碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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ーーー小競り合いには飽きてきた


夜と血、黒と赤

  ミレニア城塞へと無事戻れたアーチャー主従とバーサーカー主従。帰るなり王の間からバーサーカー主従はランサーとダーニックに無断でシギショアラへと向かったことを詰問されたが、“黒”のバーサーカーが“赤”のアーチャーの性格上“黒”のアサシンを追跡する可能性を説明し、実際に“赤”のアーチャーと“赤”のライダーが“黒”のアーチャー達に接近していた事実からバーサーカーが足止めしたことでこの件についてのお咎めは無かった。

 

「…あー、お前なあ、マジでお前なあ」

 

「あははは、…本当にごめんなさい」

 

「…はぁ」

 

  “黒”のライダーがやらかした件で非常に張り詰めた空気が満ちる王の間で、王と一族の長に睨まれて正に『蛇に睨まれた蛙』となったカウレスにバーサーカーが一から丁寧に説明したことでランサーの怒りを買うことはなかった。

 

「というかお前も“赤”のアーチャーが来ることを予想できたなら言っておいてくれよ。姉さんと俺がどんだけ必死になったと思うんだ? というか、途中で尋常なく俺が死にかけたんだけど」

 

「ん〜、僕は来るかもしれない程度の予想だったからね。余計なこと言って不安にさせるのはどうかなって思ってさ。最後近くのアレは不倶戴天の踵野郎を始末しようと思って」

 

「なんか色々と変わりすぎてないかお前?」

 

  どうやら“赤”のアーチャーだけではなく“赤”のライダーまで来た。どうやらアーチャーとライダーはセットで動いているように思える。あちらの作戦か、あるいは気が合うからか。とにかく“赤”のライダーの話題を出した瞬間バーサーカーの表情が消えるから変に刺激しないようにしよう。

 

「なんだかんだ言ってお前サーヴァント二騎相手にして生き延びているよな?」

 

「だからって勝てとか無茶言わないでね?二回対面したけど最初はセイバーがいたおかげだし、二回目はアーチャーがいたからだし」

 

「宝具は使ったのか?」

 

「使ってないさ。でも、僕の宝具は対人かつ攻撃に向いてないって理解しているよね?」

 

「分かっているよ。…どうやって勝つもんかな」

 

  募る不安は重くなるだけ。ここは一つ勝機や攻略法などの心が軽くなる話題がほしいと切に願うカウレスだった。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「皆さんお待たせしたようで申し訳ありません」

 

  シロウが“赤”のアサシンとともに王の間に到着すると、ライダーとアーチャーがそれぞれくつろいでいた。ライダーは寝転んで天井を見上げ、アーチャーは何処から持ってきたのか籠からリンゴを取り出して食べていた。

 

「謝らなくて良いぞマスター。元はといえば此奴らがキャスターに唆されたのが悪い」

 

  ライダーとアーチャーがアサシンの言葉で同時に睨みつけた。それを言うなと視線が物語っていた。

シロウは先ほどまで監督官の仕事として、ライダーとアーチャーが接触した“黒”のバーサーカーによって齎されたシギショアラの水道への被害の対応に忙しかったのだ。

 

「はあ、それで彼との接触で何か成果はありましたか?」

 

「何も。成果という成果はアーチャーが持ってきたリンゴと籠と笑い話だ」

 

「リンゴと籠と笑い話?」

 

  ニヤリと笑うアサシンにシロウが首を傾げた瞬間、ライダーから殺意が膨れ上がる。それに反応してアサシンの笑みが艶やかかつ嗜虐的になっていく。

  触れないほうがいいと判断したシロウは話題を変えた。

 

「ランサーとキャスターはどうしました?」

 

「あー…ランサーはさっきボケっと外を見ていたぜ。キャスターは工房に逃げやがった」

 

「そうですか、呼んできますね」

 

「ははは、マスター。お主が呼び掛けに行けば、まるで使い走りにさせているみたいではないか。我が念話で呼ぶさ」

 

