彼と彼女たちの、いちゃいちゃ短編集。   作:ペレオン

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今回はプレシャスメモリーズと言うカードゲームから着想しました。
プレメモ知らなくても大丈夫です! よければ、ぜひ。


大切な思い出

~ 一色いろは編 ~

 

 

 放課後の生徒会室。

夕暮れにはまだ早い、授業とホームルームが終わったばっかりの時間に、わたしは生徒会室へ来ていました。

新年度になったばかりで忙しいんですよねー、生徒会。

資料整理や書類の処理がいっぱいあるんですよ。

部活の予算申請や、それに伴う活動報告書などのチェックが山盛りで。

ですので今日は助っ人を呼んであります!

 

「なぁ一色。俺、部活に行かなきゃなんだけど……」

 

 いわゆるジト目って奴でこっちを睨んでくるせんぱい。

 

「だってー、仕方ないじゃないですかー、他のメンバーも先生の手伝いやら資料室の整理とかで駆り出されてるんですから」

 

「それは聞いた。でもそう言う事なら雪ノ下と由比ヶ浜にも」

 

「あ、せんぱいマッ缶ありますよ。飲みます?」

 

「おい、人の話を…… はぁ、まあいいわ。とりあえずもらうわ」

 

「流石にお二人もお呼びするのは申し訳ないですからねー。はい、どうぞ」

 

「俺にもその申し訳なさを分けてくれよ…… あー、やっぱこれだよこれ」

 

「わー、せんぱいたよれるー、なんかもうしわけなくなっちゃうなー」

 

「なんだよその棒読み…… でもお前、仕事速くなったな」

 

「ふぇ?」

 

「そのくっそあざとい返事しながらでも、ちゃんと手が動いてる。前からずっと見てるから思うけど本当に手際良くなったな。えらいぞ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 いきなり直球で褒められて、思わず手が止まりそうになるわたし。

でも、止めない。

 

「普段からもうちょい頑張ってくれると、もっと良いんだがな」

 

「何言ってるんですか? もしかしてわたしの事口説いてます? ごめんなさい、ちょっと褒められただけでもグラっときちゃいそうなんでこれ以上は無理です!」

 

 だって、これだけ仕事が出来るようになったのって、せんぱいがずっと見続けてくれてるからなんですよ?

あなたがいるから、わたしは頑張れるんです。

 

「へーへー、んじゃあんまりグラグラさせねえように帰っていい?」

 

「だめですよー、まだこんなに残ってるんですから」

 

「今のお前のペースなら結構早めに終わりそうだけどな…… よいしょっと」

 

「そう言いながらも自分の方に書類持ってくせんぱい、いろは的にポイント高いですよ?」

 

「はいはい、んなとこまで真似せんでいいから」

 

 受け流されようとため息をつかれようと、わたしは構わない。

一緒にいるだけでも、今は充分ですから。

それでも、これだけは言わなくちゃ。

 

「せんぱい」

 

「なんだよ」

 

「いつもありがとうございます」

 

「別に。小町と仲の良い後輩が困ってたら助けるだろ」

 

「シスコン……」

 

「ほっとけ」

 

 小町ちゃんと出会う前から、いつだって助けてくれてたのに。

ほんとに、ほんとにこの人は。

 

「そう言う事なら、今後もお願いしますね♪」

 

 ウインクして舌を出しつつ、捻デレさんを見る。

 

「もう別に手伝わなくても良さそうなんですがそれは……」

 

「えー、まあまあ、そう言わずに!」

 

 そんな事をせんぱいと喋りながら過ごしているうちに、いつの間にか仕事は片付きつつあった。

これが終わったら、せんぱいと一緒に、あの暖かい陽だまりの中へ行こう。

太陽みたいに皆を照らす素敵な先輩、月のように静かでそれでいて皆を包み込むように輝く実は優しい先輩、それに。

 

