彼と彼女たちの、いちゃいちゃ短編集。   作:ペレオン

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ここまできてくれてありがとうございます。
短編ですが、どうぞ。


その苗字を夢見て

 とある学校帰りの金曜日。

3年生になって本格的に受験勉強に打ち込み、週末は部活帰りに3人でファミレスに寄って毎週勉強するのがお決まりになっていた。

この勉強会をやりだした頃はあたしがヒッキーとゆきのんに教えてもらうばっかりだったけど、ちゃんと頑張って勉強しだしてからは成績もぐんぐん伸びていった。

ヒッキーは国語を中心に文系科目が得意だけど、あたしは二人に教えられているうちに科目を問わず成績が良くなってきていて、今は数学や化学などはたまにヒッキーに教えてあげることもある。

 

で、今週も学校帰りのちょうどいい場所にあるサイゼに来たんだけど…

 

 

「あー、満席だなこりゃ」

 

 

「だねー…」

 

 

 今日は、ゆきのんが実家の方に顔を出すと言う事で来れなくなってしまったためヒッキーと二人で来ている。

そのぶん、部活中は特に誰も依頼者が来なかったので下校時間ギリギリまで3人でその分の勉強会をしていた。

それでいつもより入る時間が遅くなっちゃったんだけど、裏目に出ちゃった。

待ち合いの席を見たら、他にも待っているお客さんが見えた。

 

「いらっしゃいませ! 申し訳ございません、ただいま満席でございまして…。人数とお席のご希望をこちらの紙に書いてお待ち下さいませ」

 

 混雑していて忙しそうでも店員さんは明るい声で案内してくれる。

答えるヒッキーは「あっはい」とぼそっと言って、それからあたしに向き直って「頼むわ」と目配せしてシートに腰掛けた。

いかにも人の多さに疲れてやる気無いですよーみたいなオーラを出しつつも、鞄を自分の脇に置いてそれとなくあたしが座るスペースを確保してくれている。

もう! そういうとこ、ずるいなぁ…

 

 せっかく任されたので、ウェイティングシートに記入しようとボードを見る。

喫煙席・禁煙席のどちらがいいかを丸で囲む欄、来店人数を書く欄にそれぞれ記入を済ませ、その後に来店者名を書く欄があったので比企谷と記入する。

 

「ん……?」

 

 あれ、これなんかあたし比企谷って自然に書いちゃったけどこれそもそも普通自分の名前書くとこだよねええでもヒッキーと一緒に来てるし別に間違ってはないよねそのうちあたしも比企谷になわわわわ! 今の無し!

 

 

 自分で何気なく自然に記入した『比企谷』の字があたしに突然のダメージを与えてくる。

はうー… 恥ずかしい…

 

「ちょっとね、まだ…」

 

 はっ! つい口から出ちゃった!

これたまにヒッキーも本読みながらやってる時あって、ちょっとキモいのに何か真似しちゃったみたいになってる…

そういえば、仕草とか喋り方って身近な人と似てくるって言うよね。

身近… えへ… だめだめ! また声に出そうになっちゃった!

 

 ついつい頬や口元が緩む自分と格闘した後に何とか書き終える。

なんだか顔が熱いよ…

 

「お待たせー、書いてきたよ」

 

 何とか自分を押さえ込んでからヒッキーに声を掛けつつ混雑時の待機用席に戻る。

こっちに気付いたヒッキーがさらっと鞄を自分の膝の上に戻して場所を開けてくれた。

ぽかぽかとした気分になり隣に座ると、ヒッキーが怪訝そうな表情を浮かべている。

 

「お前、やけに時間かかってたな…書いてる最中も首振ったりしてたし… あれか? 漢字が読めなかったのか? よし、ええとな、あの字は」

 

「違うから! 流石に読めるからぁ!」

 

「なんだ違うのか? って顔赤いぞ? どうした?」

 

「ふぇ!? そ、そんなこと、ないよ!?」

 

「知恵熱でも出たのか? …よっと」

 

「……っ!?」

 

 

 風邪でも心配してくれたのだろうか、ヒッキーがいきなりおでこに手を当ててきた。

その時のあたしの前髪を払う手つきが凄く優しくて、気付いてしまったあたしはまた体温が上がる。

 

「え、なんかちょっと熱いんだけど…どうする、帰る?」

 

「やー!やー!だいじょぶだから!ちょっとお店の混雑に当てられちゃっただけー!」

 

「お、おう…ならいいけど…急にどうしたんだ…」

 

「なんでもない!なんでもないよ!えへ、えへへへへ…」

 

 あたしの心の中でだけの嵐がようやく過ぎ去ろうとしたとき、お店の奥からお客さんがぞろぞろと出てきた。

もうすぐ呼ばれるかな? と思い列が通り過ぎた後、店の奥に目を向ける。

予想が当たり、レジの精算を終わらせたであろう店員さんがそのままこちらに出てきて、さっきあたしが書いたシートを確認する。

 

「お待たせいたしました、2名でお越しの比企谷様~」

 

やっと呼ばれたーと、ほっとした気持ちで反射的に返事をする。

 

「はーい! ヒッキー、いこっ!」

 

「え、あぁ…そうだな」

 

 反射的にヒッキーの手を引いて立ち上がる。

ん? なんか目を逸らして下向いてる。

 

「どしたのヒッキー?」

 

「や、なんで比企谷で呼ばれたのにお前が先に返事しちゃったの… そもそもなんであれに比企谷って書いてんの…」

 

 どんどんと尻すぼみになっていく声と、下がっていく目線。

釣られるようにあたしも下を向く。

そこ、気にしちゃうんだ… 気にしちゃうんだ!

 

「えっ、えっと… なんか、ほら…」

 

「いや、もういい…ほら行くぞ」

 

 ぶっきらぼうな口調で「まだ比企谷は早いだろ…まだ」と言いながら、あたしの手を引っ張る。

漏れ出た言葉とは裏腹な優しいそっとした指の絡め方に、あたしはそっと掌を包み返した。




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