もう一つの約束   作:ピーナ

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時系列的には13話~20話です。


後編 過去と今を繋ぐ音楽

紅音さんと765プロの事務所に向かう日、紅音さんの車の中の私は普段じゃ考えられない程テンションが高かった。

 

「ハイテンションね。そんなに楽しみ?」

「はい! だってテレビの向こうに居るアイドル達に会えるんですよ!」

「確かにそうだけど、向こうの子達にしてみたら、良く曲を聞くアーティストがサプライズで来るって事になるのよ?」

 

千早と春香ちゃんが私の事を話題に上げてくれた後にも、何人ものアイドルが私の事を話題にしてくれたのだ。

 

「……そー言われると緊張してきました」

 

宇佐見奏音として応援しているアイドルに会う事と柿崎楓音として好きだと言ってくれている人達に会う事、どっちも初めての経験でその経験が同時に来るんだもん。緊張しないはずはない。

 

「そう緊張することも無いわよ。私自身、346に居た時に何人かの有名なアイドルと関わったけど、メディアを通しての彼女達は色んな手を加えられた部分が結構あるのよ。直接会ったら『普通に学校に一人はいる可愛い子』って子が大半なの」

「……アイドルとは上手く言ったものですね」

 

私達が普段見ている彼女達はメディアというフィルターを通して見える偶像であって、そのフィルターを外せば私と変わらない同世代の女の子って事なんだろう。

 

「さて、765プロは小さな事務所だからここからは歩くわよ」

「はーい」

 

コインパーキングに車を停めて、そこから少し歩く。そういや、都内に引っ越したものの家の近所から学校までしか出歩いてないなあ。高校で何人か友達も出来たけど、高校の周りには結構遊べるスポットもあるし、皆都民だからこそ、有名な所にもそんなに行かないからねえ。だから、自分の知らない所を歩くのはちょっと楽しい。

 

「ここよ」

 

3分くらい歩いたところにある雑居ビル。一回には『たるき亭』と書かれた暖簾。食べ物屋さんかな? それで二階の窓には765プロと貼られている。……分かりやすいけど、出待ちとかありそうだよね。……いやでも、ファンレターやプレゼントを贈ったりするために住所とかを調べるだろうから関係ないか。入口に人は居ないし。

 

「こんにちはー」

 

いきなり突撃していく紅音さん。……良いのかな?

 

「お邪魔しまーす」

 

とりあえず紅音さんの後ろに付いて事務所の中に入っていく。中は今をときめきアイドル達が所属している事務所とは思えない位普通で、机の数も少ない。だけど、そこにある一月のスケジュールが書かれているホワイトボードはびっしりでホワイト? ボード状態になっている。

 

「あら、いらっしゃい上杉さん。今日は何のご用件で?」

 

私達を出迎えてくれたのはヘッドセットを付けたショートカットの女性。タレントでもおかしくない位の美人だけど制服を着ている事から社員さんなのだろう。

 

「こんにちは、音無さん。今日はうちの子を話題に上げてくれたお礼を言いに」

「うちの子というと、ひょっとして後ろに居る子が柿崎楓音ちゃん?」

「ええ。奏音、挨拶」

「初めまして、柿崎楓音こと、宇佐見奏音です」

「ご丁寧にどうも。私は音無小鳥。765プロで事務員をさせていただいています。よろしくね奏音ちゃん」

 

親しみやすい人っぽいなあ。私と近い世代の子達が多い765プロだとお姉さん的な立ち位置かな。

 

「はい、よろしくお願いします、音無さん」

「それで音無さん、アイドルの子達やプロデューサーの二人は?」

「今日は久しぶりの全員集合でのレッスンで皆レッスンスタジオに居るんですよ。でも、多分もうすぐ……」

 

音無さんがそう言っていると、後ろの方から結構な数の足音が聞こえてきた。

 

「「ぴよちゃんただいま~! ってお客さん?」」

 

結構な勢いでドアを開けて入って来たのは双海真美ちゃんと亜美ちゃん。その後ろからどんどん今をときめくアイドル達がどんどん入ってくる。こりゃ、壮観だ。あっ、千早が入って来た。私と目と目が合った瞬間、私が誰か気付いたっぽい。まあ、身内がびっくりするくらい若い頃のお母さんに似てるからねえ。多分、千早と会った頃のお母さんと今の私が結ばれたんだろう。

千早は結構すごい勢いでこっちに駆け寄ってくる。横に居た春香ちゃんなんかは「ち、千早ちゃん⁉」って驚いているし。

 

「奏音……よね?」

「そうだよ。久しぶりだね、千早」

「そうね」

 

