碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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Q.外は土砂降りで予定していたピクニックに行けません。家で何をしますか?

A.
ヒッポメネス:持っていくはずだったお弁当を鮮やかに皿に飾ってみて、ちょっとした贅沢気分を味わってみる。
アタランテ:その皿に飾った弁当を食べる。

では、どうぞ。


願いを

  大聖杯を奪った空中庭園は動き出した。空に浮かぶ女帝の領土は緩やかに動き出し、ルーマニアの地を離れようとしていた。

  その空中庭園にて、とある睨み合いが発生していた。

 

「…さて、シロウ。おまえが聖杯を使い、第三魔法ってやつで人類を救済しようとしていることは分かった。…だが、俺たちのマスターがどうなったのかを聞かせてもらおう」

 

  “赤”のサーヴァントの三騎とシロウ、“赤”のアサシンのセミラミスの睨み合い。敵意の視線を放っているのは“赤”のライダーと“赤”のアーチャーだけであり、シロウは穏やかな笑みを崩さず、セミラミスは嘲るようにライダー達を見ていた。ここで無言を保っているのは“赤”のランサーのみ。キャスターは…いつも通り書斎で執筆に忙しいのだろう。

 

「彼らはこの庭園の一室で戦争が終わるまでくつろいでもらっています。…まあ、既に戦争が終わっていると、夢を見ていますが」

 

「…てめぇ」

 

「当然であろう。奴らを自由にさしては目障りで困るのでな。魔術師ほど他者を出し抜こうとする者は他におらんだろう」

 

「他者を出し抜くことに関して、汝らが言える身ではなかろ」

 

  不愉快そうに顔を顰めたが、シロウは苦笑しながら話を続ける。

 

「確かにそのことは否定できませんし、否定しませんよ。しかし、これからは全て真実を語りましょう」

 

「…へえ?じゃあ俺たちのマスターになってどうするつもりだ。人類救済が済んだあと、いらなくなった俺たちを切り捨てられるようにするためか」

 

「まさか。私の目的と反しない限り、貴方達の願望を極力叶えるつもりです。逆に問いますが、貴方達の願いはなんでしょうか?聖杯に縋るほどの願いと、その理由をお伺いしてもよろしいですか?」

 

  サーヴァント達の口が一斉に閉じる。信頼していいのか、疑うべきか。僅かな迷いの末、最初に口を開いたのはライダーだった。

 

「俺の願いは生前と対して変わらんさ。“英雄として振る舞う”…それだけだ」

 

「ほう?世界に名を轟かす大英雄にしては平凡な願いだな」

 

「黙れ。確かに平凡な願いかもしれんな。だが、この願いは誰にも譲らん。そちらがいくら高尚高潔であろうとも立ち塞がるなら潰すまでだ」

 

  大英雄と女帝が睨み合う。やがて、シロウがなだめるように割り込んだ。

 

「その願いで構いませんよライダー。私の敵と貴方が戦う相手は重なっております。どうぞ、貴方の願望を存分に叶えてください」

 

「ちっ…」

 

  シロウが言う敵はーーー“黒”のアーチャー、ケイローン。己が師と戦い、打ち勝ち、決着をつけることこそ今回の戦争における目標であり願いである。それが重なり合っているからこそ、ライダーはシロウに叛逆する理由などなかった。

  納得したが腑に落ちないように少しだけ後ろに下がった。一応はシロウをマスターとして認めたようだ。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  ミレニア城塞、血族用会議室。

  城塞は“赤”のバーサーカーの一撃により半壊したものの、優秀な魔術師であるフィオレとゴルドの魔術によって会議室だけ修繕は完了した。

  会議室の場は言い知れぬ空気に満ちていた。ルーラーとアーチャーによって空中庭園内部で起こったことをジークやライダー、ユグドミレニアのマスター達に伝えられた。

  第三次聖杯戦争で受肉し六十年以上生きたルーラー、天草四郎時貞。ルーラーが“赤”の陣営のマスターとし参戦。そして、人類救済を掲げーーー第三魔法を経て全人類の不老不死化を狙っていること。

 

「第三魔法…?人類救済…?ーーー巫山戯るな!!」

 

  机を叩き、ゴルドが立ち上がった。

 

「そんな馬鹿馬鹿しいことで私達は聖杯を奪われたのか!?いや、それはまだいい!!極東の聖人もどきにそんなことがーーー」

 

「できるから奪ったんだろうが」

 

