早ちゃんのファンの方かな?』
『応援ありがとうございます』
『「春香ちゃん、千早ちゃん、こんばんは」はい、こんばんは!』
『こんばんは』
『「音楽が好きなお2人ですが、良く聞く曲、最近のお気に入りの曲は何ですか?」だって。千早ちゃんは事務所のプロフィールにクラシック鑑賞って書いてあるけど、クラシックがやっぱり好きなの?』
『家でゆっくりしたい時なんかに良く聞くわね。仕事の移動の時とかは事務所の皆の曲を聞いているわ』
『私も! 私は地元と都内の行き来の間が長いからその間ずっと聞いてるよ。それじゃあ、それ以外は?』
『柿崎楓音さんね』
千早の上げた名前に思わず、ご飯を食べる手が止まった。柿崎楓音は私の芸名。柿崎はお母さんの旧姓で楓の字は私が秋生まれだから使った。読みは本名と同じかのんと読む。
『柿崎楓音さんって言うと、今人気の顔出ししていない現役女子高生シンガーソングライターだよね? 何かきっかけで聞き出したの?』
『良く行くCDショップで柿崎さんのデビューアルバムがプッシュされて店内で試聴が用意されてたの。彼女、私達と同学年でしょ? そんな人がどんな曲を作って歌っているんだろうって興味を持ったから聴いてそこからよ』
なんか、ほとんど私が千早のCDを買ったのと同じ感じだった。千早は私の音楽を聞いてもらいたい人だったから、図らずも聞いてもらえていて嬉しいな。
そう言えば、紅音さんが駆け出しの頃からお世話になったショップの店長さん達に掛けあって、押してもらえるようにしてもらったとか言ってたっけ。きっと、千早が買ったお店もそうだったんだろう。
『そうなんだ~。今日の帰り、買おうかな』
『衝動買いは駄目よ、春香』
『前々から興味は有ったんだよ? この前、竜宮小町の皆と一緒のお仕事の時律子さんの車で移動してたら、流れて来て気にはなってたから』
『律子も聞いてるの?』
『そうだよ~。その時伊織に話を聞いたら、最初はプロデューサーの仕事の一環として流行りの曲として聞いたんだって』
『いつもアンテナを伸ばしている律子らしい理由ね』
『で、その時聞いた曲が思った以上に良かったから、その日に出ていた物は全部買ってそれ以来、765プロの皆の曲に混じって流れているらしいよ。今や、竜宮小町の皆も聞いてるみたいだよ。最近は竜宮小町の皆との仕事も増えて律子さんの車での移動も増えたから、765プロの皆にも広がっていくんじゃないかな』
『まるで、私達765プロのアイドルのアイドルみたいな存在ね』
『あはは、確かに。それじゃ、次のメール行こうかな。次は……』
ラジオは進んで行くけど、私の耳には全然入ってこない。
だって、自分が応援しているアイドル達が自分の曲を聞いてくれてるんだよ⁉ 正直、デビューアルバムが凄い売れて、通帳に入って来た印税を見た時よりも嬉しい。
気が付いたらラジオが終わっていた。それと無意識でご飯も食べすすめていた。……いつの間に食べすすめたんだろ?
嬉しさと驚きでフリーズしていた私を戻したのは着信音だった。この着信音は紅音さんだ。
「どしたんですか、紅音さん? お仕事の話ですか?」
『この前アルバムを出したばかりだからお仕事の話ではないわよ』
「えーっ、テスト勉強中に思いついた曲がいくつかあるのに」
『それは、また今度聞かせてもらうわ。けどテスト前なんだから勉強しなさい。その楽しみは置いておいて、奏音、来週末は暇?』
紅音さんにそう聞かれて私は予定を思い出す。来週は平日はずっとテスト期間で週末は今の所予定は入っていない。
「何もないですよ。多分このまま行ったら、今思いついてる曲を譜面におこして、詞考えるんじゃないですかね」
『じゃあ、少し私とお出かけしない?』
「何処にですか?」
『765プロダクションよ』
…………はい⁉
「な、ななななな何でですか?」
『そりゃー、今日の日ナムで話題出してもらったお礼をしたいし、久しぶりに高木社長に挨拶したいし、名プロデューサー二人にも会ってみたいし。で、どうする?』
「行きます!」
そりゃ即答するに決まってる。好きなアイドル達に会えるんだもん。
『決定ね。それじゃ、来週の土曜日の朝に迎えに行くから、用意しておいてね』
「分かりました!」
電話を終えて一つ息を吐く。CDを取ったあの日から、私は一歩を踏み出せなかった。最後に会った日からもう八年。千早が私の事を覚えているかもわからないし、彼女には今、大切な仲間がいる。そこに割って入る勇気が無かったのだ。だけど、紅音さんに一つの大きなチャンスを貰った。だから、
「会いに行くよ、千早」
私達の好きな物、音楽が繋いでくれた運命に感謝してその日を待とう。
第一話は導入部、奏音と千早の関係、奏音がどういう存在かというのを紹介する部分でした。
では、簡単なキャラ紹介を。
宇佐美奏音
年齢17歳(高校二年生)
本作の主役。
高校生をしながら中三のころからシンガーソングライター『柿崎楓音』として活躍中。
その評価は業界内でも非常に高く、一般にも広く名前を知られている。
如月千早とは幼馴染で親友。
自分が柿崎楓音という事を公表していない。理由は「普通の高校生活を送りたいから」
趣味はCDショップ巡りと楽器屋巡り。主にギターとピアノで作曲しているが部屋には面白そうと楽器屋で買った様々な楽器が置かれていて、遊びで演奏したりしている。
上杉紅音(うえすぎあかね)
奏音を業界に導いたプロデューサー兼所属事務所社長。
もとは大手プロダクション346プロの音楽部門プロデューサーだったのだが、自分の理想を追うために退社、独立。現在は柿崎楓音のプロデュースに集中している。
二人の名前の由来は実は紅音さんの方が先だったりします。
アイマスの中の音楽業界の人という事で僕が真っ先に出てきたのがDS版に登場した武田蒼一でした。そこから、歴史好きの僕は「武田って言ったら上杉だろ」という事で苗字を決定し、名前も蒼と対になる紅を使いました。
奏音の苗字も上杉関係からつけました。名前に関しては音という字は絶対に使いたいと思い、いい感じの名前を考えた結果です。
第二話は本編。