そう言いながら笑みをこぼす千早。……テレビだとほとんど笑顔とか見れなかったけど、こうやって見れて安心した。

長い時間会えなかったけど、そんなの関係無かった。私達の小さい頃からの絆には。私のここまでの心配は杞憂だったね。

 

「えーっと、千早ちゃんのお知り合いなの?」

「奏音、旧交を温めるのも良いけど、まずは自己紹介をしなさい」

 

おっと、千早との再会でテンションが上がり過ぎて忘れてた。

 

「765プロの皆さん、始めまして。私は宇佐見奏音。ここに居る千早とは幼馴染でその千早のCD切っ掛けで皆さんのファンになりました。そして……」

 

一呼吸おいてから、今日来た本題を切り出す。

 

「柿崎楓音という名前で音楽活動もさせてもらってます! 私の曲を聞いてくれてありがとうね!」

 

少し間を空けてから事務所の中には今日一番の驚きの声が響き渡った。……下のお店の迷惑になってないかなあ。

この後私は皆からサインを貰って、私も皆にサインを頼まれたから書いて、連絡先を交換した。

 

 

 

765プロの皆と連絡先を交換してから少し経って、私の日常は……まあ、そんなに劇的には変わらない。765の皆と電話でおしゃべりしたりメールしたりが日常の一部に加わっただけだ。

やっぱり一番多いのは千早でそれに並ぶくらいなのが同級生の春香ちゃんと響ちゃん。歳の近い、真ちゃんや雪歩ちゃんとも良くやり取りしてる。

でも、最近千早とのやり取りが減っている。理由は少し前に出た週刊誌のせい。そこには千早の弟の優の死について悪意のある書かれ方をしていた。

 

 

 

まず、前提として優の死んだ理由は交通事故。夏祭りの帰りに事故に遭った。私は翌日に引っ越すために、最後の思い出として二人と一緒にお祭りに行って途中で先に帰ったのだった。

帰ってきて少しした時に優の事故の話を聞いてかなりショックを受けたのを今でもよく覚えている。

週刊誌には「千早が弟を殺した」みたいな書かれ方をしていたけど、その頃の千早は小学三年生。その歳の女の子が何とか出来る事ではない。

それに、事故の現場は私も良く知っているけど、結構見通しが悪い所で、優の事故が起こる前も接触事故が何度かあって、注意の看板も立てられていたし、私達も気を付ける様に言われていた。

後から聞いた話だと、事故を起こした車の運転手は酒気帯び運転で、かなりのスピードを出していたらしい。

客観的に見ると様々な要因が重なっての事故だと思うけど、身近な人にしてみたらこんな理不尽な事は無い。幼馴染とはいえ他人の私ですらそう思うんだから、弟を喪った千早の怒りや悲しみといった負の感情の大きさはどれほどの物か。想像がつかない。そして、その感情は今も彼女の心の奥底に居た。

もし、私があの後引っ越す必要が無ければ、その感情は今よりは大きくなかったと思う。千早からふとしたタイミングで言った、千早の家族の話で私はそう思った。

千早の家は優が無くなった後、崩壊の一途を辿ったらしい。今思うと、千早のお父さんの顔って全然記憶に無い。もしかしたら、亀裂自体は凄く前からあったのかもしれない。それが優の事を切っ掛けで表面化したのだと思う。

そんな中で子供の千早の心を慰める事が出来るのだろうか? 出来る訳がない。出来ていなかったから、千早は歌声を失った。私も家に行ったけど、ドアを開けてもらえず会う事も出来なかった。

物理的にも精神的にも閉じこもった千早の心には私の言葉も届かなかった。……もう私じゃ、力になれないのかな?

 

 

 

私の中の後悔やら色んな気持ちを吹っ切るために、仕事に打ち込んでいるんだけど、絶不調に落ちている。紅音さんは落ち着くまでは曲作りをしなくても良いと言ってくれたけど、やらないとなんか気持ち悪いから作ろうとする。だけど、作れない。そのせいで気持ち悪さは晴れない。

 

「あー……全然だめだ。ボツ曲すら出来ないなんて不味いなあ」

 

何時もなら適当にギターやピアノ(このマンションは近所にある音大生向きの物で防音設備がかなり良く、デビューアルバムが売れた時にピアノを買った)、キーボードなど部屋に置いてある楽器をいじってたらメロディが思い浮かんで、それをパソコンを使って曲にするんだけど、最近は楽器をいじってて気付いたら何時間も経っているという事ばかり。

今日もソファに座ってギターを持って色々かき鳴らしてみたけど、ダメだった。

ギターを片付けてソファで寝ころんでいるとインターホンが鳴った。誰だろ? 紅音さんかな。

 