「はぁ、やっと終わったか。んじゃ、俺部活行くから」

 

「こっちも終わりましたー! 今日は雪ノ下先輩どんなお茶入れてくれますかねー?」

 

「……やっぱりこっち来るのな」

 

「……ダメですか?」

 

「その袖を余らせた両手を口の下に持ってくるあざといポーズと、上目遣いでこっち見ながら目を潤ませる仕草やめたら、来てもいいぞ」

 

「やったー!」

 

「……まあもういいや」

 

 皆に光を届けてくれる、大好きなせんぱいがいるから。

わたしは、もっともっと、頑張れる。

そう思って踏み出す一歩は、羽が生えたように軽やかなステップを刻んでいた。

 

 

 

~ 戸塚彩加編 ~

 

 

「っ…… はぁ…… っはぁ……」

 

 銀髪の少年 ―ともすれば少女にも見えてしまうが― とにかく少年、その名を戸塚彩加と言う麗人は息を切らし、対峙する相手を見据えていた。

 絶対に負けられない戦いが、そこにはある。

 などと言ってしまうと陳腐な場面に見えてしまうし、実際に今の状態を言葉で表すと陳腐ではある。

少年と同い年の相手が対峙しているのはテニスコート。この対戦は県の公立高校同士で開催される公式戦であり、その予選のさなかだ。両者共に、高校3年生である。

二人が参加するこの大会はトーナメントであり、次の試合へ進むための越えなくてはならない壁である。

この通り、活字として書き起こして他者の目線から俯瞰してしまうと実に味気の無いものである。

たかが高校生活での部活、全国的に注目されているわけでもない、私立の強豪校などは最初から参加していないような大会だ。

それでも、彩加にとっては、今までの人生を振り返るとで二番目に勝ちたい戦いであった。

一番だった戦いと言うのは、二年に上がってすぐのあの試合とも呼べない、昼休みの諍いを思い出して彩加はニヤりと笑う。

 

(あの時も一緒にいてくれたよね)

 

 この試合に勝ちたい、頑張りたい理由。

自覚の無い内に努力を継続する源となっていた、彼のいる観客席に目を向ける。

いつもなら声を張り上げるようなタイプでも、休みの日にわざわざ外出するタイプではない彼が、自分のために活力を送り続けている。

 

「とつかー! がんばれー!」

 

 頑張れ、何て言われると頑張りたくなくなるだろ? だから俺はそんな事は言わない。

なんて捻くれた言葉を発していた彼からの、真っ直ぐな応援。

そうだ、これがあるから僕はやれるんだ。

 

「……よし」

 

 彩加は右手に持ったラケットを、今一度握りなおす。

最初は押されていたスコアも、彼が到着して声援を送り始めてからみるみるうちに差を詰め、デュース合戦に持ち込んだ。

相手も疲労困憊のようで、優位に進めていた頃の試合運びが出来ないでいる。

近距離でのボレーが自身を掠めようと、サービスエースを決められるような剛球を放たれようと、決して諦めず、一歩も引かずに食らいついた。

 

 そう、何度でも、何度でも。

 

 彼が声援を送ってくれるだけで、無限に力が湧き上がる。

その力が今、結実しようとしていた。

 

「とつかー! あと1点だー! 負けるなー!」

 

 自らの奥底から、力が溢れてくるのを感じる。

 

 (うん、いける!)

 

 確信を持って、彩加は左手に持ったボールを空高く投げ上げる。

空中に浮かび上がって、落ちてくるその一瞬に。

勝ちたい気持ちを最大限に込めて。

 

(届いて…… 僕の、気持ち!)

