内容としては、八幡が雪乃といろはと結衣からバレンタインチョコを貰いつつ、いちゃいちゃしてるだけです。
感想とか貰えると、とても嬉しいです!
どんなものでも、お待ちしております。
Side 雪ノ下雪乃
『比企谷君、あなたに渡したいものがあるの。 明日、12時に部室へ来てもらえるかしら?』
2月13日。志望校への受験が全て終わった土曜日の夜。
俺は自室のベッドの上で高性能暇潰し機能付き携帯電話を横向きにして両手に持ちながら、ゲームをしていた。
……少し前までは、ただの目覚まし時計だったこいつも、この2年弱ですっかり本来の用途で使われるようになったな。
今もこんな感じで、リア充御用達の某トークアプリから通知が入って無慈悲にフルコンを逃した所である。
なんでこう、いけそうな時に限って全画面に割り込んでくるタイプで邪魔してくるんですかねぇ……
はっ! 雪ノ下め、まさか俺がアイドルたちと戯れているのを知っててわざと……?
流石にねえな。うん。ないよね?
ひとしきり脳内で愚痴と疑念と恐怖が、光り輝くアイドルたちのようにダンスした後。
俺はゲームを終了させて、携帯電話の通知欄を何の気なしに眺める。
結局、高校生活のあいだ、こいつには世話になりっぱなしだったな。
いつだって、いまだって。感謝してもしきれない。
そんな彼女が、俺に渡したいもの。なんだろうな。
ま、聞いてみりゃいいか。今から、話すんだしな。
俺は『雪ノ下雪乃』と書いてあるだけの、ただの無機質な文字列のはずなのに、先ほどまで画面に映っていたどのアイドルたちよりも更に光り輝いて見えるそれをそっと触り、メッセージ画面を立ち上げた。
『出し抜けだな。合否発表もでてねーのに何で日曜に学校いかなきゃなんだよ。寒いし』
『合否発表が出されてても平日でも、あなたは同じ事を言うのでしょう?』
『流石だな。なんなら春一番が吹くぐらい暖かくても出歩かないまである』
『はぁ……。 で、どうなのかしら? やはり私に会うだけでは学校には来てはもらえないのかしら?』
『いや、お前がわざわざ渡してくれるもんがあるってんなら、行くよ。いかなきゃ今後の大学生活が灰色になりそうだしな』
『よくわかってるじゃない。 では、明日の12時に部室で。待っているわ。』
『ったく……へいへい、りょーかいっと。 おやすみ。また明日な。』
『ええ。 おやすみなさい。』
明けて2月14日。雪ノ下に呼び出された神様のいない日曜日ならぬ、誰も学校にいない日曜日。
多少夜更かしをしてしまったが、ここに来るまでに目も覚めた。
予定の時間よりは少し早いが、雪ノ下ならおそらくもう来ているだろう。
ノックしてから入ろう。何気なくそう思って手を扉に向けかけたが、直前で思いとどまった。
……なんとなくだが、こうした方がいいような気がする。
自分の直感に従い、そのまま手をかけて扉を流し開けた。
俺が最初に憧れた、雪ノ下雪乃がそこにいた。
木漏れ日の様な陽射しの中で本を読む彼女の姿は、まさに芸術品のようだった。
見惚れてしまったその姿に、挨拶と言えるのかどうかもわからないような、いつもの声を上げることすら忘れてしばし。
雪ノ下が、読んでいた本から顔を上げ、こちらを向いた。
物語に浸っていた真剣な表情から、俺を罵倒する時のいきいきとした表情へと変わっていく。
おいおいなんでそんなに楽しそうなんだよ。
なにこれ、俺どうなっちゃうの?