  二本の指を軽く振ると、暫くして玉座の間の扉が開いた。入ってきたのはランサーだ。

 

「ランサー、呼び立てて申し訳ありませんね」

 

  ゆっくりした動作で首を横に振った。変わらない表情は能面のよう。白い肌が更にそれを引き立てる。

 

「構わない。何かあったのか?」

 

「申し訳ありません、もう一人が到着してからお話しします」

 

  そしてーーー五分後。キャスターが全員の苛立ちが籠った視線を一身に受けつつ玉座の間に入ってきた。

 

「おお、『地獄のように黒く、闇の夜の如き貴女を!』『私は美しいと想い、輝いているとすら感じる始末!』」

 

「…はぁ、それは我のことと考えてよいのか?」

 

「他に誰がおりますか、アッシリアの女帝よ!…いえいえ、申し訳ありません。ついはしゃぎ過ぎてしまいました。久しぶりに執筆に興が乗ったもので。ああ、ところでシロウ神父。唐突ですがーーー」

 

「おい待てやキャスター」

 

「おや?」

 

  キャスターの言葉を遮りライダーが額に青筋を浮かばせながらキャスターに詰め寄っていた。

 

「てめえ、その前に俺と姐さんに言わなければならないことがあるんじゃねえのか?」

 

「…おお、そうでした!」

 

  思い出したように手を叩く。ライダーはウンウンと頷き謝罪の言葉をーーー

 

「此度の出来事を本にすると『フルーツパニック♪』と『炸裂果汁狂騒夜』、どちらがタイトルに相応しいかお聞かせください!」

 

「ぶはぁ!!」

 

  一撃で“赤”のアサシンが吹いて、腹を抱えて苦しみはじめる。体を震わせながら笑い苦しむ女帝と満面の笑みで楽しそうな作家を前に。

 

「よし、殺す」

 

  据わった目でライダーが槍を握った。それを止めたのはアーチャーだった。

 

「キャスター達の行動は前からこうであろう。いちいち噛み付いていては身が持たぬぞ?」

 

「ああ分かっているよ!だが、いい加減こいつらをなんとかしてくれ!鬱陶しくて仕方ない!! 馬鹿にしすぎだろうが!!」

 

  諭すアーチャーだが片手には食べかけのリンゴがある。食事も睡眠も必要としない身体だが、リンゴを手に入れてからずっと食していること。どれだけリンゴが好きなんだ、と突っ込みたくなるがなんとか飲み込んだ。

 

「もういい…、そんで俺達を集めた理由はなんだ?」

 

  ライダーの疑問にアーチャーとランサーが同意する。呼ばれたからには理由がある。この女帝と食えぬ青年が理由もなく集めるはずがない。アサシンが艶然と笑みを浮かべた。

 

「…くくく。はあ、なに。“黒”のセイバーが脱落し、我々の準備が整った今、打って出る時期だ。小競り合いを繰り返す戦争ほど、面白くもなかろう?」

 

  その通りだ、と不承不承に頷くアーチャーとライダー。顔見知りと会ったり、好敵手を見つけたりしたが小競り合いだけでは飽きがくる。

 

「せっかくの戦争だ。派手にいこうではないか、のう?」

 

「いやまあ、そりゃそうなんだけどよ。わざわざ城を作って立て籠もる準備を整えたアンタが言うことか?」

 

  「()()()()()?ライダー、お主は前提が間違っているぞ。我の宝具『虚栄の空中庭園』はな、守るために存在するのではない。攻め込むための宝具よ」

 

  シロウとキャスター、そしてこの庭園の持ち主であるアサシン、セミラミスだけが知る庭園の正体。それを知らない三人は首を傾げたり、変わらず佇んだり。

 

「アサシン、そうもったいぶらずに私たちにも体感させて下さい」

 

「応。…マスター、お主も割と心が湧きたっておるな」

 

「男ですからね」

 

  くつくつと笑うとアサシンは座っている玉座の肘掛けに埋め込まれた大きな宝石に手を乗せた。途端、大地が揺れ始めた。揺れは激しさを増していき、突如停止させた。

 