 

 細いながらも鍛えあげられた右腕を振り抜いた。

 

 

 試合後。

彼は、彼と帰り道を共にしていた。

 

「八幡、今日はありがとね。 試合見に来てくれるなんて、ぼく嬉しいよ」

 

「そりゃあ、戸塚から誘われたからな。戸塚から誘われたら行くだろ。むしろ他に予定があってもキャンセルしていくまである」

 

「えぇ!? わざわざ予定変えてきてくれたの!?」

 

「え、あ、いや、物の例えだよ。俺が休みの日に予定あるわけ無いしな」

 

「あっはは…… そうなんだ。もし良かったら、また見に来てくれる?」

 

「おう。俺なんかでよければ、いつでも見に行くぞ」

 

「うん! じゃあ次もお願い!」

 

「わかった。あ、そんじゃ俺こっちだから。じゃあな」

 

「ありがとね、ばいばい! また学校で!」

 

 そういって、八幡と彩加はお互いの家の近くの分かれ道で、それぞれに歩みだした。

次の試合も見に来てくれたら、きっと今日のように頑張れる。

彩加はそう信じて、明日からも練習に励もうと、決意を新たにしたのだった。

 

 

 

 

~ 奉仕部と妹編 ~

 

 

 数学のテストが9点だったことのある俺も、アホの子の由比ヶ浜も、もともと成績面では何の問題も無い雪ノ下も、無事に3年に進級できたとある日。

新年度になったばかりということで部長会議なるものがあるらしく、雪ノ下がそれに出席せねばならないという事で本日は不在。

部長様がいないので、俺が仕方なく職員室で部室の鍵を借りてから部室へ向かい、鍵を開けて扉を開く。

たったそれだけのことなのに、やけに疲れた。

慣れないことをするとダメだな。

 

 主のいない、がらんとした部室を見て一抹の寂しさを覚える。

一緒に入った由比ヶ浜も「ゆきのんいないと寂しいね……」とか言ってる。

会議つってもそんなに時間かからなさそうって話だったのに、あなたほんとゆきのん大好きね……

 

 しかしここで雪ノ下がいないことで、今日は紅茶が飲めないことに思い至る。しまった、ここ最近部室ではずっとおいしい紅茶にありつけてたから、飲み物持って来てないんだよな。しゃーねぇ、買ってくるか。

 

 自席に鞄を置いて単身自販機へ向かう。

自販機へ辿り着いて、まずは自分の分のマッ缶、ついで由比ヶ浜が「え、飲み物? うーん、そだね…… あ、あれがいい! カフェオレ!」と何かを思い出したような表情をしてから凄い勢いで言ってきたので、『男のカフェオレ』を買う。

ガゴンっと音を立ててやってきたカフェオレを手にしてから、会議が終わってから来るであろう雪ノ下の分に『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』も購入してやり、再び部室へと歩き始める。

 

 部室へ戻ると、由比ヶ浜が本とノートを広げ、一生懸命にその本を読み、何事か書き留めている。

なんでもない日常を視界に入れつつマッ缶を机に置き、由比ヶ浜の前にカフェオレを差し出し、雪ノ下の定位置である所に野菜生活をそっと置く。

席へ戻ってからマッ缶を開けて命の源を啜り、ほっと一息。あぁ、今日もいつもと変わらない平和な日常が―

 

 「って、由比ヶ浜が勉強してる!? 何が起きたんだ、おい、大丈夫か由比ヶ浜!?」

 

 「うわ!? ヒッキーいきなりうっさいし! あ、買ってきてくれたんだ。はいこれ」

 

 「え、いや、別についでだし、こんぐらいで金なんていらんけど」

 

 「だめだよ、そういうところきっちりしなきゃ。はい」

 

 「お、おう。 んじゃあもらっとくわ」

 

 財布から出されたカフェオレ代を一旦は受け取らないでおこうと思ったものの、由比ヶ浜に手をしっかり握られた上で優しく掌を開かされた挙句、そっと手の中に100円玉を置かれてしまったため、仕方なく受け取る。

 

 「えへへ、はじめて買ってきてくれたカフェオレとおんなじやつだぁ……」

 

 よくわからんことつぶやいているが、それよりも。

 