「比企谷君、どうしたのかしら? まさか私に見とれていたの?」
なかなかいい笑顔で言ってくれるじゃねーか。
一時期は見せなくなったけど、最近またその悪い表情見せるようになってきたな。
そんなんでもサマになってるから性質悪りいんだよなぁ。
雄弁は銀なり、沈黙は金なり。
とか言うけど、こいつには口に出して伝えてやることにする。
「お、おう。 まあ、そんな、とこだ」
伝えるってレベルじゃねーぞ! やべぇ。
噛まなくなった事は高校生活で鍛えられた結果かもしれんが、そんだけじゃねーか……
内心で自分の進歩の無さに打ちひしがれていると、雪ノ下が少し真面目な表情に変わって、俺に向かって問いかける。
「あなた…… 申し訳ないとは思わないのかしら?」
俺と雪ノ下と、もう一人。奉仕部員として、そして何より。
雪ノ下にとってもかけがえの無い親友である彼女。
そいつの定位置にある席を見てから、こちらを睨んでくる。
まあ、そう怒るなって。ちゃんと説明すっから。
「思わねーよ。最初にお前を見た時の事を思い出しただけだからな」
「最初? 平塚先生に連れてこられた時かしら?」
「あぁ、そんときだ。俺は、お前に見とれてた」
「あの時のあなたの目つきは凄かったわ」
「ちょっと? 人が思い出を語ろうとしてるのに茶々いれんのやめてくんない?」
「どうせ私を手篭にしたかったとか、そう言う話でしょう?」
「ちげーから。ったく……あれだ。 たぶん、お前に憧れてたって話だよ」
「憧れ……?」
雪ノ下がこちらを見る。その瞳には、困惑の色が浮かんでいた。
どう言ったものか、と逡巡しながら口を開く。
「そうだ。 そうだ、ええとな」
大事な事だから2回言ったわけじゃないよ!
相槌うった後に喋りたい台詞思いついただけだよ!
「憧れは理解から最も遠い感情だよ。」
「いい言葉ね。何の作品の台詞かしら?」
「とある漫画のな。たぶん、この台詞どおりの意味でしか、俺はお前の事を理解していなかったんだと思う」
「そう、そう言う事……」
雪ノ下は、寂しそうにその表情を曇らせる。
そんな表情しないでくれ。お前には、もっといい表情がある。
「過去形だよ。今はもう少し、お前の事を理解してる、しようと努力してるつもりだ」
「言うようになったじゃない。感心したわ」
「感謝してるんだからな。お前がいたから、俺は自分の気持ちに本気で向き合えたんだ」
「なら、素直に『ありがとう』と、一言いいなさい。回りくどいのよ、あなたは」
「つってもなぁ……」
気恥ずかしい心持ちを誤魔化そうと、頬をかく。
すると。
「なら、私が手本を見せるわ。よく、見ておきなさい」
雪ノ下が顔をほんのりと赤らめ、恥ずかしそうな表情をしながらも、しっかりとこちらを向いていて。
いつのまにやら両手で大事に抱えるようにしてピンク色の包みを持っている。
それをこちらに差し出し、瞳をあわせて。
「今までありがとう比企谷君。出来ることなら、これからもよろしく」
差し出された包みと、言葉と、雪ノ下の浮かべた表情。
そのどれもが、雪解けと春の到来を間近に思わせるような、素敵な贈り物だった。
Side 一色いろは
『せんぱい、明日って暇ですかー? 受験も終わってるし暇ですよねー?』
雪ノ下とのメッセージやりとりを終えて、少し後。
なんだよ、今度は……
あぁ、一色か。ロック画面のままメッセージほっときゃ既読つかねーから無視むs
『まだ起きてますよねー?』
『起きてなくても通知音で気付きますよねー?』
『既読つけなかったら無視出来ると思ったら甘いですよー?』
『返事が無かったら……』
こいつはヤバい。何がヤバいってマジでヤバい。
仕方ないので可及的速やかに、画面を縦横無尽になぞる。
『わかった、わかった! そんなに連投してくるんじゃねえ』
『はー、やっと返事してくれましたね。これだからせんぱいは……』
『うるせぇよ。こちとらもう寝ようと思ってたのによ。 で、明日は暇じゃない。アレがアレしてアレだから』
『せんぱいがそういう時ってだいたい暇じゃないですか…… 明日、お昼の1時に学校の生徒会室へ来て下さいね! でわでわ~』
『おいちょっと? 俺の意思は? ねぇ?』
返事を少し待ってみたものの、反応なし。
……お前が既読スルーするんかい!