「ふふ、外を見てくるといい」

 

  アサシンを除いた全員が玉座の間を抜けて外へ出る。なぜなら、外はーーー

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「…うぇ。これは、不味いな」

 

  しゃくりと、不味いと思いながらリンゴをもうひと齧り。酸味が強すぎるリンゴは若すぎる。熟し過ぎるとリンゴが柔らかくなって食感が悪くなる。

  ホムンクルス達が仕入れたリンゴは若すぎて生で食うには早すぎる。幾ら知識はあろうとも経験によって磨かれる審美眼はホムンクルス達に教えるのは無理のようだ。

 

  今日も今日とて“黒”のバーサーカーは見張り台で空を見上げていた。カウレスと別れ、“黒”のライダーとの会話を楽しんだ後、日課となりつつある見張り台での天体観測をしようと思ったのだが…。

 

「…あ。降り始めたねぇ」

 

  鼻先に冷たい雫が落ちた。ポツポツと降り始めた雫は小雨となる。雨雲が空を覆い、月も星も隠れてしまった。トゥリファスの城下に灯る街灯や民家の窓から溢れる灯りが夜の闇の中を頼りなく照らす。森の方は漆黒となり、前の“赤”のバーサーカー到来よりも黒く深い闇となっている。サーヴァントには何の問題はないが普通の人間には懐中電灯がないと歩くのが困難だろう。

 

「でも、あの雲だったら数時間で晴れるかな」

 

  雲の流れと形、薄さから晴れると判断する。これは前から分かっていたことだ。むしろ雨が降ってくれた方がバーサーカーは相手より有利に動ける。バーサーカーの保有スキル『大海の血潮』は水があればステータス補正が入り、より敏捷に動け、魔力は高まる。海水が一番だが雨でもバーサーカーは強くなる。

 

「さて、そろそろ中へ戻るか」

 

  リンゴをもうひと齧りして、カウレスの元へと戻ろうと決めかけた時。

 

「ーーーなっ」

 

  手からリンゴが零れ落ち、床を転がり足元にぶつかった。

  空の向こう側から何か大きな物が近づいてくる。最初は大きな雲かと思った。だが、違う。

  悠々と、ゆっくりと、鈍重に浮かび上がり動くあれはーーー

 

()?」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

『虚栄の空中庭園』

 

  それはアッシリアの女帝セミラミスが空中庭園を建造したというわけではない。実際にセミラミス本人が空中庭園を見たわけではない。だが、これは後世の人間が建てたという強烈なイメージでできた後付けの神秘なのである。そのためこの空中庭園はセミラミスの宝具まで昇華したのである。

  もちろん、こんな巨大かつ出鱈目な建造物を魔力で召喚するのは無理だ。特定の地域の石材、木材を必要とし、長時間の儀式を執り行われることで完成する。

  完成した宝具は名の通り空中を動く巨大な庭園と化し、現在トゥリファスのミレニア城塞へと突き進んでいた。既に空中庭園はトゥリファスの森と草原まで到着しており、草原の向こうにはミレニア城塞がある。

 

「では、どなたが先陣を切りますか?」

 

  シロウが目前に控えた戦を前に一番槍を誰が務めるかを問い掛けた。アサシン、キャスターは素知らぬ顔。ライダー、アーチャー、ランサーが顔を合わせた。ランサーは首を横に振り、二人に譲る。ライダーとアーチャーの睨み合いが開始された。どちらも先陣を切りたくて仕方ないらしい。

 

「先陣を切った者に詩を捧げましょう!」

 

  キャスターは火に油を注ぎ、アサシンは呆れる。シロウが苦笑しながら平和的に話し合うよう頼んだ。

 

「先陣は俺が切る」

 

  先陣はライダーのようだ。しかし、アーチャーは弓を喚び出しそれを空へと掲げる。

 

「ただし、先制攻撃は私が放つ。元より、宝具を解放するつもりだったからな」

 

「分かりました。では、そのように」

 

「初めての二人の共同作業、というやつですな。愛の詩にしましょうか?」

 