 「それより由比ヶ浜、その本とノートなに? どうしたんだよ」

 

 「あ、これ? 平塚先生に夏休みの宿題の課題書籍にしようかどうか迷ってるから読んでみてくれって言われてさー。やったらちょっと点数くれるって言ってたし!」

 

 「贔屓が露骨すぎんだろ…… なんでもいいけど。でもなんでお前なんだろうな」

 

 「ゆきのんとヒッキーにもやって欲しいって言ってたけど、まずはあたしなんだってさ」

 

 「そうか。んじゃ、頑張ってくれ」

 

 自発的に読書に目覚めたわけじゃないということに内心で悲しさを覚えつつ、俺も読書でもしようかと鞄を漁る。

が、その動きは袖をちょんちょんとつままれたことで中断された。

 

 「ヒッキー、この本についてアドバイス欲しいんだけど……」

 

 困った表情を浮かべながらいつの間にか椅子ごとこちらににじりよってきて、ずいっと顔を近づけながら上目遣いで問いかけてくるアホの子。

近い近い目がきれい顔がほんのり赤いなんかどんどん近づいてる!

 

 「本についてアドバイスの意味がわからん、何が言いたい。やり直し」

 

 動揺している内心を悟られぬよう、目線を外しわざと冷たくあしらう。

 

 「やー、この本で一番大事だと思ったところと、それについて自分の感想を書いてみるようにって言われたんだけどさー。どれがいいのかわかんなくって」

 

 あさっての方向を向いた視界の端で、俺の表情の移り変わりを見てから、少し満足げで意地悪そうな、それでいて困ったような、なんとも器用な微笑みを浮かべた由比ヶ浜が、たははーっと言ってお団子をくしくししている。

 

「お前が思ったことなんだから、俺に聞いても意味無いだろ…… まあ、ちゃんと読んだ上で迷ってる所はえらいと思うぞ」

 

「え、えらい…… 不意打ちはずるいなぁ、ふぅへへ……」

 

「おい、聞いてんのか?」

 

「はっ! あぁ、うん、迷ってるからヒッキーに聞いてみたいなーっと思ったの。ヒッキーもこの本読んでたでしょ?」

 

「最近読んだとこだな。んでもなぁ、俺が読んで共感した所と、お前が読んでいいなぁって感じたところって違うと思うんだけど」

 

「いいの! 参考にしたいだけだから、ヒッキーはどの辺がよかったの?」

 

 臓器を食べたいなんて言うタイトルの突飛さも、タイトルとは裏腹な淡い色使いの表紙も、最後の方まで名前が明かされない主人公の境遇も、一生懸命生きてるヒロインも良かったけど。

 

「そうだな…… 基本的に、人は自分以外に興味が無いって所だな。他には、現実より小説の中の方が楽しいって所とか」

 

「えぇ!? 他にもいっぱいあったじゃん! 明日死ぬかもしれないんだから、毎日がんばろうとか! 仲良し君と出会ったのは全て必然で、出会う選択を積み重ねてきたから、とかさ!」

 

「中々かいつまんだな、だいたい合ってるからいいけどよ。別にいいとこ書かなきゃいけないわけでもないだろ、自分の思った感想なんだし。他にもそうだな、コーヒーに砂糖やミルクを入れる事を悪魔のやることって言ってた所は納得できなかったな。あんな苦いもんそのまま飲むことの方が悪魔のやることだろ」

 

「あー、そこはヒッキーなら文句言ってるんだろうなーって思いながら読んでたよ……」

 

「え、あ、そう……」

 

 こいつが自然と本読みながら俺の事を考えてたと暴露した事に対して気恥ずかしくなってしまい、そっけない返事になる。

ツッコミ入れてもこっちが火傷しそうなので、あえてスルー。

 

「とにかく、筋が通ってりゃ感想なんてどんなんでも良いんだよ」

 