  顔を真っ赤にして叫ぶゴルドを冷ややかな目で“赤”のセイバーが遮った。

 

「人類救済だろうがなんだろうが、あいつは叶えることができると分かったから動いてんだろ。今更ぎゃーぎゃー喚こうが意味ねぇんだよ」

 

「ぐっ…」

 

  もっともな指摘に憤慨していたゴルドも黙り込む。

 

「確かに…天草四郎時貞は聖杯で第三魔法を行使することで人類救済を唱えましたが。…それは本当に救済となるのでしょうか?」

 

  フィオレの問いに、その場にいた全員が黙り込む。全人類を不老不死とする、今までの人類史に於いて誰もが成したことはない蛮行が、果たして人類の救済となるのか分からない。

 

  大賢者と言われ、神々の知識を授かったケイローンでさえも分からない。

  聖女と崇められた少女でさえも、それで人類が救われるのか迷っている。

  叛逆の騎士はそもそも興味が無い。自分が聖杯を手に入れるための壁としか思っていない。

  理性が蒸発した騎士は自分のマスターの今後を気にしている。

 

「少なくとも…天草四郎君はそう思っているということだよ」

 

  沈黙を破ったのは“黒”のバーサーカーだった。

 

「それが本当の人類の救済なのかどうかは後だよ。少なくとも今回の聖杯大戦でルーラーが現れた時点で、彼の計画が世界の危機だと聖杯に認識されているはずだ」

 

「そう…ですね。私が聖杯に召喚されるのは世界に危機を及ぼす可能性があることが条件の一つになります。私はルーラーとして、彼を止めなければなりません。そこで、ここに集まったマスターとサーヴァントで阻止する。…異論はありませんか?」

 

  ユグドミレニアの魔術師達が頷き、“赤”のセイバーのマスター、獅子劫界離も頷いた。全員の了承を得たルーラーは頷き、口を開く。

 

「それでは、これからのことについて話そうかと思います。

  現在空中庭園は緩やかに移動しつつありますが、どこへ向かうかは分かりません。私は召喚の関係上、聖杯と強く結びついているため、大まかな場所さえ分かれば見逃すことは無いでしょう」

 

「しかし、問題はどうやって空中庭園に乗り込むかだよな?」

 

  追いつくことは可能でも、空に浮かぶ空中庭園にどうやって辿り着くかだ。

 

「ボクのヒポグリフなら、多分いけるんだけど?」

 

「全サーヴァントを乗せてですか?」

 

「あ、無理無理。戦車があれば問題ないかもしれないけど、後ろにもう一人が限界。あと、後ろに乗るのはマスターだけって決めてるんだ」

 

「そこはどうでもいいだろ」

 

  “赤”のセイバーが呆れてため息を零した。

 

「どっちみち、宝具で長時間の移動は難しいだろ。魔術も大人数は難しいし、コストもかかる。飛行機を数機チャーターするのがいいんじゃないか?」

 

「…うーん、そこの弟君の案に一理なんだがなぁ」

 

「やめろ、オッサン。その言い方」

 

  オッサンという言葉に反応し、言い返そうとしたが“赤”のセイバーが笑いを堪えているのを見て黙殺することにした。

 

「向こうにはアーチャーがいるんだよ」

 

「…そう、だったな」

 

  自然と視線がバーサーカーへと集まった。これに反応しなかったのは獅子劫と“赤”のセイバー。この主従は“赤”のアーチャーの正体をルーラーから知らされていても、“黒”のバーサーカーの真名を知らない。

 

「おい駄目ライダー。なんでそこでバーサーカー見んだよ」

 

「駄目言うな。そりゃバーサーカーの奥さんなんだから当然でしょ?」

 

  ーーー空気が死んだ。ライダーを除いた全員の顔が固まる。特に話題に上がったバーサーカー本人とマスターであるカウレスがひどい。

 

「…確かあっちのアーチャーの真名はアタランテだよな?」

 

「そうだよ?ルーラーの説明聞いてなかったの?」

 

「アタランテの旦那ということは…弟君のバーサーカーの真名はヒッポメネスということだよな?」

 

「そうだけどそれが……あっ」

 

  やっと自分の失言に気づいたライダー。カウレスは頭を抱えて天を仰ぎ、フィオレは遠い目で彼方を見つめた。ゴルドに至ってはセイバーの口を閉ざしていて正解なんじゃないのかと思っている。

  “黒”のアーチャーとルーラー、ジークは嘆息し、バーサーカーは苦笑いを隠しきれていない。

 