  キャスターの提案にライダーは喜んだ。愛の詩、なんて甘美な響きなのだろうか。これを是非あのバーサーカーに聞かせてやりたい、と懲りずにライダーは思った。

 

「応、是非頼む」

 

  逆にアーチャーは嫌そうに顔を顰めた。

 

「否、やめて欲しい」

 

  結局、二人の要望に応えキャスターは失恋する男の切ない詩を作ることにした。

  ーーーライダーの脳裏に満面な笑みで親指を逆さにするバーサーカーが脳裏に浮かんでたとか、無かったりとか。

 

 

 

 

  全ての “赤”のサーヴァントとマスターであるシロウは空中庭園の船首部分へと集結した。船首より先の下に広がる森と平原と城塞は夜闇に包まれ、普通の人間には雨によって揺れる木々の動きしか感知できない。しかし、ここに集結しているのは人知を超えた英傑達。夜闇の黒は意味を成さない。

 

「今頃向こうは慌てふためいているのでしょうなぁ」

 

  キャスターは突然現れた空飛ぶ城に、相手の陣営がどんな反応をしているのか想像して、楽しんでいる。

  キャスターの言葉にアーチャーが頷いた。彼女の視覚は数キロ離れた城塞の様子を捉えれる。城塞の様子は敵襲に迎撃すべきサーヴァントが出ずに、慌てふためいている、そういう気配を感じ取れた。

  もっと詳しく知ろうと思った時、城塞の見張り台に見知った顔を見つけてーーー

 

「…はあ」

 

  ため息をつく。目を凝らした先には見知った顔、しかも生前の夫だったりする。

  見張り台にいたのは“黒”のバーサーカー。こちらに気づき、食べかけのリンゴが零れ落ちるほどに口を開いて唖然とする表情があまりに滑稽だったのだ。

 

「どうしたアーチャー?あちらで動きがあったか」

 

「いや、なんでもない」

 

  表情を引き締めて、城塞の様子を再度確認する。“黒”のバーサーカー以外はまだ城塞から出てこない。大方マスター達が騒ぎ立てているのだろう。

 

「迎撃すべきサーヴァント達は出てこない。突然現れたこちらに、混乱しているようだな」

 

「ならば、今のうちに雑兵どもを整列させておく」

 

  アサシンが手を掲げると直径三メートル近い大釜が空中に浮いた状態で出現した。その大釜をひっくり返すと、黄ばんだ骨が雨のように大地に降り注ぐ。大地に触れた骨は、植物のように成長し、骨でできた骸骨兵が誕生してきた。

 

「…脆そうだな」

 

「ああその通り。脆い、ひどく脆いぞ。だが数は多い。サーヴァントは論外として、ホムンクルス程度ならば相手が務まるだろう。…だがまあ、向こうのキャスターがこちらのキャスターのように雑魚であったら、倒せる可能性はある」

 

「ははは、これは手厳しい。しかし世のキャスターが皆、我輩のように優れた文筆家ということはないでしょうな!」

 

  皮肉も効かぬと知り、もう何も言わないとアサシンは決めた。

 

「…む、ようやく“黒”の連中が揃ったぞ」

 

  アーチャーの視覚が捉えた暗闇の向こうの英霊達。総勢六騎。一騎が兵であり、兵器であり、伝説であった。

  勝利と敗北が決まる、決戦の時まで、あとーーー

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「…領土ごと攻めてくるとは、さすがに予想外でした」

 

「あの流れが逆転したような城…いや、庭園はネブカドネザル二世かセミラミスの空中庭園が宝具としたものなのかな」

 

  思考がフリーズしてしばらくその場で立ち尽くしていると、カウレスの念話にて醒めたヒッポメネスは最初に城壁に現れた“黒”のアーチャーと共にこちらに向かってくる浮遊する庭園を冷静に分析する。

 

「アーチャー、あれは今どうなっていますか?」

 

  アーチャーの傍らにいたフィオレが細い声で尋ねた。僅かに震えがある声にアーチャーは気づき、微笑みながら答えた。

 