「そんなんだから先生によく呼び出されてるんじゃないの……?」

 

 正論だな。でも正論ってのは言うもんであって聞くもんじゃない。

なのでスルー。

 

「ま、俺ならアレにするわ。誰かと心を通わせることを生きるって言うんだよ、とかなんとかあったろ。そこにして、感想としては主人公に人生の一端を気付かせてくれる印象深い台詞だったし、ヒロインの置かれている状況から出てきた言葉だと思うと涙が出そうになった、とかみたいな感じで構成していくんだよ」

 

「はえー、ヒッキーそれ今考えたの?」

 

「そりゃ、今お前の課題聞いたところだしな」

 

「やっぱりヒッキー凄いね! なかなかそんなのすぐ考え付かないよ」

 

「そんなもんかね…… ま、参考になりゃいいけど」

 

「なったなった! めっちゃなったし! 帰ってからまとめるから!」

 

 なにその唐突な関西弁…… 確か凄くとかそんな意味だっけ?

別にどうでもいいけどな。って、うおっ!?

 

「ありがと! へへっ」

 

 いきなりずいっと近寄ってきて、こちらをのぞき見上げてガハマスマイル。

のぞき見上げてってなんだよ。

あれだ、ちょっとこっちの顔より下に由比ヶ浜の顔が近寄ってきて、そっから俺を見上げつつ満面の笑みを浮かべた感じだな。

スマイル0円なんて、どこぞのファストフード店でやってるが、こいつのはそれに当てはまらないな。

 

「お、おう。好きにしてくれ」

 

 1000%スマイルが眩しすぎて、恥ずかしさを誤魔化すために鞄から本を取り出し、読み始める。

もちろん、中身は入ってこなかった。満足そうにこっちを見ながら「えへへー」とか言ってる誰かさんのせいでな!

しばし、心の中で恨めしげに思っていると、部室の扉が静かに開かれた。

 

 

 

「ごめんなさい、会議が終わってようやくこれたわ。あら、二人とも何をしているのかしら」

 

 我らが部長、雪ノ下雪乃の登場である。それを見て由比ヶ浜が駆け出していく。

 

「ゆきのーん! おかえりー!」

 

「由比ヶ浜さん、せめて席に…… まあいいわ」

 

 部室に入ってきた体勢そのままで抱きつかれて成すがままにされていた雪ノ下であったが、由比ヶ浜に向き直る。

 

「ただいま、由比ヶ浜さん」

 

 言葉をかけながら、雪ノ下が優しく由比ヶ浜の頭を撫でる。

ゆきのん今日はなんだかやけに機嫌いいですね…… 由比ヶ浜も気持ち良さそうに頭を雪ノ下の控えめな胸にすりすりしてるし。

もうゆるゆりどころかがちゆりもいけそうですね。よきかなよきかな。

 

「ついでに、ただいま。不純谷くん」

 

「おい、なんで俺だけ扱いがいつも通りなんだよ」

 

「何でと言われても、自分の胸に手をあてて聞いてみたらどうかしら? 今のあなたの心境に疚しい所が一つも無いというのなら、あなたの事も撫でてあげるわ」

 

 疚しい所が無いと答える→雪ノ下になでなでされる

ダメだ、そんなもんこの場でされたら恥ずかしさで悶絶するわ。もう既に先制攻撃されてるってのに。

いつも通りの罵倒は嫌だが、ここは仕方ないな……

 

「正直に言うと、目の前で二人が仲良しオーラ全開でそんな事してたら気にはなるだろ。仲間はずれ的な意味でな」

 

 我ながら上手い事言ったな。これでちょっと寂しい可愛そうな奴ってだけで問題ないはず。

 

「そう、寂しかったのね」

 

「ちょっとだけな。別にお前らの間を邪魔しようとは思わんから、どうぞ続けてくれ」

 

「ええ、続けさせてもらうわ。 ……由比ヶ浜さん?」

 