「馬鹿だ、こいつ馬鹿だ」

 

「あ、ごめんバーサーカー!真名をバラしちゃった!」

 

「……いや、よく考えれば僕の真名がバレた程度じゃ大したことじゃないだろう。うん、大丈夫、問題ない」

 

「いや、大アリだろ」

 

  寛容にも真名の露呈を許したバーサーカーにカウレスがため息をつく。“赤”のセイバーはふぅん、と少し考えたあと一つの案を提示した。

 

「ならよ、“赤”のアーチャーを説得できねえのか?旦那のお前ならできなくはないだろ」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「次は私か」

 

  “赤”のライダーが下がり、次は“赤”のアーチャーが前へ出た。“赤”のランサーは最後でいいらしく、目で先を譲った。

 

「我がマスターが毒を飲まされたというのはなかなかに業腹だが…仕方あるまい。汝をマスターとして、認めよう」

 

「姐さん。仕方ない、で済ませていいことかぁ?」

 

  ライダーの呆れた様子も気にせず、“赤”のアーチャーは静かに首を縦に振る。

 

「それはそうだ。相手を出し抜くべき聖杯戦争において、毒を飲まされる方が悪い。私を召喚するまでは用心するべきであった。それすら怠るような惰弱なマスターに、未練はない。死んでないだけ、救いはある」

 

  彼女にとって『生きる糧は奪う』ということはおかしなことではない。生まれた直後に捨てられ雌熊に乳を与えられ、狩人に育てられた彼女にはそれが世界の法則であった。

  それゆえにマスターが弱かったからこうなってしまった。警戒を解いてしまったことが悪かったのだ。不満はあるが願望の成就を諦めるわけにはいかない。だからシロウをマスターとして認めることにした。

 

「なるほど。それではアーチャー、貴女の願いを仰ってください」

 

  そうして翠緑の狩人は生前からの願いを言葉にした。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「無理だ。彼女は天草四郎君に協力するだろう」

 

  バーサーカーはその提案を即座に切り捨てた。無理、とはっきり確信を得て言い放った。

 

「なんでだよ?“赤”のアーチャーは世界救済に賛成なのか」

 

  首を横に振ってこれも否定した。バーサーカーは少しだけ目を瞑り、悩んでいる素振りを見せる。やがて迷いを切り捨てたのか、全員に伝わるように告げた。

 

「彼女の、アタランテの願いはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーこの世全ての子供らが、愛される世界だからさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「父に、母に、人に愛された子どもが育ち、また子供を愛するという循環だ。誰であろうと、この願いを妨げるなら容赦はせん」

 

「…なあ、アーチャー。気を悪くするなよ?それは、不可能な世界ではないか?」

 

  アサシンの言葉に怒りが込み上げた。万能の願望機、全てを叶える英雄と魔術師達の希望であり奇跡の依り代。それをもってしても不可能という女帝に反論しようとした。

 

 

 

 ーーー死ぬ必要がないということは、“子供”を愛する必要もなくなる可能性があるんだよ?

 

 

 

「…っ」

 

  蘇る言葉にアサシンへの反論が止まる。この程度の願いが叶わぬはずがない。その為の願望機、その為の聖杯。マスターとなった聖人は人類救済を聖杯で手にしようとしている。ならば、愛の循環が肯定される世界も叶えられるはずだ。

 

「……そんなことはない。聖杯ならば、可能だ」

 

「そうですね。この程度の願い、叶えられないはずがない。如何なる形であれ、聖杯は貴女の願いを叶えるはずでしょう。そして、私の願いも貴女の願いのそれに添うものです」

 

「・・・・・」

 

  言葉とは裏腹に頭の中が軋む始めている。間違いないはずだ、可能性があるからサーヴァントとなったのだ。全人類が不老不死となった後、人がどう生きるかなどヒッポメネスが知るはずがない。あやつは()()()()()()()()のだ。賢人でも神でもない男の答えが、六十年以上の答えを覆せるはずがない。

 

  そう自分に言い聞かせた。

 

  言い聞かせるほど、頭の奥が軋むのを無視して。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「…子供達が親に愛される世界ですか」

 

  バーサーカーから告げられたアーチャーの願いに一同は口を閉ざす。その願いは大差はあれ、天草四郎時貞と本質は変わらないものだった。

 

「アタランテはシロウ君みたいに結果に至るまでの過程を持ち合わせていない。聖杯ならばこの程度の願いは叶えられる、叶えずしてなにが万能の願望機だ、とね」

 