ま、こいつとのやりとりでは適当な所でお互いに切り上げるのがいつもの事だから、どっちもどっちなんだけど。
既読スルーとか気にしないぐらい気の置けない関係じゃないと、どっちにしたってな。
だからまあこれでいい。どうせ雪ノ下にも会いに行かなきゃだしな。
時間も上手いことずれてるし、問題ないだろ。
日付は2月14日、時刻は13時より少し前。恋する人もいるかもしれない日曜日。
雪ノ下との何気ない世間話を終えて、俺はのんびりと生徒会室へ向かっていた。
あいつと中身の無い話なんて以前じゃ考えられなかったが、今では割とよくある。
人なんて変わってくもんだからな。同じ場所に同じ人が同じように集ってても、全く同じままなんて事はありえない。
ま、世間話の中身なんてどうでもいいだろ。大抵は俺と…… あぁ、生徒会室ついたな。
自分から誘ってきたんだし、一色ももう居るだろ。
控えめにノックすると、どうぞーと返ってきたため生徒会室に入る。
入ってみると、ぐでーっと机に突っ伏しながらだらけきった一色いろはが、そこにはいた。
「せんぱいおっそーい」
体を起こすことすらせず、顔を腕に乗せたまま目線だけをこちらに向けてくる。
こいつ……
「まだお前の指定してきた時間より前じゃねーか…… しかも呼び出しといてそれかよ。 どんだけ疲れてんだよ」
ため息をつきながらも、自然と一色の横に置かれている椅子を引いて腰を下ろしていた。
生徒会の仕事を手伝わされていた時の習性が、いまだに残っているらしい。
帰巣本能のような自分の動きに、思わず再度ため息をつくと、一色がその身を起こしてきた。
そのまま、ずいっと顔を近づけてきたかと思うと、すんすんと匂いをかいできた。
目の前でぴくぴくと動く鼻が小動物っぽくてとっても可愛い。じゃなかったいきなり近づいてきてこわい。
「おい、いきなりなんだよ」
「先輩からチョコと女の匂いがしますっ!」
いきなりズバっと言い当てられた。
何なのこの子、いきなりどうしちゃったの?
今度は手で口を覆い、目を閉じながら泣いているような体勢になる。
「わたしという女がいながら……他の女と会っていたのね……えっぐ、ぐすん」
……はぁ。
ったく、今更そんな手に引っかかるかっつの。
こっちは本当の泣き顔だって見た事あるし、んなもんで騙されるか。
いまだにあざとく泣き真似をしている可愛い後輩を睥睨する。
「そらそうだろ。さっきまで雪ノ下とチョコ食いながら喋ってたしな。あと、嘘泣きなんて通用しねーぞ。そう言うのは通じる奴にやっとけ。お前の涙が勿体無いだろ」
俺の放った無慈悲な一撃に対して一色が「は?」なんて底冷えする音を発したと思ったら、次の瞬間には徐々に顔を火照らせてあわあわ言いながら何か言い出した。
ほんとこいつは仕草とか表情とか、いちいち可愛いやつだ。
どうでもいいけど『強い言葉を使うな、弱く見えるぞ』ってのも結構な名言だと思うんだよね。こう言うのは脳内で留めておくに限る。
さっき微妙に留めきれてなかった気がするのは内緒だ。うん。
「ななな何言ってるんですか涙がもったいないなんてそれ俺なら絶対泣かせないから俺についてこいって意味ですかごめんなさい今の本当に女ったらしな先輩にはどうやってもついていけません無理です!」