「停止しました。…これは私の推測ですが、どうやら“赤”の側はこの草原を戦場とする意向のようですね」

 

「全面対決というわけですか」

 

「ええ。マスター達は安全なところへ。恐らく向こうもサーヴァントと使い魔で陣を敷くつもりでしょう」

 

「ーーーそうらしいな。連中、竜牙兵を召喚したようだ。こちらのホムンクルスとゴーレムに対抗するつもりだろう」

 

  城塞の上へとランサーが着地した。極刑王の苛烈な瞳は空飛ぶ要塞へと向けられている。キャスターも飛んできた要塞に立ち向かうために城塞の上へと現れている。サーヴァント達の傍らにいたマスター達は大戦の空気を感じ、城塞内へと戻っていく。バーサーカーのマスター、カウレスも姉の後に続こうとしたが、その前にと城塞を見上げるバーサーカーの背中に声をかけた。

 

「……勝てよ。バーサーカー」

 

「……ああ。任せて」

 

  振り返らずに答える理性を保つ狂戦士。その返事に勝利を信じ、マスター達はダーニックだけを残し、城塞へと避難した。

 

「我が領土にあのような醜悪な代物で踏み込んだ挙句、穢らわしい骸骨兵どもを撒き散らすとはな」

 

  ランサーは不愉快を隠さずに侮蔑の言葉を吐く。侵略者を屠れと、義務感が彼の肉体を縛り付ける。

 

「ダーニック。ライダーと“赤”のバーサーカーを解放せよ」

 

「よろしいのですか?バーサーカーはともかくとして、ライダーはーーー」

 

「構わん。ここまで全面的な対決を望んできたのだ。こちらも全兵力を投入するのが礼儀というものだろう」

 

「…分かりました、すぐに」

 

  ダーニックが姿を消すのと同時に王であるランサーが指示する。

 

「アーチャー。ライダー、バーサーカーと共に編制したホムンクルスの指揮を執れ」

 

「了解しました、ランサー。ただ“赤”のライダーがやってきた場合、私かバーサーカーが抑えに掛からねばなりませんが…」

 

「“赤”のライダーはおぬしが相手せよ。バーサーカーはーーー」

 

  ランサーはチラリとバーサーカーを見た。バーサーカーは自分が相手すべき敵を言われずとも分かっている。最初からその気持ちでランサーの指示を待っていたが、ランサーの考えとバーサーカーの考えは違っていた。

 

「戦場を駆け回りつつ、“赤”のアサシンとキャスターを発見次第殲滅せよ」

 

「え?」

 

  バーサーカーが驚きながらランサーの顔を見た。ランサーは僅かに微笑みつつ、バーサーカーに告げる。

 

「お前の剣を妻の血で濡らすことはない。お前は我らを勝利へと導く為、できることに尽力せよ」

 

  言うべき事はそれだけとランサーはキャスターに指示を出し、“赤”のバーサーカーの手綱をキャスターに任せた。唖然とするバーサーカーの肩に、アーチャーの手が置かれた。

 

「バーサーカー、貴方の覚悟はランサーも承知の上です。ですがその上で貴方と“赤”のアーチャーをぶつけることを避けるべきだと判断したのです」

 

「……はい」

 

  アーチャーもバーサーカーの心情を察していた。此度の戦いによって二度目の命と、生前から死後まで願い焦がれた望みを叶えられる機会が巡ってきた。だが、それでも英雄として、譲れない矜持というものがある。

  バーサーカーことヒッポメネスという英雄としての矜持とは妻、アタランテの事を指す。それを自らの手で穢すことは耐え難い苦痛だと、死後吸血鬼として侮辱されてランサー、ヴラド三世は身を持って理解している。

  私情を考慮されたことに申し訳なさが立つ。暗い雰囲気になりつつあった城壁に、場違いな明るい声が響いた。

 

「やっほー!うわぉ、あれすごいねぇ!あんなのが宝具なんだ!」

 

  先程牢屋から釈放された“黒”のライダー、アストルフォだ。ライダーは草原の上に浮く敵の要塞を物珍しく眺めている。

 