  聖杯の仕組みを把握しきれていないサーヴァントならば、そう考えてもおかしくない。時間や世界から隔離された存在、英霊を召喚させるほどの聖杯ならできるはずだと、信じている。

 

「彼女だって愚かじゃない。心の何処かでその願いが無理じゃないかと考えているはずさ。だけど、今の彼女にはシロウ君によって過程が用意された」

 

「…人類の救済がアーチャーの願いに準じている、だから彼女はルーラーに力を貸すというわけですか」

 

  無言が肯定を意味した。人類救済なら子供達が愛される世界になる可能性がある。翠緑の狩人がこちらへ降る理由がない。

  バーサーカーはそれを悟り、誰にも気付かれないように小さく愛する者の名を漏らした。

 

「…アタランテ」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  空中庭園攻略の話し合いは一旦終了することとなった。皆が気づかぬうちに朝日が昇っていたのだ。夜から始まった全戦力のぶつかり合いから一日が経ち、サーヴァント達はともかくマスター達の体力が限界なのだ。

  それぞれが部屋で休憩を取ることになったが、フィオレとカウレスだけはまだ起きていた。

 

「マスター、今はただ、お休みください。血族への連絡は昼以降でもよろしいかと」

 

「え?でも…」

 

「アーチャーの言う通りだぞ、姉さん。血族への連絡なんぞ無駄だって。助力になる訳でもないし、せいぜい当てこすりだの何だので心が磨り減るだけだ」

 

「そうだよ〜。休む時と動く時は見極めなきゃ」

 

「…そうかしら」

 

  フィオレは少し悩んだが、アーチャーがそういうのだから違いないと同意した。

 

「では、私はこれで。ええと、おはようございます…じゃなくて、お休みなさい」

 

  フィオレは三人に軽く頭を下げて、私室の扉を閉めた。

 

「アーチャー、あんたは部屋には入らないのか?」

 

「女性のマスターですから、プライバシーを尊重した方がいいかと思いまして。基本的に、乞われない限りはここで霊体化しています」

 

  紳士だなぁ、とカウレスは賞賛した。気性が荒いケンタウロスの中で唯一穏やかと言われただけある。

 

「それじゃ、俺も部屋に戻るよ」

 

「失礼します」

 

  カウレスはバーサーカーを引きつれて、私室に戻り休もうとした。精神的にも身体的にも疲れている。少しでもいいから睡眠をとりたい。そんなカウレスだったが、それは暫く叶いそうになかった。

 

「すみません、カウレス殿。貴方に一つ尋ねたいことがあるのですが」

 

「俺に…?」

 

  大賢者からの質問に僅かに戸惑った。未熟な魔術師である自分に、彼からの問いに答えられる自信なんてない。

  そんなカウレスの思惑とは裏腹に、アーチャーは静かにーーー爆弾を投げかけた。

 

 

 

「我がマスター、フォオレ様は貴方の目から見てユグドミレニアの長に相応しいですか?」

 

 

 

「な…!?」

 

  それはカウレスにとって想定外の言葉だった。

 

「ま、待て。待ってくれ、アーチャー。アンタ、今のはーーー」

 

「カウレス君、落ち着いて落ち着いて」

 

  バーサーカーは慌てふためくマスターを宥め、落ち着かせる。落ち着かせる間、アーチャーから目を離さず懐疑の視線を向けたまま。

 

「あ、ああ…」

 

「ご心配なさらずとも、マスターは眠っています。…ですが、不安ならば場所を変えますが」

 

  混乱しながらもカウレスは冷静になろうと心を落ち着かせた。アーチャーが主である姉の力を疑っているのか、それとも違う思惑があるのか。

  考えるよりも話を聞くべきだと、判断した。

 

「話なら見張り台にいくことを勧めるよ」

 

  カウレスの心中を察したバーサーカーが話し合う場所を提案する。カウレスは頷き、言葉の真相を確かめようと城壁の見張り台へと歩き始めた。

 

 

 

 

  見張り台に登ったカウレスはバーサーカーを後ろに控えさせ、アーチャーと向かい合った。僅かながら戸惑いも混じりながらも、その目に敵意を宿らせながら。

  バーサーカーはその様子を静かに見守っている。マスターの命に忠実に従い、刃を向けるならば牙を剥く。サーヴァントの名に恥じぬ立ち姿だった。

 

「それで、アーチャー。姉さんが何だって?」

 