おー、顔真っ赤にして手をぶんぶん振りながら頭下げられたぞー。
一呼吸置いた後、長台詞をまくし立ててしんどかったのか、紅潮した顔を上げてはぁはぁと息をつきながら、上目遣いに潤んだ瞳の合わせ技でこちらを見てくる。
……おっと、グッときそうになった。あぶねえ。
こいつといると、ふとした瞬間にもっていかれそうになる。
「お前のそれも飽きないよな…… ま、もういいけど」
「えー、でもせんぱい一瞬ドキっとしませんでした~? 見上げた時にちょっと目が泳いだように見えたんですけど~?」
うりうり~、とか言いながらさっきの切ない表情なんかどこ吹く風と言いたくなるほどすがすがしい、それでいて底意地の悪いニヤニヤした面持ちを浮かべ、ひじでつついてくる。
それも束の間、とてとてと俺から離れてロッカーへ向かう。
返答するタイミングを失ったことで、黙ってその様子を見つめる。
一色はロッカーから鞄を取り出し、更に鞄のファスナーを開いて、ラッピングされた包みのようなものを取り出す。
それを見て、一色が「ふっ」と息を吐いて小さく笑った。
鞄をしまい、ロッカーから離れ、ふわふわと亜麻色の髪の毛を揺らしながら、俺に向かって歩いてくる。
つかの間を置いて目の前で立ち止まり、後ろ手に隠したそれを元気に「はいっ」と差し出してくる。
「せんぱいには、いっぱいお世話になりました。ですから、せめてものお返しと言うことで、これを差し上げます」
差し出されたのは、黄色い小さな包み。
この包みには、どんな思いがこめられているのだろうか。
そっと包みを受け取ってから、どうしてだろう。そんな事が気になった。
ともあれ礼を言わなくちゃな、と口を開きかけた。
「せんぱいの事は、本当に尊敬してるんですよ」
開きかけたところで、聞いた事の無いような声で遮られた。
和やかで余裕のある、一色の声。
「せんぱいがどんな形であれ、わたしの背中を押してくれて、助けてくれたから。ここでこうしていられるんです」
包みを渡した後、そっと俺から離れてふわりと髪をなびかせ、後ろを向く。
一色は俺に顔と手の仕草を見せずに話しているため、どんな表情をしているかはわからない。
「せんぱいは、本当に色々なものをくれました。わたしはあんまり何もあげられませんでしたけど、」
「そんなことはない」
人の話に割り込むのは性に合わないが、ここはどうしても伝えたかった。
一色も、こちらを向いて目をぱちくりさせた。
言葉を続ける。
「そんなことは無いぞ。俺のほうこそお前に厄介事を押し付けちまった。だから気にするな。自作自演、マッチポンプみたいなもんだな。むしろそれしかないまである」
反応はどうかと、一色を見てみた。
しばらく、ぽかーんと口をあけていたが、やがて言質を取ったとばかりに口元を歪ませる。
「そういうことなら、ホワイトデーは100倍返しでお願いしますね☆」
ウィンクしながら敬礼ポーズ。だから、それは俺にやっても効果ないっつの。
可愛いやつめ。
「はいはい……」
「んじゃ、わたしはそろそろ帰りますね~。せんぱいも、早く出た出た!」
俺は「え」とか「ちょ」とか発しながら文字通り一色に引きずられ生徒会室を出る。
なんなのん、尊敬してるとか言う割りに扱い雑すぎじゃない?