「ライダー。今更反省したかどうかなど問わぬ。お前の力、今こそ余に見せてみよ。シャルルマーニュ十二勇士としての力量をな」

 

「うん、任せてよ!それはそれこれはこれ。この戦争はボクの使命だからね!」

 

「その認識があればよい。アーチャー、バーサーカーと共にホムンクルスの指揮に加われ」

 

「ラジャー!」

 

  キャスターが用意した馬型のゴーレムへと跨り、ランサーは全員に聞き届くように静かに言葉を紡ぎ出す。

 

「ーーーさて、諸君。セイバーは消え、アサシンはおらぬ。代わりに“赤”のバーサーカーが手に入ったが、あれはただの使い捨ての『兵器』でしかない。つまり我々が全戦力という訳だ。

  一方、向こうは恐らくバーサーカーを除いた六騎全てを揃えている。“赤”のランサーはセイバーと互角に戦い、“赤”のライダーはそのセイバーの攻撃に傷一つつかなかった。未だ姿を見せぬキャスターやアサシンも、恐るべき敵であることは間違いない」

 

  不利、結局は不利なのだ。最優のサーヴァントは失われ、数も不足している。質も未だ不明瞭。まともに戦えば敗戦の色は濃厚だ。だがーーー

 

「さて、それでは質問だ、諸君。敗北を受け入れる気はあるかな?」

 

  ()()()()で戦わない訳がない。全員が敗北など受け入れるつもりは毛頭ない。

  圧倒的不利も、絶望的状況も覆し、勝利の美酒を飲み干す者こそ英雄と至れた者だ。

 

「そう、その通り。我々は勝利する!この程度の戦力差、この程度の絶望、喰らいつくせずして誰が英雄を名乗れるものか!」

 

  英雄達を鼓舞するその姿こそ、かつて土地を穢そうとした侵略者に恐怖と絶望を刻みつけた護国の王の勇姿。

 

「あれは蛮族だ。我が領土を穢し、傲岸不遜に下劣に高笑いする死ぬしかない愚者どもだ。笑いながら連中を殺すがいい。恐怖という知識が欠けている彼奴らには、牛革の鞭で徹底的に躾け直してやれねばならぬ」

 

  “黒”の王は再びーーー鬼将として蛮族へと牙を剥く。

 

 

 

「では、先陣を切らせて貰おう」

 

  ランサーは馬の手綱を握ると、馬と共に城塞から飛び降りた。

  真っ先に辿り着いた草原は長閑で、冷然。パラパラとふる小雨が丁度よく、戦い前の高揚を冷ましてくれる。ランサーの後ろにはサーヴァント三人に率いられたホムンクルスとゴーレムの軍勢が集結し始めた。

  軍勢の片隅には“赤”のバーサーカーを引き連れたキャスターもいる。戦況の頃合いで解き放つつもりだ。

  “黒”の陣営ならぬ、“黒の軍勢”が前面にいる竜牙兵達へと進んでいく。

  だが、竜牙兵達の中には将であるサーヴァント達の姿は見当たらない。それを怪しく思い、軍勢を止まらせたランサー。視線は自然に空中に止まる庭園へと向けられる。

 

「ふむ、どう動くつもりだ?」

 

  ランサーの呟きと同時に、空中庭園から二本の矢が放たれた。矢は輝く軌跡を描きながら、雨雲の向こうへと突き抜けていく。雨雲の向こうに消えた矢を誰もが見届けていたが。

  ーーー真っ先に反応したバーサーカーが、ランサーへと叫ぶ。

 

「ランサー!!彼女の宝具だ! ()()()が降るぞ!!」

 

  素早く腕を振り、平原に声が響く。

 

「全軍!!構え!!!」

 

  後ろへ続く軍勢へと吼える。ゴーレムは両腕を交差させ、ホムンクルスは盾や戦斧を空へと掲げて防御の体勢を取る。

 

  しかし、それは何の意味を成さなかった。

 

 

 

 

 

 