「…勘違いされていらっしゃるようですが。私はフィオレ様を自身のマスターとして認めております。彼女が死ねと言ったならば、喜んでそれに従いましょう」

 

  アーチャーは苦笑を交えつつカウレスの勘違いを指摘した。姉が認められていることを安堵し、カウレスの敵意は薄れた。

 

「…なら、さっきの言葉は何だよ。俺の考える限り、ダーニックおじさんの跡を継げる実力を持っているのは、姉さんくらいしか居ないぞ」

 

「確かに、実力という面では完璧です。ですが、精神面では?」

 

「姉さんが、魔術師を嫌がっているかもってことか?それはない。魔術自体を嫌がっているようではないし…いや、聞いたことはないけど」

 

「…そういうことじゃないかな、カウレス君」

 

「バーサーカー?」

 

  黙っていたバーサーカーが口を開いたと思えば、カウレスの言葉を否定した。

 

「フィオレさんはマスターとしてとても優秀だよ。魔術師として優れているし、人としても理想的だ。だからこそ致命的なんだと思う」

 

「なんでだよ。どこが致命的なんだ?別に問題なんか…」

 

()として理想的なんだよ?その彼女が必要なら人を殺すことを当然とする魔術師達の長として務められるのかい?」

 

「ーーーーー」

 

  以前、フィオレとアーチャーは“黒”のアサシンの調査を命じられ、アサシンと戦った。アサシンは大量の猟奇殺人を実行し、多くの人間の命を奪い去った。

  フィオレは自身の利益の為に無関係な人を襲い、犠牲を厭わない彼等の諸行に怒りを覚えた。

 

  だが、その怒りは魔術師として不要なものだ。

 

  あくまで彼女達がアサシンと戦う理由となったのは魔術の秘匿の為である。必要ならば人殺しを許容することが普通の魔術師ならば、フィオレの怒りなど不要なものだと指摘するだろう。

 

  ゆえにアーチャーは尋ねる。

 

「カウレス殿。フィオレ様の弟君である貴方に尋ねたい。…フィオレ様は、私のマスターははたして人を殺す覚悟がありますか?」

 

  その問いにカウレスは即答することはできなかった。

  フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアという魔術師は、魔術師としては人間らしい倫理観を持ち合わせていた。

  人殺しを許してはならない、人命を軽視するべきではない。とても人間らしい倫理観。

  それゆえに耐えられるのか?

  非道を許容し、外道を見逃さなければならないことを。最初は大丈夫なのかもしれない。だが、いずれ壊れはじめる。積もり積もった罪悪感は己を責め、精神を蝕み、魂を濁らせる。

 

  否定したかった。

 

  だが、カウレスは忌まわしい過去を思い出してしまった。

 

 

 

  昔、姉弟は犬を飼っていた。

  その犬は彼等の父が降霊術を学ばせる為にと拾ってきたものだった。

  早速学ばせようとした矢先、父は急用の為出掛けてしまった。仕方なく二人は世話をすることになったのだが、姉の方がその犬に愛着を持ってしまった。

  不自由な足なのに懸命に体を洗い、餌を吟味し、愛用の櫛で毛を梳かした。

  弟はその様子を不思議に思い、姉に尋ねた。

 

  ーーー何でそんなことするんだよ?

 

  姉は質問の意味を理解せず、弟と同様に不思議にそうに、当たり前のように答えた。

 

  ーーーだって、ペットには愛情を持って接しなければならないでしょう?

 

  弟は何も言えなかった。なぜ父が降霊術の為に犬を拾ってきたのか。姉は分かっておらず、弟は分かっていた。

  いずれどのような結末を迎えるのか分かっていたのに、それでも姉の姿を見て何も言えなかった。

 

 

 

「……降霊術の、失敗例を見せるために拾ってきたんだね」

 

  バーサーカーの言葉に、石壁を蹴ってカウレスは肯定の意を現した。

 

「一週間ほどだよ、親父が帰ってきたのは。スマンスマンと気軽に犬を引っ張って俺と姉さんの前で降霊術の失敗を見せたんだ」

 

  思い出せば一気に蘇る。皮膚が膨れ上がり、絶叫する犬の姿を。フィオレは耳を塞ぐことも、泣くこともしなかった。すれば叱られる、だから車椅子の肘掛けを強く握ることしかできなかった。

  一分ぐらいして犬は絶命した。

  父は気をつけなければお前達がこうなってしまう、と伝えた。それだけだ。それだけの為に犬を拾ってきて、姉弟達の前で失敗例を見せたのだ。失敗したら次は自分達がこうなるのだと。