「これ以上待たせると悪いですからねー、早いとこ開放してあげますよ」
生徒会室に鍵をかけ、こちらを向いてまたしても意地の悪そうな笑みをさらけ出していた。
「お心遣い感謝するわ。んじゃあな」
俺は下足室へ向かって歩き出した。一色は職員室に鍵を返しに行くのでここでお別れだろう。
ようやく俺も家に帰れる。
「ぐえっ」
「気が変わりました。ちょっとだけおしゃべりしたい気分なので、鍵返しにいくのだけ付き合ってください」
……そう思っていた時期が俺にもありました。
いきなりマフラー掴むんじゃありません。
「ではでは~、鍵を返す旅にれっつごー♪」
「んな大袈裟なもんじゃねぇだろ……」
ま、少しならいいか。ついていってやろう。
どうせすぐだしな。たまには、な。
きっと、偶然だろう。
俺と同じマフラーの巻き方をした、あざとかわいい後輩に引っ張られるように。
もう二度と来ないであろう生徒会室から、俺は巣立っていった。
Side 由比ヶ浜結衣
『今、いいか? 起きてるなら電話がしたい。無理にとは言わん』
雪ノ下と一色からのメッセージ爆撃をやり過ごしてすぐ。
俺はとある人へメッセージを送っていた。
日付が変わる前なので、そこまで深夜という訳でもない。
だが結構夜も更けてきているような時間だ。
長々とコール音を鳴らし続けるのもどうかと思い、短い着信音で済むように一文だけ送った。
個人的に電話の呼び出し音というのが好きじゃない、と言うのも大きいが。
自分からかけて待つのもなんだが、何よりかかってくるのが嫌いだ。
さっきみたいなゲームのプレイ中だったり、遊びに行きたくない気分の時に限ってかかってくるどうでもいいやつからの遊びの誘いだったり、寝坊して起こされる時のバイト先からのモーニングコールだったり。
あ、最後のは嫌いじゃすまないね! てへっ!
益体も無い事を考え出して、しばし。
その手に持っていた携帯電話が振動を始めた。
どうやら起きていたらしい。
画面をなぞり、そっとスピーカーの部分を耳に当てた。
『おぉ、夜遅くにすまねえな』
『いいよ、起きてたし。急に電話したいって、どしたの?』
なんでもないような感じの問いかけだ。
別に電話じゃなくても伝えられる用件だったが、どうしても自分の口で言っておきたかった。
『えっとな。明日、ちょっと雪ノ下と一色に呼び出されたから学校行ってくるわ』
『うん、そうなんだ。わかった』
『おう』
無音。静寂。
『えっと……それだけ?』
『ま、まあ要件としちゃそんだけだな』
再開。
我ながらこれはないと思ったので、もう少し説明することにする。
『あー、なんか雪ノ下が俺に渡したいものがあるんだと。んで、一色も俺に用事があるらしい。それぞれ昼の12時と1時に部室と生徒会室に呼び出されたよ。日曜だっつーのに、何のつもりなんだかな』
『……へぇー、二人とも学校にしたんだ』
電話の向こうの声の主は、感心したような得心がいったような返事をした。
『え、なに、お前なんか知ってんの』
『いやー、特に? そう言う事なら頑張っていってね。ゆきのんもいろはちゃんも遅れたら怖いよ~』
全く怖さが伝わってこない声だが、そこはそれ。
『いいのか? その……俺が行っても』
『ほえ? なんで? どうせ予定とか無いんでしょ?』
ええい、こういうことはこいつの方がちゃんとわかるだろうに。
わざとか?
『いや、その、なんだ。部室に生徒会室にわざわざ日曜に呼び出されたんだ、たぶん二人っきりだぞ。いいのかよ?』
大事な事なので2回目です。
っつか、俺としては一番この手の話をしたいのは……
『いいよ。いいに決まってるじゃん。だってさ』
一呼吸置いて。
『ヒッキーが最後にあたしを見てくれたら、それでいいから。ちょっとぐらい、いいよ』
由比ヶ浜結衣の最後の一押しに、俺はすぐに返答した。
「さてと、さっさと帰るか」
一色と職員室に生徒会室の鍵を返したあと。
あざとかわいろはすは「では、わたしは先に帰りまーす! せんぱいはどうぞごゆっくり~。にしし」とかほざいて、さっさと行ってしまった。
小町みたいな笑い方しやがって…… ま、笑い方を似せた程度じゃ小町の天使っぷりにはかなわんがな!
