パンティーセット。一般的にいえば『女性用下着の詰め合わせ』という意味だが、マイナーな意味では喫茶店のメニューに記されている。その名の通りパンとお茶のセットのことで、それぞれ好きなパン、好きな飲み物を選べるという品だ。
そう、まかり間違っても女性用下着が出てくるわけではない。そんなこと、普通に考えれば常識中の常識、そんなことが許されれば秩序は崩壊する。ロスヴァイセもまたその常識の範疇にいる。だが――――
「店長を出せ!!」
「タイトル詐欺じゃーっ!!」
喫茶店の同じテーブルに座る北欧の主神(笑)と最強の悪神(爆)は出てきたのがパンとお茶のセットだけだという事実に全力で抗議していた。
「お、お二人とも! 公衆の面前で叫ぶようなことは控えて――――」
「て、店長の天瀬です。あの、うちのメニューがどうしましたか?」
「あ、お気遣いなく。 ただ来日したばかりでテンションが可笑しなことになってるだけなので――――」
「店主や。お主の店ではパンティーセットと言えばパンとお茶が出るのかのぅ? うん?」
「え……えぇ!?」
「それ以外に何が出ると思ったんですか!? いいからオーディン様は黙ってて――――」
「ここは『どうせパンとお茶のセットが出てくるんだろ』と思わせておいて本物のパンティーが出てくるというオチじゃろ! 萌え的に考えて!!」
「黙ってろと言っているでしょう!? このおバカさま!!」
クワッ! とカットインが入りそうな勢いで叫ぶオーディンの頭をハリセンで叩くロスヴァイセ。そこに思わぬ援軍が入った。
「まったくだぜオーディン。浅はかと言わざるを得ない」
「アンリマユ様?」
「ほう? 儂が浅はかとな?」
「昨今の陳腐なハーレム系ラノベよろしく『萌えエロやってれば満足なんだろ』的な安易かつ舐めた甘っちょろい萌えなんてお前の品格を下げる。そういうのは安売りすると滑稽になるんだ。漢ならもっと気高くあれ」
「アンリマユ様……!」
『あなたも一緒に騒いでましたよね?』とか、『何訳の分からないことを言っているんですか?』とか、そういうツッコミを呑みこみ、ロスヴァイセはいつも暴走しがちの上司を諌めてくれる存在の登場に感動していた。
だが
「でもなぁ……俺たちに期待させるのは勝手だが、芸人としてそれなりの応え方ってもんがあるんじゃないのか? あぁんっ!!?」
「ひっ!?…………わ、私は喫茶店の店主であって、決して芸人などでは……!」
援軍はまさかのオーディン側だった。店長の天瀬さんの胸倉掴み上げて凄むアンリマユを見て、『この世に善神は居ない。ていうか目の前の神様に殺されたんだった』と真っ白になりながら悟りを開いたロスヴァイセは、これ以上知り合いだと思われたくないと思い、お花を摘みに行くという名目でその場を離れようとするが――――
「スポンサーを出せ!! じゃなきゃこの店に対して苦情がマッハだぞ! なぁリーダー!!」
「えぇっ!!?」
逃げようとするロスヴァイセの肩をガッチリ掴むアンリマユ。
「うぅ……儂じゃってクレームなんかしたくなかった。………それをリーダーが無理矢理……!」
「ちょっ!? オーディン様!?」
変な泣き真似をしながらロスヴァイセに汚名を押し付けようとするオーディン。
『マジかよ……何ということだ』
『あの子がパンとお茶のセットにパンティー出さなかったからってキレだしたらしいぜ?』
『あんな美人なのに………勿体ない』
あらぬ誤解。悪ふざけが過ぎる上司。元凶の悪神。この時、安月給のヴァルキリーの頭の中でプツンと、何かが切れた。
「お二人ともぉぉぉぉぉぉおおっ!! いい加減にしてくださぁああああああいっ!!」
全属性、全精霊、全神霊を用いた北欧式フルバースト魔法が喫茶店で吹き荒れた。
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その後、オーディン、アンリマユ、正気を取り戻したロスヴァイセの手によって喫茶店の修復、人々の記憶の改竄が行われ、体力も精神力も使い果たしたロスヴァイセはぐったりと喫茶店の机に突っ伏し、自己嫌悪に陥っていた。いまでは何もなかったかのように穏やかな時間が流れているが、怒り任せにブッ飛ばしてしまった事実は生真面目な彼女を苦しめるのに十分だった。
「まったく、上司や客分の手を煩わせるなんてダメなヴァルキリーだぜ」
「いやはや、返す言葉もない。儂もいかなる時も冷静であれと常々言っておるのじゃがのぅ」
そしてなんの悪びれもなく、さもロスヴァイセが悪いと言わんばかりの二柱の神。再び頭の何かがブチ切れそうになるが、これ以上は体力が持たないため、『ツッコみません! ツッコまないったらツッコみませんよ!!』と頭の中で必死に唱える。アンリマユとの遭遇から僅か30分の出来事である。
「さて、遊びはここまでにしてそろそろ本題に入ろうかのぅ」
本題。その言葉にバッと顔を上げるロスヴァイセ。さっきまでとは打って変わって真剣な表情を浮かべるオーディンを前に、ロスヴァイセも気を引き締める。
「改めて……久しいのぅ、
「あぁ。現世の流れからして……2018年ぶりか、
ビリビリと、空気が振動するのを肌で感じる若き戦乙女。
サンダルを履き、日本独自の薄着である甚平に身を包んだ白髪の青年。身長は女性としては長身のロスヴァイセよりも15センチ近くは高い大柄な男性で魔性のような貌を持つが、妙に若々しく見た目だけならロスヴァイセよりも年下に見える。
だがその正体は紀元前より一つのを神群を率いるほど強大な霊格を確立させた悪神。ただ対峙しただけでも、その身の内に秘めた力は北欧の悪神とは比べ物にならないと否応が無しでも理解できる。
冷や汗をかき、ゴクリと唾を飲み込む。隣にいる主神のことを決して下に見るわけではないが、それでも目の前の悪神は格が違う。ハッキリ言って、自分がいたところでオーディンを守り切れるとはとても思えない。
「お主への要件じゃが……まずは前提にの話から進めていくとするかの」
オーディンはかつての悪魔、天使、堕天使の三大勢力間で起こった戦争のこと、それに伴った現れた二天龍とそれを命を擲って封じた聖書の神と4大魔王について説明する。
「へぇ……ヤハウェの奴くたばったのか。あいつウザったかったからなぁ、なんか清々したわ」
ヘラヘラと笑いながら聖書の神の死を喜ぶ悪神。
「まぁ、彼奴に恨みは割とあるが、それが原因の一つとして世界は大いに混乱しておる。そしてもう一つの原因がアンリマユ、お主という訳じゃ」
「だろうよ。恐れてくれなきゃ面子が立たねぇ。それで? 俺にどうしてほしいんだ? やることもないし、昔戦ったよしみで条件次第で引き受けてやるよ」
身を乗り出し、歯をむき出しにした凶悪な笑みを浮かべるアンリマユに、ロスヴァイセは思わず身を引いた。世界の混乱を前にしても我欲を満たさんとするその姿はまさに悪神と言えるだろう。恐怖と義憤をない交ぜにした複雑な感情を抱く戦乙女を余所に、オーディンは呆気からんと告げた。
「儂と一緒に三大勢力の協議に出席してもらおうと思っての」
「いいよ」
軽く、実に軽ーく引き受けた悪神に、ロスヴァイセはずっこけた