 

  フィオレは、分かりました、と笑顔で答えた。

 

  優秀な魔術師ゆえの最適な選択。けれど、それでもフィオレの心は深く傷ついた。犬の墓の前で大泣きし、肉がしばらく食べられず、カウレスに手を握ってもらわなければ寝れなかった。

 

「……姉さんは、耐えられないかもしれない」

 

  あの日の出来事を、忘れておらず、今でも覚えているのなら。フィオレは魔術師の長として、いつか壊れてしまう。

 

「私が不安なのもそれです。私の去った後の話ということもあり、迂闊に誰かに話すわけにもいきませんでしたがーーー現状、空中庭園への進入が開始されれば、誰かにこれをお伝えする余裕がありませんから」

 

「何で、わざわざこんなコトを?」

 

「当然でしょう?迷う者を導くことが教師の務めです。英霊になったからといって、生前からのお務めをおろそかにしませんよ」

 

「さすがですねぇ…」

 

  バーサーカーのアーチャーを見る目には尊敬の一つしか映っていなかった。ギリシャの英霊ならば、生前を含めて知らぬ者がいない大賢者の在り方に只々感服するほかなかった。

 

「カウレス殿。私が居なくなれば、マスターにとっての頼りは貴方だけです」

 

「分かっているよ。姉さんとはきちんと話してみる。姉さんがどのような道を選ぼうと、俺はそれを手助けしてやるさ」

 

  そう言うとカウレスはその場に腰を下ろした。瞼が重そうに閉じていく。明らかに睡魔が込み上げて来ており、カウレスの精神は睡眠欲に支配されかけている。

 

「…あぁ、さすがに限界だ。…バーサーカー」

 

「はいはい。部屋に運んでおくよ。今はゆっくり休んでね」

 

「……すまん」

 

  瞼が閉じ、やがて寝息を立てはじめた。今日は色々ありすぎた。いや、すでに昨日となっているのかもしれない。今の今まで起きていただけでも頑張ったほうだ。

 

「さて、これから大変になりそうですね」

 

「何も変わりませんよ。マスターの為、そして己が為に戦う。その舞台と相手が変わっただけでしょう」

 

「…まったくですよ」

 

  舞台は空中庭園、敵は受肉した聖人とそれに従う英霊達。“黒”と“赤”の戦いではなくなり、人類の在り方の戦いとなった。

  この戦いの、相対すべき英霊はおそらく決まっている。

 

  ルーラーはあの聖人の少年。

 

  アーチャーは自分が教えた大英雄。

 

  そしてバーサーカーはーーー

 

 

 

「バーサーカー、貴方に“赤”のアーチャーを討ち取ることはできません」

 

「………やはり、そうですか」

 

  まるで心を見透かされたかのようだった。こう言われるのが分かっていたようにアーチャーの忠告とも予知とも言える言葉を受け入れた。

 

  “黒”のアーチャーにとって、“黒”のバーサーカーとはある意味一番の常識人だと思っている。

  “黒”のセイバーは黙秘を課せられ、“黒”のランサーは王であり、“黒”のキャスターは人嫌い、“黒”のライダーは理性が蒸発、“黒”のアサシンは離反。

  “黒”のバーサーカーは一つの条件さえ理解していれば、マスターに忠誠的で、作戦に忠実で、過分なプライドを持っておらず非道的でない限り嫌な顔をせず従ってくれる。

  だからこそ、彼には言わなければならない。言って胸に秘めてもらい、理解した上でこれからをどう遂げるのかを考えてもらわなければならない。

 

「勿論、能力差のことも考慮してのことでありますし、貴方の妻に対する思いを重んじた上で言います」

 

  今までは運が良すぎた。状況が、環境が、運が全て“黒”のバーサーカーへと傾いていた。愛しき人に近づく為に必要な困難も、偶然と必然が取り除いてくれていたが、これからは全て彼方へ傾いていっている。

  それでも、“黒”のバーサーカーは“赤”のアーチャーへ歩み寄ることを止めないだろう。それを一番彼が理解しているだろう。

 

  だからこそ、この結論はーーー酷く簡潔的で、当たり前のように聞こえるだろう。

 

 

 

 

 

「貴方は、“赤”のアーチャー(アタランテ)に殺されます」

 

 

 

 




Q.夢を見た。その夢はなに?

A.
ヒッポメネス:悪夢さ。
アタランテ:ふむ、どんな悪夢だ?



ヒッポメネス:幻だよ
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