「我が弓と矢を以って太陽神と月女神の加護を願い奉る」

 

  降りやまぬ冷えた小雨の中、“赤”のアーチャーは雨雲が覆う空の向こうへと弓を構え、矢を番えた。妖しく輝く矢を引く彼女の姿はギリシャ随一の狩人の名に相応しきものだった。

  この矢は彼女の宝具ではない。弓に矢を番え、放つという術理そのものが宝具だ。

 

「この災厄を捧がんーーー『訴状の矢文』(ポイポス・カタストロフェ)!」

 

  空へと放たれた二矢は軌跡を描き、雨雲の向こうへ突き抜けていく。この二矢こそが開戦の狼煙、始まりの一矢。

 

  それは災厄であった。雨雲から降り注ぐのは水滴ではなかった。ーーー矢であった。

  太陽神と月女神の加護とは災厄。光の矢が水滴と共に雨を降らす。ホムンクルス達は構えていたはずの盾を貫かれ、身体に突き刺さる。ゴーレム達も丈夫な胴体に幾数の矢が突き刺さっては砕け散る。サーヴァントは払い、避け、耐えきる。

  災厄が終わった後の大地はホムンクルス達の血肉により紅く染まった。“赤”のアーチャー、アタランテは陰惨たる光景を見下ろしながら告げた。

 

「これで露払いは終わったぞ。交代だ、ライダー」

 

「応!」

 

  ライダーはパンと膝を叩き、心底嬉しそうに空中庭園を飛び出した。

  それを見届けた後、ランサーやシロウ、キャスターも続き、庭園を飛び出していく。

  アーチャー、アタランテも同様に飛び出していく。自分が相手せねばならぬ敵は分かっている。

  義務ではない、責任でもない。

  なのに戦わなければならないと理解している。

  それは運命だったのか、因果なのかはどうでもいい。

  戦う理由などせいぜい知己だったから。それだけで降り立った大地を疾走し、前へ立ち憚る肉人形と土人形を射抜く。

  高揚などない。極めて平然。冷然な表情で骨と人形と人型が争う戦場を駆け回る。

 

  ーーーピクリと、慣れた匂いが鼻につく。

 

  その場で強く大地を蹴り上げて、空を舞った。足が空に、頭が地面へと逆さになった状態で矢を放つ。

  矢が放たれた先には、ゴーレムだった瓦礫を足場にして飛んでくる碧き衣の青年。小剣と槍を両手に構え、矢を叩き落としながらこちらへと近づいてくる。

  アタランテは小剣を左手で持ち、槍を右手と器用で変型な構えをする姿に何も思わない。

  知っているから驚くことなどない。ただ、あの構えは様子見でも逃げの体勢でもなく、本気で此方を殺そうとしていることだけ理解した。

  それに応えるわけではないが、アタランテは一度に三本の矢を放つ。矢を難なく跳ね除け、接近してきた槍は真っ直ぐに彼女の胸へと突かれる。

  彼女も槍の一撃を容易く避け、逆手に持った矢を青年の喉へと突き刺そうとした。でも、それは腕を取られて投げ飛ばされたことで防がれる。

  猫のように体重を感じさせない着地により、直ぐに弓を構えれた。

  アタランテと青年の距離は開く。互いに数歩駆け寄れば一瞬の攻防が再び繰り返される。

 

「やはり私の相手は汝か」

 

「…王からはアサシンかキャスターを相手しろと言われたけど、僕はこうするべきなんだよな」

 

  青年ーーー“黒”のバーサーカー、ヒッポメネスは逡巡も迷いもなくアタランテの命を狙う。話す間も隙があり次第、その細い首を圧し折るつもりでいた。

  またアタランテも同じ。弱みを見せた瞬間、喉を噛みちぎるつもりでいる。

 

  ここに、聖杯大戦の名に相応しき英雄達の戦争が勃発した。生き残りし者だけが、願いを叶えられる。故に、事情も誇りも後に置く。全てはーーー終わった後の話であった。

 

 

 




ーーー本番だ、後悔だけはするなよ?死に物狂いで興じな。
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