妹の可愛さを再確認しつつ、今度こそ下駄箱へ歩みを向ける。
校舎内の暖房に慣れた身にはつらい寒さが、徐々に体を凍てつかせてきた。
よく自転車で来たな俺。往路の自分を心中で讃えながらクラスの靴入れに差し掛かる。
復路の寒さを考え鬱屈とした気分になりながら、自分の靴箱の前へ移動する。
すると、そこには。
「あ、ヒッキーやっときた。やっはろー!」
寒さのことなどあっという間に忘れてしまえるような、予想外の人がそこにはいた。
「由比ヶ浜? なんで、ここに?」
「なんで? うーん、だって、待ってるだけじゃつまんないし」
あいもかわらず要領を得ない答えが返ってくる。
いやまあ言いたい事はわかるけどよ。
「わざわざ学校来なくてもいいだろ。確かに学校行くつったのは俺だけど。会いたいなら言ってくれりゃ、そっちまで行ったのに」
俺の言葉を聞いて「たはは」と笑いながらお団子をくしくし撫でる。
続けざまに。
「やー、だっていてもたってもいられなくなってさ。一番早く会うにはどうしたらいいかなーって思ったら、勝手にきちゃった。えへへ」
彼女が見せた表情は、今まで見てきたどんなものよりも、輝いて見えた。
「それじゃー、ヒッキーのおうちへれっつごー!」
由比ヶ浜を後ろに乗せて、ゆっくりとペダルをこぎ始める。
スピードが乗ってきてバランスが安定し、そう気を配る必要がなくなっても、脳から足へ無心で回せと指令を与え続ける。
「ヒッキー、そんなに急がなくても大丈夫だよ?」
お心遣い痛み入ります。でも意識を集中してないとですね。
「ヒッキー?」
むにゅっ。
「ヒッキー?」
ふわっ。
「ねーヒッキーってばー」
だきっ。
いや最後の、だきっ。は無理あるだろ。
これあれな、荷台に跨ってる由比ヶ浜にあれでそれなあれを当てられたり、喋りかけられたときの甘い息だったり、俺に回されてる腕に力をこめられた時の様子な。
冷静に考えてみろ、すっげー可愛くてきょぬーでやわらかくて色んなとこからいい香りしてくる女の子に全身で抱きつかれてんだぞ。
お前らは平気でいられるか? 誰に向かって聞いてんだこれ。
どうでもいいわ。俺はもう、結構限界です。
「や、その、大丈夫だから。大丈夫だからおとなしくしてて」
必死に足を動かして前を見つつ懇願する。
いつのまにやら無意識にゆっくりとした速度に落としていたが、それでもなお車輪は回り続ける。
赤信号で止まる時はゆるめのブレーキを心がけ、つんのめらないようにする。
カーブを抜ける際は最小限の傾きで、なるべく慣性を発生させず、慎重に通過する。
やむを得ず段差を乗り越えるタイミングでは、手前で上手くスピードを調節し、衝撃を小さくする。
そこまでやってはいるのだが。
信号で止まるときは「赤信号だね、ヒッキー」と言いながらぎゅーっと抱きついてきて。
カーブでも「二人乗りで曲がるときって結構こわいよね」なんていってしがみついてきて。
段差でも「わっ! 小さい段差でも結構がたんってなるね」って言いながら結局抱きつかれて。
「とうちゃーく! きょ、今日って、おうち誰かいるの……かな?」
「あぁ、いや。今日はいない。俺一人だ」
そんな事を繰り返した帰り道。
どうやって学校から家まで帰ったか覚えてないぐらいには、俺は疲れていた。
疲れていたから由比ヶ浜の問いかけに、なんて答えたかもあやしい。
あやしすぎて光ってるレベル。洞窟とかタワーの中ではよくやられるよね。
5割の確率を何とか乗り越えマイスイートホームへ帰宅。
由比ヶ浜も「そ、そっか。うん、よし」なんて言いながら連れ立って入ってくる。