「はい」

『あ、奏音ちゃん? 私だよ』

「春香ちゃん? どしたの?」

 

一応、千早と春香ちゃんは私の家に遊びに来た事もあるから来れるのは来れるだろうけど、事前の連絡も無かったから予想外の訪問者になった。

 

『ちょっと、お願いがあってね。会いに来たんだ』

「そうなんだ。とりあえず、上がって」

 

春香ちゃんを部屋に招いて、私は作り置きしておいたコーヒーと、紅音さんにもらったクッキーを出した。

 

「それでどうしたの?」

「まずはこれを見て欲しいんだ」

 

そう言って持ってたバッグから取り出したのは、一枚の紙。そこには様々な筆跡で書かれた一篇の詞。

 

「……これは?」

「千早ちゃんの為に私達が皆で作ったの。だけど、これには足りない物がある」

「私に曲を書いてほしいって事だね。けど、今は……」

 

不調を理由に断ろうとした時、

 

『いつか私が曲を作って千早がそれを歌う。それが夢かな』

『僕、楽しみ! 奏音姉の曲もお姉ちゃんの歌も大好きだから!』

『ふふ、大きくなってそうなれるように沢山頑張らないとね』

『そうなったら、絶対に最高の一曲を作るよ。約束』

『うん、約束』

 

小さな頃の夢と、その時交わした約束のシーンがフラッシュバックした。

……今私が千早に出来る事、いや私のしたい事、それは皆の作った詞と私の曲で優が好きだと言ってくれた千早の歌を思い出してもらう事。その為には私の不調がどうだとか言ってられない。

 

「どうしたの?」

 

話している途中で止まって考え込んでしまったから、目の前に居る春香ちゃんは不安そう。

 

「大丈夫。で、今は結構不調なんだけど、私も千早の力になりたいから曲を書くよ。いや、私に書かせてほしい」

「お願いします!」

「何時までとかある?」

「できれば次のライブの少し前に」

「えーっと、次のライブって言うと……2週間後の奴だね。正味10日位か。うん、頑張るよ」

「それと、曲名もお願い。私達じゃ、色々意見が出て決め切れなかったから」

「大役だねえ。分かった、任せておいて」

 

 

 

春香ちゃんと別れた後、私は学校の担任の先生に一週間休む事(1年と2年の担任の先生には私の事を伝えている)を連絡してとりあえず、一週間分の食べ物を買い込んで作業に入った。

が、不調、スランプはそう簡単に抜け出せたら苦労しない。気付いたらもう何日も経っていた。

この話を貰う前よりは音が浮かぶようにはなって来たけど、それもお世辞にもメロディと呼べるレベルではなく、音の羅列って感じだった。

 

「……ちょっと、部屋の掃除でもしようかなあ」

 

なんだろうね、なにか別の事をやらないといけない時に掃除がやりたくなるの。まあ、座りっぱなしも良くないし、少し動いて息抜きするかな。

ピアノの所に置いてあった楽譜(自分で書き起こした蒼い鳥)をスコアブックを置いている所に持っていく。一番最初ピアノで弾いた曲って、教則本じゃなくて、その日の音楽の授業で先生の弾いてた曲だったなあ。音に関しては昔から強かったもんね。おっ、一番最初にお母さんから貰った奴あるじゃん。

それを取り出し、ぱらぱら見てみる。うん、今でも体が覚えていそうだ。この頃は毎日私が弾いて千早が歌ってってしてたなあ。

すると、本の中から一枚の紙が落ちてくる。なんだろ? 見てみると、半分ほど使われた五線譜。……ああ、そうだ。千早との約束の日のすぐ後に今からやるぞ! って思ってお母さんに用意してもらって書きだしたんだっけ。当時は曲の作り方なんかわからず、とりあえず、思いついたものを自分で弾いてみてそれを書きとめるだけだったし、途中であきらめたんだったねえ。ふむふむ……子供の頃ながら中々の物書いているんじゃない? 面白そうだし、ちょっと弾いてみよ。

不思議な事に弾き始めて、すぐに書かれた部分は終わったんだけど、続きがどんどん出来ていく。水脈を引き当てて、あふれ出てる感じ。その勢いに乗るように一気に一曲弾いた。忘れない内に書いとかないと。

……これは、過去の私が出来なかった事を今の私にやれって言ってくれてるのかも。私達の大好きな音楽で今も昔も私が好きな千早の歌を取り戻すために昔の私が、そして何よりも優が私に力を貸してくれている。そんな気がする。

 

 

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