「うん! ヒッキー」

 

 いまだ部室の扉の前で抱き合っている二人が、アイコンタクトと簡単な言葉を交わしただけで頷きあい、雪ノ下が目線で、由比ヶ浜が手招きでこっちこいと合図してくる。

湧き上がる嫌な予感に蓋をして、二人のもとへ近づくと。

 

「この跳ねた髪以外は案外さらさらなのね」

 

「ちゃんとしてる時は意外とくせっ毛じゃないんだよね」

 

 唐突に髪を撫でられ始めた。

自分より少しだけ背の低い女子に、上目遣いを向けられながら撫でられているこの構図。

現状を受け入れきれずフリーズしている俺に、雪ノ下が優しげな表情で満足そうにはにかんだ。

 

「仲間はずれだと思わせたのは申し訳なかったわね、これでお詫びとさせて頂戴」

 

「いや、別にいらんから。いきなり何すんだよ」

 

 身を捩って逃れようとするが、そうはさせじと二人が両腕を掴んでくる。

え、なにこれまだ続くのん?

 

 「あなたには、今までたくさんの力を貰ってきたし、たまには素直に感謝しようかと思ったのだけれど、いけないかしら?」

「昨日、私もその机においてあるのと同じ本を平塚先生に貸して頂いてね。思うところがあったのよ」

 

 どうやら由比ヶ浜に課題が与えられてから、時間差で雪ノ下にも件の話が言っていたらしい。

 

「当たり前のことだけれど、人っていつ死ぬかわからない生き物だもの。生きている価値を日常に埋没させて見失わないようにするために、まずは近しい人たちへちゃんと向き合おうと、思ったまでよ」

 

「……そうかよ。わかった、好きにしてくれ」

 

「えぇ、好きにさせてもらうわ」

 

 体力という面では、件の本に出てくるヒロイン以上に不安しかない雪ノ下さんは、生きる価値を感謝に見出しちゃったのかな?

俺そんなに感謝される事やったかな? ん?

 

「むー、ゆきのんだけずるいし! あたしも!」

 

 恥ずかしさからの現実逃避に耽っていると、由比ヶ浜が自身の左腕を俺の左腕に絡ませて抱きついてきた。

俺の肩のあたりに頭をすりすりしつつ、右手で俺の頭を手櫛で梳いてくる。

ちなみに雪ノ下は好きにさせてもらうわ、と言い放ってから由比ヶ浜と同じような姿勢でそっと俺の右手を繋ぎ、アホ毛をちょんちょんつついてくる。

 

「あなたのこれ、本当に不思議よね……」

 

 揺れている俺の髪の毛を興味深そうに目線で追っている。

ゆらゆらとゆらめくたびに、澄んだ瞳もきょろきょろときょろついている。

なんだこいつ可愛いなおい。

 

「あの、もうそろそろ開放して頂けると嬉しいんですが」

 

「嫌よ。興味深い観察対象だもの」

 

 それならせめて腕ぐらいは放してくれてもよくないですかね……

雪ノ下の体にきっちり抱きこまれているせいで、俺に腕に当たってるそれがいつもは慎ましやかで控えめだと思っていたのに実は意外とあるしなんだかんだで女の子なんだなって伝わってきて、いやーもういっぱいいっぱいっす。

 

「ならせめて髪の毛だけにしてくれ。そもそもなんでこんなに」

 

「積極的なのか? と問いたいのかしら?」

 

 にこーっと口角を上げつつ、思考を先読みされる。

その意地悪い表情を出しながら腕に抱きつく力が強まってるの、もう完全に確信犯ですよね?

隣でなんかずっとおでこすりすりしてきてるわんこも「むー…… あててる…… あたしも!」とか言っておいおいこっちはもっと柔らかくておっきくてふわふわで何かもう色々と凶暴な感触がそりゃこれがいつも隣に居たらちゃんとあるのに少ししかないようにも思いますよねしょうがないねって痛い痛い痛い!