今日は日曜日なのだが両親は仕事で不在、小町も遊びに行っててお留守だ。
学校に向かって出る前、リビングのテーブルの上に「小町は友達のところへ遊びに行ってくるのです! 明日が月曜日だからお泊りは無理だけどなるべく遅くまで帰らないようにするから! 頑張ってね☆」なんて書き込みが残されていた。
……うん、帰ってきたらシメる。
ともかく今は小町よりも、来客をもてなすのが先だろう。
「んで、どうする? 帰る?」
リビングに通してソファに座らせ、紅茶を入れるためのティーカップを水屋から取り出した後にお茶の葉を用意する。
そんなもてなしの準備をしつつ、とりあえずやっとくかー、と思ってお決まりの台詞を投げつける。
いつもの事なので特に何の気も無く、続けて電子ポットに湯沸かし器からお湯を注ぎこむ。
ま、うち来た時にこれ言うとだいたい「だから! なんでそんな自然に帰宅を提案するし!」なんてぷりぷり怒る(かわいい)のだが、今日は反応が無い。
はて、どうしたんだろうか。ポットにお湯を注ぎ終わった事を確認して加熱ボタンを押し、作動開始を確認してからソファに座らせている由比ヶ浜を見る。
こちらが立ったまま目線を向けたため、自然に上目遣いを向けられる。
「べつに、帰ってもいいよ? 今日はうちも、誰も、いないし」
ほんのり赤らめた頬と、うっすらと潤んだ、それでいて強い決意を秘めたような瞳。
狼狽して「お、おう、そうなのか」とか何とか、打てば響く鐘のような返事をしてしまうと、さらに追い討ちをかけてくる。
「昼間だけじゃなくて、泊まりがけで旅行いっちゃってるから、さ。」
そんなこと。
「でも、一人じゃ寂しいから、うちに来てくれるか、ヒッキーのおうちに泊めてくれるかすると、その……」
最初はこっちを見据えながら途切れ途切れでもはっきりと言ってきたのに、最後は顔を真っ赤にして俯き、消え入りそうな声になりながら。
そんな姿勢を見せられては。
「……わかった。んじゃ、後で行く。行くから、準備するわ。部屋、戻っていいか?」
こっちも、それ相応の応対をしないとな。
覚悟を決め、冗談とは言え心無い提案をした事への反省と、そこから話が予期せぬ方向へ転がった事への僥倖を噛み締め、部屋へ行こうとする。
「あ、じゃあこれ! 頑張って作ったよ!」
しっかりと、それでいて手作りで結んだとわかるリボンに彩られた青い包みを差し出される。
今度は満面の笑みと、愛おしい気持ちを一緒に包み込まれるように両手の上に置かれた、それを受け取って。
「さんきゅ。んじゃ、ちょっと待ってろ」
お返しに、彼女の― 結衣の髪を返事と一緒にそっと撫でて。
今度こそ振り向いて自室への階段を上り始めた後ろから「ヒッキーに頭撫でてもらった……えへへ」なんて嬉しそうな声を聞いて。
ずっと一緒に寄り添いたいと、求め続ける事を、改めて誓った。
おまけ
由比ヶ浜家へ向かう途中。
「ヒッキー? 何か忘れ物?」
「いや、ちゃんと一通り泊まるのに必要なものは持ってきたぞ」
「ならなんでドラッグストア寄るの? べつにいいけど」
「あー、まああれだ。家に無かった、と言うか今まで買うのを我慢してたと言うか、まあそれを買いに来ただけだ。」
「??? よくわかんないヒッキー……」
「あ、お前はついてくんな。寒いかもしれんが、外で待っててくれ。すぐ戻る!」
「え? え、ちょっとヒッキー? ヒッキーってばぁ! いっちゃった……」
この後、由比ヶ浜家で楽しく二人でやっはろー(意味深)しました。
(おわり?)