 

「……ちゃんと神経も通っているのね」

 

「当たり前だろ、いきなり引っ張んなっつの」

 

 わんこのすりすり(意味深)でちょっと意識が天国へいきかけたが、雪ノ下がびっくりするぐらい冷たい目で睨みつつアホ毛をぐいぐいしてきたお陰で現世へ戻ってきてしまった。いたい。つらい。

 

「それにしても、小町さんにもあるわよね? これ」

 

「小町ちゃんのもヒッキーのとおんなじぐらい跳ねてるよね」

 

「そうだな、別段意識した事はねーけど」

 

「兄妹揃ってどういう仕組みなのかしら…… あら」

 

 雪ノ下が扉の方へ振り返る。由比ヶ浜も気付いたようで、同じ方向へ向き直る。

って、この足音は…… 噂をすれば、って奴だな。

 

「やっはろー! みなさん! およ? およよ?」

 

 我が愛しの妹、小町がアホの子から感染したアホっぽい挨拶と共に入ってくる。

入ってくるなり、不躾な目線で俺たちを、って、あ。

 

「やっ…… いらっしゃい、小町さん。少しお兄さんで遊んでるわ」

 

 二人に抱きつかれたままじゃん! どうすんのこれ!

 

「やっはろー小町ちゃん! ヒッキー借りてるよ!」

 

 さらりと言い放つ。

 

「雪乃さん、こんなのでよければどうぞどうぞ! 結衣さんも、別にそのまま差し上げますので! いやー、良かったねお兄ちゃん!」

 

「おい、どうぞどうぞじゃねぇ。あと差し上げるな」

 

「いいじゃん別に。小町の根回しに感謝して欲しいぐらいだよ」

 

「なん……だと……? おい、こいつらがおかしいの小町の仕業か」

 

「べっつにー? 小町は、ちょーっと二人の相談に乗ってあげただけだよ!」

 

 何を吹き込んでくれやがったんだこの愚妹は……

詮索すると今よりもっと大変な事になりそうなので、あえて聞かんけど。

 

「はぁ、まあいいわ。んで、お前これからどうすんの」

 

「そうそう! 帰りに買い物しようと思うから手伝ってもらえないかなー、っと思ってさ」

 

「今日は別に依頼も来てないし、いいか?」

 

 未だに離れようとしないわんことにゃんこに向かって問いかける。

 

「そうね、今日は特に何も無いし小町さんにはお世話になったし構わないわ。さようなら、また明日」

 

「だねー、小町ちゃんにヒッキー返すよ。気をつけて帰ってねー、ばいばーい!」

 

「お二人ともどもどもですー、またいつでも無期限貸し出ししますので! んじゃ、行こっかお兄ちゃん」

 

「俺はどこにも行かん。無期限自宅警備だ」

 

「うわー、ほんとゴミだなー」

 

「せめて人間扱いしてもらえませんかねぇ……」

 

 締まらないやり取りをしながら、小町と帰路につく。

しかし、誰とどこで過ごしていても、最後は家族である小町と一緒だ。

いつまで一緒にいられるかはわからないが、可能ならば末永く共にありたいものである。

兄らしいことなんて大してしてやれていないどころか、なんならたまに小町の方が姉なんじゃないかと思うぐらいしっかりした奴だ。

それでも。

 

「んっ…… どしたの、お兄ちゃん」

 

「いつも、ありがとな」

 

 二人で居るときぐらいは、俺が兄として力になりたい。

せめてどんな形でもいいから支えてやりたい。

そう思って手を伸ばした先には。

 

「そのあったかい手で撫でてくれるの、小町的にポイント高いよお兄ちゃん♪」

 

いつも俺を、俺たちを見てくれている妹が、尊い思い出と一緒に、笑顔を見せていた。

 

 

     (おわり)

 

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